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使える交渉術! 第20話 『千田への報告』

(この物語では、武井青(メーカー勤務 27歳)が、仕事を通じて『交渉戦略』を学んでいきます。)

前回まで
武井青の同期・三淵健太が、納品先での部品不具合の原因が特定できず相談に訪れる。武井は新入社員の香田信二を提案し、香田の数値解析能力を活かして三人で原因究明に取り組むことに。

翌朝、三淵は報告書を手に杉下課長へ相談するも、杉下は顧客対応を三淵に丸投げ。苛立ちながらも、三淵は状況を乗り越えようと決意する。

午後、三淵が武井と香田に状況を共有すると、武井らは苦笑しながらも前向きな対応を提案。3人は今後の方針を確認しつつ、問題解決に向けて動き出した。
とはいえ組織のこと、勝手にやる訳にはいかない。
武井はこの件を千田に報告する。

第20話:千田への報告

千田さんには、どう説明しようか。
武井は、そのシナリオを考えていた。
そもそも、これは杉下課長の部所の問題であり、下手に首を突っ込めば、こちらのリソースに影響が出るかもしれず、結局、杉下課長からクレームを受けるだけかもしれない。

武井は、三淵を助けたい気持ちは強いが、千田の立場を無視するわけにはいかない。
良心、いや、むしろ好奇心だけで香田を巻き込むこともリスクを伴う。
どう話を持っていけば千田が納得してくれるだろうか。

武井の頭の中で、千田への交渉の組み立てが始まった。


武井の考え(脳内モノローグ)

「千田さんは、どちらかと言えば理屈で納得するタイプだ。
感情論では動かない。適切な論拠を示せば耳を傾けてくれる。
一番大事なのは、俺たちが単に『助けたい』という自己満足で動いているのではなく、全体の利益になる形で提案している、と感じてもらうことだ。」

「まずは、三淵の課題が会社にとってどれだけ重要か説明しよう。
ただの応急対応ではなく、問題の本質的な解決を目指していることを伝える。そして、香田を巻き込む意義をはっきり示す。香田の分析力がこの問題解決に役立つことを具体的に示す。」

「最後に、負担の問題だ。この瞬間はこっちの仕事が落ち着いているとは言え、いつまた自分たちのプロジェクトで問題が発生するかわからない。その場合の具体的対処法も示さなければならない。」



武井は深呼吸をし、千田のデスクに近づいた。千田はモニターの前で何か資料を確認していたが、武井に気づくと顔を上げた。

「どうした?」

武井は軽く一礼して口を開いた。


武井の千田へのアプローチ

「千田さん、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか。」

「ああ、何かあったのか?」

「はい。実は、三淵のところで緊急の課題を抱えていて、相談を受けています。」

武井は一呼吸置いて続けた。

「その課題について、私と香田で技術的な支援ができると考えています。」

千田は眉をひそめた。

「それ、杉下さんの範疇じゃないのか?」

「その通りです。ただ、現状、三淵が一人で抱え込む状況が続いています。」武井は冷静な口調を保ちながら続けた。

「この問題が長引くと、実験部のリソースの取り合いになる可能性があります。こちらの日程にも影響が出かねません。」

千田は腕を組んだまま黙って聞いていた。

千田の考え(脳内モノローグ)
「杉下さんは必ず文句を言ってくるだろうな。
しかし、武井の言うことも無視できない。
『現場の技術者が自主的に協力し合った結果』という形で話を変えよう。
杉下さんもそのうち知るだろうが、部下の仕事には興味のない人だ。時間は稼げそうだし、どこまで協力するか明確にしておくのが良いだろう。」


「そこで、私がサポートに入ることを提案したいと考えています。また、香田も一緒なら、より迅速かつ効果的な対応が可能です。香田の分析力はこの問題に非常に適していると思います。」

千田は少し考え込む様子を見せた。

「なるほど。しかし、香田も巻き込むとなると、こちらの仕事への影響も出かねないが?」

武井は頷きながら答えた。

「もちろん、香田の本来の役割を疎かにするわけにはいきません。彼にはデータ分析のみ手伝ってもらいます。優先順位は技術部の本来の業務に置きます。また、進捗状況や負担については私が責任を持って管理し、千田さんへの報告を徹底します。」

千田は武井の真剣な目を見つめた。そして、再び心の中で考えを巡らせた。

千田の考え(続き)
「香田をこの件に入れることで、彼も良い経験になる。武井は面倒見が良いし、チームとしても信頼できる。この協力が結果を出せば、自信にもなるだろう。」

千田は口を開いた。

「分かった。今回は君たちに任せてみよう。ただし、進捗報告は怠らないように。俺がやめろと言ったらすぐやめることは三淵にも伝えろ。」

武井は安堵の笑みを浮かべた。

「ありがとうございます、千田さん。必ず問題を解決に導きます。」


会社のカフェ

武井は三淵に合意を伝えた。

「千田さんを説得できたって? ありがとう、武井!」
三淵もほっとした表情を浮かべた。

「こっちがやばくなったらすぐ切り上げる。短期決戦だな。」

武井も決意を顔を見せた。


解説

この交渉の内容を戦略的に評価すると、以下の点が特に優れていました


1. 千田の思考スタイルを考慮したアプローチ

武井は、千田が「理屈で動くタイプ」であることを認識し、感情ではなく論理に基づいた提案をしました。相手の価値観や判断基準に基づいてアプローチすることは、交渉における重要な要素です。


2. リスクと負担を正直に認め、具体的な対処法を提示

香田を巻き込むことで発生し得る負担やリスクを事前に指摘し、それに対する解決策(香田の優先順位の確保や進捗管理の徹底)を提案した点は、非常に戦略的です。このように「リスクを隠さず、対応策をセットで示す」ことで、相手に安心感を与えています。


3. 相手の「懸念」を先回りして答えた

千田が「香田を巻き込むことへの懸念」を示す前に、武井はそれを予測し、懸念を取り除く具体的な管理方法を提示しました。このように、相手の心配を先回りして対応することで、交渉のスムーズな進行が可能になります。


6. 成長の機会を提供する視点

千田にとって、香田の成長という側面も重要な判断材料でした。武井の提案は、結果的に香田が課題を通じて成長するチャンスを提供する内容でもあり、チーム全体の未来を見据えた視点がありました。


7. 冷静かつ段階的な進行

武井は深呼吸をしてから交渉を始め、適切なタイミングで提案を段階的に進めました。いきなり全体の提案を押し付けるのではなく、千田の反応を見ながら進めたことで、相手に十分な検討時間を与え、心理的な圧迫を回避しました。


交渉戦略としての成功要因

  • 相手の視点を最優先に置いたこと(千田のタイプや懸念を理解)。

  • 提案の正当性利益を明確に示したこと。

  • リスクを隠さず、具体的な対応策を提示したこと。

このアプローチにより、千田の合意を得るだけでなく、千田と武井の信頼関係も深まったと思います。


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