内向絶頂

中国語翻訳だけで食べています。趣味で翻訳したことのある小説を用い、中国語小説の翻訳方法に関する記事を書きました。写真は滅絶師太。ツイッターでは新語などを紹介しています。

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在宅翻訳だけで生きるとどうなるか(2)

前編はこちら(https://note.mu/neixiangjueding/n/n14c2a2bf143a)  その弊害はまず、職業としている翻訳に生じます。普通の人ならばこの文章はこのように翻訳する、常識的な翻訳ならばこうだ、という感覚がなくなります。自分では極めて自然だと思っている訳文でも、他人から見れば何ともおかしな鼻持ちならない文体になっています。ニュースや契約書のような定型文の翻訳ならばさておき、文芸翻訳となると相当なハンディキャップを背負うことになります。訳者

    • 中国語は漢字だらけで読みにくい

       日本で漢字廃止について議論する時に必ず指摘されるのは、ひらがなばかりだと読みにくいということです。事実その通りで、子供の読み物では「分かち書き」という手段が用いられています。大人の日本語では、ひらがな、カタカナ、漢字を上手く組み合わせ文章の硬さを調節することが重要です。  それでは最初から漢字しか使わない中国語の場合はどうでしょうか? 初級中国語の教材では漢字にピンインを振る必要があるため、「分かち書き」のように漢字と漢字の間に広いスペースが出来ていますが、実際に自分で文

      • 在宅翻訳だけで生きるとどうなるか

         筆者は社会人を2年もやらないうちにリタイアし、それからはずっと家に引きこもり中国語の翻訳だけで生きています。こんな生活を初めてもう7年以上になります。  そもそも、誰でもこんな生活ができるわけではありません。人の輪の中にいると喜びを感じる、社会で自分の価値を創出し認められたい、という人にはまったく向いていません。誰からも注目されず、自分勝手に生きていても寂しくないという人の方が向いているでしょう。  本題に入ります。まずは極端な体力の衰えです。都会で働くならば早足で道路

        • 日本人は弁当、中国人は火鍋

           中国人は自分たちを形容する時に、よく火鍋を用います。さまざまな個性を持つ人が火鍋の中に入り、みんな仲良く和気あいあいとやっている、といったニュアンスで。  ただ、本当にさまざまな味の食材を一緒くたにすれば、お互いに殺し合うはずです。そうなることを防ぐため、まず真っ赤っ赤な火鍋スープで食材の持ち味を殺し、スープに馴染ませてしまいます。あの紅いスープの中では、どんな食材も麻辣な味しかしなくなります。それでいて美味しいのです。  紅いスープで食べても美味しくない、もしくはどう

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        • 日々の雑談
          4本

        記事

          中国語小説の翻訳教室――神の代弁者になるために(最後に)

           今回この記事を書くため、十年近く前に翻訳した『永不瞑目』を見直し、多くの誤訳が見つかりました。本文に掲載した訳文のほとんどに、新たに手を加えました。改めて自分の未熟さを痛感しております。  個人的な話で恐縮ですが、私は以前、中国語小説の翻訳を一つの生き甲斐にしていました。これでわが道を極め、ついでに一儲けすることを本気で夢見ていました。しかし何度か挫折したことで、やっと目を覚ましました。盲目的に一人の作家を信じ、その忠実な代弁者になることは、もはや不可能です。  前にも

          中国語小説の翻訳教室――神の代弁者になるために(最後に)

          中国語小説の翻訳教室――神の代弁者になるために(コラム7「ネイティブの意見は信用できる?」)

           有名な翻訳家もインタビューの中で、読めない箇所はネイティブに聞くと発言しています。「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」は翻訳家にとって特にそうで、活字化された後に誤訳に気づいたり、読者から指摘があると、激しい悔恨にさいなまれます。ですから一時の恥を忍んでネイティブに聞く姿勢そのものは間違っていないのですが、余り信用しすぎるのも考えものです。  難解な文章の場合、ネイティブであっても解釈は千差万別です。本を開いて該当箇所を見せれば、前後の文章だけを読み自分なりの考えを口にし

          中国語小説の翻訳教室――神の代弁者になるために(コラム7「ネイティブの意見は信用できる?」)

          中国語小説の翻訳教室――神の代弁者になるために(『永不瞑目』43−47章)

           肖童はなんとか麻薬への依存を断ち切りましたが、情緒不安定になり、欧陽蘭蘭とケンカばかりしてしまいます。ある日、彼女は体調が悪く、父と遠くの病院に行きます。帰ってくると、また些細なことで肖童とケンカします。欧陽天がついに見かねて、仲裁しようとします。 【原文】   “肖童,这种时候为什么你还要和她吵架?”  欧阳天这种公然袒护自己女儿的态度令肖童十分抵触。他没有回答就走向房门,想走出这栋令人窒息的房子。欧阳天拦住他厉声说道:“你没听见她在哭吗,这种时候你应该去安慰她!”

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          中国語小説の翻訳教室――神の代弁者になるために(『永不瞑目』43−47章)

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          中国語小説の翻訳教室――神の代弁者になるために(コラム6「長編翻訳に適した環境づくりと実践 」)

           長編の翻訳はマラソンと同じで、一定のペースを保ち走り続けなければなりません。今日はやる気があるからたくさん翻訳しよう、最近は気が乗らないからしばらく充電しようなどとは考えないでください。訳文の質にムラが出る、それまで維持していたペースが乱れる、翻訳の感覚を取り戻せなくなるといった弊害があります。忙しくてどうしても毎日時間を捻出できないという人は、短編を翻訳するべきでしょう。  毎日一定の時間と精力を確保できる人は、長編にチャレンジしましょう。別の趣味の時間、もしくは睡眠時

          中国語小説の翻訳教室――神の代弁者になるために(コラム6「長編翻訳に適した環境づくりと実践 」)

          中国語小説の翻訳教室――神の代弁者になるために(『永不瞑目』36−42章)

           杜長発の運転でレストランから帰る車内、李春強は協力してくれた肖童にそっけなく感謝の言葉を述べ、今後手伝ってもらうことはないだろうと話します。肖童は誰かに感謝してもらうためにスパイになったわけではないので、気にしませんでした。最初は欧慶春を喜ばせるためでしたが、後に彼はこの仕事を通じ大人として成熟し始め、責任感を持ち取り組めるようになりました。昔はあまり信じなかった愛国や正義といったものも重視するようになりました。この仕事は彼が自尊心を取り戻し、心のバランスを保つため必要にな

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          中国語小説の翻訳教室――神の代弁者になるために(『永不瞑目』36−42章)

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          中国語小説の翻訳教室――神の代弁者になるために(コラム5「翻訳家の失恋」)

           ある作家を神と崇め、その作品の翻訳に身も心も捧げる翻訳家にとって一番のショックは、翻訳する権利を他人に奪われることです。私にもそんな経験があります。  私が大学時代に初めて翻訳した作品は、海岩の『玉観音』でした。海岩は元警察官としての経験を活かし、この作品でも『永不瞑目』と同じく、麻薬捜査をリアルに描き切りました。またホテル経営者である彼は、作中で頻繁にホテルを登場させます。私は当時、警察官にはなれないので警備のバイトをしました。それを辞めるとホテルのフロント係のバイトを

          中国語小説の翻訳教室――神の代弁者になるために(コラム5「翻訳家の失恋」)

          中国語小説の翻訳教室――神の代弁者になるために(『永不瞑目』29−35章)

           一週間たってから、彼女はようやく更生施設に入った肖童を再訪します。彼は順調に回復していましたが、監獄のような暮らしが嫌で、一日も早く外に出たいと訴えます。彼女は仕方なく、施設の責任者と相談をしました。その人は、麻薬への心理的な依存を断ち切るためには、彼を毎日見てやれる家庭が必要だと言います。彼女は帰宅すると父に事情を説明し、協力を求めます。若者を更生させることに意義を認め、父も同意します。  こうして肖童は欧慶春の家で、新生活を始めました。彼女の父との関係も良好で、共に規

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          中国語小説の翻訳教室――神の代弁者になるために(『永不瞑目』29−35章)

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          中国語小説の翻訳教室――神の代弁者になるために(コラム4「翻訳方法の一例」)

           やり方は人それぞれですが、ここでは私が『永不瞑目』を翻訳した時の方法を、一例として見ていきましょう。  (1)下書き   原書とノートを並べ、手書きで翻訳します。辞書は時間短縮のため、電子辞書を使用します。  (2)パソコンに入力  出来上がった下書きを、パソコンに打ち込みます。おかしな日本語表現に気づいたら、ここで訂正しておきます。  (3)原文との比較、日本語の確認  原書とパソコンの画面を見比べ、誤訳がないかを探していきます。それから打ち込まれた訳文だけを

          中国語小説の翻訳教室――神の代弁者になるために(コラム4「翻訳方法の一例」)

          中国語小説の翻訳教室――神の代弁者になるために(『永不瞑目』22−28章)

           欧慶春たちは車に乗り、26日の早朝に昆明市に入りました。昆明公安局は例の桂林ナンバーのトラックが、ある企業の宿泊施設に駐車されていることを突き止めていました。昼になると、関敬山が錦華大酒店というホテルに宿泊していることも分かりました。欧慶春と李春強は昼食を終えホテルから出てきた彼を追跡しますが、市内観光をするばかりで不審な点は認められません。この日は結局なにごともなく過ぎていきました。翌朝、日が昇ったばかりのころ、4台のトラックが出発しました。関敬山はトラックに乗らず、午前

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          中国語小説の翻訳教室――神の代弁者になるために(『永不瞑目』22−28章)

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          中国語小説の翻訳教室――神の代弁者になるために(コラム3「センスと時間と意欲は知識や肩書に勝る」)

           高名な教授だからといって、翻訳が上手だとは限りません。多くの小説を翻訳したことのあるベテランというよりは、研究目的で翻訳している初心者の人もいます。あるいは出版社が実績よりも肩書を重視し、経験のない人に依頼することもあります。前者の場合、真剣に取り組もうとしているので、ぎこちない訳文でも誤訳は少ないという傾向があります。後者の場合は受動的で、しかも多忙な人が多いため、丁寧に訳文を作る時間はありません。  現代小説の翻訳で武器になるのは知識や肩書ではなく、センスと時間と意欲

          中国語小説の翻訳教室――神の代弁者になるために(コラム3「センスと時間と意欲は知識や肩書に勝る」)

          中国語小説の翻訳教室――神の代弁者になるために(『永不瞑目』15−21章)

           欧陽蘭蘭の父、欧陽天は娘の情熱に負け、肖童との交際をついに認めます。彼女は肖童を車に乗せ、父が待っている北京市近郊の別荘(本当に別荘)に向かいます。家に入ると、欧陽天の仕事を手伝っている黄万平という中年男性が迎えてくれました。しばらくすると、彼は肖童を一人で、二階の書斎に上がらせます。ここからはインテリアデザイナーでもある作者、海岩が最も得意とする、室内の風景描写になります。長く難しく挫けそうになりますが、気合を入れて翻訳していきましょう。 【原文】  正对着楼梯有扇房

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          中国語小説の翻訳教室――神の代弁者になるために(『永不瞑目』15−21章)

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          中国語小説の翻訳教室――神の代弁者になるために(コラム2「翻訳の学習態度」)

           学生時代は勉強のため、出版された翻訳小説を中国語の原文と突き合わせ、誤訳をあら探ししていました。でも実はこれ、やり方を間違えると精神衛生上よくありません。有名大学の教授のくせにつまらない間違いをしている、日本語もまともに書けないのかと馬鹿にしいい気になっていると、自分の翻訳で必ずミスをします。勉強は勉強として、他人を批判するよりも、自分の訳文を見直す方が前向きです。そもそも完璧に翻訳できる人なんて、この世に存在しないはずなのですから。  例えば超一流とされる野球選手でも、

          中国語小説の翻訳教室――神の代弁者になるために(コラム2「翻訳の学習態度」)