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使える交渉術! 第9話

(この物語は、武井青という若手技術者の経験を通じて、「交渉」を学んでいきます)


前回まで(第8話)

武井青は、本山自動車からの部品仕様変更要望に対応するため提案資料を作成し、千田のレビューを受けて準備を整えた。社内会議では、代替材の選定やモジュール化案について議論が進み、試験スケジュールも調整済み。石田や江崎の協力を得て、試作品準備やデータ確認を進める中、武井は本山との会議を控えつつも、プロジェクトが順調に進んでいる手応えを感じていた。一方、友人の美優には千田のアドバイスを伝え、彼女の打ち合わせがうまくいく手助けもした。

第九話

土曜日の昼、武井青は約束のランチに向けて家を出た。秋の風が心地よく、軽やかな足取りで最寄り駅に向かう。昨晩、千田からレビューを受けた本山向けの提案資料のことが頭をよぎる。「良い仕上がりだな。これで本山の会議も乗り切れそうだ。」と千田からもらった言葉が、改めて自信に繋がっていた。

会議は来週の火曜日。試作品の準備も順調に進んでいる。昨日のうちに江崎と実験スケジュールの調整も済ませた。週明けから忙しくなりそうだが、今日はそのことを少し忘れ、美優とのランチを楽しむ時間だ。

駅から歩いて10分ほどのところに、美優が行きたいと言っていたレストランがある。落ち着いた雰囲気で評判の良い店らしい。少し早めに着いた武井は、店の前でガラス張りの外観に映る自分の姿を見て、ふとシャツの襟を整えた。

「青くん!」
振り返ると、美優が小走りで近づいてくる。ワンピースと秋らしいコート姿が、いつも以上に柔らかい印象を与えていた。

「お待たせ!」
「いや、ちょうど着いたところだよ。」
自然と笑顔がこぼれる武井。

二人で店内に入り、窓際の席に案内される。温かみのある木製のテーブルと椅子、窓越しに見える小さな庭が、店の落ち着いた雰囲気をさらに引き立てている。

「ここ、良い感じだね。」
「でしょ?ずっと来てみたかったんだ。」美優はメニューを開きながら嬉しそうに言った。

ランチのセットを注文し、料理が来るまでの間、二人は話を始めた。
「打ち合わせがスムーズに進んだってメッセージくれてたよね。どうだった?」
青が尋ねると、美優は少し照れたように笑った。

「うん、あのキーパーソンを見極めるって話、すごく効いたよ。最初は全然気付かなかったんだけど、その人に話を振ったら、いろんなことが一気に進んで…やっぱり青くんに相談してよかった。」
「そうか、それは良かった。」青は平静を装いながらも、どこか嬉しさを隠せない様子だ。

「それにしても、青くんの仕事って大変そうだよね。本山自動車とか、大きな会社の相手だし。」美優が言う。

「まあね。やることは多いけど、こういう挑戦ができるのは毎日、面白いと思ってるよ。」
青の答えに、美優は少し感心したように頷く。「その姿勢、見習わなきゃなぁ。」

料理が運ばれてくると、美優は「美味しそー」と笑顔だ。
青が「写真撮るの?」と聞くと、「うん」と答えて傍のスマホを構えた。



ランチが終わる頃、美優がふと青に向けた顔は少し真剣な感じだ。

「青くん、ちょっと聞いていい?」

「ん?どうしたの?」

「私、今の仕事続けるかどうか、ちょっと迷ってるんだ。」
 思いがけない告白に、武井は少し驚いた表情を見せた。

「何かあったの?」

「うーん、最近、自分のやりたいことと今やってることが合ってない気がしてて。今の環境は悪くないんだけど、何か違う気がするんだよね」
 美優の声には、迷いや不安が混じっていた。

武井は一瞬考えた後、静かに口を開いた。
「この後、お茶でも行く? いつもの、コーヒー美味いところ。」

その言葉に、美優は少しホッとしたように笑みを浮かべた。「ありがとう、青くん。やっぱり、こういう時に話せるのは心強いな。」

二人はレストランを後にし、再び秋の街を歩き始めた。



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