腑に落ちることと、月曜日の不安
昨日、「ちゃんと泣ける子に育てよう」を読んだ感想を書きました。
その本の中でね、本来、身体と心は連動している、みたいな話がありました。怒りの気持ちが湧いたら、「腹にすえかねる」「はらわたがにえくりかえる」、つまり、身体の感覚として感じるんだという。
で、「腑に落ちる」っていう言葉も、心と身体のつながりを表してるなあ~と思って。
頭でいくら分かっていても、な~んか納得できてなかったことが、「あ、そういうことかあ」「確かに、そうだ」って、納得できる感覚のことですよね。
「腑」って、たぶん、おなかのあたりかな。
なんかね、「腑に落ちる」ためには、やっぱり、身体感覚が必要なんだ、と思ったんです。
私、最近「じわじわ変わってきた」っていう記事を書きましたけど、じわじわ変わってきて、「人は怖くない」って思えるようになってきたのは、実際に(オンラインだけど)人と濃くかかわる体験をして、その場に流れる空気感を感じて、身体で安心を感じて、それで変わってきたのかなと。
あとね、デッサンのレッスンをたまに受けてるんですけど、今まで先生に「遠目で見ましょう」「遠目で見ましょう」って何度も言われてきたけど、イマイチその必要性が実感できてなかったんですね。それが、「どうしても、この葉っぱと花のバランスが…合わないっ!」ってなったときに、立ち上がって、テーブルの上に置いたスケッチブックと距離を置いてみたときに、初めて絵がすらすら進みだして、「これかあ!」って、やっとわかったんです。
今私が「腑に落ちたい(←なにその表現…)」って思ってるのが、「月曜日は怖くない」ってこと。
なんか、月曜の朝って、不安になるんですよね。「自分のいない間に、職場・仕事の状況が変わってるんじゃないか」「大量のタスクがあって、こなせなかったらどうしよう」みたいな不安なんですけど。
実際にはそんなことは無いんだから、大丈夫だって、自分に言い聞かせるんですけど、なかなか、この不安が取れなくて。
小学生の子供も、週明け不安なタイプなので、人の不安を励ましながら自分の不安を抱えるっていう、いや~な状況で。
これをね、解消するためには、月曜日、実際出勤して、「あ、大丈夫だ」っていう空気感を身体で感じて、それをちゃんと認識して来よう。
そう、今日。
月曜日。