〔ショートストーリー〕出ていけ
翔と暮らし始めて、もう1か月。今までいろんな男と暮らしてきたけど、翔ほど素敵な男はいなかった。
まず、見た目がいい。スラッとしているけれど程よく筋肉もついていて、シルエットすらカッコいい。話す声は低音で、聞く度に私の心は震える。物静かで穏やかで、大声でバカみたいに騒いだりしない。一緒にいるだけで心が満たされることがあるなんて、今まで考えもしなかった。この幸せがずっと続けば良いと、私は心から願っていた。なのに。
「お邪魔しまーす」
私の一番嫌いなタイプの女を、突然彼は連れて帰ってきた。薄汚いTシャツに穴だらけのダメージジーンズ、ピンクのベリーショートの髪が、この女の気の強さや底の浅さを象徴している。女は真っ直ぐ私に向かってくると、ジロジロと値踏みするように見てきた。
「ふーん、なんか辛気くさい顔してるわね、アンタ」
「なっ…!」
私の予想通りだ。この女、失礼にも程がある。
「ここは私の家よ!さっさと出ていきなさいよ!」
ピンクの女は鼻で笑った。
「いやいや、出ていくのはアンタでしょ。ここはもう、アンタの家じゃないし」
私は怒りで震えた。思わず床に投げ捨てたグラスが、パリンと音を立てて砕ける。
「何言ってるのよ!出ていくのは…」
「もちろん、アタシも出ていくわよ。ここ、アタシの家じゃないし」
は…?この女、一体何を言っているんだろう。
「ここがアンタの家、つまりアンタの会社の女子寮だったのは30年も前。先輩から壮絶なイジメがあったのは同情するけどさ、とっくの昔にアンタの会社は潰れたよ?リフォームして、違う会社の男子寮になっても居座るのは、感心しないなあ」
30年前?違う、ついこの間のことだ。私を騙そうとしても、そうはいかない。
「デタラメ言わないでよ!ここは女子寮…」
「じゃあ何で、翔がここに住んでるの」
私は混乱した。でも、これまでもいろいろな男と住んできたし、この女子寮は風紀が緩いんだろう…多分そうだ。
「私が羨ましいからって、訳分からないこと言うんじゃ無い!」
私は怒りに任せて本棚を倒し、落ちた本の一冊を拾うと女に投げつけた。女はヒョイとそれを避けると、軽く溜息をついた。
「やっぱ、時間の無駄か。翔、もう良いかな」
翔は残念そうに頷いた。
「お前が話しても無駄なら、しょうが無いな。ちょっと気の毒だけど…」
女は懐から紙を取り出し、私に貼り付けて唱えた。
「悪霊退散」
私の体から何かが抜けていき、意識が薄れていく。翔、翔、ずっと一緒に居たかった…
「全くさあ、人が良いにもほどがあるって。だんだん顔色悪くなるし、覇気が無くなるし、アンタあのままだったら危なかったよ」
数日後、午後のカフェで。ピンクの髪の女性の厳しい言葉に、翔は申し訳なさそうに少し笑う。
「そ、そうかな」
「そうだって!絶対に何か憑いてると思ったもん。なのに問答無用で消すのはかわいそうだとか、危うくアタシに本が当たって怪我するところだったじゃない!」
ピンクの髪の女性は、ますますヒートアップする。
「ご、ごめん」
翔が素直に謝ったので、ピンクの女性も少し冷静になった。
「まあね、あの女の霊にも同情する点はあったけど…。でもさ、あの部屋、次々に住人が代わってたのに、アンタは追い出されなかったんだね」
「うん。コップが勝手に落ちたのも、本棚が倒れたり本が飛んだのも、俺は初めてだった」
「よっぽど気に入られたんだね。だから危なかったんだけど」
「うん…そうなんだろうな。とにかく助かったよ。体も軽くなったし」
「ほんとにね、アタシみたいな幼なじみがいること、ラッキーだったんだからね!今日は当然、奢ってくれるよね?」
「う、うん」
「よし!」
ピンクの女性は店員を呼ぶと、にこやかに頼んだ。
「一番豪華でお高いパフェ、お願いしまーす」
翔は苦笑いしながらそっと財布を覗くと、諦めたように仕舞う。今日の支払いはスマホだな、と充電を確認し、ホッとしてコーヒーをすすった。
(完)
こんにちは。こちらに参加させていただきます。
もう少しコンパクトにまとめたかったのですが…。
カオラさん、お手数かけますがよろしくお願いします。
読んでくださった方、有難うございました。
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