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使える交渉術! 第11話
(この物語は、武井青という若手技術者の経験を通じて、「交渉」を学んでいきます)
前回まで(第10話)
武井青は、自動車部品メーカー「前岡工業株式会社」に勤める27歳のエンジニア。大手クライアントである本山自動車からの要求に応えつつ、プロジェクトを順調に進めている。
秋晴れの穏やかな日、美優と訪れたレストランで、二人は彼女の商談の成功を祝いつつ、軽い話題で楽しい時間を過ごした。しかし、食事の終わりに美優から「今の仕事を続けるべきか迷っている」と打ち明けられる。青は彼女の気持ちを聞くため、場所をカフェに移し、静かに話を聞いた。
美優は、職場での競争や自分の仕事に対するやりがいの喪失を感じていることを告白する。青は丁寧に彼女の話を掘り下げ、「本当にやりたいこと」を見つけるためのアドバイスを送り、彼女の心を少し軽くすることができた。
二人の穏やかな会話は、美優が将来について少し前向きに考え始めるきっかけとなった。
第11話
月曜の朝、武井青は、会議室にいた。漂う緊張感の中、薄曇りの窓から差し込む弱い光が、彼の横顔を淡く照らしていた。
隣では「本山自動車」への提案書を広げ、その隅々を眺めていた千田が、静かに口を開いた。
「武井、このページの構成はいいと思うが、相手がどこに突っ込んでくるか、もっと具体的に考えないとな。」
千田は提案書を軽く指で叩いた。
「はい、確かに。特にコスト削減の部分は、厳しい質問が来ると想定しています。」武井は前のめりになり、千田の目を見ながら続けた。
「例えば、仕様変更による追加コストの分担について、さらに具体的な説明が求められるはずです。」
千田は頷きながら、厳しい口調で続けた。「それに加えて、このケースだと、スケジュールでも突っ込んでくる。特に、納期を守るためのこの方法、リスクをどう回避するのかを明確に伝える必要がある。」
武井はペンを手に取り、メモに書き加えた。
「具体的には、材料の手配状況や、サプライヤーとの交渉進捗を伝えた上で、余裕を見た日程でアンカリング(先に提示する)を行います。譲歩すれば交渉力が増すと思います。」
千田は「そうだな」と言いながら腕を組んで目を閉じた。「ただし説明が曖昧だと一気に信頼を失うからな。具体例をいくつか準備しておけよ。」
武井は頷きながら、提案書のページをめくった。「ここで、技術的な強みをアピールするのも重要ですよね。特に、今回の新しい設計で得られた強度データを簡潔に説明できるようにしたいと思います。」
「それはそれでいい。が、竹脇技術部長は長期の信頼性の説明に詳しい根拠を求めてくる。現段階で設計30万km保証を表すデータを、ある程度示せないとな。」
「確かに……」武井は考え込みながら言った。
「となると、過去の実績データを活用して、信頼性を数値で示すと同時に、今後の検証方法についてももう少し説得力を持つべきですね。」
千田は大きく頷いた。
「その通りだ。竹脇さんはいつも『その根拠は何か?』が口癖だからな。次の会議に竹脇部長が来るかはわからないが、指示が担当者に飛んでるはずだ。提案の背景や、他社との差別化を自分の言葉で語れるようにしておけ。」
「はい。シミュレーションを詰めておきます。」
武井は真剣な表情で答えた。
千田は少し間を置いてから、武井を見て言った。
「お前、最近少し受け答えがはっきりしてきたな。前はこういう細かい戦略を詰めると、曖昧に逃げた答えになっていた。」
武井は少し照れながらも、「ありがとうございます、詰め方が足りなかっただけで..」と答えた。
その後、二人は資料の詳細を一つずつ見直しながら、想定される質問や要求を整理していった。例えば、「新しい設計が競合と比べてどれほど優れているか」など、MECE(漏れなく、重ならず)に展開していく。
昼休み、武井はデスクに戻りながら、千田から”お前、成長した”と示唆されたことが嬉しかった。
自分の努力が少しずつ形になり、信頼を得られるようになってきたことが嬉しかった。しかし同時に、次の会議が成功するかどうかのプレッシャーも感じていた。
(やれることは全てやった。あとは冷静に対応するだけだ。)
そう自分に言い聞かせながら、武井は会議当日に思いを馳せていた。
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このようなシミュレーションは本山自動車の技術部長からの質問や要求を想定し、それに対する具体的な回答や戦略を考えることは、実際の交渉での成功確率を高める効果的な方法です。この準備のプロセスで使われているTIPSを以下に整理します。
1. 質問や要求を想定する
相手が交渉で何を求めてくるか、どこを疑問視するかを事前に予測することで、想定外の状況に対応しやすくなります。
ZOPA(Zone of Possible Agreement)の確認:
本山自動車が納得できる範囲と、自社の譲歩できる範囲を明確化。相手の立場の視点:
技術部長が重視する要素(コスト削減、納期、信頼性など)を考慮することで、相手のニーズを把握。
2. 具体例を用意する
抽象的な説明よりも、実績データや具体例を挙げることで、相手に説得力を持たせる。
データで支える:
提案内容を具体的な数字(性能向上率、コスト削減額、納期短縮日数など)で示す。
3. リスク回避策の明示
リスクが懸念される場合、その対策を事前に準備しておくことで、相手の不安を和らげる。
代替案の準備:
問題が発生した場合の対応策(代替材料やプロセスの確保)を提示。リスクマネジメントの共有:
自社が過去にどのように問題を解決してきたかの実例を示す。
4. 自分の言葉で語る
単に資料を読み上げるのではなく、提案内容の背景や意図を自分の言葉で説明できるようにすることで、信頼を築ける。
パーソナルアプローチ:
提案内容を相手の文脈に合わせ、わかりやすく伝える努力。ストーリーテリング:
技術的な背景や過去の成功事例をストーリーとして語り、相手にイメージさせやすくする。
5. シミュレーションを通じた実践準備
実際の交渉を想定してロールプレイを行うことで、本番での流れを掴む。
反論を想定: 「もし〇〇と言われたらどう答えるか?」を徹底して検証。
柔軟性の確保: 想定外の質問に対応できるよう、複数のシナリオを準備。
6. 相手の価値観を尊重する
技術部長が重視している「信頼性」等、こちらの提案がそれをどう満たすかを強調することで、共感を得られる。
相手の言葉を繰り返す:
技術部長のニーズを確認し、それに対する理解を示す。ウィンウィンの追求:
提案が双方の利益を満たすものであることを伝える。
このシミュレーションは、相手のニーズを深く理解し、具体的かつ柔軟な対応を準備するという観点で非常に有効です。使用されたTIPSは、交渉の基本的なスキル(相手視点の理解、具体例の提示、リスク回避策、ロールプレイ)を活用しながら、技術的な詳細や数字を駆使する、比較的高度な戦略です。
このような準備にどれだけ時間をかけるか、日々忙しい中で悩ましいところだと思います。しかし、シミュレーションやロールプレイを想定して準備することは、次の会議を簡潔に、成功裡に終わらせるための方法です。
千田と武井が話し合って気づいた内容も重要ですが、シミュレーションは通勤途中の電車の中や、風呂場でも頭の中でできます。人は、「考える」=「脳を使うことが、最もカロリーを消費するので、太古からの生存戦略上、出来るだけ考えたくない」という生き物らしいです。考えることは面倒くさい、苦しい、ゆえに、相手に先んじて考えることが交渉を有利に進める最良のTIPSなのかもしれません。