〔ショートストーリー〕紅葉の下にて
紅葉から奈保子が思い浮かべるもの、それは「終わり」だ。広葉樹の葉は、散る前に色を変える。まるで自分の最期を華やかに彩るように。
「なあ、何か言えよ。呼び出したのはお前だろ」
勇太が不機嫌な声で言う。真っ赤に色付いた紅葉の下で、奈保子はまだ黙っている。この人、こんなに冷たい声をしていたんだわ。どうして今まで気が付かなかったんだろう。
「おい、こんな人気の無い所に呼び出して、変なこと考えてるんじゃないだろうな」
ハッとしたような勇太の声に、思わず奈保子は笑った。
「何よ、変なことって。結婚をチラつかせて女からお金を引き出して、取れるものが無くなったらさっさと捨てて、上司の娘と婚約することとか?」
勇太は奈保子を物凄い目で睨みつける。が、奈保子は自分でも驚くほど冷静だった。
満開の桜の下で、勇太から告白されたのが始まりだった。頷く奈保子の髪に花びらが舞い落ちて、勇太はそっと払い落としてくれた。あれから2年。今の勇太は、奈保子の存在を払い落とそうとしている。
「あなたと刺し違えるほど、私もバカじゃないわ。ただ、綺麗に終わらせたかっただけよ」
「何だよ、結局は金の話か」
「そうよ。貸した300万、きっちり返してくれたら、このまま姿を消すわ。会社も辞めて、遠くに引っ越して、何もかも無かったことにしてあげる」
勇太は何も言わない。きっと頭の中では、どうすることが一番自分にとって得なのか、必死で計算しているのだろう。やがて勇太は暗い目をして奈保子を見る。それは、奈保子が予想していた通りの顔だった。
翌朝。散り始めた紅葉を浴びるように、奈保子は息絶えていた。胸には刺し傷があったが、凶器は持ち去られており、めぼしい遺留品もない。目撃者もいないため、事件は難航するかと思われたが、すぐに勇太が逮捕されることになった。
「な、何で、俺が」
「奈保子さんは、手紙を残していたんだよ」
刑事から見せられた手紙は3通。1通は勇太の婚約者宛てで、1通は警察署宛て。もう1通は勇太宛てだった。
「勇太へ。きっとあなたは私を殺すと思ってた。私から借りたお金は使ってしまって返せないし、そのことを騒がれたら婚約破棄だものね。人気の無い所に呼び出したのは、あなたが躊躇わないようにお膳立てしたのよ。」
勇太の手が震える。
「でも、ごめんね。あなたの婚約者にはこれまでのことを全部、教えてあげるわ。あなたはそういう人だって。ついでに警察にもね。」
勇太はふらつき、思わず膝をついた。それでも目は手紙の文字を追っている。見覚えのある、細く流れるような奈保子の筆跡は、どこか楽しそうにも見えた。
「紅葉の下に呼び出したのは、私みたいだって思ったから。綺麗に色付くのは、もうすぐ散ってしまう合図なの。私も紅葉のように、散る前に晴れ舞台を用意してみたのよ。
この手紙をあなたが読む頃、私はもう散った後よね。最期の私は綺麗だったかしら。そうだといいな。勇太、私の舞台を飾ってくれてありがとう。さよなら、永遠に」
(完)
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小牧さん、お手数かけますがよろしくお願いします。
読んでくださった方、どうもありがとうございました。