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いくつもの敗をかさねて

 「そろそろ、覚悟をするときかな、艦長」。

 …追加タイムが5分に達する数秒前に、マティアス・イェーレンベック主審が試合終了を告げるホイッスルを鳴らす。ヴォノヴィア・ルールシュタディオンの虚空に響いたその音によって、自分たちがより厳しい状況に追い込まれたことを知ったヤン・ティールマンが、捨て鉢にボールを蹴り出した。彼の背中が物語るフラストレーションを感じながら、咄嗟に思い出されたのが、「機動戦士Vガンダム」の第50話にて、登場人物のひとりであるジン・ジャハナムが、周囲の人間の醸し出す空気に感化されたのか、どこか仕方なさげに絞り出したこの台詞だった。

 文脈は異なる。同作では、このジン・ジャハナム以下、主人公勢力の上層部を占めていた老兵たちが、若いクルーを乗艦から退艦させたうえで、敵艦に特攻する。つまり「覚悟」というのは、次代を担う若者に後事を託すために、自らが犠牲になることへのそれだった。ブンデスリーガの残留争い・VFLボーフム対1.FCケルン(以下「ケルン」)という地味極まりない試合を、アウェイチームのファンとして観ていた筆者が、試合終了直後に感じた「覚悟」とはもちろん、ブンデスリーガ1部からの降格に対してのそれである。これで、前節のアウクスブルク戦と続けて、下位にいたチームと引き分けが2つ続いた。Aマッチウィーク明けの次節の相手はバイエルン。それゆえに、勝利だけが求められていたこの2試合で、積み上がった勝点は2。どうしても先行きは暗く思えてくる。

 23−24シーズンのブンデスリーガ は、既に11節を消化した。10勝1分の勝点31という驚異的な数字を、誰もが唸らざるを得ない鮮烈な試合内容を伴って叩き出し、順位表のちょうど逆サイドに、堂々と立ち位置を確保しているレバークーゼンとは対照的に、ローカルライバルであるケルンはわずかに1勝。順位は自動降格圏内の17位に沈んでいる。最下位ウニオン・ベルリンとの差は、わずかに得失点差で1。しかもその差は、ウニオンが〜彼らのここ数シーズンにわたる躍進を考慮すればあまりにも意外だが〜同節に4−0の大差で敗れたことに起因する。なお、その相手は奇しくもレバークーゼン。なんとも皮肉なことだが、ケルンは、ローカルライバルの望外の手助けを得たことになる。

 先期を11位、先々期を7位で終えたチームが、11節終了時点でわずかに1勝と、低迷しているのはなぜか。予想外、というほどでも実はなく、それなりの理由が当然ある。以下、そうでなくともニッチなマーケットであるブンデスリーガの、それも下位クラブに対しての考察ということで、大した需要はないと思われるが、その理由について、私見を述べていくこととする。


⬛︎背景①:バウムガルト監督が採る戦術自体に内包されるリスク要因

 先々期より指揮を執るシュテッフェン・バウムガルト監督は、ロストック生まれの51歳。選手生活のほとんどを旧東ドイツ地域のクラブで過ごし、2017年から4期に亘って率いたパダーボルンで印象的なチームを構築した功績を買われ、ケルンに招かれた同氏の志向するフットボールは、オーソドックスな理論を彼なりにアレンジしてなる、型破りで出入りの激しいものだ。すっかり彼のトレードマークと化したハンチング帽に、真冬の試合でも半袖のままという独特の服装もあって、すっかりキャラ立ちしている彼らしさが、そのまま反映されているかのように。

 まず、10節までの基本布陣を下記に示しておく。

 先期と比して、入れ替わったのは両SB。右では、守備力を考慮すれば唯一の本職だったベンノ・シュミッツを押し除ける形で、ヘンクから買取OPなしのローンで加入したのデンマーク人、ラスムス・カルステンセンが台頭。シュミッツと比較すると対人強度はやや劣るがスピードでは同等。キックの精緻さでは上回り、試合によっては一列前もこなしている。引退したヨナス・ヘクターに替わる左SBは、コソボ代表のレアルト・パカラダ。ザンクトパウリでは主将も務めた選手だが、アウトサイドでキック技術を活かすプレイが多く、幾分古典的なプレイスタイルに映る。U21欧州選手権で負傷したティールマンに代わり、二列目に定着することが期待されたルカ・ヴァルトシュミットは、一応、下図には含めたが、後述する理由により、絶対的な存在とは見做し難い。

 さて、先期最終節のバイエルンとの激闘について記した前々回のテキストで、ケルンのプレッシング構造の特徴として、「SBの縦スライドのタイミングの早さ」について言及した。この「タイミングの早さ」については裏がある。基本システムを4-2-3-1とした場合、最前列の"3-1"を構成する4人が極端に高いエリアまで進出する一方、最後列の"4"は意外なくらい低い位置に留まっている。つまり「ハイライン・ハイプレス」なのではなく、「ローライン・ハイプレス」。一般的に「ハイプレス」を志向するチームは、最後列をハーフラインの手前くらいまで上げておくものだが、ケルンの最後列は高くてもセンターサークルの後方くらいまでにしか出てこない。ゆえに、SBは縦スライドのスタートを早く切らねば、最前線に追いつけない。旺盛なSBの縦スライドの背景には、DFラインの低さという要素が隠れているのだ。

ファーストラインは高く、SBの縦スライドも迅速だが、DFラインが低いので、
ライン間では恒常的な数的劣位の状態が保存される傾向にある、ケルンのプレッシング組織

 一般的に、ローラインを敷く理由として挙げられるのは「背後を狙われての背走の忌避」だが、ケルンでのそれは「ティモ・ヒューバースの強みを活かすこと」が背景にあると考えられる。このヒューバースは、身長が190cmを超えることを忘れさせるくらいにスピードがあり、前向きに敵にアプローチするときに無類の強さを発揮する。1,000万€近い移籍金に化けてヴォルフスブルクへ旅立った(そして、今期9節のアウクスブルク戦で華麗なボレーシュートを自軍ゴールに叩き込んだ)前任者のセバスティアン・ボルナウは、カバーリングに長けるスマートなタイプだったが、ヒューバースは敵の前に回り込んでのインターセプトや、敵に追いついたところでの激しい潰しに特徴がある。右足でボールを運びながら繰り出すキックもなかなかの正確さ。ローライン設定によって意図的に広げられたミドルゾーンでヒューバースの能力を活かし、彼にボールを運ばせることで、カウンターを成立させたい…そのような設計意図が見えるのだ。

中を切られたSBはライン間にボールを差し込むが、この手のボールにヒューバースが強い

 「コンパクト」であることを是とする考え方には明らかに反するが、最後列がローラインであるにしろハイラインであるにしろ「コンパクト」である場合、敵のプレイエリアを狭めることができるというメリットもある一方で、ボールを奪取した自分たちがその狭いエリアの中から出られないこともある(狭いエリアに密集した味方たち同士でショートパスを繋ぐことは存外難しいものだ)。それよりも、走れて、潰せて、運べる選手に、彼のためのプレイエリアを確保するほうが確実…そんな考えなのだろう。そして、ハイプレスを仕掛けた味方は前線に残っているから、ヒューバース、あるいは彼からボールを託されたCMFの選手には多くの選択肢がある、ということになる。

いざ、ボールを刈り取れば、ヒューバースには多くの選択肢がある状態

 他方、GKからボールを進めていく所謂「ビルドアップ」では、CF・WG・CMFの1名を含む5名を前線に送り込んでおき、DFの4名と、CMFの他方とからなる5名でボール保持を開始することがお決まりになっている。

 このやり方のメリットは、こちらの前線の選手たちにより敵の後衛の選手たちを低い位置に押し留めておくことで、前後の中間に広くスペースを確保できることと、そのスペースに選手が入っていく手順をランダムにすることで、敵の混乱を助長できることにある。ゼルケが下がることもあればマイナが下がることもあるし、一番下がる回数が多いのはフロリアン・カインツだが、その人選とタイミングはランダムであるがゆえに、敵は一歩出遅れる。デメリットは、ケルンの5名(GKを含めれば6名)が、自身の前方に前進路を確保する目的で大きく前後左右に広がることから、それぞれ孤立した状態でボールを受けることになるため、彼ら自身の個人のスキルにより前進可否が大きく左右されてしまうこと、換言すれば、敵のハイプレスが効果的になりやすい状況を自滅的に招来してしまうことだ。

ケルンのビルドアップでは、DFライン+マーテルとそれ以外のメンバーとの前後間隔が広く確保され、
所謂「前後分断」状態になることが多い。

 以上のように、バウムガルト監督は、攻守両面において、所謂「前後分断」を念頭に置いた手法を採っている。

 コンパクトネスへの興味が薄く、むしろスペースを敵に積極的に供給することで、自身のスペースも確保する。そんな「肉を切らせて骨を断つ」という日本の諺がよく似合う、よく言えば勇敢な、悪く言えば無謀なスタイルを信望しているのだ。そして、ドイツではこの手の一派が意外にも受け容れられやすい。既に解任されたが、今期途中までアウクスブルクを率いていたエンリコ・マーセン監督(バウムガルト氏と同じく旧東ドイツのヴィスマール出身)は、実験的なオールコートでのマンツーマンディフェンスを志向していたし、先期途中にシュトゥットガルトから古巣ホッフェンハイムの指揮官に転じたイタリア系アメリカ人ペッレグリーノ・マタラッツォも、オールコートとは言わないまでもマンツーマン志向が強く、対人強度を前面に押し出すスタイルを採っている。バウムガルト監督の手法の根幹原則はゾーンだが、局面の激しさと、敵にスペースを提供することを厭わない点では彼らとの共通項は多い。

⬛︎背景②:移籍マーケットでの唯一の失敗。スヒリの穴は補填不可能

 このような志向性ゆえに、非保持状態にあるケルンはCMFが非常に広いスペースをケアする必要がある。いくらヒューバースの対人能力が高くとも、複数人がライン間に入ってくれば、彼がDFラインにステイせざるを得ないこともあるからだ。

 先期、このポジションを預かっていたのは、チュニジア代表のエリス・スヒリ。今期、19年のモンペリエからの移籍加入時に締結された4年契約が満了したことを受けフリーでフランクフルトに加入、ディノ・トップメラー新監督からの信頼をガッチリと勝ち得、リーグ戦の全試合に先発出場する28歳の穴は、あまりにも大きすぎるのが実情だ。

 彼がこなしていた仕事は多岐に亘る。痩身だがその分読みが鋭く、インターセプト能力に優れる。ハイプレスの結果、ボールをサイドに追い込めたときに、そのエリアに近づき過ぎないという判断にも長けていた。ビルドアップに際しても、広いスペースを一人で預かるに足るボールハンドリングの能力、状況に応じて立ち位置を変えることで自身の眼前にスペースを確保できるだけのビジョンを有していた。このうえで、セットプレイでの得点力まで兼備しており、9番タイプの不在にシーズン終盤のダヴィー・ゼルケ台頭まで苦しんだ先期のケルンにおいてチーム最多の7得点を挙げさえした。超人的な仕事ぶりだった。

 その彼が抜けた。しかもフリーで、である(新天地として、ジャカの加入が既にアナウンスされていたレバークーゼンでなく、確実に出場機会が得られそうなフランクフルトを選んだというところに堅実さがうかがえる)。いまだに財政危機を引きずり、まだ負債を5千万€近く残すケルンに、彼クラスの選手を移籍市場で獲得できるだけの資金はない。

 もちろん、先期であればゼルケやリントン・マイナがそうであったように、ケルンはフリーで獲得できる選手でもそれなりに当たりを引いてきた。この点、先々期の終盤よりスポーツダイレクターを務めるクリスティアン・ケラー氏はよい仕事をしているが、ノアシェランからフリーで加入し、スヒリの後釜と目されていたデンマーク人、ヤコブ・クリステンセンの獲得に関しては、評価は辛くならざるを得ない。リーグ戦での出場は未だゼロで、6節のシュトゥットガルト戦を最後にベンチからも外れている。原因はシーズン開幕前の負傷を未だ引きずっているとも、あるいは疲労とも言われているが、とにかく、ポスト・スヒリになる以前の状態である。そもそも彼は、プレシーズンマッチではトップ下で起用されていた。適性ポジションからして違うのかもしれない。

 前段に記載した通り、右SBはカルステンセンがシュミッツを押し除けることで戦力アップがなされた。ヘクター去りしあとの左SBは、パカラダに加えて18年以来の古巣復帰となったドミニク・ハインツ(ボールを運ぶときに肩部をにゅっと前方に突き出す独特のフォームを取ることから、フリーアナウンサーの下田恒幸氏から「猫背のハインツ」という渾名を拝命している)でなんとか補填できている。ただ、スヒリの穴だけはどうにも埋まらない。

 開幕直後からしばらく、バウムガルト監督は、先期もCMFの位置で主力の地位にあったドイツU21代表のエリック・マーテルと、今夏ヴォルフスブルク移籍の噂が流れたオーストリア代表の万能選手デヤン・リュビチッチの2名をCMFに並置していた。ところが、この2名はいずれも運動量こそあれ、司令塔タイプではない。どちらかと言えば、留守を預けた状態での飛び出しや、前線でのプレイにこそ持ち味を発揮するタイプで、DFラインの前でのパスレシーブという繊細な仕事を得意としてはいない。先期までは、それこそスヒリがいたがゆえに思う存分働けていた選手なのだ。一部には、マーテルのパス成功率を高く評価する向きもあるが、個人的には同意しかねる。敵の形成するラインを越えるパスがなく、バックパスや、敵にとって脅威でないSBへのパスが主であるように映るのだ。CMFにパス出し役が不在であれば、逆にCBにボールを運ばせて、CMFをカバーリング担当にするという手もあるはずで、実際に左利きのユリアン・シャボという適任者もいるのだが、その方向に進む気はなさそうだ。

 なお、開幕からの3節、ケルンは実は前述の「ローライン・ハイプレス」でなく、ごく一般的な「ミドルライン・ミドルプレス」を採用していた。開幕節の相手だったドルトムントが擁する傑出したウィンガー、ドニエル・マーレンにスペースを与えることを厭ったがゆえの例外的な判断かと思っていたが、3試合続いていたところを見ると、スヒリ不在に対するソリューションのひとつとして、ミドルプレスからの速攻の展開が意図されていたのかもしれない。しかし、ブロック形成時の横スライドと、斜め後方のポジションの維持とを連動させることを大前提としたソリッドな組織構築に失敗し、あえなく頓挫している。

 余談だが、この現象はケルンに限られない、ブンデスリーガにおける「あるある」だと思っている。私見では、一般的なゾーンディフェンスの原則に基づく組織構築については、クリスティアン・シュトライヒ率いるフライブルクと、かつてのディレクターであるラルフ・ラングニック氏が、アリーゴ・サッキのミランを研究していたとされるRBライプツィヒの2つが、際立って優秀であるように映る。 

⬛︎背景③:①×②がもたらすカタストロフィ。ヴァルトシュミットという「贅沢品」

 さて、4節以降、これまでの戦い方に回帰したケルンだったが、戦術自体がリスク要因を内包しているところ、その戦術遂行において安定性を保証していた存在が抜ければどうなるか。言うまでもなく、生じるのはカオスである。

 ボールを前に運べなくなることで、ポジショニングが整っていない状態での守備対応の時間が増える。慌てて帰陣したあとで、前段に記載した守備組織構築の問題から「スペース」と「人」とのいずれを基準にするかが曖昧なまま走らされ続ける。それが体力と精神力との双方を消耗させた結果、ますます攻められなくなる…というように。不可解なのは、そのような現状がありつつも〜多分に主観的な印象によるが〜ゼルケを目掛けたロングボールによるプレス回避も少ないということだ。尤も、これについては、セカンドボール回収に優れるティールマンがしばらく不在だった、という事実も関係してはいるだろう。

 いずれにせよ、自身が内包する戦力的要因のみならず、下位争いをしているという事実によっても、ケルンは自らを苦境に追い込んでしまった。そして、ボーフム戦が典型だが、戦術的秩序のなくなったカオス状態〜相手にボコボコに殴られ、しかし、ガードが甘くなった相手をボコボコに殴り返すような展開〜を感受する場合に、必要な要素はパワーであり、スピードである。

 ケルンにとっての難しさは、その点でも見劣りするところだ。私見では、この点でリーグの中で一廉の存在と言えるのはゼルケ、好意的に見積もっても、ヒューバースを加えられるか…というところ。マーテルとリュビチッチについては、悪くはないが、ハイレベルというほどではない。マイナはスピードとキレのあるドリブルこそあれパワーには乏しく、プレーメーカー型のカインツや、負傷から復帰したマルク・ウートも同様。そして、今夏ヴォルフスブルクから、1年のローン/完全移籍時に3年契約に移行、という一風変わった契約形態で加入した元ドイツ代表、ヴァルトシュミットも、似たような位置づけとなる。

 プレシーズンの数試合で高い存在感を示し、ホーム初戦で期待通りに初得点を挙げ、リーグ初勝利となったボルシアMGとのダービーマッチでの得点が記憶に新しいヴァルトシュミットの持ち味は、ライン間でボールを受ける技術の精緻さと、左足でのフィニッシュワーク。ファーストタッチでのボールの置き方と、インパクトまでの移行はスムーズで、ラモン・ディアスやラウル・ゴンサレスを想起させる要素を持っている。中盤へのヘルプもこなしてくれるので、非常に重要な存在と評せる。

 と同時に、フランクフルトでのプロデビュー当時から、知る人ぞ知る逸材として評価され、メガクラブへのキャリアパスでもあるベンフィカにも在籍した経験のある彼が、何故ビッグクラブでは輝けないのか、という疑問への回答もはっきりと見えた。このヴァルトシュミット、その流麗な左足でのプレイ以外に、出来る仕事の種類があまりにも少ないのだ。

 彼の右足は所謂「おもちゃ」で、左足に比して技術的な精度は著しく低い。ゆえに、ボールタッチは左足一辺倒となる。結果、プレイがどうしても読まれやすくなる。ヘディングに強みがありそうには見えないので、ゼルケ不在時にワントップを任せることも難しそうに映る。フィニッシュワークの流麗さには目を見張らされるが、サッカーという競技では、美しかろうが泥臭かろうが1点は1点以上にカウントされない。

 彼が輝くには、しっかりとボールを運ぶことで敵を下げさせ、揺さぶり、彼の左足の前に敵がいないタイミングを作ることが望ましいが、ボールが激しく前後に行き交う展開になれば、そのようなタイミングは、少なくとも意図しては作りにくい。つまり、良さが消えてしまうのだ。そんなヴァルトシュミットは、カオティックな内容の試合をこれから数多く演じるであろうケルンにとっては、とびっきりの「贅沢品」。ベストのソリューションとは見做し難い。全くプレイスタイルは異なるが、G大阪の宇佐美貴史のようなタイプと言える。もし、サッカーがプレイの芸術的印象点を競う競技であったなら、彼らの評価は全く異なっていただろう。

 とはいえ、そんなヴァルトシュミットでも、ボールコントロールの技術が傑出していることに疑問の余地はない。先発かベンチスタート化によらず、重要な存在であり続けるだろう。リーグ戦の初勝利であり、同時にこれまで唯一の勝利であるボルシアMG戦の試合内容は、彼を含めて中盤から前の選手たちが、個人でボールを失わずに運ぶことができたがゆえに安定していたのだから。

⬛︎今後の見通し:光の翼は広がるか。ティールマン、フセインバシッチ、そしてまだ見ぬ若手たち

 さて、スヒリ不在がもたらしたパス出し役不在という問題への回答は、ボーフム戦において漸く明確化されたようだ。リーグ戦第4節のブレーメン戦、およびボーフム戦の直前開催されたDFBポカール2回戦のカイザースラウテルン戦の後半で試行された、カインツのCMF配置がそれだ。少なくとも技術面のみを考慮すれば、これ以上の適任者は不在だろう。尤も、ブレーメンとボーフムは、いずれも敵のCMFにマンツーマン原則での専任マーカーを設けてくるから、これへの対症療法という解釈も可能ではある。リーグ戦の再開後初戦であるバイエルン戦でのメンバー構成が、答えになるはずだ。

 カインツを深い位置に置くと仮定すると、空席となるトップ下は、ウートとヴァルトシュミットとが争うことになるだろう。ボーフム戦では明らかに所謂「試合勘」を欠いていたウートだが、同点弾には絡んでみせた。また、カインツよりもフィニッシャー寄りであることから、ポジションの重複も生じさせずうまく共存できることは、これまでも示されてきた。他方、CMFでカインツの隣に立つパートナーは、おそらくパワー型のマーテル。リュビチッチは、どこでもこなすというその特性上、もしもの時に備えてベンチで待機することが増えそうだ。

 折しも、今夏のオフに開催されていたU21欧州選手権での負傷からの復帰が遅れたティールマンも戻ってきたことで、チーム全体のボール保持力はより高まることになるだろう。ティールマンは丁寧なキック技術をフィニッシュワークやラストパスで活かせるのに加えて、運動量がある。ロングボールに無類の強さを持つゼルケとの相性は、むしろ「贅沢品」としてのヴァルトシュミットよりもよいはずだ。フランクフルトからの買取OPなしローンで加入している22歳のウィンガー、ファリド・アリドゥは、縦方向の突破に特化した純粋なドリブラーで、ヴァルトシュミットと同様「贅沢品」枠に入る。能力が必要とされる試合展開においてのみ、珍重される立場だろう。

 他方、守備面では、CB出身というバックグラウンドを持つハインツの存在によって、特に、組織としては慢性的に脆弱な状態である、自陣深くでの守備対応が多少なりとも安定することが期待される。SBが極端に長い距離を縦スライドするケルンの守備組織運用においては、逆サイドのSBの絞りが地味ながら重要なタスクになる。試合半ばまでの時間帯を、この種の仕事で穴を空けないハインツに任せ、パカラダのキック精度は後半の攻撃力増強手段としてリザーブしておくという策は、各々の特徴に照らしても理に敵う。

 いくつもの敗戦を重ねた末、漸くではあるが、このチームのベストモードが見えてきた。恐らく、下図のような布陣が、今後はベースになるはずだ。

 クラブ幹部はストライカーの補強を示唆しているが、資金難を踏まえれば極端な期待は禁物だし、そもそもそこが最優先か?という疑問も付き纏う。それでも、現有戦力で出来ることが整理されたことで、ファンとしての覚悟は固まった。たとえ小さな一歩であっても、最大限の出来ることを積み上げていくしかない。最終結果がどうあれ、その積み上げていく作業そのものがチームを前進させるのだから。

 そして、覚悟を決めたうえで、改めて現場に伝えたいことがあるとすれば、卑屈なままで終わるな、最後まで抗え…そんなところか。何より、まだまだ「抗」いきっていないように見えるのは、このチームには、まだ多くの才能があって、それを掘りきれていないように見えるからだ。 

 ティールマンについては既に述べたが、フセインバシッチもそうだ。RBライプツィヒ出身ということもあってかプレイスタイルがガッチリと固まってしまっているマーテルと、「重宝される何でも屋」と「器用貧乏」との間で評価が行ったり来たりのリュビチッチと比較すると、彼は未だ何かの色に染まり切っていない選手。そんな彼が、ダイヤモンド型の中盤の底に据えられた試合が、1試合だけあった。第6節シュトゥットガルト戦だ。前のポジションとは全く異なる要求事項に必死で順応しようとし、パスレシーブの動きやターンに必死でトライしていた。先制点被弾の原因にもなってしまったのだが、その、トライする姿勢には胸を打たれたし、実際に成功させることもあったのだ。

 プレシーズンで試されてきたBチーム、あるいはU19所属の選手たちも、数名はテストされてきた。カルステンセン加入前には、Bチーム所属のCMFマイコ・ヴェッシェンバッハが右SBとして、ハインツ加入前にはマックス・フィンクグレーフェがパカラダのバックアップで左SBとして、それぞれ起用されていた。また、先期の「パニック・バイ」であったアルメニア代表セルギス・アダミアンよりも、米国にルーツを持つ巨漢CFダミオン・ダウンズの序列は上かもしれない。

 そして、先期の第16節、7得点の大勝となったブレーメン戦でデビューしたユスティン・ディールは、どういうわけかプレシーズンでは試されず(レバークーゼンが狙っている、との報道もある)も相変わらず好調で、レギオナルリーガを戦うBチームでは、16試合で10得点8アシストという驚異的な数字を残している。

 さらに下の年代に目をやると、現在インドネシアで開催されているU17W杯に出場するドイツ代表には、ファイサル・ハルシャウィと、ユスティン・フォン・デル・ヒッツの2名がケルンから選出されている。特に前者は代表キャップ23試合とチームでは重鎮的存在で、ポジションも待望久しいCMFときている。

 今となっては悪夢でしかない時代だったマルクス・ギズドル政権下のシーズンが、前述のティールマンや、モナコに引き抜かれセネガル代表デビューも飾ったイスマイル・ヤコプス、プレイスタイルがヘクターにそっくりなノアー・カッターバッハといった、アカデミー産の若手の引き上げのみについては希望を感じさせる時期だったのとは対照的に、現監督はアヴァンギャルドな試合内容でこそファンの評価を繋ぎ止めてはいても、若手の登用に積極的ではないようだ。もちろん、一般論として「育成」と「勝利」とが両立しにくいものであることは承知しているが、現有戦力でできることの上限を感じ、尚且つ外部からの補強にも自ずから限界があることを先刻承知しているファンの立場としては、若い選手の伸びしろを、「育成」の一環としてでなく、むしろチーム力をグンと高めるパワーユニットの一押しとして活用することを強く希求する。

 直近の降格は、17−18シーズン。このシーズンでは、11節消化時点での勝点はなんと"2"。前シーズンの躍進により出場権を得てしまったヨーロッパリーグとの掛け持ちに当然のように苦しんだシーズンに比べれば、まだポイントは取れているほうだ。選手たちのクオリティも、当時と比較すれば段違い。まだまだ、できることはあるはずだし、まだ芽吹いていない希望の種もきっと育っている。それに賭けることを恐れないでほしい。先々期、その前と対して変わらないメンバーでありながら、開幕戦でヘルタ・ベルリンに、続くアウェイ戦でバイエルン戦に、惜しみなく披露したアグレッシブネスがもたらした希望は、まだ記憶から消え去っていない。

 もちろん、いざ覚悟を決めたとて、「Vガンダム」50話のように、突然あの素晴らしいイントロが流れることはないし、戦艦1隻の特攻が敵艦隊を全滅させるというレベルの奇跡も起こらない。それでも、仲間たちとの信頼の積み重ねが、宇宙に散った彼らの残留思念をして、ウッソ・エヴィン駆るV2ガンダムに、最後の最後で特大の光の翼を広げさせたように、日々の積み上げが、若い選手たちの未だ底を見ぬ潜在能力を開花させ、チーム力を大きく拡大するという夢を、どうしても捨てきれないのだ。


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