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北海道コンサドーレ札幌のリーグ前半戦を振り返る

■序文:ようやく具現化された新たな「ミシャ式」

 2023年のJ1リーグが前半戦の17節を消化した。北海道コンサドーレ札幌は、勝点26を積み上げ、8位で前半戦を終えた。初勝利まで4試合を要したことを踏まえると、この成績は上々だ。あと2勝2分で勝点は34、J1残留の目安となる勝点数に到達する。また、最下位だけがJ2に降格するという今期の特別なレギュレーションと、既に最下位の柏、および同率17位の湘南がいずれも勝点を12しか稼げていないことを踏まえれば、あと1勝1分程度でも十分かもしれない。いずれにせよ、先期においては、残り8試合になった時点で6勝しかできておらず、なかなか残留を決められなかったことと比較すれば、今期の結果は十分に安心感を与えてくれるものだ。

 また、リーグ最多の38得点と、リーグワースト3位の32失点という数字上の出入りの激しさもあって、単なる勝敗以上にその試合内容が注目され、ときに称賛されているのは、いちファンとして悪い気分ではない。ペトロヴィッチ監督は「自分が中立的なサッカーファンであれば、札幌の試合を観たいと思うだろう」という趣旨のコメントを何かの試合のあとにしていたが、複数人がボールの所有権とスペースとをシェアする連環の美しさと、その代償としてしばしば敵に広大なスペースを提供するという構造的欠陥とが渾然一体となったあり方は、確かにリーグの中でもオンリーワンの個性を有していると思う。

 尤も、そのこと自体は同監督がベンチに座って以降、大枠で常に共通していたことである。では、今期は何故こうもシーズンの早い段階から結果(勝敗のみならず得点数も含む)が出ているのか。私見では、その背景に存しているのは、ようやく、このセルビア系オーストリア人監督が思い描いていたサッカーを具現化できる駒が揃った、という、呆れるくらいに単純な要素である。もう少し突っ込んだ言い方をすれば、今期というシーズンは、所謂「ミシャ式」に関する種々の誤解が解かれたシーズン、と位置付けられるような気がするのだ。

 上記の「誤解」というのは、例えば、同監督が指向するサッカーではボール「保持」が指向される…といった種類のものだ。完全な誤りというわけではないのだが、ボール「保持」という日本語の表現には、ボールを持っている時間を長くするという意味合いが多少なりとも内包されているように感じる。もちろん、ボールを持っていなければ前進し、ゴールに迫ることはできないわけだから、ボールを広義で「保持」する必要はある。しかし、ボールロストを忌避する安全指向というニュアンスは、実は取り除かれてよいものと、彼は元々考えていたのではなかったか…そんなふうに、考えるようになっている。

 以下、ボール保持(前述の議論を踏まえてこの単語を使うのは憚られるが、とりあえずこれ以上の語彙を筆者は持たないので、便宜的に使用を継続する)と、非保持の局面の双方における、これまでの試合での札幌イレブンの振る舞いを概観しつつ、これまでと異なる今期の特徴を論じてみることとする。なお、ペトロヴィッチ監督の手法が、この「保持」と「非保持」という区分すらファジーにし、全体をシームレスにしていく指向性を含むことは承知しているが、筆者自身の能力不足により、そういった区別をとりあえずしなくては説明をつけられないことをご容赦いただきたい。

■ボール保持:軽快なる「小柏専用機」

 今期の札幌の特徴を示す一つの指標として、非常にわかりやすいものがある。小柏剛が出場したリーグ12試合の平均勝点と、欠場した5試合のそれだ。前者は1.9、後者は1。数字は雄弁、今期の札幌は彼の在否により、かなりパフォーマンスの異なるチームになっている。最多得点者こそ広島から加入した浅野だが、彼もまた小柏により活かされているように見受けられる。

 小柏の特徴は言うまでもなく「スピード」である。ただ、サッカーにおける「スピード」という単語には、例えばスプリントの速さというように、一方向への物理的なそれ、と限定解釈される傾向がしばしばあるものだ。小柏の持つ「スピード」とは、所謂裏抜けの際に披露されるランニングスピード(それも初速の)のみならず、ゴールに背中を向けた状態でパスを受けてからのターンの速さ、ボールを受けてから適切な次のプレイを判断し実行するプロセスの速さ、ボールが相手に渡った直後に自身が「オール…」の対象とする敵選手を発見し襲いかかる速さ…といったように、物理的な速度のみならず、脳内の情報処理の迅速さなど、あらゆる要素を実は含んでいるのだ。付け加えるなら、ボールを止めるスキルの高さも兼ね備えていなければ、いくらプレイ選択を迅速に行えたとしても、ボール逸の回数のみが積み上がることになる。

 今期の札幌におけるボール保持状態での最大の特徴点は、この小柏が前線の核となることによって、そうでなくともリスキーな「前後分断」型の前進工程を効率的に回せるようになったことだ。

 例えば、自陣深くから所謂ビルドアップを開始する場合に、特徴的な4-1-5(4-1-4-1)の形態を作る札幌の前進工程において、パス出しを担うのは主に岡村や福森、宮澤といった、ハーフスペースに立つ選手である。ここで小柏が引いてくるにせよ、裏を狙うアクションを行うにせよ、彼のボールコントロールと、その後のアクションへの移行の速さを知っている敵選手たちは、どうしても彼を放置できない。複数人が彼に吸い寄せられるか、少なくとも目線を向けることになる。ハイプレスからのショートカウンターからなので前提は異なるが、大量5得点で大勝した東京戦の先制点の過程は、小柏が的に与える脅威が典型に示された好例だ。小柏が中央で敵数名を引き寄せることで生じたスペースに浅野がすかさず、しかも正しい体の向きで入ってきた。その流れのスムーズさは記憶に新しい。

 「引き寄せる」という機能だけなら、先期のスカッドにおいては興梠が担えた。先々期までならチャナティップがそうだ。ただ、前者は所謂「ポストワーク」によってボールをガッチリと「納め」ることで、ボール自体は敵に渡さないものの、前進の工程を一時的にストップさせてしまうことがあった。後者はプレイエリアが左ハーフスペースに限定的で、しかも逆サイドへのサイドチェンジにプレイが限定されがちという悪癖がどうしても治らなかった。小柏は興梠のように敵を背負いはしないが、走る速度を活かして敵から離れたところで、足元でボールをしっかりと止める。その後、すかさず他のよりゴールに近い選択肢を見つけることができる。繰り返すが、しかも、迅速にだ。

 浅野が活躍しうるのは、このような小柏のクオリティが下地にあってのことだ。実は浅野のプレイ自体は意外とシンプルで、ランニングする前に一度ボールに触りたがる癖もあるので、DFラインを押し上げてコンパクトな状態を作ることで、彼自身に対してはある程度対策ができるのだ。しかし、この浅野と、前線で左側に立つ駒井も含め、小柏のあらゆる面での「スピード」にフォローアップできる選手が前線の中央、つまりゴールに近い位置に配されることによって、小柏の存在によりどこか〜それもゴールの近く〜に生じるギャップに、しかも迅速にボールを運び、それを繰り返すこと、すなわち「流動」が可能となっている。これが、今期の札幌の「攻撃力」の源泉である。

 先期、なかなか「フィット」しなかったシャビエルが、どうしても不得手にしていたのが、この、他人が作ったスペースを見つけ、そこに入っていくことだったのだが、浅野はこの点において非常に理解が早かった。プレイスタイルは浅野とは全く異なるが、小林もこの点では全く問題がない(物理的な移動速度こそ乏しいが、判断の速さがあり、無駄なドリブルがないためだ)。基準位置は右のハーフスペースだが、そこに立ち止まっていることはほとんどない。駒井も同様で、左が基本位置だが利き足は右なので、どんどん中央に入ってくる。つまり、敵にとっての急所を、敵の準備が追いつかない速さで、文字通り「襲う」ことが可能になっている。後方ユニットの4-1で敵のプレッシングを掻い潜ることに時間を要すか、掻い潜れてもパスの出し先を容易に予測されることで、帰陣の時間を与え、不可避的に金子へのサイドチェンジを強いられていた先期までのチームとは強みが違うのだ。

 この背景に、前段階でのクオリティが上がっていることが関わっていることは言うまでもない。岡村は長距離のボールの質にこそまだ向上の余地があるものの、自身への直線的なアプローチは苦にしなくなった。アプローチをドリブルで剥がしたうえで、自分のすぐ前にいるアンカーの、さらに一つ先を見ることができるようになり、一つのパスオプションしか持たない選手ではなくなった。また、複数の負傷者が出たことによる怪我の功名ではあるが、福森の初期位置が中央になっていたことも助けになっていた。中央の危険なエリアでも敵をドリブルでかわすことを恐れず、実際にしばしばかわしてみせる中村の成長は言うまでもない。

 起点も中央、終着点も中央。一度サイドにボールを逃すことが必須でなくなったことで、両WBは戦術的文脈からよい意味で切り離され、自身のクオリティを崩しの最終局面で活かすことにフォーカスできている。この点が、特に右の金子の仕事ぶりに好影響を与えていることは言うまでもない。ファーサイドへのクロスの質(高く浮いてラインを割りがち)こそ依然課題だが、敵が中央にフォーカスせざるを得ないぶん、高確率で敵のSBとは一対一になれる状況、つまり彼にとって優位な状況での仕掛けが増している。仮にダブルチームを組まれれば、そのぶんどこかに生まれる空きを例えば田中が使えばよいだけだ。

 以上のように、ボール保持の状態では、小柏を中央に置くことにより、ペトロヴィッチ監督が真に欲していた要素〜おそらくは「流動性」〜を、しかも敵のアクションを上回る速度で発現させられるようになった。これまでは中央を経由した前進でボールが止まりがちで、それゆえに大外を経由することが工程上必須になり、結果として田中駿やフェルナンデスといった、大外のパサーの存在が過度に大きくなっていたのだが、今期はこの関係が逆になっているのだ。こちらの前進工程を、サイドに誘導してしまうことが第一目的だった敵のプレッシングを無効化することが、小柏がいれば彼を中心にした「流動」により高確率で可能になる。いわば、今期の札幌は、小柏仕様にチューンされた、特注車のようになっているのだ。

■ボール非保持:階段を昇った岡村と中村

 では、非保持の局面での特徴は何か。まず触れておくべきは、前段落で述べた中央領域での流動性の代償として、ボール逸も中央で発生する可能性が不可避に高まることだ。札幌の、特に前線の3人の選手は常にスペースに向かって足を動かしているので、ボールが敵に引っかかった場合は後方に走るために体の向きを変えなければならない。その結果、一気に複数人が置いていかれることがある。

 この段階で輝くのが、荒野であることは言うまでもない。自身がボールを持った状態では、しばしばネガティブな意味で驚かされるボールの失い方を披露する彼だが、カオティックな流動を見せている前線ユニットの少し後ろで火消しに専念している時は非常によい仕事をする。また、左WBに入っているときの菅も、同種の動きでピッチ上の「余白」を埋めることに非常に長けている。札幌は金子のドリブルを崩しの最終局面で多用するので、逆サイドの菅は絞り気味で中央の増員分に回ることがあるのだ。

 また「オール…」の原則に必ずしも忠実なアクションではないが、敢えて規定のマーカーを遠くに置いてスペース管理に回っていることがある宮澤も同様だ。同様の能力は駒井も有しており、彼らがスタメンに並び立っていた湘南戦では非常に重装的な守備組織が構築されているように映った。いわば「スイーパー」がしっかりいる状態が作れている。敵が動いている状態では、こちらも動き続けながら「人」を押さえつつスペースも管理することがある程度だができている。

湘南戦でしばしば見られたマーキングの関係図。
駒井が2名をケアすることで、奥野or茨田担当だった宮澤は「スイーパー」に

 むしろリスキーなのは、敵が自陣に引き籠ったり、こちらがセットプレイを得ることによって、多数の選手が敵陣のある位置で不動になっている状態が固定化されている場合だ。柏戦の2失点目などがそうだし、前線に強烈な個人能力を有しつつ、必要とあらば篭城を辞さない(そして、その際のパフォーマンスに強みがある)鹿島や名古屋との対戦で敗れたことは、札幌のやり方が、敵に籠城のインセンティブを供する性質であることを物語る。

 また、敵がGKからビルドアップを開始する場合の「オール…」では、敵のGKが、完全にマークされたCMFを回避し、最前線に高く長いボールを蹴ることがとうに常態化している(前線の選手によるアプローチの速さが奏功していることの証明でもあり、浅野がフィットしているということも意味する)。このキックに対しての岡村の耐性は、先期から十分高かったが、より一層向上した印象だ。センタリングに対して、ときにマーカーを捨てて中央のスペースを埋めるべきときには埋めるという判断も柔軟にできるし、その場合はセンタリングの軌道上のポジショニングをしっかりと取れている。ボールホルダーを確認できる視野をしっかり確保しながらポジショニングができるのは、流石に「本職」のCBと太鼓判を押せる。

 また、特にこのようなマーキングでの貢献度の向上によって、序列を一気に上げてきたのが中村だ。非常にスプリントの速さがあり、その速度を殺さないままギリギリのところに足を伸ばすことができる。所謂「体の無理が利く」というタイプのようだ。ボールを掠め取ってから敵をかわしたり、運ぶプレイもかなり板についてきた。ゴール前での駆け引きで相手に上回られるケースや、サイドでの一対一のシチュエーションでセンタリングを許すケースはしばしば見られるが、この点は彼自身がFW出身であることと、チームの指向性の関係上、典型的なDFとしてのプレイを求められること自体がレアであることを踏まえると、今はまだ許容する必要があるだろう。教えられる人がいないのだ。福森には表現し得ない速度と、福森ほどではないがそう遠くない将来により確実な武器になることが予想できる足使い。そして、ボールを運ぶ速さ。これらのメリットを発揮することにフォーカスして、仕事をしてもらうしかない。

 全体傾向としては、GKのキックを含む敵陣からのハイボールを岡村が競るケースが大半を占めていることによって、最後尾の中央がポッカリと空く機会が多いぶん、WBも含めて5バックの残員が一様に下がったところからプレッシングが開始されるケースが増えている。これは致し方ないこととして、代償として敵のSBに圧がかかりにくい状態が恒常化している。幸い、今期はSBを使ったトリッキーなビルドアップを志向するチームが横浜FM以外にない(しかも、彼らのSBの使い方に対する対策はすっかり練り込まれている)ので大きな問題にはなっていないのだが、SBを経由されることにより、CBやCMFをマークしている選手は必ず体の向きを変える必要に迫られる。このプロセスを挟むことでそのCMFがフリーになるという現象は、ひとつの試合の中で必ず一度は起きている。局面に人数をかけてもボールを奪いきれないシーンは、大概どこかで一度大外寄りのエリアでマークを外されているものだ。前述の東京戦の先制点のシーンも、岡村が自陣を飛び出していたうえでかなりの人数をかけていた。ゆえに、もし攻撃に転じなければかなり危険な状態だったのだ。

 また、前線に5名が張り付き、残り5名も散開する前進の初期工程でボールを引っ掛けられた場合、なかなか「ファーストディフェンダー」が決まらないことは、それがチームの前進プロセスに不可分に結びついているぶん、難題である。それこそ、直近の鳥栖戦での同点弾が典型であったが、ボールホルダーに対して誰がアプローチするかが不透明なまま、原則としては「人」を基準としていることに変わりがないので、ボールホルダーに対し複数人でフォーカスする状態が続いてしまう。その結果として、スペースを管理できず、逆サイドにいた選手がかなり長い距離を絞らなければならない状態に不可避的に置かれてしまうのだ。

 この点は明確にルールの整備が必要だが、札幌ではGK菅野がボールを持ったときに占めるべき位置こそ決まりがあるものの、そこに誰が立つかはランダムに決まるようになっている。このやり方には、敵のマークを撹乱するという点で一定のメリットがあるものの、上記のようなピンチに対しては脆弱にならざるを得ない。ファーストディフェンダーが岡村になるかもしれないし、駒井になるかもしれない。そのそれぞれの状況で、可能な対処に幅が生まれることになる。この辺りは、攻撃面のメリットと秤にかけながら、敢えて曖昧にしてきたのかもしれない。そういえば、先期ほど、WBが絞って最後尾でなくミドルゾーンをサポートするシーンにお目にかかれない。最後尾に穴を空けないことを優先するなら、誰が前向きな状態のボールホルダーをケアするのかについては整理しておく必要があるだろう。

 総合的に判断すると、「オール…」の採用も4年目になるからか、前線から敵を補足するアクション自体は淀み無く行われており、それこそ横浜FMのように、初期ポジションから意図的に逸脱する選手が多いチームに対しての対応もすっかり板についてきている。そのうえで、ポジショナルプレイの流行がひと段落した(あるいは放棄された)今期のJ1では、その文脈に属すると思われる意図的なポジション移動を実践するチーム自体が減ってもいる。このことから、札幌の選手たちが試合前のプラン通りに決められたマーキングを実践するだけで、概ね問題なく対人の関係を維持できている試合が多数を占めている。

 ただ、それにより、純粋な強度のレベルの高低が明確に顕在化することもある。宮澤や福森といった古参メンバーは、この観点から既に絶対的な存在とは評せなくなっており、左大外の隠れ司令塔であるルーカス・フェルナンデスも、60分を越したあたりからシャトルランの鋭さが低下する傾向にある。こちらがボールを保持しているときの「流動」は、いざ反転速攻を許せば、ボールを運ばれる機会を敵に与えやすいぶん、イーブンボールに対しての反応の速さ、自陣に戻る速度、そしてその状態から敵にかける圧の強さといったアクションの要求レベルはどうしても高まる。この点で、出場時間を減らす選手はまだ増えるかもしれない。

■総評:老将がもたらした煌めき。幸福な今に続きはあるか

 以上の議論における論点を整理する。

 ボール保持のフェイズにおける特徴:
 ・小柏が備えるあらゆる面での速度による、特に中央エリアでの流動性の確保
 ・岡村・中村の成長、福森の中央配置による後方からのパスの質の良化

 ボール非保持のフェイズにおける特徴:
 ・荒野の稼働域の広さによる、前線での即時奪回能力の向上
 ・岡村と中村の成長による後方ユニットの対人能力の向上
 ・構造的要因による敵SBへのアプローチの不足(但し影響度は小)

 これらの要素のうち、特に最初に挙げた点については、既にいくつかの対策が例示されている。DFラインを極端に下げてきた鹿島、逆に上げてきた湘南。ポイントは「コンパクトネス」。まさに道理だ。選手間の距離を狭めておけば、確かに背後のスペースを明け渡しはするが、「流動」の必須要件であるギャップそのものを極端に狭めることができる。また、裏抜けの前に一度ボールに触れたがる浅野の仕事場を窮屈にもできる。或いは、特に鳥栖が敷いてくるマンツーマンでの対応も相変わらず有効だ。思い返せば広島も、2列目の選手へのパスを誘引することで、実質的なマンツーマンを採ってきた。

 これらの「対策への対策」を練る必要は当然あるが、そもそもの問題として、「流動」の前提だった小柏がまたしても負傷した。これ自体は、漫画「スラムダンク」の流川楓風に評すれば「税金みてーなもん」、つまり計算されていて然るべき要素だが、戦力的には極めて痛い。彼ありきでようやく武器として成立していた「流動」を彼抜きでなそうとするにせよ、「流動」以外のやり方を採るにせよ、実質的にはチームの作り直しになるからだ。そもそも、彼の優れたプレイを目にできないのは、シンプルに快感の減退に繋がる。

 当面は、小柏と入れ替わるように復帰してきた金を中央に置き、彼のポストワークとアイディアの豊富さを、少しスローなボール保持の中で活かすことを、騙し騙しやっていくことになるだろうか。深井やフェルナンデスといった選手の復帰も、これを後押しする。或いは、前述するように小林には長い距離を走る際の速度は無いが、判断の速さと正確さ(特に後者は興奮を誘う)があるから、多少ニュアンスの違う速さを追求できるかもしれない。物理的な速度にこだわるなら、ようやくフィットしてきたスパチョークもありだろう。

 ただ、とにかく小柏不在により不可避的に前進で生じさせたい「流動」の速度は多少なりとも低下するだろうから、敵のDFラインを背走させることも結果として難しくなるだろう。予測された状態でのセンタリングをシュート機会に結実させられるか否か、という課題に、再度向き合うことになるはずだ。そして、「流動」がない状態での被速攻は、より人数の少ない状態での対人戦を、後ろ残りしていた選手に強いる性質を帯びる。それこそ、柏戦の2失点目のような機会が増えることが予想できる。

 非保持の局面の特徴で、鍵になるのは宮澤の使い方だろうか。対人戦に脆さを見せるシーンもあるが、やはりスペースを守れる予測力の高さは一級品だ。荒野がボールに食いつくし、岡村もボールを受けに下がったCFに嬉々としてついていくことが多い。ヤンチャ坊主たちの背後を預けられる存在が必要だ。SBへの守備に対しては悲観する必要は薄い。浅野が対応できるようになっているし、駒井がうまく自サイドの選手を捨てながらフリーになった中央の選手を捕まえる、という高度な連携も作り込めるはずだ。

 このように、保持/非保持の両フェイズで再構築、あるいは改善の必要なポイントがあるので、勝点の獲得ペースは落ちるだろう。とはいえ、冒頭で述べたように、チームは既に勝点26を積んでおり、降格を気にする必要はあまり無い。よって、チームの部分的な再構築を試みることに対して、時間的な余裕を手にしていることも確かだ。金か浅野かあるいは小林か、誰を柱にするにせよ、トライ&エラーを繰り返す時間はある。そして、負傷箇所を考慮すれば、小柏にもシーズン中の復帰のタイミングはもう一度あるだろうから、それを契機に巻き返すことも可能かもしれない。それこそ、来期以降の加入が内定している大学生たちを先行で戦力化しておくことにもトライする余地が出てくるかもしれない。中村は既に階段を上った。負傷者の生産効率によっては、田中宏武や西野もこれに続くかもしれない。それらは総じて楽しみな要素で、繰り返すが既に勝点を積めているから、それをそこそこの余裕を持って楽しむことはできるだろう。

 少なくとも、今期のうちは。

 5月にJリーグがアナウンスした各クラブの決算報告に示されていた数字はなかなかに衝撃的だった。各クラブがコロナ禍からの回復基調に乗っていることを示すかのように当期損益を黒字化している一方、札幌はぶっちぎりでワーストの当期7億円の赤字額を叩き出した。より不安を誘うのは利益余剰金のマイナスぶりで、現時点で債務超過ではないとはいえ、過去の利益が徐々に食い潰されていることが明確なのだ。そして、今期の観客動員数も芳しくない。

 経営面でネガティブな要素が重なると、ただでさえ高年俸とされるペトロヴィッチ監督にチームを預けられるか、という根本的なポイントでの不安が生じてくる。高速化するスペースとボールの保有権のシェアリング、ピッチの前後で貫かれるマンツーマンの原則に基くデュエルの連続…欧州の薫りを漂わせる高度なフットボールは、それが先鋭化され、美しくなればなるほど、ペトロヴィッチ監督にしかデザインできないであろうことを容易に確信させる。タイトルを取るには適さないやり方だから、他クラブから引き抜かれるとは思われない。ただ、仮にそうだとしても札幌が彼を引き留められるのか?という不安は徐々に広がってきている。そもそも彼は、もうすぐ66歳になるのだ。

 考えてもどうなるものでもないのだが、今期展開されているサッカーが、他クラブのファンからもしばしば称賛される(例:「馬鹿試合」)ように、至高の輝きを放てば放つほど、その輝きが消えたときのことが、どうしても怖くなってしまう。TSG1899ホッフェンハイムのように、今、指揮を執っているのは前時代的なサッカーをするフープ・ステーフェンスでも、実はアカデミーにユリアン・ナーゲルスマンという最高の才能がいるのだ…というクラブでは、残念ながらないのだ、札幌は。シンボリックな名監督が去ったあとに迷走するクラブは枚挙にいとまがない。それこそ、ペトロヴィッチ監督が退団したのちの浦和レッズも、しばらくは基幹戦術を定められずにいたような印象が強くあるが、同クラブよりも積める金額が小さい札幌が、現監督の次に当たりを引ける確率は、どれくらいだろうか?

 DAZNで配信された湘南戦の実況を担当された、フリーアナウンサーの桑原学氏が、逆転の3得点目を浅野が決めた直後の札幌を「屈しない札幌」そして「止まらないコンサドーレ」というフレーズで激賞した。いつまで札幌は「屈」せず、また「止ま」らずにいれるだろうか。いつか、不可避的にその姿を変えていった札幌を、どのように筆者は評するだろうか。さらなる喜びか落胆か。何があるにせよ、それもそれで、筆者が死んだあとも続くクラブの長い歴史に書き込まれる経験のひとつに過ぎない。そう言ってしまえばそれまでなのだが。

 中学生の男子が初めて行い、覚え、そして実行するたびに「もう最後にしよう」と思うアレのように、抗い難い魅力を湛えている今期の札幌。どうかその魅力が、完全にとは言わないまでも、少しでも保存され、いつかは確実に訪れるであろう現体制の終わりを、無念さや不安でなく、期待を持って迎えたい。その根拠になるものを、今期の残りで少しでも構築しておいて欲しいものである。繰り返すが、時間はあるのだし、才能もいるのだ。一人の選手が抜けたとて失われないものを、まずは再開後の初戦で少しでも見せてもらいたい。

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