恋する生霊くんは応援したい【第一話】【note創作大賞2024】【漫画原作部門】
あらすじ
高校の入学式へ向かう途中で、梶竜之助は栗宮凛に恋に落ちた。が、その直後に交通事故に巻き込まれた竜之助は、生霊を飛ばしてしまう特異体質になってしまった。
一目惚れ相手である栗宮凛と同じクラスになった竜之助。引っ込み思案な彼は凛にアプローチ出来ずにいた。そんな時、竜之助は教室で生霊化してしまう。誰も生霊の竜之介には気がつかない。そんな中、凛だけは彼を視ることが出来た。凛は霊感少女だったのだ。
凛の助けもあり無事に本体へ戻ることが出来た竜之介。しかし、彼の生霊化は止まらない。
竜之助は生霊を飛ばす特異体質を駆使して、引っ込み思案な自分自身の恋を応援することを決心した。
キャラクター
梶竜之助
高校一年。
高身長でモデル体型を活かすことの出来ない残念な男。
優しく人見知りで引っ込み思案な性格。
交通事故をきっかけに、生霊を飛ばす特異体質になってしまう。
生霊になっている時の記憶は、本体へは共有されない。生霊を飛ばしている時の本人は、まるで魂が抜けているように静かになり、どことなく眠そうになっている。(が、元々人見知りで口数が少ないので、様子の違いに気がついている者はいない)
凛に片思いをしている。
栗宮凛
高校一年。
竜之助曰く、「天使」のような女の子。ほわりと可憐な見た目。
困っている人を放っておけない。ギャップに弱い。
霊感があることは絶対厳守の秘密にしている。が、竜之助の生霊と出会ってしまったがために、彼と秘密を共有することになる。
記号解説
◯シーン展開・ 場面指定
【】ナレーション
()心情
「」会話分
シナリオ・本文
第一霊 「ピンチがチャンス⁈」
◯教室。移動教室のためクラスメイトが教室から去っていく。
生霊・竜之助(どっ……! どうしてこうなったんだ⁈)
青ざめる梶竜之助。
その隣には、もう一人の梶竜之介がいる。
【彼の名前は、梶竜之介。彼は双子ではない】
ドッペルゲンガーのようなもう一人の竜之助は、教科書を持ち椅子から立ち上がると、教室から去ろうとする。眠そうな面持ちだ。
去りゆく自分自身の姿を見つめ、ほわりと浮いたままで茫然と立ちすくむのは生霊・竜之助だった。
生霊・竜之助「お……俺の体が勝手に動いてる? ど、どうなってるんだ……⁈」
青ざめる生霊・竜之介に目もくれず、クラスメイトは彼の隣を通り過ぎていく。誰も生霊の竜之助のことは視えていないようだ。
生霊・竜之介が手をかざしてみると、その手は透けていた。透けた掌の先で、本体・竜之助が教室から出ていった。
生霊・竜之助「ど、どうしよう⁈ この前のアレが……まさか夢じゃなかったなんて‼︎」
溢れる不安が涙に変わる。
透けた掌の先で本体・竜之助と入れ替わるように、誰かが廊下から教室の扉に手をかけた。
女子生徒のようだ。
教室へ顔を出したのは、栗宮凛だった。凛は視線を廊下へ向けたままで、友人へと声を掛けている。廊下の先では凛の友人が彼女へ返事を叫んでいた。
凛「あっ! 忘れ物したぁ! ごめん、先に行っててぇ〜!」
友人「んもう〜! 凛ってば! じゃ、後でね〜」
凛はドラマチックに教室へと駆け込んでくる。
そして、凛はハッと息を呑んだ。
生霊・竜之助と凛の視線が合う。
凛「え……? だけど、さっき⁈」
凛は慌てて廊下へ視線を戻す。廊下の先には、凛の友人が歩いている。その先を歩いているのは竜之助だ。ゴクリと唾を飲み、凛は再び生霊・竜之介へ視線を向けた。
凛「梶くん……が二人⁈ ううん、違う。だって、その体は……」
生霊・竜之助「栗宮さんっ! 俺のことが──視えるの⁈」
凛「あっ! えっと、これは……その!」
生霊・竜之介はバッと凛へ近づいた。
生霊・竜之介「本当に⁈」
竜之介は不安げに眉を下げ、縋るように凛の手を取ろうとした。しかし、その手は透けて通り抜けていった。
生霊・竜之介「お……俺、どうしたらいいのか……わからないんだ!」
雨の中の子犬のように、涙を浮かべる生霊・竜之助。
【生霊を飛ばせる特異体質になってしまった男、梶竜之助】
凛(しまった!)と、口を塞ぐ。
【絶対秘密の霊感少女、栗宮凛】
一人と一霊だけが残された教室。
【これが、二人の運命の出会いになる】
生霊・竜之助(まさか……こんな最悪の展開で……)
【そして、これは梶竜之助にとっての最高のフラグであった】
生霊・竜之助(最高のシチュエーションになってしまうなんて──!)
【そう──梶竜之助は、栗宮凛に惚れているのだ】
◯桜散る、登校風景。
【溯ること、一週間】
期待の眼差しに緊張を見え隠れさせた顔で歩く竜之助。
新しい制服。通い慣れない通学路。手には入学式の案内が握られている。
竜之助「今日から俺も高校生かぁ〜!」
桜が舞う登校風景。
竜之助「自己紹介……ってやっぱあるよな? 上手に話せればいいけど……人見知りだしなぁ。だけど、人付き合いが苦手だからこそ、最初の一歩を失敗するわけにはいかない!」
ブツブツと独り言を言いながら歩く竜之助。
突然、突風が吹いて竜之助の視界が桜の花びらでいっぱいになる。
竜之助「うわっ!」
風が止むと、桜の花びらがヒラヒラとゆっくり舞い始めた。
幻想的な視界の先、交差点のその先で、竜之介は一人の女子生徒を見かける。
甘栗色の髪。人形みたいに大きな瞳。優しい笑顔を浮かべて、女子生徒・栗宮凛は道端で寝転ぶ野良猫を撫でていた。
竜之介に衝撃が走る。
【たったそれだけ。その瞬間は落雷の如く現れた】
ドクン、ドクン、高鳴る胸を制服の上からぎゅっと握りしめる竜之介。
猫と戯れている凛。
彼女から外せない瞳、高揚する頬。ギュンギュンと竜之介の心臓が締め付けられる。
竜之介(て……天使みたいな人だ……!)
【それだけで、梶竜之助は彼女の虜になった】
竜之介(名前も知らない、声だって聞いたことはない。たった今、彼女の笑顔を垣間見てしまっただけ。それだけなのに、胸が焼き切れてしまいそうだ)
【一目惚れなんて、一秒もあれば充分だった。初恋はまるで落とし穴のように、ある日突然に真っ逆さまに落ちていくものなのである】
猫を撫でる手を止め、「バイバイ」と猫に手を振って、凛は立ち上がるり再び歩き出した。
そんな凛の背中を遠くから見つめて、見惚れながら「ほぅ」と甘い吐息が竜之介から漏れた。
惚けている竜之介は、不穏なエンジン音が次第に近づいてきていることに気がつかない。
キキィィィ‼︎
五月蝿いブレーキ音が鳴った時、車はもう竜之介の目の前まで迫っていた。
遠くなる凛の後ろ姿。まばたきの一瞬で、それは車のヘッドライトに変わる。
竜之介(えっ──⁈)
次の瞬間には、竜之介の体は宙に浮いていた。桜の花びらが青空を覆うように舞っている。
竜之介(空……が……桜色だ……)
路面に投げ出される竜之介の体。
竜之介「…………」
竜之介の意識はなく、通行人の呼びかけには答えない。竜之介の頭から血が流れている。
○病院。病室のベッドで眠る竜之介。
ピッピッピッ、竜之介のバイタル音が病室の中で静かに鳴っている。
竜之介「……ん?」
ゆっくりと瞳を開ける竜之介。視界に入ったのは病院の天井。
眠りから覚めた瞬間にフラッシュバックで思い出すのは、事故の瞬間風景だった。
耳に痛いブレーキ音、逃げられないほどに近づいた車のヘッドライト、追突と同時に感じた浮遊感。その先の記憶は曖昧で、だけど恐怖だけは体が覚えているようだ。
蘇る恐怖のせいで、ぶるりと体が震えてしまう。
竜之介「そうか……事故に巻き込まれて……」
視線を動かすと病室の中だとわかる。
ゆっくりと腕を動かして、手のひらを眺める。
竜之介「よかった……生きてるんだ……」
ほっとため息をつき、竜之介はゆっくりと体を起こそうとした。
その瞬間、ふわりと体が浮いていく。
竜之介「へ⁈ うわっ!」
ふわふわと体がベッドから浮き上がっていく。バランスを取りながら振り返ると、そこにはベッドの上で眠ったままの自分自身の姿があった。
竜之介「え……ちょ……ちょっと待てよ!」
困惑顔で再び顔面を青くする。
竜之介「ま……まさか……俺、死んじゃったのぉぉぉ⁈」
どうしよう、どうしようと、空中をぐるぐると回る竜之介。
そんな彼の耳に入ってきたのは、自分自身のバイタル音だ。ハッとした様子で、心電図まで飛んでいく。体温も、心拍数も、血圧値も平常値のようだ。
竜之介「あれ? 俺、死んでない……のか? あぁ、なんだ。よかったぁ〜」
ほっと一安心の息を吐く竜之介。
竜之介「だけど……あれ?」
ふと思い立ち、竜之介は手のひらを電球にかざしてみた。手のひらはうっすらと透けている。
ぞわりと背筋に悪寒が走る。
【この奇妙な現象は一体なんなのか? 梶竜之介が至った結論は……】
竜之介、頭を抱えて叫ぶ。
竜之介「お、おおお、俺、お化けになっちゃったぁぁぁ⁈」
○通学路。制服を着た竜之介が歩いている。
竜之介「すぐに退院出来たのはいいけれど……はぁ……」
竜之介は通学鞄をぎゅっと握りしめて、クソデカため息を落としながら歩いている。
コツンと小石を蹴り飛ばす。
竜之介「入学式には出られないし。初登校が一週間も遅れることになっちゃうし……。こんなに出遅れて、いまさら友達出来るかなぁ?」
【竜之介は、極度の人見知りで引っ込み思案であった】
竜之介「それに……」
竜之介は、数日前の出来事を思い出していた。魂が体から抜け落ちてしまったあの現象だ。
竜之介「気がついたら、体の中に戻っていたけど……」
竜之介は自分の体をペタペタと触ってみた。体の体温も感触も、確かに感じることが出来る。
心臓に手を当てるとトクトクと鼓動を感じる。生きていることは確実だ。
竜之介「俺って生きてる……よな? あれっきり何も起こらないし。やっぱりアレは夢? だったのかなぁ?」
はぁとため息を落としながら、竜之介は通学路を進んでいく。
○教室。お昼休み。
ドクンドクンと竜之介の胸は高鳴っていた。
竜之介はうっすらと頬を赤らめて、教室の一点に視線を送る。
竜之介(こ──こんなことってあるのかぁ⁈)
視線の先にいるのは、栗宮凛の姿。入学式へ向かう途中で、竜之介が一目惚れした女子生徒だ。
竜之介(制服が一緒だったから、もしかしたらって思っていたけど。まさか一緒のクラスになれるなんて!)
竜之介「うひゃぁぁぁ! やっぱり──可愛いっ!!」
興奮気味に小さな声で呟いた竜之介。あからむ顔を隠すように両手で顔を覆って、指に隙間から視線を凛へと再び向ける。
竜之介(栗宮凛、さん……かぁ。素敵だなぁ……)
短い回想シーン。半日の学校生活で凛の名前だけは知ることが出来た。しかし、引っ込み思案の竜之介では、彼女に話しかける勇気はなかなか出なかった。話しかけようとしては、何度も失敗を繰り返して、あっという間に昼休みになった。
竜之介(人見知りの俺が、いきなり女の子に話しかけられるわけなんてなんだけど……)
自傷気味にため息を吐く竜之介。
教室の中はお昼休みで賑わいをみせている。各クラスメイトがすでに出来上がった友達グループに混じり、昼食を食べている。
そんな中、一人孤独に弁当をつつく竜之介。
【ぼっち飯である】
竜之介(っていうか、まずは友達作りからだよな。入院していたから仕方ないとはいえ……完全に出遅れた)
竜之介は、もそもそと昼飯を口元へと運ぶ。
背後にいるクラスメイトは、「放課後、彼氏とデートなんだよねぇ」などと世間話に花を咲かせている。
竜之介(彼氏と彼女かぁ〜)
凛に「竜之介っ♡ はい、あ〜ん」と食べさせてもらう妄想に耽る竜之介。妄想だけで顔を真っ赤にし、「いやいや!」と煩悩を打ち消す。
竜之介(地味な俺と天使みたいな栗宮さんじゃ……不釣り合い極まりないだろ⁈)
その時、クラスメイトの一人が廊下から顔を出した。
男子生徒「おーい! 次の授業、視聴覚室に移動だってー!」
大声で教室中に知らせを届けると、教室がざわざわと慌ただしくなる。
クラスメイトから「えぇ〜!」「移動めんどくさぁ〜」「視聴覚室ってどこだっけ?」「やば! 急がないと!」などとガヤが上がる。
竜之介(だけどせっかくクラスメイトになれたんだし……話くらいはしてみたいなぁ)
クラスメイトが段々と教室を後にする。そんなことは梅雨知らず、竜之介は片手間に弁当箱を片付け、相変わらず物思いに耽っている。
竜之介(よし! せっかくまた巡り会えたんだ! 絶対! 何がなんでも、今日中に──!)
竜之介の瞳が気合いに燃える。
竜之介(一言でも! 挨拶を交わす!!)
【なんとも小さなガッツである】
小さなガッツポーズを取って、グッと気合いを入れる。
【それは彼にとっての決死の覚悟であった】
その時、竜之介の体がぐらりと揺れた。
竜之介「ほわっ⁈」
眩暈のように竜之介の視界が揺れる。
気がつけば竜之介の魂が、体が抜け出していた。
青ざめる生霊・竜之助。その隣に、本体・竜之介がいる。
生霊・竜之助(どっ……! どうしてこうなったんだ⁈)
竜之助の本体は教科書を持ち、教室から去ろうとしている。その顔は魂が抜けているような、どことなく眠いような面持ちだ。
生霊・竜之介は去りゆく自分自身の姿を見つめ、ほわりと浮いたままで茫然と立ちすくむ。
生霊・竜之助「お……俺の体が勝手に動いてる? ど、どうなってるんだ……⁈」
手をかざしてみると透けている。
クラスメイトは青ざめる生霊・竜之介に目もくれず、彼の隣を通り過ぎていく。誰も生霊の竜之助のことは視えていないようだ。
【決死の覚悟……その結果。竜之介の魂は、抜け出してしまったらしい。】
生霊・竜之助「ど……どうしよう⁈ この前のアレがまさか夢じゃなかったなんて……」
クラスメイトは、魂だけになった竜之介に気が付くこともなく、通り過ぎていく。
生霊・竜之介「あ……あの……」
竜之介はクラスメイトへ声をかけるが、誰も彼のことに気が付くことない。不安から涙が浮かびそうになる生霊・竜之助。
透けた掌の先で、本体・竜之助が教室から出ていく。
そして竜之介は教室で一人になった。
生霊・竜之介「俺の声は誰にも届かないのか……。ど、どうしたらいいんだ……」
透けた掌の先、本体の竜之助と入れ替わるように誰が教室に入ってくる。女子生徒のようだ。
凛「あっ! 忘れ物したぁ! ごめん、先に行っててぇ〜!」
友人「んもう〜! 凛ってば! じゃ、後でね〜」
視線を廊下へ向けたままで、友人へと声を掛ける栗宮凛。彼女が駆け込むように教室へと入ってくる。そして、凛はハッと息を呑んだ。
生霊・竜之助と凛の視線がバッチリと合う。
時間が止まったように、竜之介に衝撃が走る。
凛「え……? だけど、さっき⁈」
凛は慌てて廊下へ視線を戻す。廊下の先には、凛の友人が歩いている。その先を歩いているのは竜之助だ。
ゴクリと唾を飲み、凛は再び生霊・竜之介へ視線を向けた。
ピッタリと重なる視線。自分の存在を確かめるように見つめられ、竜之介の心が温かくなる。
生霊・竜之介(ま、まさか⁈)
凛「梶くんが二人⁈ ううん、違うよね? だって……その体……」
生霊・竜之助「栗宮さんっ! 俺のことが──視えるの⁈」
凛「あっ! えっと、これは……その!」
凛(しまった!)口を塞ぎながら。
生霊・竜之介「ほ……本当に? 俺のことが視えるの?」
竜之介と凛の視線が絡み合う。藁にもすがるように情けない顔の竜之介。
凛は小さくコクリと頷いた。
竜之介の青ざめた顔が少しだけ安心に綻ぶ。
縋るように凛の手を取ろうとした。しかし、その手は透けて通り抜けていった。そんな自分自身の姿を目の当たりにして絶望に息を呑む竜之介。
生霊・竜之介「お……俺、どうしたらいいのか……わからないんだ!」
そんな竜之介の表情に、凛の心が締め付けられる。
凛「梶くん…………」
混乱した様子の竜之介に、凛は優しく声をかける。
凛「えっと……。どうして自分が生霊になっちゃったのか、わからないってこと?」
生霊・竜之介「い……き……りょう……⁇」
竜之介は相変わらず眉を下げ、耳を垂らした子犬のような顔のままで、フルフルと頭を左右に振った。竜之介の頭からはわかりやすくハテナマークが浮かんでいる。
凛(そ! そんな雨の中で捨てられた子犬みたいな顔をされたら、見捨てられないよぅ!)
生霊・竜之介「俺にも何がなんだかわからないんだ……。俺のことが視えたのも栗宮さんだけなんだ……」
凛「こうなっちゃったのは、今が初めて?」
生霊・竜之介「入院中に一度だけ……。だけどアレは夢だと思っていたのに……。それに、こんな風に俺の体が勝手に動いていくなんて……初めてで……」
凛は顎に手を当てて、「ふむふむ」と少し考え込むと口を開いた。
凛「うん。やっぱり梶くんは、『生霊化』しているって考えて間違いないと思う」
生霊・竜之介「生霊化……」
生霊・竜之介(そ、そんなオカルトみたいなこと……)ゴクリと生唾を飲む。
凛「梶くんの本体でもある身体が動けているのがその証拠。生霊っていうのは、思念が霊体化を起こして身体から飛び出してしまうことだから。つまり……」
凛は少しだけ言いにくそうに眉を顰めた。
凛「ねぇ、梶くん? 少し踏み込んだ質問をするけど、私怨を飛ばしてしまうほどの、恨みとか怒りとか、人を憎悪するようなこととか……あったりするの?」
凛(梶くんのことはあまり知らないけど、私怨を飛ばすような人には見えないんだけど……)
凛は竜之介を見つめた。竜之介は依然として、雨の中の耳を垂らした子犬のように不安げに眉を下げている。見るからに善人ヅラの男は、憎悪の私怨を持っているようには思えない。
凛(だって、子犬みたいだし)
生霊・竜之介「お……俺は……そんな私怨を飛ばすようなことは……」
凛「えっと、それじゃ〜強い思いとかは? 何か、思念になるようなもの」
生霊・竜之介(っ⁈ もしかして……栗宮さんに話しかけたいって強く願ってしまったからぁ⁈)
竜之介は凛のことを見つめ少しだけ頬を赤らめた。
凛「……ん? どうしたの?」
生霊・竜之介「い……いや、なんでも……。えっと、『思い』っていうのはあるかもしれない……。でも生霊になっちゃうほどのことなのかは……ちょっとわからないけど」
凛「確か、梶くんって交通事故にあって入院していたんだよね?」
生霊・竜之介「う、うん」
凛「もしかしたらその時の衝撃で、魂と身体の結合がユルくなってしまったのかも……」
生霊・竜之介「な……なるほど」
竜之介は考え込むように、「はぁ。俺は、どうしたら元に戻れるんだろう……?」と力無く言葉を呟いた。
そんな様子を見て、凛はクスッと笑った。
凛(梶くんって、とっつきにくそうなのかなって思ったけど……違ったみたい。だって、なんだか放っておけないんだもん!)
凛「心配しないで。梶くんが体に戻れるように、私も手伝うから!」
生霊・竜之介「ほ? 本当に⁈ あ! ありがとう! 栗宮さん!」
ドンっと胸を叩いてみせる凛。
瞳を輝かせる竜之介。
○視聴覚室前。
扉を数センチだけ開け、視聴覚室の中を覗き見る竜之介と凛。
生霊・竜之介「あ……見つけた! 俺だ!」
凛「本当だ。梶くんの本体は、ちゃんと授業を受けているんだね」
視聴覚室の中では授業が行われており、本体・竜之介もきちんと授業に出ている。顔つきは眠そうに虚なままだ。その様子を廊下から盗み見する、竜之介と凛。
至近距離で凛と体を並べ、満更でもないように頬を赤くする竜之介。
生霊・竜之介(生霊になっちゃった時は最悪だって思ったけど……。まさか、こんな風に栗宮さんと話せるきっかけになるなんて!!)
竜之介は、嬉しさからにやけそうになる顔に力を入れる。緊張を解すように「すぅはぁ」と小さく呼吸を整えて、竜之介は「えっと……」と、凛へ言葉を返す。
生霊・竜之介「栗宮さんの作戦は、『俺の中で思念になっている思いを浄化させて、本体の身体の中へ飛び込む』って方法だよね?」
凛「うん……。梶くんが生霊体になっていることを考えると、魂と身体を融合させるにはそれが一番いいと思うんだけど……」
凛は自信なさげに「私もこんなこと初めてだから、間違っているかもしれないけど……」とゴニョゴニョと言葉を濁した。
凛「うまくいかなかったら、ごめんね?」
生霊・竜之介「いいや。俺だけだったら、わけもわからず生霊のまま彷徨っていただけだったよ。栗宮さんには感謝しかない!」
凛「梶くん……! とにかく、思いつく限りの方法を試してみようね! 元に戻れるまで、私も協力するから!」
生霊・竜之介「ありがとう!」
にこりと笑った竜之介の笑顔に、凛の胸がトクンと小さく鳴る。違和感を誤魔化すように、凛は張り切って声を出した。
凛「え、えっと! まず初めに、生霊になる前に持っていた思念だよね! どう? 何か思い当たるものはある? それを浄化させないと──」
生霊・竜之介「あ! そ……それなら、多分、もう大丈夫だと思う……」
竜之介は頬を赤らめて、恥ずかしそうに視線を泳がせた。
生霊・竜之介(だって、俺が願っていたのは……ただ一つ、君と話がしたかったってそれだけだから)
凛「そう……なの?」
生霊・竜之介「うん! 大丈夫! だから、さっそく最後のステップだ」
ふぅと大きく深呼吸をして、竜之介は視聴覚室へと入ろうと一歩を踏み出した、その時。
凛「あ! あの! 梶くん! ちょっと待って!」
凛に呼び止められて、竜之介は振り返った。
生霊・竜之介「ん?」
凛「あ! あのね……。私が霊感少女なことは誰も知らなくて……だから、その……」
竜之介は優しく目を細めた。
生霊・竜之介「わかった、秘密にする! それに、俺が生霊になっちゃうことを知っているのも、栗宮さんだけだしね!」
凛「えへへ! 私の秘密と梶くんの秘密。みんなには内緒だね?」
凛は、ほわりと笑顔を返した。凛が人差し指を唇につけ、ハニカミ笑顔を浮かべた。
ズキュンとときめく竜之介。
生霊・竜之介(かっかわ!! やっぱり可愛いぃぃ! 可愛いだけじゃなくて優しくて……やっぱり天使みたいだ! 俺、ますます君のことが──!)
生霊・竜之介「俺、自分自身にぶつかってくるよ!」
生霊・竜之介(そして自分の体に戻って、今度こそ俺自身の体で栗宮さんへ話しかけるんだ!)
生霊・竜之介「じゃあ! いってきます!!」
凛「うん、いってらっしゃい!」
視聴覚室の扉をすり抜けて、竜之介は本体の身体へ向かって駆け出した。バンっと身体に飛び込むと、スゥと溶け合うように体の中に生霊・竜之介が溶け合っていく。
始終を見守る凛。
凛「せ……成功した……のかな?」
凛は不安げに竜之介の様子を見守っている。その時ちょうど、終業のベルが鳴った。
視聴覚室からは続々とクラスメイトが退出してくる。流れ出てくるクラスメイトの中から、竜之介を探そうとする凛。
凛(梶くん、大丈夫だったかな?)
すると、凛の友人が凛の元へ駆け寄ってきた。
友人「ちょっとー凛! どこ行ってたのよぉ〜! サボり〜?!」
凛「あ……うん。ちょっと……ね?」
凛が友人へ返事を返していると、竜之介が視聴覚室から出てきた。凛へ脇目も触れず、竜之介は廊下を歩いていく。
凛「ごめん! ちょっと用事あるから、先に教室に行ってて!」
友人「ちょ! 凛ってばぁ〜」
竜之介まで駆け寄る凛。ツンツンと竜之介の背中を小さく叩く。
振り返った竜之介は凛の姿を見るや否や、顔を真っ赤にして慌てた。
竜之介「え? あれ? えっと、く……栗宮……さん⁈」
凛「梶くん? 大丈夫だった?」
竜之介「え? えっと?」
竜之介はワタワタと慌てつつ、首を傾げた。
竜之介「ご、ごめん。その……。なんの……こと?」
竜之介はまるで生霊だった時のことを忘れてしまっているように、挙動不審に凛へと答えた。
凛「え──?」
竜之介「えっと。栗宮さん……俺に何か用事が?」
凛の心臓がドクンと大きく波を打った。
凛「あ! ううん、ごめんね! なんでもないの! あ……、えっとそれじゃ、またね!」
竜之介「う……うん。また……」
凛はその場から逃げるように廊下を逆走し、柱の影へと身を隠した。
凛(梶くん──?)
凛はひょっこりと柱から顔を出して、竜之介を見つめた。竜之介は「なんだったんだ?」と首を傾げ、そして廊下を歩いていった。
凛は戸惑いながら、竜之介の背中を眺めている。
凛(もしかして……覚えてないの……⁈)
凛は驚きに瞳を開き、困惑から手のひらをぎゅっと握り締めた。