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2025年J2第1節 大分2-0札幌 所感

⬛︎試合概略

 声優の梶裕貴氏(「進撃の巨人」の原作者である諫山創氏が大分県日田市出身という縁ゆえだろうか)がその美声でサポーターを煽り、スタメン紹介では「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」の第1クール主題歌である"MAN WITH A MISSION"の歌う"Raise Your Flag"が流される。随分と金を掛けたな、という感想を、J2開幕戦の会場であるクラサスドーム大分のバックスタンドで抱いていた。正直なところ、そんなことを考えていた筆者自身も、心中にどこか呑気さを含めていたことを否定しない。昇格を目指す立場である札幌は、アウェイの地で手痛い洗礼を浴びた。

 札幌は、7年間続いたペトロヴィッチ体制でのやり方との違いを早速表現してみせた。しかしながら、少なくともボール保持におけるそれが有効に作用したとはいえず、何より「選手たちのプレイ選択を必要以上に規制しない」という趣旨のことを各所で述べていた新監督のチームが、デザインされた特定の手法に固執しているような印象は不安を抱かせるものだった。

 他方、先期を16位で終えた大分は、選手の知名度こそJ1時代と比較して当然落ちてはいるものの、しっかりと非保持時のアクションに訓練されている様子が見えた。降格組の札幌に襲いかかる様はさながら「阿頼耶識システム」を施術された少年兵によるMSの挙動のように動物的で、札幌の選手はピッチの状態も相まってかかなり動揺しているように見えた。あるいは、エルヴィン・スミスから調査兵団へ勧誘されたおり「とにかく巨人をブッ●したいです」と血に飢えた顔で訴えたエレン・イェーガーのようにも。案外、梶氏にインスパイアでもされたのかもしれない。

 ふざけた前置きはさておき、早速、以下に試合のポイントとなった部分を簡単に述べていく。両軍のスタメンは以下の通りである。

⬛︎モデルチェンジされた札幌の保持の形

 まず、何よりも先に確認すべきは札幌によるボール保持の手法だった。これ自体はすぐに看取できた。事前の報道である程度想定されていたが、札幌の3CBは4バックへの変形を、少なくとも必須とはしていない。2名のCHが下がる頻度もだいぶ低い。そして、この5名でパス交換を繰り返す。荒野でなく明らかに軽量級である木戸をCHに配しているのは、この段階でのミスを増やしたくないという意図ゆえだろう。それ自体は十分に理解できる。

 さて、新手法の実践に関して、一点興味深い事象があった。左利きの高嶺が、CHの右に配されていたことだ。これの意図は2点考えられる。まず、大学時代に左の攻撃的なポジションを主戦場としていた木戸にとっては右の方が適応しやすかったという可能性。もう一点が、上記の5名でのパス回しの後工程との関連だ。抑も、キャンプ序盤で採用されていた3-4-1−2でなく、3-4-2-1が採用されていたこととも関連し、筆者は後者を有力と推察している。奏功しなかったが、前半に数度確認できた特徴的な形から推察される、準備されていた崩しの形は、下図のようなものだろう。当然、近藤からのシンプルなクロスも織り込まれていたはずだが、高嶺がいれば、異なる種類のクロスを供することができる…そんなやり方で、岩政監督の言う「CBの背中」を襲おうとしたのではないだろうか。

同サイドでCBとCHとがいずれもマークされた状態から、二列目の選手が降りてくることで
瞬間的に数的優位を形成。敵CHの目線を変えさせたうえで、こちらのCHがインナーラップする
敵の守備網をスライドさせたうえで、手薄になった逆サイドへ高嶺が左足でボールを送り込めば、
ボールはインスイングの軌道で荒野と中村のいる左側に届いていたかもしれない

 札幌にとっての誤算は、CHのインナーラップの前段階としてのパス交換に時間をかけ過ぎたことだろう。大崎が朴に対してポジショニングの注文を付けているシーンは複数回確認できたが、自身と横並びに近い状態にあることを大崎は問題視したのかもしれない。木戸が、ボディコンタクトを避け「安全」にボールを触りたがるタイプであることと、そもそも実戦でのコンビが初ということもあってか、朴はかなり位置取りに迷っているように見えた。本来なら、近いサイドのCHにボールを預けたあとで、対面の相手の背後に潜るアクションが必要なはずだったが、それを避けているように見えた。上図の例でも、青木へのボール供給路として想定されていたのは、当然菅野だけではあるまい。高尾・高嶺のパス交換やポジション移動により有働を動かす事が望ましかったはずだ。この点は習熟が必要なポイントだろう。

 札幌は、この5名でのパス回しを封じられた場合にはサンチェスへのローンボールをすぐさま選択していたが、それ以外の選択肢を作らなかった。たとえば、20分近くのビルドアップのシーンで、高尾の開きに連動して同サイドの有働がスライドをかけたことによって、縦パスのコースが空いたシーンがあったのだが、このとき高嶺はキーパスを選択していない。大分の3CBは、後述する"4−1"によるプレッシングが作用している状態においては、サンチェスのみを警戒していればよかった。前もって準備していたところに敵が入ってきてくれるのだから、当然だ。

 札幌は後半から、中央でのパス回しを棚上げとし、サイドに早めに起点を作る策にシフトしている。いわば、先期までの手法に回帰した形だが、サイドチェンジを多用せず、オーバーロード状態から強引にアウトサイドを力押ししていくような印象だった。二列目の左右を入れ替えて荒野を配したのは、所謂「チャンネルラン」を課す意図だっただろうか。

⬛︎いわきから来た「バルバトス」と驚かされた片野坂監督の「宗旨替え」

 大分が札幌のビルドアップの手法を、どの程度詳細に想定していたかは定かでないが、結果的に、手探り状態だった札幌のビルドアップは大分の戦術意図のもとで制御されるようになっていく。

 この試合のDAZN配信で解説を担当していた増田忠俊氏は、大分の前線のプレッシングを「マンツーマン」と表現していた。確かに、前後で5−5の数的同数の組み合わせが2つある状態ではあったのだが、先期まで札幌が実践していたような極端なそれでないことには留意が要るだろう。いくつかの違いがある。

 まず「マンツーマン」の現出するタイミング。序盤、札幌のボール支配率は7割を超えている。20分近くまでの大分は、自陣深くまでの撤退も選択している。しかし、札幌の3CBの脇の選手が所謂「ハーフスペース」でプレイすることを課されていたことも手伝い、元より、札幌の後衛の選手と大分の前線の選手との距離は近くなりやすい。このうえで、高尾と朴がCHにボールを預けたあとのプレイ選択が保守的であったことも手伝い、大分の二列目の池田・有働が徐々に元気になり始めていくのだ。自身の背後を気にしなくてよい、と思えれば、選手はまさに「後顧の憂い」なく目の前の敵をハントできるようになるものだ。先期までの札幌は戦術上の教義によりそう仕向けられていたわけだが、この日の大分は、手探りで、札幌の様子を見ながら徐々に狙いを現出させていった。

 もう一つ異なったのは、例えば高尾と朴を相手にする有働と池田であれば、あくまでハーフスペースで前進を始めるそぶりを見せてから…というように、アプローチから実際のボールハントに移るのが、対面の選手がドリブルのためにボールを突いた瞬間や、キックモーションに入った瞬間など、次の段階に移るための何らかのアクションが、ボールを奪いにかかるタイミングであることが徹底されていた点だ。

 いざ、プレイしようとしたまさにその瞬間に、そのプレイを制限されることが続くことで、ボールホルダーに蓄積される違和感はまさに「チリツモ」していつしか大きなストレスとなっていく。そして、札幌の後衛がプレス回避の手段としてサンチェスへのロングボールしか選択しないこともあって、後方で控えるCBが数的同数も全く意に介さなくて済んでいたことは前述の通り。「マンツーマン」といえば「マンツーマン」ではあるのだが、敵が既にボールを完全にコントロールしていようが命令だから無謀でも突っ込む、とでもいうべき蛮勇さが、綺麗に洗浄されたような運用になっていたのだ。

 筆者は、そのようなプレイの練度の高さそれ自体以上に、これを植え付けているのが、片野坂知宏氏であることに、新鮮な驚きを覚えた。

 広島在籍時代に、当時広島で監督の任にあったペトロヴィッチ監督のもとでアシスタントを務めていた同氏は「独立」した大分での第1次政権時代に、広島ほど飛び抜けた質のCHを有していないことへのソリューションとして、自陣に多数の人員を配置した状態でのパスワークから敵のハイプレスを誘引し、良質なフリーランニングの能力を持つアウトサイドプレイヤーの能力を活かしてこれをひっくり返す手法を編み出した。その手法はまさに、かつての師の手法を、師が抱えていた一流のアンカー=青山敏弘現広島コーチを擁さずして実践する試みだったのだが、随分と彼によるサッカーの印象が変わって見えた。いつの間にか、ブレントフォードを率いるトーマス・フランク流に「宗旨替え」していたのか。あるいは、この試合でのやり方は、あくまで札幌戦に特化されたものなのか?ただ、この問いの回答を探すことは本稿の趣旨でないので、以上の言及は避ける。

 さて「…オルフェンズ」の第1話における主人公陣営のように耐え忍び、徐々に反転攻勢を仕掛けることが可能であることを掴んでいった大分に、その第1話のラストシーンの如く「バルバトス」が武器を振るって登場したのは、実に73分のこと。先期38試合で10得点という実績を引っさげ、いわきから新たに加入した有馬幸太郎である。

 尤も、ギリギリまで登場しなかった本家と異なり、この有馬は、得点を挙げる以前から鮮烈なインパクトを放ってはいた。体躯の強さが特に地上戦で生きるタイプのようで、ボールを足元に収めてからの反転力が際立つ。スプリント自体が速いというよりも、足先だけのわずかな幅であっても、とにかく一瞬早く前に出られる。しかもこれを繰り返せる。ロングスローのこぼれ球が彼の前にこぼれてきたのは、試合序盤から大崎をかなり苦労させることに成功していた彼へのギフトだったのだろう。仮に得点がなくとも、ボールを相当な確率で前に進ませることに成功した彼への称賛は止まなかったはずだ。

⬛︎時間はありそうでない。ベストモードの確立を急げ

 攻めあぐねたうえにセットプレイから2失点、しかもその「攻めあぐね」の工程では、しばしば楽観的すぎる周囲のポジショニングで自分たちから敵にチャンスを献上する様は、ファンを不安にさせるのに十分な負のインパクトがあった。先期、カオスの中に秩序をもたらした功労者である大崎が有馬に翻弄されたことには小さからぬ衝撃を覚えたし、3CB脇の2名が、近いサイドのCH以外のパスオプションを封じられた場合の停滞ぶりも、事前の期待に対して貧相な現状に対する不安をブーストさせるに十分だ。

 とはいえ、前体制に比して明確に良化したと思えるポイントもある。オープンプレイでの自陣での守備である。札幌が攻めあぐねたこと、および大分が例外なくGK濱田からもロングボールを蹴ってきたこと(有馬がいることを踏まえれば当然の策だ)から、ハイプレスの手法およびその練度は測りきれなかった。とはいえ、まずは基本ポジションに迅速に戻り、ボールの高さに合わせてラインを形成すること=敵のプレイしたい場所を先行で埋めること、ができており、そのうえで、しっかりとボールへの反応もできているようだ。この点はおそらく、岩政監督が得意とするところだろう。

 セットプレイから喫した失点はいただけないのだが、2失点にはそれぞれ内実の違いもある。ロングスローから喫した1失点目はPA内に2つのラインを形成し、ゴール前で足を振るだけのスペースを十分消せていたところ、そのライン上にいた有働が外側に開くことで札幌の選手をズラしていたことが効いており、こちら側が、これまでのものと異なる習慣が身についていないことと、敵のうまさとが合致した結果とも言える。問題は、速いボールを跳ね返したあとに皆が皆、そのボールの行方を目で追ってしまい、シューターへの対応が遅れた2失点目のほうだろう。この点も前体制のときから頻繁に見られた現象ではあるが、悪癖の残存という意味で、より罪深い。

 ビルドアップの改善を筆頭として、事前の期待ほどのインパクトを与えられなかった保持工程で、より具体像をプレゼンテーションしてもらう必要があるのは論を俟たない。後半のようにサイドに早めにボールを逃す工程を経ても、劇的にチャンスが増えなかったことを踏まえると、なんとか、終わらないパス回しに終始した3-2ユニットでの組み立てを改善し、その背後にクリーンにパスを通す作業を続けていくべきだ。伸び代はそちらにある。この試合にしても、サンチェスへの「ロングボール」でなく、逆に下がってきた彼にグラウンダーのボールを通して、逆に彼が元いたスペースに誰かを走り込ませる、ということもできたように思うのだ。それこそ、これまで札幌が散々、やられてきたように。

 そのためには、構成員の人員も見直される必要があるだろう。ボールをクリーンな状態で持てたときには相応のインパクトを残し、守備でもらしくなくタックルを見せた木戸だが、ボールを受けるときに敵からのコンタクトを忌避する傾向があり、それにより味方側が予期しないタイミングでボールを放すことがあった。敵にとって、2人目、あるいは3人目によるボールカットの可能性を感じさせやすい選手のように映ってしまうのだ。ボールを失った直後のデュエルですぐにボールを回復できる馬場のほうが、現実的にボール逸を危機に直結させないことには貢献しそうに思える。敵のプレッシャーがなければ、確かに木戸のほうがよりボールを危険なところに運び出せるだろう。だが、サッカーには常に相手がいる。

 新機軸を指導させたばかりのチームに継続性を求める声もあるだろう。一般論としては、まだ時間はあるわけなので、それもそれで正論だ。ただ、今期の札幌は昇格を目指すことを明言している。昇格の確率を高めるという観点では、やはり自動昇格圏内に入ることこそ望ましく、そのために許される敗戦数は精々6~8であるところ、早速一敗を喫しているわけだ。満足に実践できなかったプランAの確立を進めながら同時にプランBも固めていくような実験の時間的余裕がどれほどあるか?

 「ゴール下までいけば練習通りにできるんだ…」と、自分の能力が発揮できる状況を作らせてもらえない敵の能力を嘆いたのは「スラムダンク」の河田美紀男だが、テクニカルエリアで悩ましそうにピッチ内を見つめる岩政監督も「練習通り」に事が運ばない理由に悩み苦しんでいるかもしれない。申し訳ないが、悩んでもらうのは当然で、さらには改善を勝敗に繋げていく必要がある。試合前、流れていた"Raise Your Flag"のタイトルと歌詞の内容とは裏腹に、岩政印の旗は高く上がることはなかった。その旗が上がるのか、そもそも担ぐ価値のあるものなのか。遠慮のない批評の目が彼を待っている。山口や秋田といった、おそらくは大分以上に「J2らしい」サッカーの敵との対戦は、いきなり訪れる、彼の正念場になるのかもしれない。


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