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〔短編〕報い(前編)

(前編)翔の帰宅

始発の駅前バス停からずっと、乗客は翔をいれて3人だった。1日に2本しかないのにこの乗客数では、ここが赤字路線なのも当然だろう。翔はどんどん深くなる窓の外の緑に、少しだけ息苦しさを感じ、軽く目を閉じた。
バスは誰もいない停留所を通過しながら、カーブだらけの山道を進む。途中のバス停で一人、また一人と降りてしまい、最後は運転手と翔の二人きりになってしまった。やがて翔が家の近くの『甜庄村入口』で降りた後、運転手だけを乗せたバスは夕焼けの山道をのんびりと走り去った。

バス停では、白い犬がポツンと待っていた。翔を見つけて、嬉しそうに尻尾を振る。
「迎えに来てくれたん?わざわざ良いのに」
その声を聞きながら、白い犬は黙って翔を先導するように歩く。都会なら野犬と間違われてしまうかも知れないが、この村には野犬はいない。特に、こうして自由に歩き回っている犬や猫については、村人なら皆どの家の者か知っている。総勢二十名程度の村なので、どの家のことも筒抜けなのは仕方がないだろう。どんな大型犬が自由に歩き回っていても、村人に危害を加えることは絶対にないので、誰も問題視することも疑問に思うことも無かった。
バス停の近くで別の灰色の大型犬も見かけたが、翔たちに気が付くと逃げるように藪の中へ消えてしまった。(あれ?あれは確か麻森さんの……)と思ったが、何かおかしい。いつもはふんぞり返っているようだったのに、なぜ逃げるように去ったのか分からず、少し首をかしげながら歩く。

5分ほど細い道を行くと、古民家のような外観が見えた。ここが翔の家だ。家の中はスッキリとリフォームしており、当然エアコンもついているため、見かけよりもよほど快適な住まいだと言える。鍵を開けて中に入ると、玄関の上がり口でキジトラの猫が座ったままこちらを見た。翔が靴を脱ぎ、居間に入りながら、
「ただいま。やっと着いた~」
と、ぐったりして言うと、
「お帰り。久し振りの街はどうやった?」
と父の声。翔は普段この家でリモートワークをしているが、年に何度かは街に出て、新しい仕事内容などについては直接クライアントとじっくり話すようにしていた。その方が行き違いや誤解が生まれにくいので、結果的には無駄がないと経験から学んだのだ。
「今回は2泊したから、ちょっとはゆっくり出来たけど、それでもやっぱりしんどいなあ。街のスピードにはなかなかついて行けん」
「若いのに、何を言うてんの」
今度は、笑いを含んだ母の声だ。
「いや、俺ももうすぐ30才やし。もうそんなに若いとも言えんやろ」
「お前、それはまだ早い」
「今からそんなこと言うて、どうすんの」
両親から口々に反論され、翔は苦笑いで肩をすくめた。

「そういや翔、晩ご飯は?」
唐突に母が聞く。大抵の母親はいつも、子どものご飯を心配する。それはいくつになっても変わらない、習性のようなものだろう。
「もう今日は疲れたから、弁当買ってきた」
「ああ、ほんなら良かった。お腹空いたら食べなよ」
「うん。ちょっと早いけど、もう食べてしまおうかな」
翔は鞄からバスに乗る前に買っておいたコンビニ弁当を取り出すと、電気ポットでお湯を沸かし、熱いお茶を入れた。
「いただきます!」
美味しそうに弁当を食べる翔を、白い犬とキジトラの猫がのんびりと眺めている。
「そういや母さん、さっき麻森さんとこの灰色が、俺ら見てコソコソ逃げるように行ってしもたけど」
翔の問いに、父と母は苦笑いして答える。
「まあな、ほら、あそこの家はいろいろあっただろ、もともと」
「結局、自業自得ってとこやろうなあ」
含みのある言い方だ。
「え?俺がおらん間に、何かあったん?教えてよ」
両親はやれやれと言うように溜め息をつくと、ポツポツと話してくれた。

【続く】

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