誰でも使える交渉術! 『チームでの交渉』
チームで交渉する際には、個人で交渉する場合と異なる特有の課題や注意点があります。人数が増えれば、より複雑化して手に負えなくなる印象もありますが、いくつかのポイントを踏まえることで、むしろ単独の交渉より力強く、かつ効果的な交渉ができることがわかると思います。
そのポイントについて、次を参照してください。
1. 役割分担の明確化
目的:チーム内で役割を明確に分けることで、効率的かつ一貫性のある交渉を進める。
例:リーダー(議論を進行する)、サポート(資料やデータを提示)、記録係(議論の内容を記録)など。
2. 事前の十分な準備
チーム全員が同じ情報を共有し、目標や戦略について共通認識を持つことが重要。
交渉中に意見が食い違うと、相手に不信感を与えたり、チーム内の結束が弱いと見なされたりする可能性がある。
3. コミュニケーションの一貫性
誰が発言するのかをあらかじめ決めておく。
意見が分かれる場合は、交渉の場で議論せず、控え室などで調整する。
4. 非言語コミュニケーションの意識
チームメンバー間で目線やジェスチャーを通じて合図を送り、連携を強化する。
不適切な表情や態度は、相手に誤解を与える可能性がある。
5. ZOPAとBATNAの共有
チームで交渉する場合でも、交渉可能な範囲(ZOPA)と最良代替案(BATNA)を全員で共有しておく必要がある。
どの段階で譲歩し、どの段階で交渉を打ち切るべきかを明確にする。
6. 議論のバランス
交渉中に特定のメンバーが主導権を取りすぎないようにする。
全員が意見を述べられるように配慮するが、必要以上に多数の意見が出ないよう調整する。
7. 相手チームの分析
相手チームの構成、役割、意図を事前に把握することで、有利に交渉を進められる。
相手チームがどのような決定権を持っているのかを確認する。
8. 合意後のフォローアップ
チーム内で合意した内容が正確に文書化され、全員が理解していることを確認。
チームメンバーが合意事項を確実に遂行できるよう、各自の役割を再確認する。
注意すべき失敗例
意見の食い違い:交渉中にチームメンバー同士で意見が対立すると、相手に不信感を与える。
準備不足:情報がチーム内で共有されていない場合、質問に答えられなかったり、矛盾が生じたりする。
リーダーシップの欠如:リーダーが交渉をコントロールできない場合、議論が散漫になる。
チーム交渉では個々のスキル以上にチームワークが重視されます。チーム全体の調和と戦略の一貫性が成功の鍵です。
具体例で見てみましょう。
とある会社の工場では、現場は新しく導入する製造機械について現場視点でより使いやすい仕様を要求します。一方、工場長など幹部はコスト効果の高い機械の導入を考えています。しかし現場サイドからは、その機械は実際には使いにくく、仕様書とコストだけで判断すると長期視点では結局効率的でないと主張したいと考えています。
失敗例
新しい製造機械の仕様について会議室で交渉中
工場長: 「新しく導入する製造装置について、この機械を導入する方向で進めたいと思っていますが、他に候補もあると思います。皆さんからのご意見をいただきたいのですが。今検討しているものは、非常にコスト効率が良く、会社全体の利益に貢献すると判断しました。」
現場リーダー: 「その点は分かります。 しかし、その機械は実際に使う私たちの現場では操作が複雑すぎて、日常的な生産に支障が出る可能性があります。つまり、かえって非効率になってしまうかもしれません」
幹部A: 「具体的にどのような支障ですか?説明してもらえますか?」
現場担当者A: 「はい、例えば…操作パネルが多機能すぎて、現場では時間がかかるかもしれないです。」
現場担当者B: 「いや、Aさん、それより消費電力の問題の方を先がいいんじゃないか…」
現場担当者A: 「それもあるけど、まずは操作パネルのことは言わないと」
幹部B: 「… 操作は慣れれば解決する問題では?」
現場担当C: 「慣れの問題じゃないんです。今の機械で経験上わかっていることで…」
現場担当者B: 「今の機械はむしろ省電力で…」
工場長: 「…. えぇ、具体的な問題点を整理して提案してくださいませんか?現場の意見がバラバラで、どこに焦点を当てればいいのか分かりません。」
現場リーダー: 「申し訳ありません…準備不足でした。」
現場サイドが意見を統一できず、具体性のない説明や無秩序な発言により、幹部に説得力を持ってアピールできなかった。結果、幹部側の意向で導入が進められそうですね。
成功例
新しい製造機械の仕様について会議室で交渉中
工場長: 「新しい製造機械について、幹部で検討した結果、この機械を導入する方向で進めたいと思います。コスト効率が非常に良く、会社全体の利益に貢献すると判断しました。」
現場リーダー: 「ご提案ありがとうございます。現場サイドでもこの機械について事前に調査を行い、長期的な視点でいくつかの懸念事項をまとめました。担当者Aから具体的な使用例を説明させます。」
現場担当者A: 「現場の観点から申し上げますと、この機械の操作パネルは非常に多機能ですが、切り替えにかかる時間が、少なくとも現在の機械の1.5倍以上になります。このため、短期的な効率は上がるかもしれませんが、現場の運用コストが結果的に増える可能性があります。」
幹部A: 「なるほど。運用コストの具体的な試算はありますか?」
現場担当者B: 「はい、こちらが試算資料です。また、既存の製造ラインに適合させるための追加カスタマイズ費用も考慮しております。」
工場長: 「確かに試算を見ると、カスタマイズ費用が初期コストを上回る可能性がありますね…。」
現場リーダー: 「さらに、現場でシミュレーションを行ったところ、機械の操作ミスが発生するリスクが高いことも分かりました。この点について、現在の製造機械の改良版か、それに近い別の仕様のものをを検討することも選択肢として提案したいと思います。」
幹部B: 「なるほど、現場の具体的な課題がよく分かりました。一度その提案も含めて再検討しましょう。」
結果:
現場サイドが事前にデータを準備し、役割分担を明確にしたことで、一貫性のある説得力のある交渉が行えた。幹部側も現場の意見を尊重し、再検討に入ることになった。
失敗例では、準備準備不足で具体的な課題が説明できませんでした。役割分担では、誰が発言するか不明確で話が散漫になってしまいました。
結局、現場内で意見が統一されておらず、バラバラな印象を与えてしまいました。
成功例は、データや試算を事前に用意して議論の土台を作るところまで準備されています。リーダーが進行し、担当者が具体的な例を説明しています。意見を事前に統一し、一貫したメッセージを伝えることができました。
両者の違いは一目瞭然ですが、その差は、事前に準備をしていたかの差でしかありません。つまり、失敗例も成功例も、技術的な経験も知識も、能力的には同じレベルであるにも関わらず、事前準備の有無と交渉の進め方によって、これだけ交渉の進行に違いが出るということです。
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