【本】『たそがれ清兵衛』(藤沢周平/新潮文庫)
こんにちは、『猫の泉 読書会』主宰の「みわみわ」です。
今日は、藤沢周平の『たそがれ清兵衛』をご紹介します。
先日、「良い文章を書けるようにするには、良い文章を沢山読むことだ」
と教えてくださった人がいて、じゃぁどんなの読めばいいんですか?って聞いてみたら、この二人を挙げていらっしゃいました。
・藤沢周平
・浅田次郎
浅田次郎はまだ読んだことがないけれど、藤沢周平ならウチにあった…と家族の本棚をのぞいたら、文庫本の『たそがれ清兵衛』がありました。これちょっと前に映画になりましたよね。真田広之と宮沢りえが出てた…。えっ映画化は、2002年?
ていうことで読み始めたら、物語がものすごく面白くて、「良い文章とは?」と確認するのを失念して、一気に読んでしまいました。
八つの短編が収められています。
たそがれ清兵衛
うらなり与右衛門
ごますり甚内
ど忘れ万六
だんまり弥助
かが泣き半平
日和見与次郎
祝い人助八
ね? 題名だけ見ても、とても面白そうでしょ?
〇八つの短編の主人公たちに共通すること
自分ではどうにもならない辛さを抱えていること。貧乏とか社会的立場とか想い人とか。
それでも、無二の剣の使い手であること。
ナントカ流と書いてあっても、剣道のことはわたしにはよくわかりませんが、それぞれの剣の流派があるようです。主人公たちは、そこで第一人者であるとか、かつて第一人者であったことが共通しています。
江戸時代ですから、そんなに剣は使えなくても構わないわけです。なのに、ある意味では、時代遅れな剣の技を、それでも武士である本筋を忘れていないで鍛錬していた人達なのです。
その剣が活きる時が来る話です。彼らはもしかするとその瞬間のためだけに、これまで辛い人生をつづけてきたのかもしれません。
そして、まさに命を賭けて、その瞬間を乗り越えても、藤沢周平の主人公たちは、ほとんどが賭けたものに比べて、大して報われたりしません。
そう考えると、とても切なくなります。
でもね、彼らの剣が活きること、それ自体が天からの褒美なのでしょう。
その瞬間が来ない人生こそ切なくて寂しい。彼らのことが、とても身近に感じられて共感できます。
〇映画との違い。
映画『たそがれ清兵衛』は、本書の短編をいくつか組み合わせたもののようです。
そんなことも知らず、わたしは映画の粗筋を思い出しながら、「たそがれ清兵衛」を読んだとき、「あら、妻が生きてる」ってびっくりしてしまいました。罪作りなタイトルですね。
どの物語を組み合わせているのか、それはぜひ、みなさまそれぞれで読んでご確認ください。
〇良い文章とは
あまりの面白さに、良い文章について考えないまま、一冊読み終えてしまいましたので、これから「たそがれ清兵衛」での藤沢周平の文章の明晰さを確認したいと思います。
★時刻は四ツ半(午後十一時)を過ぎているのに、城の北の濠ばたにある小海町の家老屋敷、杉山家の奥にはまだ灯がともっていた。
うわぁ、一行目から情報みっちり。
「時刻は四つ半を過ぎているのに」の「のに」で、ただならぬ状況であることが伝わってきます。場所も家老屋敷ということは、藩政治のトップレベルの人たちがいるところですよね。
★客が二人いた。(中略)屋敷の主人杉山頼母は深深と腕を組んだまま、何度目かのため息をついたが、やがて腕をおろすとぱたりと膝を打った。
その部屋には主人と客二人の三人の姿が浮かびます。
みんなで真剣な話し合いをしていたのですが、どうにも結論がでなくて、膠着状態、ということがひしひしとつたわってきます。
★「ま、ともかく半沢からの、つぎの知らせを待とう」
半沢さんから来た、何かすごくヤバい知らせのことでみんなで真剣に考え抜いていた。でも情報不足で、様子を見るしかないということがわかります。
で、半沢って誰?
★「もし、間違いないとわかったら、どう処置なさるおつもりじゃな」
客人の問いです。半沢からの知らせに愕然としつつも、その情報の裏をとるとにしたんですね。でも、ぼんやり待っているのではだめで、その次の手を用意しておかなければならないと思って、客人はお伺いを立てているようです。
★と寺内が言った。杉山は、寺内の厚い赫ら顔と丸い眼を見た。
杉山の視線を通して、客人の寺内の姿を描写しているのが上手いなぁと思います。寺内は中年で、丸い眼だから、ちょっと正直者ではかりごとができないタイプかも。だから結論を急ぐのかも。
★「そのときは、とても捨ててはおけん」
この発言は杉山ですね。これまでは捨ておいて我慢しつづけてきたのでしょう。
★杉山は、自分をはげますように、今度は拳で強く自分の膝を殴りつけた。
どうやら杉山は膝を打ったり殴ったりする癖があるようですね。そしてそれは、自分を鼓舞する目的でやっているようだと語るのは、いわゆる見えないナレーターでしょうね。
★「対決して、堀将監を排除するまでだ」
堀って誰だか知らないけれど、捨てておけん敵役なのですね。寺内はホントはこの一言がききたかったのでしょう。
★藩ではいま、根の深い厄介事をひとつ抱えていた。筆頭家老堀将監の専横である。だが、堀の専横には、杉山たちほかの執政にも責任があった。
根の深い厄介事/専横。しかし、勧善懲悪にしないところが藤沢周平っぽいですね。「ほかの執政にも責任があった」とすることで、さらに深く理由を知りたくなる。堀がどんな悪いことをしているのかを知りたくなる。
…という具合に1頁読んでいても、文章がみっちり練られていて、無駄が無くて、次にどうなるか知りたくなる上手い書き書き方をしている!と感心しました。
まぁ、こんな細かく読まなくたって充分に面白いところが、すごいのですが。
以上、良い文章は無駄が無くて、情報密度が高くて、しかも面白いという話でした。
■本日の一冊:『たそがれ清兵衛』(藤沢周平/新潮文庫)