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〔ショートストーリー〕T高校・新入部員
「爽やかな夕方だなあ!」
いつも元気な勝浦が、ご機嫌で入ってくる。ここはT高校発明部の部室で、元々は理科準備室。部員は勝浦と、部長の吉野だけだ。
「何かいろいろ違う気がするけど」
先に来ていた吉野が冷静に突っ込む。
「まず、あまり夕方にその形容詞は使わないな。で、何より外を見ろよ」
注意報レベルの雨が、窓を激しく叩いている。傘があっても外に出るのを躊躇うレベルだ。
「この天気のどこが爽やかなんだよ」
吉野の言葉に、誰かがクスッと笑う声がした。気のせいか?
「いや、これこそ爽やかだろ?全ての悩みを洗い流すような雨!今日返ってきた模試の結果も、第一志望のE判定も、みんな洗い流して真っ白だ!」
と、大声で言う勝浦。どうやらヤケになっているようだが、誰かに聞かれたら恥ずかしいと思うのは吉野だけだろうか。
と、また誰かがフフッと笑う声が聞こえた。今度は勝浦も気が付いたようだ。
「おい、今、笑い声がしたよな?」
「うん、女子の声だったような…」
二人で顔を見合わせ、耳を澄ませる。その時、部室のドアをノックする音がして、二人は思わず跳び上がった。
「だ、だ、誰ですか」
吉野が上ずった声で言うと、遠慮がちにドアが開いた。眼鏡をかけた大人しそうな女子が、少し緊張した表情で立っている。
「あの、私、1年3組の祖谷と言います。桜子先生からこの発明部のことを聞いて、入部したいと思って……」
「え!」
「マジで!?」
吉野と勝浦は同時に、凄い勢いで立ち上がる。あまりの迫力に祖谷が1歩後ずさった。
「あ、あのご迷惑なら、無理にとは……」
祖谷の様子に気付いた吉野が、慌てて引き止める。
「あ、ごめん、ビックリさせて。僕ら、ずっと新入部員を待ってたんだ。だからあんまり嬉しくて、ついテンションが上がっちゃっただけで。もちろん、大歓迎だよ!」
それを聞いて、祖谷はホッとしたように微笑んだ。
「良かった!断られるのかと思って、ちょっとドキッとしました」
発明部に三人目の部員が誕生した。しかも、初の1年生、初の女子だ。吉野も勝浦も、嬉しくて頬が緩みっぱなしになる。
「でも、何で発明部に?」
ふと吉野が聞くと、祖谷は一瞬目を伏せたが、すぐに顔を上げた。
「実は私の姉も、この高校に通ってたんです。体が弱くて部活動は出来なかったけど、理科の先生が良い方で、この準備室でいろいろな悩みを聞いてもらったそうで。この部屋に差し込む夕日や、遠くから聞こえる運動部の声が、とても印象に残ってるって言っていました」
勝浦が明るく問いかける。
「ああ、じゃあお姉さんは僕らの先輩なんだ!いつ卒業したの?」
「その、卒業は出来なかったんです。姉はその前に亡くなってしまって」
吉野も勝浦もハッとする。もしかして、ここに出るという噂は……。
「ええと、もしかしてここで倒れたりとか……」
吉野が遠慮がちに聞くと、祖谷はキョトンとして答えた。
「いえ、普通に病院でですけど?」
二人の肩から力が抜けた。
「ああ、そ、そうなんだ。そうだよね、うん」
「でも姉はこの場所が大好きだったみたいで、よく話を聞いていたので、ここで部活動したいなって……。あの、こんな動機じゃだめですか?」
また心配そうな顔で、祖谷が聞く。と、勝浦が満面の笑みで言った。
「いや、全然オッケーだよ!発明部のエースの俺も、部長の吉野も、祖谷さんを歓迎するよ!どうぞよろしく!」
「勝浦がエースかどうかは置いておいて、僕も歓迎だよ。これからよろしくね」
吉野も笑って言う。
「ああ、良かった!桜子先生の仰るとおり、隠さずに話して良かったです。こちらこそよろしくお願いします!」
祖谷がペコッと頭を下げる。何とも初々しくて可愛らしい。吉野と勝浦は、急に妹が出来た気分だ。
「あ、ところでさ、部室に入る前、勝浦の話で笑わなかった?フフって」
吉野が思い出して聞いたが、祖谷は首を横に振った。
「いえ、私はここに着いてすぐにノックしたので。あの、笑い声って?」
吉野と勝浦は口々に、
「いや、俺らの気のせいだから」
「多分、雨音や風の音を聞き間違えただけだから」
と慌てて言った。笑顔が多少引きつるのは仕方がないだろう。まだ訝しそうな祖谷に、吉野は強いて明るく言った。
「さて、雨も止んだみたいだし、今日はこの辺で帰ろうか」
「そうだな。俺は帰って新しい発明のことを考えるぞ!」
「お前さあ、発明も良いけど、もうちょっと勉強しないとヤバくないか」
「分かった!じゃあ、ヤバいくらい勉強したくなる発明を……」
二人のやり取りに、祖谷が堪えきれずに吹き出した。笑うとまた、更に初々しくてかわいい。
並んで帰る三人の後ろで、ゆらりと女子生徒のような人影が見送っている。黙って少し手を振ると、嬉しそうに微笑みながら揺らめいて消えていった。
(完)
お早うございます。こちらに参加させていただきます。
小牧さん、お手数かけますがよろしくお願いします。
読んでくださった方、ありがとうございました。