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「圧倒」を夢見るその前に

⬛︎好調アトレティックの中核

 2月9日(日)の朝、どうしても外せない試合として、筆者は、ラ・リーガ第23節のアトレティック・クルブ(以下「アトレティック」)対ジローナ戦をチェックしていた。RCDエスパニョールのファンとして、次節の相手であるアトレティックの現状確認をしておきたかったからだ。

 観終わっての感想は「勝てる気がしねぇ」。第22節終了時点でホームチームが4位、アウェイチームが7位。テーブル上では拮抗しているが、ポイントでは実に10の差があった両者の対戦は、それを如実に反映した内容の試合の末、3−0で決着した。初参戦となったCLでのプレーオフ進出の道は断たれたものの、国内リーグでも既に31ポイントを稼いでおり、降格を気にする必要はなさそうなジローナ。欧州カップ圏内を狙う戦いに向け気持ちを切り替えんと意図していただろうが、攻守両面において、アトレティックに完全に試合を支配されてしまった。

 ただ「それを如実に反映した内容」の内実は、そこまで鮮烈なものではなかった。確かに彼らは強い。GKとCBのクオリティが概して高いことから、戦術レベルに依らず後衛の安定度はもとより一定水準が保証されているチームだったが、今季のチームにはさらにクリエイティブネスが上乗せされているように映る。オイハン・サンセのセカンドストライカー型トップ下としての独り立ち、21歳のミケル・ハウレギサルと23歳のベニャト・プラドスというプレイメーカー色が濃いCHの台頭、そして、ゴルカ・グルセタ以外の適任者を欠いていた9番タイプとして、アラベスから引き抜かれた24歳のマロアン・サナディの、彼のバックアッパーに留めるには特大過ぎるスケールなど。さらには、この試合でベンチ入りした22人のうち、Bチームを含む下部組織を経由することなくアトレティックのトップチームに加入した選手はわずか3名というのも驚異的だ。

 そうした個々の煌めきを備えてもなお、何処か彼らには、それに引きずられずにタスクを淡々と遂行するが有能な組織人の集まりとしての顔が先に立つ。そんなチームをもって、CL出場チームを屠ったのが、試合翌日に61歳の誕生日を迎えたアトレティックの指揮官、エルネスト・バルベルデ監督である。

 詳細は後段に譲るが、コンスタントに上位を維持してきたわりには、このチームは選手個々のカラー以外に派手さがない。質実剛健な戦いぶりは、かつては兄弟関係にあったとされるアトレティコ・デ・マドリーと似ているが、彼らのような「狂気」も感じさせず、淡々とフツーのサッカーをやって勝つ。その特性上、ビッグ3に対してはなかなか勝てず、引き分けもリーグ2位タイの8を数える。上位にいるわりには地味だが、その地味さが強みでもある良質なチームを造りあげてきたのが彼なのだ。

 そんなバルベルデ・アトレティックを取り上げるのは、久々にJ2を戦うことになった故郷のチームを見るにあたり、ヒントになる点が多々あったからだ。

⬛︎「継承」の先の「圧倒」。札幌は何を目指すのか

 日本は九州・熊本。当地では今、今週に開幕するJ2リーグの初戦に向け、北海道コンサドーレ札幌が最終調整の真っ只中にある。

 先期のJ1を19位で終え降格した札幌は、菅大輝や駒井善成といった主力の移籍という小さからぬ痛みを伴いながら、現有戦力の維持に注力。札幌への在籍経験がない完全な外様の加入がゼロという一風変わったオフを過ごした。現有戦力の維持=継続路線、と単純には言い切れないが、新監督の岩政大樹氏も、就任会見ではっきりと、ミハイロ・ペトロヴィッチ前監督が植え付けた「攻撃的マインド」の「継承」を明言。その後、クラブ幹部や、在道メディアが拡散してきた岩政監督自身の言葉を総合的に解釈すると、少なくとも、リアクティブなサッカーを志向していないことは確からしく思われる。

 各種報道を参照しつつ、メンバー構成と具体的な手法を推察してみよう。

 まず、人の並びは3-4-1-2。GKの菅野孝憲、3CBの大崎玲央・中村桐耶、CHの高嶺朋樹、右WBの近藤友喜、同左の朴玟奎、トップ下の青木亮太あたりは確定とみてよい。馬場晴也や荒野拓馬の適正ポジションの見極めにより、高尾瑠のポジションにも影響が出そうなこと、2トップの人選の流動性…不確定要素はこの程度だろう。さらに後者については、アマドゥ・バカヨコ、ジョルディ・サンチェス、中島大嘉、白井陽斗のうちから2名、と単純な予測もしきれない。似たタイプの外国人2名を並べるのは想定しにくいし、木戸柊磨が練習試合ではこの位置で起用されていたことからすると、スパチョーク・サラチャート、フランシス・カン、キングロード・サフォ、長谷川竜也といった、二列目に適性のある選手の抜擢もあるかもしれない。

 続いて、具体的な選手起用以前に重要な、ボール保持の方法論については、いくつかの関係者コメントを拾うことで予測が可能だ。例えば、三上"GM"の以下のようなコメント。

 …GKからビルドアップすることはこれまでと一緒だが、3バックも幅を取りなさいというミシャに対し、ボールを奪われたときのリスクがあるから横の距離は縮めるというのが岩政の考え方。攻守ともミシャのように対角線も使ったり3人目の動きもあるから、今までやってきたことがベースにはなる。その中でビルドアップの際の選手間の距離は近くなり、その中でテンポよく相手を外して前に持っていく。

スポーツ報知電子版2024年12月28日
「北海道コンサドーレ札幌 起用法は動けるか動けないか 岩政監督の厳しさに期待…三上大勝代表取締役GMのコンサ便り」

 他方、高尾はこのような表現を用いて前体制との違いを口にしている。

 「ミシャの時は縦のレーンを守ってというサッカーだったが、その真逆でもっと動いていけと言われる。僕は中に入っていくのが好きなので、それは出せるんじゃないかと思う」

スポーツ報知電子版2025年1月11日
「J2札幌・高尾瑠、開幕からフル稼働誓う 昨季はキャンプで負傷し出遅れ」

 三上GMのコメントからは、3CBがいきなり散開せずにその初期位置を守ることで敵のプレッシャーラインの足を止めるという志向性が、高尾の証言からは、それを前提として臨機応変に定位置から逸脱していくという意味での「流動性」と、中央を経由しようとする志向性が、それぞれ示唆される。また、少々異なる文脈でのコメントになるが、トップ下で当初より主力の地位を確立している青木の証言も、間接的にではあるが新たな方法論の特徴を匂わせる。下記の動画の3分20秒過ぎから彼は、自身のポジションについて「ボールをたくさん触るポジションでは無いかもしれない」と述べているのだ。

 この証言から想像するに、2名のCHも、まずは定置状態から「流動性」の形成に関わっていくのではなかろうか。3CBと2CHの5名によって敵の一列目と二列目を絞らせたり、あるいは広げたりという操作によって、ビルドアップが有効に機能していれば、トップ下の青木は、下がってくる必要がない。ビルドアップが機能しているがゆえの「ボールをたくさん触るポジションでは無いかもしれない」発言では無いか。楽観的過ぎるだろうか。

 そもそも、高嶺はJ1でも一廉のCHだったのであって、J2でプレイする器では本来ないのだ。ゆえに、彼をフリーにするように工夫をするのでなく、むしろ定位置にいてもらうことで敵の足を止め、他の選手が持ち運ぶスペースを確保したところから「流動」を始めることも十分に有効な気もする。

 そして、後方でボール保持を安定させるだけでなく、敵のプレッシャーを回避できれば、良質なWBにボールを託したうえで、彼らに存分に働いてもらうことができる。近藤は静止状態からの仕掛けとPA内への侵入、朴は大外でのフリーランニングとシャトルランの回数というように、持ち味が異なるところもチームとしての強みになるだろう。

 そして、具体的な崩しの方法論として、この動画の31秒時点から岩政監督のコメントは核心を突くものと言える。

 「(中村)桐耶が来たところの背中を取りたい」。この表現は、岩政監督の思考をよく言い表している。彼は著者”Football PRINCIPLES”において、PAの横幅68mのスペースを4人で防衛することは困難であるということと、それゆえに、4バックの布陣であってもDFラインに加わる「5人目」が誰かを決めておくべしということを主張している。岩政監督がハノイで3バックに傾倒し、尚且つ札幌でもその導入に勤しんでいるのは、自身の提言に対する回答と考えてよいだろう。彼にとっては必然的に、自分たちがボールを保持する状態においては、単にピッチを幅方向に5分割すると生じる2/5の領域、理論上の「ハーフスペース」は、手段はどうあれPA内では既に埋められていることが想定されており、これまた必然的に、そこを埋める担当者としての3CBの1名の裏を狙うことが、崩しの肝として意図されることとなる。

 さらに、そこを狙うタスクを担うのが、2トップであることも予想できる。たとえば、三上GMが前引用の記事において述べていた、下記のようなやり方だ。上記の動画内で朴がスペースへのアタックを促進されていたことから察するに、大外からPA角を狙うのはWB、それにより釣り出されたCBの背後を狙うのは2トップ。そんな分担なのだろう。

…システムはこれまでの3-4-2-1ではなく、3-4-1-2の感じでいくと思う。更に2トップも左右のペナルティーエリアくらいに広がる形を取り、真ん中の空いたスペースに変化をつけられる青木やボランチの選手が入ってくるようなイメージになる

スポーツ報知電子版2024年12月28日
「北海道コンサドーレ札幌 起用法は動けるか動けないか 岩政監督の厳しさに期待…三上大勝代表取締役GMのコンサ便り」

 付記すれば、荒野がCHでなくより高い位置の候補にも挙がっているのは、この「真ん中の空いたスペースに変化をつけられる青木やボランチの選手が入ってくる」仕事への対応できる高さと強さ、速さを有しているがゆえではないか。

 以上のように、岩政・札幌が試みようとしているボール保持時の方法論は、公開されている情報に基づいて多少ではあるが予想できる。ピッチでの具現化のレベルを確認する必要があるのは言うまでもないが、ペトロヴィッチ前監督体制下で物足りなさを感じていた領域に手が入れられるという印象で、個人的には好意的に評価したい。岩政監督が「相手を圧倒するサッカー」と表現したその志向性を、まずはじっくりと確認していきたい。楽しみだ。

⬛︎札幌の「手本」としてのバルベルデ・アトレティック

 ただ、その一方で、同時に確認されるべき点がもちろんある。非保持時における具体策とそのクオリティ、だ。

 38試合のリーグ戦を2位以内でフィニッシュすることを目指すとして、許容される敗戦数はせいぜい6〜8。優勝した清水が8敗、10敗した山形と仙台はいずれもプレーオフに回っている。自動昇格を目指す身としては負ける可能性をロジカルに下げる必要があり、そのためには、5点取ったはいいが4点取られました😅という、これまではある種の「らしさ」として許容されていたあり方まで「継承」されては困るのだ。では、どのような「あり方」が望ましいのか。ここで、一つの先行事例として参照できるのが、先に述べたバルベルデ・アトレティックの手法である。

 バルセロナを率いていた経歴からは意外なほど、エルネスト・バルベルデには、特定の戦術への傾倒というイメージが薄い。幼少期にバスク州に在住していたことからアトレティック特有の「バスク人縛り」の枠内にあった恩恵で、7シーズンにわたりアトレティックでプレイし、選手としては最も長い時間を過ごしたこのクラブで、監督としても現体制を含め実に三度指揮を執っている。その一方で、第二次政権と現政権の間にバルセロナでの指揮経験を挟んでいるし、指導者として売り出した頃にはRCDEを率いてもいた。バレンシアやビジャレアル、ギリシアのオリンピアコスも率いていたこともある。ニーズが様々に異なるクラブで、それぞれ望ましい結果を残してきた、というタイプの指導者だ。

 それゆえ、と結論づけるのは些か乱暴だが、極めて「普通」なのが、この人のサッカーの特徴である。スペインサッカーの保守本流。もう少し踏み込んだ言い方をすると、戦術指南書に掲載されている説明書きに沿って、彼のやり方の大半はおそらく説明ができる。ただ、その練度が際立って高いと筆者は捉えている。そして、岩政監督の考える戦術意図との相似点は、一つには敵のCHの押さえ方にある。前述の書にて、岩政監督が挙げている「高い位置の守備」に際して決めておくべきことが、以下のようなものだ。

 …「中盤とフォワードの間のエリア」ということになります。
 このエリアに誰が守備にいくのかが、これまで同様にあらゆる状況で、明確になっていなければいけない。
 (中略)誰がいくかが決まっておらず(このエリアで)フリーでボールを持たれると、時間ができてその選手は前を向きやすくなる。この「ピッチ上の心臓」ともいえる場所で前を向いた選手というのは、あらゆる選択肢を持つことになります。

ワニブックス「Football PRINCIPLES サッカーの原則 躍動するチームは論理的に作られる」
第3章 サッカーの原則~「こうなれば、こうなる」とその先
1-1 ピッチにおいての「こうなれば、こうなる」

 バルベルデ・アトレティックの布陣は4−2−3−1。"1"がCBへアプローチし、"3"の中央にいるトップ下が敵のCHをマークする…この手法自体は、多くのチームがしばしば実践するものだ。しかし、バルベルデ・アトレティックは、この2つのアクションに加え、その後方2ラインのラインアップと横スライドのタイミングが揃っている。尚且つ、ボールがサイドに誘導された状態における2ラインの構成員のポジショニングも、手前のチームメイトの斜め後ろをしっかりと押さえられている。これらの現象により、ゾーンディフェンスの本懐である、敵のプレイしたいエリア〜ここでは岩政監督のいう「中盤とフォワードの間のエリア」を先行で「場所取り」しておくことによって、敵のプレイの選択肢とプレイエリアの双方を主体的に狭めること〜が高確率で具現化されている。

ジローナを苦しめたバルベルデ・アトレティックのプレッシング
理論は「普通」の代物だが、とにかく位置の占有が速い

 では、札幌はどうか。ボールの持ち方についてのヒントはそこらに落ちていたが、記事になりにくいボールの奪い方や進路規制の仕方について、岩政監督の手法のヒントを探してみると、まずたどり着くのはこれだ。

 さらりと書かれているが「守備がゾーンベースとなった」ことは、ここ数年の札幌の継続事項を踏まえると大きな変化である。尤も、岩政監督は東京学芸大学在学中に、当時同大学を率いていた瀧井敏郎氏の薫陶を受け、ゾーンディフェンスに傾倒するようになったことを、この書物に掲載される松田浩氏との対談で語っているので、それ自体は驚くにはあたらない。そして、バルベルデ・アトレティックと大枠では共通することになる。異なるのは布陣だ。

 「ゾーンベース」の守り方を、3-4-1-2で実践した場合の具体的なアクションを予想すると、まず重要なのは2トップの一方による敵CBからのパス出しに対しての方向づけと、トップ下によるボールサイドのCHへのパスコースの封鎖とによる、ワンサイドへの所謂「誘導」。このアクション自体は上記バルベルデ・アトレティックでも常時行われるものであり、トップ下の青木が重要な役割を担うことは言うまでもない。

敵が4−4−2の場合、2トップの一方が内側を切ってアプローチするところから、
誘導を開始することが考えられる

 そして、見逃せないのは2トップのうち、ボールと逆サイドに位置する側の選手だ。2トップ+トップ下で一連のアクションを行うこと、この選手も横スライドして、CBとGKとを同時にケアできる位置を取れば、トップ下の選手はCHを離してCBにアプローチする必要がなくなるからだ。

 このうえで、こちら側のCHはボールサイドにスライドして、CHの一列前への斜めのパスを封鎖。敵の中盤の編成がアンカー+インサイドMFの形であれば「マンツーマン」で彼を押さえる形に、結果的になる場合もあるだろうし、SHが中に入ってきても同様だ。そして、縦スライドしてきたWBが大外の領域を埋めたうえで、適宜ボールを狩りに出る。CHの選手が角を形成するように作る防壁が、狭いところに閉じ込められた敵CBあるいはSB が、例えば下記の記事にあるように「パスコースを限定」することになる。そして、後方で、右CBがCHの背後をカバーするようにポジショニングしつつ、他のCBもユニットとなってボールサイドにスライド…こんな形だろうか。ボールサイドのFWにそこまでスライドをさせなかったり、WBに縦スライドを多くはさせず、敵のSBに対してもCHの横スライドで対応させるチームもあるので、この運用は具体像を試合で確認する必要があるだろう。ボールと逆サイドのCHの位置取りの高さも気になるところだ。

CHの一名がボールサイドにスライドし、トップ下とWBとの間の「角」になるような形状に変化

 もちろん、好ましからざるもJ字の壁を通されて、プレスを回避されることもあるだろう。その場合、岩政監督が前述の著書にて挙げている、他の重要原則が実践されるか否かが見どころだ。

 …(ラインブレイクしようと)走っていく選手をケアするのは、「(走る選手の)背中から追いかけられる」後ろの選手です。この選手は、必ず走っていく選手についていかなければなりません。
 (中略)後ろの選手が対応すれば、ボールの出どころから相手選手の対応まで、常に相手選手の背中側にいることができます。

ワニブックス「Football PRINCIPLES サッカーの原則 躍動するチームは論理的に作られる」
第1章 日本サッカーと世界の「差」〜「ロストフの14秒」で見逃され続けた視点
1−5「原則」を押さえた長友佑都の判断

 「斜めに走ってくる選手に対しては、その選手の後ろの選手が付いていく」こと。3-4-1-2の札幌で、この任務を多く担うことになるのは、ボールと逆サイドのWBか、あるいは、逆サイドのCBであるはずだ。例えば、こちらにとっての右側にボールを誘導できていたとするならば、朴と中村。ラインの高さによっては、高嶺がこれを実践する機会も当然生じるだろう。勝手な想像だが、朴が重用されているのは、近年の札幌においては珍しい純正のSBタイプなので、このプレイが染み付いているからではなかろうか。

理論的には空いている選手はいるので、ボールを後ろに戻された結果上図のようになるかもしれない
その際は、岩政原則によれば、大外の選手がついていくことになる

 さて、バルベルデ・アトレティックに通底するゾーンディフェンスの大目的に沿って考えれば、各選手のアクション自体は、概ね上記のように予測できる。あとは、これらをどの程度の速さで実践するか?が、全体傾向を「圧倒」に傾けられるか否かの分かれ目だ。上記の動画で、トップ下に入る青木が「常に攻撃し続けるような、攻撃している中でも守備の体制を整える」というコメントをしていることから、相応の速さで、ボール奪取を迅速に攻撃に繋げていき、保持/非保持の境目が恰も無いような状態を目指していることが窺える。それの実践レベルによって、敵を「圧倒」できるか否かが決まる。

 以上、バルベルデ・アトレティックのやり方を補助線として、大枠では通底するであろう岩政監督の手法のうち、特に非保持でのあり方を推察してみた。もちろん、アトレティックがオーソドックスなやり方でも勝てるところには、保有選手の質(アトレティックが育てる選手は一様に総合的なフィジカルレベルが高く、これはビルドアップ時に選手同士を散開させられることにも寄与している)が要因であることも間違いないが、それは方法論の有効性を否定するものでは無い。

現状、プレミアリーグの上位チームの直接対決や、UCLのベスト8以上のクラスでは、ポジションを取る前にボール保持側の「人」を捕捉しなければ瞬時にその「人」が種々の選択肢を認知し、正確かつ迅速にボールをそこに向けて送り出してしまうことから、非保持側が半ば強制的に、ゴール前の人数を減らしてでも、マンツーマンのハイプレスを実践せざるを得ないという状況が生じているが、それはトップ・オブ・トップに限った現象である。現に、アトレティックは「速いゾーンプレス」でラ・リーガで4位につけている。況や、J2においておや…というやつだ。消化しきれなかった前体制のやり方を、無理に「継承」することはない。「圧倒」のためには、まず、保守本流の基本原則を実践できている必要がある。贅沢品を口にするのは、そのあとだ。

 そして、もちろん、プレスを回避されたあとの自陣での振る舞い方(5バックの構成員間の距離、ボールサイドと逆サイドそれぞれのWBの位置、CBの「人」への意識の傾斜の程度、中盤3名の位置関係と5バックとの間の距離など)、敵のゴールキックを競る選手は専任か、CKにおけるゾーンとマンツーマンの配合具合など、確認すべき点は多々ある。

⬛︎変化の気配がもたらすときめき。懐かしい風の吹く予感

 …と、ここまで書いてきて思ったことがある。前段で述べたプレッシングの手法は、柳下正明元監督が率いていた04~06年の札幌のそれによく似ているのだ。

 ある時期からマンツーマンに傾倒した柳下監督だが、札幌時代はむしろ2トップの横スライドを契機としてサイドに局所的な数的優位を作るやり方を行なっていた記憶がある(既に削除されているが、ウェブメディアの記事でも「スライド」という単語を使っていたような)。散開しない3CBの選手にボールを運ばせるとすれば、さらにその印象は強まる。

 外国人の一点豪華主義に頼らなくともチームを作れることが証明されたあの3年間を、青春時代のような懐かしさで振り返る札幌ファンは、結構多いのではないか。筆者はそうだ。

 特に05年と06年、厚別で開催される試合が天候に恵まれていた記憶があった。必ずしも勝てたわけではないが、一般的には「強い」と捉えられている「厚別の風」が、ただただ爽やかだった景色とか、横断幕用の白い布に書く文句を、スプレー缶を握りしめる直前まで悩み抜いた結果、半ば思いつきで書いたあのフレーズが今風には「バズった」ことが、未だに鮮やかに頭に浮かぶのだ。そういえば、04年には、ゴール裏の仲間総出で連れ立って、柳下監督の出待ちをしたこともあった。クソ真面目に「今チーム造りはこのような段階にある」ということを説明されて、高校の教師に愛ある説教を受けた時のような気分にもなった。

 徐々に閉塞感を漂わせていったペトロヴィッチ体制からの脱却を喜んでおきながら、柳下時代への「回帰」を思わせるやり方にときめきを覚えるのは何とも勝手だと思うが、まぁその辺は好みの問題ということで、ご容赦願いたい。

 先期は、一度も札幌の試合に足を運ばなかった。理由は率直に言えば「時間と金をかけるだけの価値を見出せなかったから」だが、今期は少なくとも開幕してしばらくは、現地に足を運ぶつもりでいる。成果が結果的には「回帰」的なものかもしれなくとも、少なくとも7年間、濃く重ね塗りされた色のうえに、新たな色を塗り重ねていく作業であることには変わりがないからだ。その色が栄光の金色になるのか、鮮やかな虹色になるのか、はたまた燻んだ灰色になるのかはまだわからないが、その色を塗る余地が生まれたこと自体が喜ばしいのだ。爪に火を灯す生活に貧して鈍していたエバートンに多少なりとも補強資金が提供されたときのような、目の前がぱあっと開けるような感覚が、確かにある。

 これまで述べてきたポイントから、今期のキーマンを挙げるとすれば、まずは青木になるだろう。守備は彼が敵のCH周辺を先取りできるか否かから始まり、攻撃は彼が終わらせる。そんな役割上の期待があるからだ。さらに高嶺には、個人能力で圧倒できるであろう守備面はもちろんのこと、いるだけで敵のプレスの足を止めることができるくらいの、攻撃面でのクオリティも求めたい。役割が多すぎた荒野は、より自身の長所に特化した仕事に専念できるようになることを期待する。

 そして、純SBタイプの朴には、岩政監督の戦術面での要求レベルを高い水準で満たしていることを、さりげなく見せてもらいたい。表記上のポジションこそCBながら、駆け引きの面で粗忽さを覗かせることがあった中村には、純然たるCBであった監督からの学びを得て真のCBに脱皮したうえで、低い位置ではコンドゥクシオンができて、高い位置ではレガテもできてしまう変態的な選手に化けることを期待している。

 これまで札幌は、降格後1年での昇格を果たしたことがない。

 改めて述べるまでもなく、札幌にとっては昇格が唯一絶対の目標である。とはいえ、勝って当然、という立場ではもちろんない。試合を決められる選手を含む主力をキープしたうえで、さらに強力な選手を加えた長崎をはじめ、今期のJ2にはライバルが群雄割拠しているからだ。そして何より、岩政監督とて、プロリーグの指導者としてはまだ若く、J2を戦った経験もない。

 勝つべきであるし、勝ちたいのはもちろんだが、そのためには、勝つにふさわしいチームに仕上がっていく必要があり、そのためには、これまで筆者が拙くも述べてきたこと以上に多くのことが、練られる必要がある。ファンとして、チームを「信じる」という視点でなく、その練り込みのプロセスを、冷静に見つめる視点も必要だ。しばらく続いた厳しい冬が明け、近づいてきた春。芽吹きとその先の成長の有様を、今期はしっかりと見据えていきたいと思っている。

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