調子の悪いラジオがノイズを発する。幼馴染が「中に死にかけの蝉を飼っているみたいだ」と笑って、なんとなくその言葉が好きで買い替えなかった。今は、もう壊したくて仕方がない。 簡素な二段ベッドに大体埋め尽くされた部屋は、電気もつけていないので、変に緑っぽくて薄暗い。もうすぐすれば、朝日が昇りきってマシになるだろう。同居人はまったく片づけない性質で、多分今踏んだ迷彩服はあいつのだ。 今はただじっとしておきたかった。背を丸めてベッドサイドに腰かけ、無気力な膝を見つめる。足にはほと
『十二月七日十時三十八分 ドッペル(服)』 いやいや、(服)って何。と、日記帳アプリを眺めていた私はツッコミを入れた。これで日記のつもりなのだから恐ろしい。まだ三日坊主の方がマシだろう。同日の十八時四十二分を見ると今度は『(色)』とだけ書いてある。もはやドッペル(ゲンガー)とすら打っていない。なんだこれ、と記憶を辿る。 あぁ、確か、たぶん。その日の朝、電車で隣り合った女の子と、服装がまったく同じだったのだ。ジーユーの赤いセーター、黒デニムのスカート、ベージュのトレンチコー
テレビ棚と壁の間に、ぬいぐるみが落ちていた。目に痛いピンクとイエローの体に、グリーンの目をした、全然なんの動物か分からない、なにか。ほんとうにかわいくないぬいぐるみ。誕生日プレゼントを何もねだらなかった年に、親が送ってきたものだ。 拾うと、それはやけにあったかくて(まぁ、テレビの熱だろうけど)、例えるなら生きている猫のような温度だった。ビーズが敷き詰められた腹に指を沈めると、苦しいとでも言いたげな反発が返ってくる。埃が室内灯に照らされて、白くきらめきながら散った。うぇ。と
久しぶりに撮ってもらった写真は、なんだかとても緊張して、私はすこし視線を下にした、小難しい顔で立っていた。カメラを構えた貴方がそれを見て笑うものだから、「私、貴方を撮りたかったわ」というと、お互い不思議な温かさを抱えて、雨の上がった後の、湿った毛布みたいな地面に棒立ちになって、とにかく笑ってしまう。 「ここは時間が遠い所なんだ」 私の夫は、よく砂丘に来るという。最初は、小学校に入る前の小さい時。砂を掘り返して持ち帰ってしまって、親に怒られたらしい。二回目は、新しい自転車を
……むかしむかし、おおむかしのお話です。ある街の隣の森の中に、真っ白な塔が1本、立っておりました。白と言っても、それは炎に焼かれた石の色で、塔は、ヒトに打ち棄てられたものでした。といいますと、その塔には、ヒト嫌いの炎の妖精がひとり、棲んでいるので、ヒトはみな怖がって、誰も近寄らないのです。 ある時、その塔に2人の赤ん坊が棄てられていました。1人は、額から銀の角を生やし、脚は青い鱗に覆われた、異形の子供でしたが、もう1人は、見た目は全く普通でした。魔法の力を沢山持っていまし
……むかしむかし、おおむかしのお話です。ある大洋に、真っ白で大きな灯台が、ぽつんと、座っていました。背筋はまっすぐ伸びて、姿勢はいいのですが、灯台はとても静かで、寂しそうでした。彼の足元では、魚たちが、くすくす、くすくす、と灯台について噂話をしています。魚たちは小さいので、笑い声も小さいのです。 「この灯台には、どうして灯りがつかないのだろう。黒い窓はずっと黒いままで、こないだも、しるべを失った船が、夜じゅう、ここをさまよっていたよ。それで、そのあとはドボン! さ。いったい
『流れ星』 知るか。メッセージを読んだとき、香助はあまりの唐突さにそう呟いた。ちらりと窓枠を一瞥すると、茜色と紺青が入り混じった、微妙な空模様がそこにはまっている。月はたぶん、うっすら見えるだろう。携帯電話をデスクに放って席を立った。 なんのつもりなのだろう。 触れた窓枠は結露していた。指先から手首へ水が伝う。 メッセージを送ってきたのは雪吹という奴で、十一年前の友人だ。と、思う。香助たちの出身地は、この国で長年うっすらと続いている戦争の、不運な爆撃によって瓦礫となり
はじめまして。うぃろーと申します。 この「うぃろー」は柳を意味するwillowから来ています。高校生時代、英語は5段階評価中2をとったレベルなので最初、「う、ういろう……?」と誤読しました。 きっとお腹が空いてたんだろうね。 アイコンは柳色です。 #a8c97f。 小説は専らファンタジーを読むことが多く、どちらかというとライトノベルが本棚を圧迫しています。某魔法使い学校の日本語訳で趣味嗜好を拗ねらせたので、文脈の矛盾や不格好な日本語、接合性のない単語の羅列にときめきを