「ドリトル先生航海記」(ヒュー・ロフティング)
書籍名:「ドリトル先生航海記」(「The Voyages of Doctor Dolittle」)
著者:ヒュー・ロフティング(Hugh Lofting)
定価:900円(税別)
棚主ID:2350
書籍に挟んだ解説文
読んだことはなくとも、誰もが名前を知っている「ドリトル先生」シリーズの1冊。どれも魅力的ながら、1冊だけ選ぶなら迷わず「航海記」を推す。
シリーズ全般で語り部を務め、助手になるトミー少年(先生は敬意を込めて「スタビンズ君」と呼ぶ)と先生の出会いから、大西洋への航海と大冒険が描かれる。ポリネシアやジップ、チーチーなどなど、主要キャラも登場する。偏見に惑わされず強く愛する心を教わった。
数え切れないほど読み返し、僕を今の仕事へ導いてくれた本。僕にとっては「夏への扉」と並ぶ双璧。
傑作中の傑作といって褒めすぎでない児童文学
あらゆる動物語を操るドリトル先生、ということは、誰もが知っているでしょう。でも、意外とシリーズ全巻を読んだ人は少ないんじゃないかな。
「子供向けの本」とみなして読まないのはもったいない。12巻(現在の小さい判型シリーズだと13巻なのね)全部読め、とは言いません。せめて「ドリトル先生航海記」は読んでほしい。
もちろんシリーズどの巻も楽しく魅力的だが、「航海記」はトミーと先生との出会いが描かれていたり、主要キャラが活躍したり、全体像をつかむのにピッタリ。ドリトル先生の世界に浸れて、きっと残りの物語を全部読みたくなるはず。
大切なことはドリトル先生から教わった
海外のことなどほとんど知らず、「兼高かおるの世界の旅」で触れる程度の縁遠い存在だった僕の子供時代。
ドリトル先生シリーズにはまったおかげで、乗り合い馬車での移動、当時の差別意識、ネコ肉屋という商売、裁判制度などなど、その場にいるかのようにビクトリア朝時代のイギリスを味わえた。かつてイギリスで採用されていた複雑怪奇な通貨システム(最小単位が1ペニー、12ペンスで1シリング、20シリングで1ポンド、21シリングで1ギニー)を学んだのもこの本のおかげ。
物語が面白いのはもちろん、井伏鱒二・石井桃子のコンビによる文章が素晴らしい。頭が身体の前後に一つずつある(つまり、身体は一つで頭が二つある)シカのような動物「PUSHMI-PULLYU」(「Push me, Pull you」からの造語)を日本語で「オシツオサレツ」としたアイデアなんて、逆立ちしても真似できない。「教会ネズミのように貧乏」といった表現もドリトル先生から知った。
見事な翻訳なので、ペーパーバックで原書を手に入れ、日本語版と読み比べたっけ。その点では「夏への扉」(ロバート・A・ハインライン)と同じで、僕を翻訳や物書きという今の仕事へ導いてくれた作品。
新訳版が出ているけれど、僕の中のイメージが壊れそうで怖くて読めていない。「夏への扉」も同様。
現代の視点で見ると差別的な記述もあるけれど
黒人やネイティブアメリカンに関する記述が問題視され、欧米では批判されたり絶版になったり、という面もあるらしい。学生時代にペーパーバック版の原書を探したけれど、「郵便局」など数冊しか入手できなかった。気になってProject Gutenbergで検索しても、ごく一部しか出てこない。
確かに差別的な表現はある。でも、ドリトル先生が差別しているわけでなく、その時代の一般的な表現が使われているだけ。ドリトル先生自身は、人種や階級などを飛び越えて博愛主義、平等主義を、信念を曲げずシリーズ全体で突き通している。
表面的な記述に惑わされ、それを読み取れないのは悲しい。
原書を読めず悶々としていたけれど、改めて探したらKindle版が存在した。しかも、ヒュー・ロフティング自身の手による例のイラスト付き。これはありがたい。早速買った。