Der zwei "Sebastians"
⬛︎優秀だった「あなたの甥」
現在はウェブサイトに一本化されているサッカーメディア「フットボリスタ」が、まだ月刊誌を発行していた2019年のことである。その年の9月号の特集は「19−20欧州各国リーグ展望 53人の要注意人物」というものだった。そのシーズンの趨勢を展望するにあたって、組織でなく敢えてキーと目される個人の動向を探ることで、より具体的な考察がなされており、非常に好きな特集であった。
毎シーズン行われていたその特集がクローズアップした「53人」の中に、ドイツの絶対王者FCバイエルン・ミュンヘン(以下「バイエルン」)で当時会長の任にあったクラブOBウリー・ヘーネス氏が含まれていた。彼に関する記事はスポーツライターの木崎伸也氏が担当されており、さすが彼と唸らされる深い情報と考察とが、尚且つコンパクトにまとめられていた。そしてその中に、このような一節があった。
ヘーネス会長の「独裁」というか、しばしば炎上を招来する攻撃的ぶりは有名だ(参照①と参照②)。落ち着いたいでたちで言動も抑制的であることから、より正統的なレジェンドとしての空気を纏うカール・ハインツ・ルンメニゲ氏とは好対照で、ゆえに、定期的に繰り返される舌禍は彼の真の姿というよりは意図的に作られた芸風のようにも見えていた。ゆえに筆者は、初見ではこの記事に書かれていることも「あぁ、彼らしいな」というくらいにしか受け止めなかった。
だから、というわけではないのだが、筆者はこのとき、一つの勘違いをした。件の記事における「あなたの甥」というのが「実際はバイエルンに縁もゆかりもないところ、独裁的な権力によって職にありつく全くの素人」の喩えだと思ったのだ。ところが、実際は違っていた。このとき既に「あなたの甥」はバイエルンで仕事を始めており、しかも、成果も出していたのだ。彼の名はセバスティアン・ヘーネス。先期のブンデスリーガを2位で終えたVFBシュトゥットガルトの監督を務める人物であり、ウリー・ヘーネスの実弟ディーターの子息である。
父ディーターがバイエルンでプレイしていた82年、ミュンヘンに生まれたセバスティアン・ヘーネスは、ヘルタ・ベルリンとホッフェンハイムの2クラブで10年間、しかもトップ登録されたのは後者においてのみ(3試合出場)と、平凡な選手生活を過ごした。2011年に指導者に転身すると、ベルリン南西部の小クラブであるヘルタ・ツェーレンドルフ、続けてRBライプツィヒのアカデミーを経て、2017年にバイエルンのU19監督の任に就く。つまり「あなたの甥」は、先の男性ファンが辛辣なコメントを吐いた時分には既にバイエルンで仕事をしていたのだが、知ってか知らずか彼は優秀だった。18-19シーズンのU19ブンデスリーガ南ブロックで14チーム中4位という戦績を残した翌シーズン、3リーガを戦うバイエルンのBチームの監督に引き上げられ、翌19-20シーズンに3リーガで優勝。「あなたの甥」は、縁故によってクラブ内に居座るどころか、むしろ実際の仕事ぶりによって他クラブからリクルートされる立場になった。
⬛︎「ヘーネス・ボール」の指向性
そして、20/21シーズン。ヘーネスが新たな職場として選んだのは、選手としての古巣TSG1899ホッフェンハイム(以下「ホッフェンハイム」)であった。ユリアン・ナーゲルスマン(ドイツ代表監督)とドメニコ・テデスコ(ベルギー代表監督)をはじめとして、このクラブは新進気鋭の若手指導者の抜擢に躊躇がない。このシーズン前のオフの監督人事をめぐるニュースで、筆者は初めて彼の存在を知った。そして、経歴はもちろんのこと、その名前にも興味を惹かれた。
このクラブでヘーネスは2シーズンを戦い、81試合で平均1.42のポイントを挙げている。20−21シーズンは11位、21−22シーズンは9位。数試合をチェックしてみて感じられたのは、ボール保持の構造の作り込みへの並々ならぬこだわりで、とりわけ、それが顕著になったのは2期目だった。元より、フロリアン・グリリッチュやデニス・ガイガー、ケヴィン・フォクトといった中央でのボール保持に熟達するピースを抱えていたところ、バイエルンⅡから加入した左利きのセントラルMFアンジェロ・シュティーラーがハマったのだ。狭いエリアでの安定したボールコントロールとロングキックの精密さを有する、より「アンカー」臭のする選手である彼が、プレス回避からの前進のバリエーション増加をもたらした。他方、アタッカーの選手たちに、複数のポジション/タスクに対応できるもののスペシャリティで突き抜ける選手が欠けており、ボール保持を得点に結び付け難いという印象も付き纏った。実際に、いずれのシーズンにも共通していたのは、序盤に躍進するものの徐々にペースを落としていったことだ。それがどのように考慮されたかは不明だが、就任時に締結された3年契約は2年目の終了をもって解除されている。
22/23シーズンの開幕をフリーで迎えた彼に、捲土重来の機会が与えられたのは23年の4月のことだった。ブルーノ・ラッバディア監督を4ヶ月で解任したVFBシュトゥットガルト(以下「VFB」)が、シーズン3人目の監督として彼に白羽の矢を立てたのだ。実は、ヘーネスにとってVFBはユース時代を過ごした古巣であり、父ディーターも4シーズンを過ごしているという繋がりがある。余談だが、このシーズン前半にVFBから解任されたペッレグリーノ・マタラッツォは、ホッフェンハイムで複数の監督のアシスタントコーチを務めたのちVFBの監督に転じたというキャリアを有しており、さらに、ヘーネスがVFBで任に就く2ヶ月前に、アンドレ・ブライテンライターを解任したホッフェンハイムに監督として復帰している。つまり、両クラブは時期をずらして監督を「交換」したことになるが、結果は些か、明暗を分けるものになったと言えようか。
残留を託された残り8試合を、ヘーネス率いるVFBは3勝4分1敗とし、勝点13を積んで最下位から入れ替え戦圏内に浮上。ハンブルガーSVとの入れ替え戦を制して残留に成功した。そして、レバークーゼンの独走を許しはしながらも、バイエルンすら上回り2位でフィニッシュした昨シーズンの躍進は改めて特筆するまでもない。前任地と比較して明確なVFBの強みは、オーソドックスなプレイに特長を持つ選手たちと、トリッキーなプレイに特長を持つスペシャリストたちの人数バランスのよさだ。幾分、偶然に作用されたこの要素により、ヘーネスの指向性はより具体的な形を帯びることになった。既に陳腐化している感もある「ポジショナルプレイ」の原則に則ったプレイ、がそれだ。
ヴァルデマール・アントンやダン・アクセル・ザガドゥは、古典的なCB然として無理をせず、それでいてボールもしっかり扱えるというタイプ。右SBのパスカル・シュテンツェルは所謂「偽SB」として覚醒したが本質的にはオーソドックスなSBであるし、ヘルタ・ベルリンから加入しドイツ代表にも選ばれたマクシミリアン・ミッテルシュテットも然り。CMFの一角アタカン・カラゾルはDFからのパスの第一の受け手として機能するが、安全第一にプレイする。変化をつけるのは伊藤洋輝で、CBとSBの中間的なタイプとして、ビルドアップの初期段階からファジーな立ち位置を取ることで敵のプレッシャーラインを幻惑させる。そして、またしてもヘーネスは子飼いを古巣から呼び寄せた。前述のシュティーラーである。ターン技術に優れる彼が、安全に運ばれたボールの行き先を自在に変えるのだ。
この「自在に変え」られたルートに放たれたボールが「パスミス」にならないためには、ウィンガーがしっかりと大外に常駐していることが望ましい。私見だが、前任地よりもVFBにおいてのほうが、ヘーネスの指向性がより得点という結果に結実しやすくなっている背景として、大きいのはこの点だ。シラス・カトンパ・ムブンパ、ジェイミー・レヴェリンク、クリス・フューリッヒらは、大外でのプレイに特化した純然たるウィンガーとして優れているのだ。高さと強さも備えるシラスは、高さのあるサイドチェンジのボールを確実に収められるし、フューリッヒの加速してもボールコントロールが乱れない…というように、各人が異才を持っている。レーベリンクについては後述する。
最もメディアからの喝采を浴びたのは、言うまでもなく27試合26得点という驚異的な数字を残したCFセール・ギラシ。彼自身はポストワークも裏抜けも満遍なく行え、少し遠い距離からパンチ力のあるシュートも放てる万能型だが、彼を支えたのは各人の個性が結合してなる安定的なビルドアップ構造だった。付け加えるならば、トップ下で彼のパートナーとして君臨したエンゾ・ミロのパスレシーブ能力と、細かいパス交換を苦にしない技術力もその一部と評せよう。
表記上の布陣こそ4バック⇄3バックと変遷したが、まずはGKニューベル+上記のメンバーでのビルドアップを安定させることが肝。数名の「トリッキー型」の選手のプレイがスイッチとなって敵のDFラインの足を止め、それにより余裕ができたウィング、あるいはライン間のミロにボールが渡ったところからフィニッシュに至る仕掛けがなされる仕組みは、数名の選手のクオリティの高さが前提になっているとはいえ、敵のレベルによらず自分たちの意図を「押し付ける」ことに成功しており、構造的な安定度が十分に見て取れた。ドイツにおいて、ボールを繋ぐことを指向するクラブは多かれど、この「構造的な安定度」を呈するそれは希少であり、非常に強い印象を残す存在だった。
⬛︎京都戦、広島戦に見る24-25シーズンのVFB
ところが、最終的に2位でのフィニッシュをしたことにより、彼らは評価の高まった主力3名(ギラシ、アントン、伊藤)を引き抜かれることになる。ギラシのパートナー、あるいはバックアッパーとして活躍したドイツ代表デニス・ウンダフも、プレミアリーグのクラブであるブライトンからのローン選手であるがゆえに買い取るにはいささか高すぎ、ひとまずローンバックしている状態。前シーズンはすんでのところで残留したクラブに、2位になったからといって急にその水準の給与を保証できる財政的裏付けはなかったのだろう。当然といえば当然だ。そして、補充されたメンバーは、当然ながら現時点で移籍した選手ほどの市場価値を有する選手とは言い難い。
とは言え、VFBの最大の強みは、構造的に安定したビルドアップの仕組みにあると見ていたので、選手の入れ替わりが致命的になるとは思われなかった。だから、今夏の来日と、しかも2試合の会場が近接していたこと(7/28京都→8/1広島)は、筆者の欲求を大いに刺激することになったわけである。ヘーネスのチームの試合を、連続で見られる機会が今後の人生でそうそうあるとは思えない。以下、一週間を丸々休んで観光がてら現地観戦してきた2試合の流れを概観していこう。
①7/28(日)京都戦
3−5という派手な、しかも逆転による勝利という結果にどうしても注目が集まる試合となったが、目についたのは先期に強みとなっていた現象の再現度の低さであった。わかりやすいところでは、伊藤に代わって左後方からの組み立てを担うことになったフランス・クレーツィヒの特長による変化である。
バイエルンのアカデミー育ちであり、先期の後半をローン先のアウストリア・ウィーンで過ごした21歳のクレーツィヒは、縦突破のスピードとキックの鋭さに特長を持つ古典的なSBタイプ。それゆえに、と断言はできかねるが、試合序盤の彼は左外に張ってボールを受けようとしていた。SBのポジショニングとしてはオーソドックスな形だが、これが一因となって前半のVFBは京都のプレス回避にとにかく手間取った。4-1-4-1の布陣を敷く京都は、VFBの2名のCMFの近くにIMFを常駐させることができる。そして、ウィングの2名はVFBのCBに対し、所謂「外切り」をするような方向からアプローチしつつ、SBに対して横スライドもできる絶妙な距離を保つ。左CBを務めたラモン・ヘンドリクスはこのようなポジショニングに苦しんでいたようで、京都は積極的に彼の方向にボールを誘導。ヘンドリクスが止むを得ず左外に開いたクレーツィヒにボールを渡し、クレーツィヒは不可避的に京都の右SBの縦スライドに遭う…という流れが何度か続いた。
VFBは、2CMF=カラゾルとヤニック・カイテル間のパス交換を増やすことで京都のIMFのマークを回避し、ウィングを絞らせる。クレーツィヒは、そうすることで空いたウィングの後方に侵入するという「偽SB」の仕事を徐々に具現化させた。ウィングが絞って、しかも縦スライドしている以上、このクレーツィヒへのアプローチ要員は同サイドのSBしかいなくなるが、寄せると今度は同サイドのウィング、すなわちジャスティン・ディールが空く。後半は左CBが左利きのユリアン・シャボーに代わり、尚且つ彼が中央寄りに位置取ったことで、より中央から出すパスの方向性に多くの選択肢が与えられることになった。
他方、ギラシに代わる第一のCF候補としてアウクスブルクから迎えられたエルメディン・デミロビッチは頑健なポストワークにこそ強みを見せたが、フィニッシュワークにはなかなか至れず。トップ下に入ったニック・ヴォルテマーデは198cmのサイズに似合わずライン間に「潜る」こととそこでのパスレシーブに長けているようだったが、足元でのプレイに終始しがちに見えた。この点は前述のディールと、後半からトップ下に入ったレヴェリンクによるランニングで補われていた。なお、レヴェリンクは先期は主にウィングで起用されていたと記憶するが、トップ下として広い範囲を動き回りボールを受ける仕事も積極的にこなしていた。ミロが五輪代表から帰還しても、ウンダフを欠く前線には裏抜け要員が足りない。トップ下としての彼は重要なオプションになるかもしれない。
総じて、後方からのビルドアップには優れるものの、フィニッシュ直前の過程で選択肢が足りないという印象は残った。SBが両方とも「偽」っている状態でエラーが生じた場合に、2CBが直撃されるシーンも多発。前進のプロセスに魅力こそあれ、被速攻時の準備が不足しているという、某J1クラブのような姿を露呈した。
②8/1広島戦
京都戦での改善をもたらしたシャボー、レヴェリンク、シラス。そして京都戦を欠場したシュティーラーの先発から、この試合の先発メンバー≒ベストメンバーと理解できた。
ボールホルダーに圧をかける1トップ後方で、第2プレッシャーラインが横に長い状態にある京都のそれと異なり、広島のプレッシング構造では1トップの後方にスペースが生じやすい。これとシュティーラーの起用とが重なり、VFBは京都戦とはうって変わった姿を披露した。まず、3−4−2−1の"2-1"で形成される広島の第1プレッシャーラインに対し、2CB+2CMFの4名、時にニューベルも加えた5名で安定的にボールを保持できる。特にシャボーとシュティーラーという2名の左利きによるアレンジの利かせ方は絶妙で、広島の選手のランニングの方向に直交する方向、つまり「2度追い」ができない方向にボールを逃すことが非常に上手い。スペースが十分あることを見て取れていたであろうクレーツィヒの外張りもなかったし、先期既に「偽」ることに習熟したシュテンツェルも水を得た魚だった。
2CB+2CMFに2名の「偽」るSBからなる6名のユニット(なお、VFBの非保持状態の布陣は、シラスをWBとする3−4−2−1で広島と同じだが、彼は早期に高い位置まで上がってしまい、ビルドアップに関与しないようになっていた)に、3-4-2-1の布陣で向き合う広島の前線と2名のCMFからなる5名では人数が足りない。「偽」ったクレーツィヒにすかさず対応した塩谷のクレバーさはさすがの一言で、試合前に十分言い含められていたのかもしれない。ただ、ディールとサイラスの2名のウィングが常時高い位置に張っていることで、絞るか否かの判断を常時迫られた広島のWBには相応の負荷がかかっていたはずだ。このうえで、京都戦の後半と同様にレヴェリンクが入った前線には常時前後の動きがあり、そうでなくとも生じやすいスペースを継続的に突くことができていた。先制点のプロセスはまさに意図通り。対峙するCMFが下がらざるを得なくなったことで自由を得たシュティーラーとルオーのパス交換から始まり、レヴェリンクの裏抜けも効いている。
GK+2CB+2CMFの5名によるパスワークで広島の前線3名のアプローチを空転させ、その工程の出口に「偽」ったSBを使うという二段構えの構造の安定感はさすが、これぞ見たかった「ヘーネス・ボール」という趣だった。シュティーラーが下がる58分までこれが続く。後任のオメル・ベヤズとサムエレ・ディ・ベネデットは、カラゾルとシュティーラーとがそうしていたように近接してのパス交換と、所謂「パス&ゴー」を繰り返していたが、大きく違ったのはシュティーラーがしばしば為していたパスの方向変えができなくなったことだ。広島が、後半から2CMFに同ポジションの2名をマンツーマンで当てていたことも手伝って、その後のVFBはビルドアップを強みとせず、デュエル一徹という如何にもドイツのチームらしい姿を見せることになり、特筆すべきポイントがないまま時間が経過していった。
ただ、京都戦と同様に、途中出場した若手たちのアピールぶりは目立った。特に、得点というわかりやすい結果を出した左SBムサ・シセと、CFトーマス・カスタナラスの2名は楽しみだ。パリSG出身という血統書つきの前者は、クレーツィヒほど「偽」ることに積極的ではないもののスピードは十分で重量感があり、敵を真横に置いた状態での強引な突破や、守備でのデュエルを厭わない。ミッテルシュテットのバックアッパーとしての立場をクレーツィヒと争うかもしれない。VFBアカデミー育ち、ギリシャ系の後者は見るからにパワフルそうで古典的な9番タイプ。デミロヴィッチのバックアッパーは層が薄いだけに貴重な存在になりそうに思える。
⬛︎ドイツにおける監督新世代の胎動
2試合を通して強く感じたのは、理想的なメンバーにより実践される「ヘーネス・ボール」は、ポジショナルプレイの教科書に極めて忠実であり魅力的であるものの、特定の個人への依存度が高く映る、というものだった。とは言え、マンチェスター・シティとてロドリの、レバークーゼンとてジャカの、それぞれの在否によって大きく顔を変える。敵のプレッシング網の網目に侵入してボールを受けることのできる選手は多くないことを踏まえれば、ある程度の属人性は不可避なリスク要因と言わざるを得まい。気になるのはむしろ「偽SB」の使い方も含めて標準形がきっちり固められたビルドアップの形自体の可塑性、いわば「対策の対策」を表現しうる柔軟性の有無だろうか。
他方、京都・広島のいずれも、ボール保持にこだわるチームでは無いことから、プレッシングの構造に特徴は見出し難かった。日本の暑さを気にしてか、ホッフェンハイム時代のようなカウンタープレスを行う機会は稀で、むしろさっと引いてブロック形成を優先していた印象だ。その状態からの縦横スライドの徹底度合いは怪しいところで、ブロック形成時のスペース管理の仕方は未知数に映った。この点は、前述の「可塑性」に加えて、リーグ戦開幕後にチェックしていきたいポイントだ。
最後に、このヘーネスを含め、近年のドイツにおける若手監督の代替わりについて触れておきたい。
2010年代、ドイツで頻繁に登用された若手監督、しかもプロ選手としての経歴を伴わない層に対して特に使用される"Laptop Trainer"という呼称があった。これは当初、多分に揶揄のニュアンス(メーメット・ショルら、元プロ選手としての経歴を持つ指導者層による、そのキャリアが評価されないという「苦情」と言い換えてもよい)を含むものとして使われていた。実際に、急激に増えたそれらの指導者たちは、一時的にブンデスリーガでの職に就いたものの、その後のキャリア形成は芳しくない。さりとて、元名選手勢が際立って有能であるというわけでもなさそうで、例えばシュテファン・エッフェンベルクは、15-16シーズンにパダーボルンで監督の任にありながら僅か5ヶ月で解任されているのだが。
そんな10年代が過ぎ、生き残ったのはせいぜいナーゲルスマンとテデスコくらいだったところ、ようやくシャビ・アロンソにヘーネスといった次なる才能が登場し、しかも魅力的な内容を伴って勝利という結果を出した。この2名に加え、バイエルンでナーゲルスマンのアシスタントの任にあり、フランクフルトに監督として迎えられたディノ・トップメラーも、ヘーネスと共通する文脈のサッカーを展開して7位につけており、ホームでのバイエルン戦を5−1というスコアで制するという偉業も成し遂げた。
彼らに共通するのは、いずれも80年代前半生まれと、監督としては比較的若く、尚且つ早期に指導者に転身していること(アロンソの35歳での引退も、
プレースタイルと晩年のパフォーマンスを考慮すれば「早い」と評せるだろう)。そのうえで、10年代の"Laptop-Trainer"勢と異なり、試合中に意図する現象を安定的に作れているところを見ると、単に若いだけでなく、トレーニングを通してしっかりと選手を掌握し、実際に動かすだけの実力があるということだろうから、言ってみれば旧「ラップトップ」勢の「屍」も、無駄ではなかったというところか。付記するならば、ヘーネスとトップメラーについては、サッカー界で顔の利く「名前」を有しているのも興味深い(ディノ・トップメラーは、かつてHSV等を率いたクラウス・トップメラーの子息)。
そして、先期の2ブンデスリーガを制したザンクト・パウリを率いたファビアン・ヒュルツェラーは、これぞドイツらしい若手監督という経歴の持ち主だ。93年生まれの31歳。ブンデスリーガのBチームと、いくつかのアマチュアクラブでのキャリアを早々に切り上げているところはヘーネスと共通しているが、アマチュアクラブでの選手と兼任していた監督としての仕事ぶりが評価され、29歳でザンクト・パウリの監督に就任。2部優勝の実績が評価され、ブンデスリーガを通り越してプレミアリーグのブライトンに引き抜かれるという、異例のスピード出世をなした俊英である。アカデミーの監督や、トップチームのアシスタントといったわかりやすい下積みを経ることなくこれだけの出世をなしたということは、プレゼンテーションされる試合内容に、よほどの説得力があったということだろう。ブライトンの試合をチェックするのが今から楽しみである。
先期をまさかの3位で終えたバイエルンの移籍市場での動向〜ドイツ人でなく外国人の登用に積極的であること〜から、10年代後半から悲観論が飛び交ってきたドイツ人選手の育成環境については、よりネガティブな方向に進んでいる感のあるドイツサッカー界。しかし、対照的に、ドイツ人の指導者では、10年代に起きたブームを生き残った本物と、彼らに大いに触発されたであろう新たな人材がより魅力的なチーム作りを成功させつつある。プレミアリーグに進むためのファームリーグとしての位置付けは最早動きそうに無いものの、魅力的な人材を定期的に輩出し、満員のスタジアムが醸し出す熱さも魅惑的なブンデスリーガからは、やはり今期も目が離せなさそうだ。そして、そのブンデスリーガを牽引するのは、育成の殿堂サン「セバスティアン」が育てたシャビ・アロンソと、その名がまさに「セバスティアン」であるヘーネスだ。この奇妙な付合を共有する2名のチームが、今期もリーグをリードするのか。あるいは、バイエルンやドルトムントといったより大きなクラブの巻き返しがなされるのか。興味は尽きない。