
「ブロード街の12日間」(デボラ・ホプキンソン作・千葉茂樹訳)
書籍名:「ブロード街の12日間」
著者:デボラ・ホプキンソン (作)・ 千葉茂樹(訳)
定価:1500円(税別)
棚主ID:2350
書籍に挟んだ解説文
この物語は、ビクトリア朝時代のイギリス、ロンドンのブロード街が舞台の児童文学だ。当時の下町の密度や喧騒が再現され、貧しいが街に根ざして生きる人々の暮らしを知ることができる。
主人公は 13 歳の少年イリー。両親を亡くし、自分の力で生活をしなければならない。この時代のロンドンでは、子どもの労働力は貴重だったから、彼もまた日銭を稼ぎながら暮らすことができていた。川くず屋や、メッセンジャーボーイなどをしながら。
ある日、街に「青い恐怖」と呼ばれる感染症が蔓延し始める。感染源を解明しようと奔走する医師スノウ博士との出会いをきっかけに、イリーは知恵と勇気を振り絞って困難に立ち向かっていく。
テーマは『科学』、骨格は『信頼』
そう、この物語の大きなテーマは『科学』である。スノウ博士は実在の人物で、コレラ流行の原因究明に大きく寄与し公衆衛生を確立した人である。感染症研究という史実を扱いながら、架空の主人公である一人の少年の冒険と成長を描いた物語である。
イール少年は「迷信でなく科学の力で病気の伝染を防ぐんだ。」という博士の言葉に感銘を受け、ともに病気の謎に挑んでいく。
そして、物語のもうひとつの大きな骨格を成しているは『信頼』である。
自分の力を信じ社会の荒波を泳ぎきろうとしているイリーは賢くたくましい。しかし、その姿は、子ども本来の無防備な姿とは真逆で大人びている。
伝染病の調査の手伝いを博士から依頼され、「君を信頼してはじめから任せようと思う。」と言われたとき、イリーの心に火が灯る。これまで、彼にとって働くことは、命をつ なぎ大切な弟を守るための手段であった。しかし、自分をパートナーとして認めてくれる博士の存在が少しずつ彼を変えていく。イリーは、人にはそれぞれの役割があることを学び、自分のやるべきことは何かについて考え、働くことの意味を新たに見出していくのだ。
調査のために街の人を訪ねながら、自分の人生にはたくさんの人が関わっていることに気づいていく。イリーの心の扉が開いていく。
物語の中で語られる「厄介事を抱え込んだのは僕たち全員同じだった。」「どうにかし て僕たちは生き残ったんだ。」という台詞には、『僕たち』という視点がある。そして、『僕たちの未来』という力強い希望がある。
ついに、彼が周りの大人に、秘密にしてきた身の上を打ち明ける決心したとき、人々も彼を心から受け入れる。本当の強さは一人で生きられることではなく、周りの存在を受け入れ、ともに生きられること。それは、信頼を通してこそ手に入れられる宝物であることを、この物語は教えてくれる。