想像力の敗北
夕方薄暗いひと気の無い竹藪を独りで歩いていると、地面に何かが落ちているのに気が付いた。
ぼくは怪談が好きだ。
ただ、拘りと言うか誤解されたくないことがあって、所謂オカルトに関しては懐疑的なのだ。
「これは本当にあった話です」を枕詞にした怪談に対して「本当にあったんだ、怖い!」と思うことはない。
むしろ「これは俺の作った話なんだけど」と断りを入れられてるのにも関わらず、ゾッとするような話が好きだ。こんなに気味の悪い話を、想像力(創造力)で一から作ることの出来る作者の脳味噌はどうなっているんだ?と、敬意さえ抱いてしまう。
そんな僕でも、「本当にあった話」に打ちのめされて参ってしまうことがある。冒頭の竹藪の話は、私の妻が子供の頃に体験した実話だ。
果たして何が落ちていたと思いますか?
夕方薄暗いひと気の無い竹藪を独りで歩いていると、地面に何かが落ちているのに気が付いた。
近づいて見てみると、それは直径20センチ程のホールケーキだった。
これだけの話だ。
変な話ではあるが、正直妻から最初に聞いたときぼくは、シュールだなーと思ったが、さほど怖いとは思わなかった。自分以外誰もいない竹藪の中にポツンと落ちている、食べられた痕跡もないケーキを想像して、少しギャグっぽいなとさえ思った。
先月、妻の地元に行く機会があった。
夕暮れの道を車で目的地に向かう途中、妻がふと「あ、ここだ」と言って、道路脇の竹藪を指差した。
ひと気のない鬱蒼とした竹藪だった。
「ここだよ、ケーキが落ちてたところ」
妻がそう言った途端、ぼくは背中にぶわっと冷や汗がにじむのを感じた。
ここに、ケーキが?
ぼくはしばらくの間、車窓から見える竹藪から視線が外せなかった。
怪談に限らず、以前読んだり聞いたりした時はなんとも思わなかった話を、後に改めて見聞きしたら全く違う感想を抱くという体験は誰しもあると思う。同じ物語でも、それを体験する時の自分のコンディションによって感じ方が変わるのは、当然のことだ。名作は作者と読者の阿吽の呼吸によって名作足る。
今回、実際の竹藪を見るという外からのインプットによって、ぼくの中で妻の体験談はシュールギャグからホラーにアップデートされた。
ぼくの想像力の敗北だな、と思った。