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〔ショートストーリー〕願い
三月になったら、おねえちゃんは小学校を卒業するはずだった。四月には新しい制服を着て、中学生になるはずだったのに。学校から帰りながら、ぼくは今日もおねえちゃんのことばっかり考えている。早く家に帰らないと、ママがまた心配して、むかえに来てしまうかも知れないのに。
とても寒かった日の夕方、ひとりで家を出て帰って来なかったおねえちゃん。お気に入りのリュックをせおって、ぼくがあげた折り紙と、お友だちとおそろいのハンドタオルを持って、「じゃあね」っておねえちゃんは消えてしまった。
分かってる。ぼくのせいなんだ。ぼくが悪いおじさんに連れていかれそうになってるって聞いて、おねえちゃんは北風と約束したんだって。ぼくを助けてくれたら、北風とお友だちになって、いっしょにいてあげるって。おねえちゃんがいなくなる前の日、北風がぼくにそう教えてくれた。北風の声をきいたのは、その時だけ。それから後は、それまでと同じように、ヒューヒュー、ゴーゴーとしか聞こえなくなったけど、あれはゆめなんかじゃない。ぜったいに北風の声だって、ぼくには分かったんだ。
おねえちゃんがいなくなる四日前。公園であそんでたら、ぼくが大好きなヒーローのグッズが車にいっぱいあるから見においでって、おじさんにさそわれた。ぼくは、車にのらずに見るだけならダイジョウブだと思ってたけど、ちがったみたい。そのおじさんの車の前で急につよい北風がふいて、ぼくはころんで、その時にぼうしが飛んじゃったんだ。それをおまわりさんが拾ってくれたら、おじさんがあわてて逃げようとした。おまわりさんは気が付いてすぐに追いかけて、つかまえてくれたんだ。それでぼくは家に帰れたけど、おねえちゃんは……。
大人にはそんなこと言えない。だって、きっとだれも信じてくれないと思うから。パパもママも、ずっと後にその公園で会った、このマフラーをくれたおねえちゃんも、このひみつは知らない。
ときどき、マフラーのおねえちゃんは、ぼくの家に来る。手作りのおいしいクッキーやカップケーキを「作りすぎちゃったから」って、持ってきてくれるんだ。ママはいつも「お茶でもいっしょに……」ってすすめるけど、おねえちゃんは「ユウタくんの顔を見に来ただけなんで。せっかく編んだのに『要らない』って言われたマフラーをもらってくれて、本当にうれしかったんです」と笑って、少しだけ話したら帰ってしまう。たぶん、ぼくのことを心配して、会いに来てくれているんだろうな。公園ではじめて会ったとき、「おねえちゃんが消えたのは、ぼくのせいだ」って泣いてたから。
もうすぐ北風が春風にかわる。そうしたら、おねえちゃんはどこに行ってしまうんだろう。北風がふくと、おねえちゃんが近くにいると思えたのに。もっと遠くに行っちゃうのかな。
鼻がツーンとして、目が熱くなってきた。泣いちゃだめだって思うけど、おねえちゃんにそう言われたけど、やっぱりさみしいよ。ぼく、おねえちゃんに会いたいよ。だめだ、なみだが止まらなくなっちゃった。ママが心配するから、元気に帰らないといけないのに。何回も目をゴシゴシこするけど、どうしてもなみだが止まらない。
その時、急につよい北風がふいた。ぼくは「うわっ」と言いながらよろけて、そのままステンところびそうになる。と、だれかがぼくのうでをつかんで、助けてくれた。ありがとうを言おうとして顔をあげると、
「ユウタ、だいじょうぶ?」
やさしい声と、ちょっと心配そうな顔。お気に入りのリュックも、きている服も、あの時のままだ。ぼくは目をパチパチさせた。何回も何回も。これ、ゆめじゃないよね?
「おねえ……ちゃん?おねえちゃん、おねえちゃんだ!」
ぼくは思い切りおねえちゃんにしがみ付く。大すきなおねえちゃんの匂いを、むねいっぱいに吸いこみながら。そうしないと、また消えてしまいそうで、こわかったんだ。でもおねえちゃんは、やさしくぼくの頭をなでながら言った。
「ごめんね、いっぱいガマンしたよね。頑張ったね、えらいぞユウタ。お姉ちゃん、もうどこにも行かないからね」
「ほんと?約束は、もういいの?」
「うん。北風がね、もう大丈夫だからって。離れていても、もう私とは友だちだから寂しくないって。だからね、ユウタ」
おねえちゃんは、ぼくを見てニッコリわらう。
「遅くなったけど、た・だ・い・ま」
ぼくはすっかり安心して、うれしくなって、またおねえちゃんにしがみ付く。
「おかえり!おねえちゃん!」
どうしてだろう、うれしいのに、なみだが止まらないや。家に帰ったら、きっとママもぼくみたいに、ワーワー泣くんだろうな。パパは仕事なんてほったらかして、とんで帰ってくるだろう。さあ、早く帰らなきゃ。
ぼくはおねえちゃんにしがみ付くのをやめて、かわりに手をつないだ。ぼくがギュッとにぎると、おねえちゃんもギュッとにぎり返してくれる。それがうれしくて、笑いながらまた泣きそうになってしまう。しあわせって、こんな気持ちのことだったんだ。
やわらかい風が、ぼくのマフラーをゆらして通りすぎて行く。おねえちゃんは、風を見送るように後ろを向くと、小さな声で「じゃあね」とつぶやいた。
そして、ぼくを見てニッコリ笑って、2人ならんで家に向かって歩き出す。おねえちゃん、ぼくたちの家はもうすぐそこだよ。
(完)
こんばんは。こちらに参加させていただきます。
以前に書いた、こちらの続編のようになりました。
小牧さん、お手数かけますがよろしくお願いいたします。
読んでくださった方、ありがとうございます。やっとお姉ちゃんが帰ってきました。お待たせしてごめんなさい!