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不可逆的意思決定
次に示すのは、アマゾンCEO、ジェフ・ベゾスが株主にあてた手紙の抜粋です。
「意思決定のなかには、非常に重大で、不可逆的か、ほぼ不可逆的なものがあります。いわば、一方向にしか通れないドアです。こうした意思決定は、入念に、慎重に、時間をかけて、とことんまで熟考と協議を重ねてなされるべきです。ドアをくぐって目にした光景が気に入らなくても、もう後戻りはできないのです。(中略)しかし、大半の意思決定はこれとは違い、変更が可能で可逆的です。いわば、往来の自由なドアです。最適とは言えない[可逆的な]意思決定をした場合でも、その結果にいつまでも悩まされる必要はありません。またドアを開いて、もとの場所に戻ればいいのです。(中略) 組織が大きくなると、ほぼすべての意思決定を、重量級の[不可逆的な]意思決定プロセスで処理する傾向が強まりますが、その多くはじつは[可逆的な]意思決定に過ぎません。可逆的な意思決定に不可逆的な意思決定プロセスを用いることで、処理スピードが遅くなり、安易なリスク回避が横行します。実験精神が十分発揮されなくなり、それに伴って発明や創意工夫が減っていきます」
『ガブリエル・ワインバーグ、ローレン・マッキャン 「超一流が実践する思考法を世界中から集めて一冊にまとめてみた」より
「迅速に決断を下したいという願望」と「正確な判断をするために十分な情報を集めなければならないという焦り」は、しばしば相反するものです。この矛盾を解消するために役立つのが、意思決定を「可逆的」と「不可逆的」の2つのカテゴリーに分ける方法です。不可逆的な意思決定とは、一度行うと撤回が困難な、もしくはほぼ不可能な選択を指します。
さらに具体的に見ていきましょう。
1. 可逆的な意思決定とは?
特徴:
決定後でも比較的容易に変更や撤回が可能。
リスクが低く、柔軟性が高い。
例:
新しいプロジェクトの試験運用。
一時的なチーム編成の変更。
アプローチ:
迅速に判断し、結果を元に試行錯誤することが可能。
入念な計画よりもスピードや実行が重視される。
不完全な情報でも進められる。
このような決定は、実験的であり、「まず行動してから調整する」という姿勢が重要です。
2. 不可逆的な意思決定とは?
特徴:
一度下すと、取り消しや変更が極めて困難。
組織や個人に長期的かつ重大な影響を与える可能性が高い。
例:
会社の売却。
大規模な投資プロジェクトへの参画。
アプローチ:
入念な情報収集と分析。
多くのステークホルダーと慎重に協議。
決定前に複数のシナリオを検討し、リスクを評価する。
このような決定は、「一方向にしか進めないドア」を通るようなものであり、確実性を追求する必要があります。
ジェフ・ベゾスは、意思決定の分類が適切でない場合、組織の効率性や革新性が大きく損なわれると指摘しています。特に、組織が大きくなるにつれて、すべての意思決定を不可逆的なものとして扱う傾向が強まることを問題視しています。このような状況では、意思決定のプロセスが過剰に慎重となり、その結果として意思決定が遅延し、リスク回避が過度に優先されてしまいます。これにより、処理スピードが低下するだけでなく、創造性や実験精神が抑制され、組織の長期的な競争力や革新性が失われていくといいます。
ベゾスはこの問題に対して、可逆的な意思決定を見極め、シンプルで迅速なプロセスを適用すべきだと提案しています。こうした意思決定に対して不可逆的な意思決定プロセスを用いることは非効率であり、組織の進化や発明の精神を阻害すると警鐘を鳴らしています。
意思決定の性質を見極め、適切なプロセスを使い分けることが重要です。
具体的な例として、身近に起こることでいえば次のようなことでしょうか。
可逆的な意思決定の具体例: 趣味やスキルの習得
内容: 新しい趣味を始める、あるいはオンライン講座に参加する。
アプローチ:
「興味が続かなければ辞めてもいい」と前提を設けて開始。
大きなコストや時間を投じる前に、小規模でテストする。
メリット:
試行錯誤の自由度が高まり、行動へのハードルが下がる。
失敗しても後悔が少なく、新しい選択肢を見つけやすい。
可逆的な意思決定の具体例: キャリアの転換
内容: 完全に異なる職種への転向や長期的な学位取得の決断。
アプローチ:
リスクとリターンを詳細に分析。
小さな試験的なステップを踏む(関連資格を取得する、短期間で試すなど)。
メリット:
進路変更による経済的・心理的リスクを減少。
自分の適性を確認する時間を確保できる。
可逆的な意思決定は行動を促進し、試行錯誤を容易にします。一歩を踏み出すきっかけとして活用。不可逆的な意思決定では、じっくりと計画し、後戻りしないことを念頭に置いて決断します。
個人の生活やキャリアにおいても、この分類を意識することで、効率的な意思決定が可能になるでしょう。
ベソスも言っているように「可逆的な意思決定を不可逆的であると誤認する」こともあれば、その逆もあるのではないでしょうか。何が可逆的でありすぐ判断すべきなのか、何が不可逆的で慎重に情報を収集し、焦ってはならないのか。
これは、意思決定のスピードや柔軟性に関連すると述べてきました。
可逆的な意思決定を不可逆的と誤解することを防ぐには、決定の性質を見極めるスキルを身につけ、小規模な実験や段階的アプローチを採用することが有効になってきます。また、自分の視点に固執せず、他者の意見や最悪のケースを含めた客観的な評価を活用することで、意思決定の柔軟性を維持できます。
この辺りは、また別の機会に深掘りしていきたいと思います。
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