ピアノコンサートに行った話
元々CDショップの店員を職にしていたため、J-POPなど好きなアーティストの音楽は数ありますが、実は一番若い頃から好きなのはクラシック音楽。
自分でもピアノを弾くのだけど、実はクラシック一辺倒。しかも皆があまり得意としない古典、バロックが好み。みんなが泣いて嫌がるバッハのインベンションとか大好きだったという変わり者。中でも飛び抜けて特別なのが、来年生誕250年を迎えるルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン。「悲愴」第一楽章がとても楽しいし、何よりも聞いていても弾いていても楽しい。
閑話休題。
そういうわけで、私はとてもクラシックが好きで、特別にピアノを愛している。特にピアニストの方で私がコンサートにまで赴くのはフジ子・ヘミング氏と、今回コンサートに行ったラファウ・ブレハッチ氏だ。
私はブレハッチ氏を本当に本当に敬愛していて、2005年のショパン国際ピアノコンクールで2位なしの優勝、しかも曲単体の賞も全て受賞という「完全優勝」を成し遂げた方。ポーランド出身で、ショパンの出身国からの優勝者はツィメルマン氏以来実に30年ぶり。当時、ポーランドは大熱狂だったらしい。彼のあだ名はその風貌とプレイスタイルも含めて「ショパン」というのだから、余程の演奏だったということだ。
実は2005年より一次審査から最終選考まで全てがネット配信されていて、現在でもそれは全て見ることが出来る。私は今から10年ほど前に彼の演奏をふとしたきっかけで見ることになり、そこで一瞬でノックアウトをくらった。
その時に耳にした曲は「英雄ポロネーズ」。今持って語り継がれるほどの最高の演奏で、当時20歳の若者だった彼の瑞々しく、端正で、正確かつ繊細で力強い演奏は今聴いてなお最高峰、と言っても過言ではないほどの仕上がり具合。実際今聞いてもため息しか出ない演奏である。
彼の最大の特徴は、スケールの粒の揃い具合と、鍵盤が目の前に見えるような錯覚を覚えるほどの音の独立具合だ。ショパンはロマン派に属する音楽で、どちらかというとベートーヴェンなどの重厚で厚みのある音楽とは違い、小回りと華麗さを要求される音楽になるので、ほとんどのピアニストはスケールの音がずらっと並んでいるような演奏をする。
だが、彼の演奏は1音1音が際立っており、全ての音がはっきりと確認できるほどの音になっている。しかも恐ろしいことに、これが後半、疲れが出てくるあたりでも一切ぶれない。
そして、何よりもミスタッチが圧倒的に少ない。あれだけの曲なら、どんな巨匠であってもミスタッチは必ず出る。それが良いことももちろんあるので(いわゆる「演奏者の個性・味」になる)一概に間違えないことが正しいことではないのだが、それにしても機械で打ち込んでいるのか?と疑うほどの正確性なのだ。鍵盤から指が外れたような感じは一切なく、和音だろうがスケールだろうがトリルだろうが、ペダルを踏んでいるはずなのに全部音が聞こえる。はっきりと。だからミスがないというのがすぐに分かる。
彼の音を「つまらない」と評する人がいるのもわからなくもないのだ。あれだけ正確では、いっそCDと一緒で味がない、という意見もある。もちろん、私からすればとんでもない意見だ。あれを再現するのは、どんなピアニストでも不可能だと思う。
また、何度かコンサートに行って、生で聞いてつくづく感じるのは、スケールや正確性よりも「ピアニシモ」の音の素晴らしさだ。とにかくすごい。口では容易に説明ができないが、明らかに耳にかすかに届くような細く、柔らかく、ガラス細工のように繊細な音なのに、全ての音が粒立って耳に届く。一体同じピアノからどうしてあの音が出るのか。特にフォルテシモの爆音と言えるほどの力強く濁りのない音の後にくるピアニシモが素晴らしく、その落差というか、表現の激変具合がとても心地いいのだ。
あと、左手。あれはおかしい。左利きでもあそこまで正確に、あのスピードで和音のままテンポを維持し、しかもピアニシモ、途中からフォルテシモの変化ができるのは驚嘆に値する。私が一発で惚れたのは、この左手の伴奏のあまりにも力強く性格無比な演奏の映像からだ。
全体的に、彼のピアノには「濁り」が少ない。正確かつ粒立った音を奏でるからだろうが、ペダルの操作がおそらくとんでもなく正確なんだと思う。ペダルは音がどうしても濁りやすいのに、あれだけ瑞々しい音が出るということは、余程繊細なコントロールをしているのだと思われる。
とにかく全てが「私好み」の演奏で「私の理想とする」音を出す方なのだ。そして、彼が現在取り組んでいるのがバッハ、ベートーヴェンとバロック・古典中心というのが本当にもう、私の好みドストライクなのである。これほど聞いていて心躍るピアニストはいない。
(ちなみにフジ子・ヘミングは、全く真逆のプレイスタイルで、一体どこからそんな音が出ているのか、角の取れた丸く優しく深みのある音と、正確性というよりも「ゆらぎ」が滲み出る不思議な音色を出す。「ラ・カンパネラ」があれほど人々に絶賛されたのには理由があるのだな、と生で聞いて痛感した。聞いていると涙が自然に溢れるほど、不思議な魅力を持っている。あと、めちゃくちゃ簡単そうにリストを弾く。全然ぶれない。本当に意味がわからない)
興味があるのであれば、ぜひ彼のピアノを一度でいいから聞いて欲しい。ショパンコンクールの覇者でいえば、ウラディミール・アシュケナージやポリーニ、アルゲリッチ、ユンディ・リー、そしてブーニンなど枚挙にいとまがない。優勝者はやはり現在でも名を馳せる名演奏家が多いのだが、彼は間違いなく今後、そこに名を連ねていく若きピアニストだ。
今後も出来る限り、来日のたびに聴きに行こうと思っている。年齢を重ねるごとに変わっていくであろう、彼の表現力が非常に楽しみだ。
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