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第35話:新人たちの視点

前回まで

ビーヘル社との会議が行われ、彼らの電動アクチュエーター技術について詳細なプレゼンテーションが行われた。欧州企業らしく、技術データを根拠に強気の交渉を展開し、迅速な意思決定を求めてきた。前岡工業の社内では、その技術が自社の要求基準を満たすかどうかの評価が進められ、次回の交渉に向けた準備が進んでいる。


第35話:新人たちの視点


ビーヘルとの会議が終わった翌日の昼休み、前岡工業の社員食堂では、技術部の同期入社の新人3人が昼食をとっていた。

「で、昨日の会議って、どんな感じだったの?」

山岸明日香が、カレーを一口頬張りながら、隣に座る斉藤陸に尋ねた。
その隣には、同じく新人の香田信二が座り、話を聞いている。

「うーん、やっぱり日本の会社相手の会議とは雰囲気が違ったな」

斉藤は箸でパスタを引っ掛けながらを、昨日の会議の様子を振り返った。

「例えば?」

「まず、決断のスピードが速い。日本の会議って、一度『持ち帰って検討します』ってなることが多いけど、向こうは『じゃあ、いつ決めるの?』ってすぐに聞いてくるんだ。」

「へぇ…即決を求められるんだね」

明日香が感心したように頷いた。

「そう。それと、向こうは自社の強みをとにかく強調してくる。ビーヘルのエリックって技術マネージャーが来てたんだけど、『我々の技術は最高だ!』ってゴリゴリに推してたよ。」

「日本だと、そんな言い方しないね」

香田が興味深そうに聞いた。

「そうなんだよ。日本だと、『うちの良いところはここです』くらいじゃん? でも、ビーヘルは違って、『うちが一番優れている!』っていう前提で話を進めてくる。具体的なデータもあるんだけど、それより、どこどこに採用されているとか、実績を強調する傾向がある」

「実績だけそんなに強調されても、それがうちの技術とマッチングするかなんてわからないのにね…」

明日香が少し考え込んだ。

「そうなのよ。だから、こっちが『検討します』って言うと、『じゃあ、いつまでに結論が出る?』って急かされるし、あいまいな表現で誤魔化せない。まあ、結局曖昧に答えるしかないことも多かったけどね。」

「うーん、それって、技術的な話よりも、交渉の仕方が違うってことが大きいよね?」

香田が慎重に尋ねた。

「そうそう。技術の内容も大事だけど、『どう話を進めるか』の方がギャップが大きかったよ。海外の企業とのやり取りでは、こういう違いに慣れておかないと厳しいかもしれないな。」

「でも、面白くもあるね」

明日香が興味深げな笑顔を見せた。

「そうだな。交渉って、技術の話だけじゃなくて、相手の考え方を知ることも大事なんだなって思ったよ。」

「次回の会議もあるんだよね?」」香田が言う。

「来週の火曜か水曜って聞いてる」

「私たちも、何か手伝えることがあるかな?」

明日香が期待を込めた表情で言うと、斉藤は少し考えた。

「武井さんに聞いてみよう、みんなでやりたってね」

「よし、気合い入れていこ」

不意に、香田が意欲を見せた。

斉藤は微笑みながら、パスタを一口頬張った。

新人たちは、それぞれの成長の機会を見つけながら、次の交渉へ向けた準備を進めることになった。


この会話からは、交渉における文化やスタイルの違いを理解し、柔軟に対応するためのいくつかの戦略的TIPSが読み取れます。

1. 交渉スタイルの多様性を理解する

  • 文化的背景の違い:
    日本企業は「検討します」といった慎重なアプローチが多いのに対し、ビーヘルのような海外企業は即決や明確な回答を求める傾向があります。交渉に臨む際は、相手の交渉スタイルを事前に把握し、それに合わせた対応が重要です。

2. 迅速な意思決定と明確なタイムラインの設定

  • 即断を求められる環境:
    ビーヘルは会議中に「いつ決めるのか」という具体的な期限を求めていました。このため、自社側もあいまいな回答ではなく、具体的なタイムラインや決断の根拠を用意する必要があります。

3. 自社の強みと実績の明確なアピール

  • 具体的なデータと実績:
    ビーヘルは「我々の技術は最高だ!」と、採用実績を強調していました。しかし、前岡工業が実績よりデータを重視する姿勢であることを論理的に説明する必要があります。どちらを重視するかは企業文化の差が大きく、埋まらないことが多いので、ある種のディールも必要になるでしょう。

4. 交渉は「話し方」や「進め方」も重要

  • コミュニケーションのスタイル:
    交渉の内容は技術的な側面だけでなく、「どう話を進めるか」が大きな差となります。相手が主導権を握る場面では、こちらも戦略的に話を展開し、必要に応じて議論の軸をシフトさせる準備が求められます。

5. チーム内の情報共有と協力体制の構築

  • 内部連携:
    新人同士が会議の内容を共有し、次回に向けた準備を進める姿勢は、組織全体の交渉力向上に繋がります。上司や先輩と協力し、戦略を練ることが、交渉の成功に不可欠です。

これらの知見は、単なる技術や提案内容の話だけでなく、交渉の進め方そのもの、つまり「どのようにコミュニケーションを取り、どのようなスタンスで臨むか」といった点にも焦点を当てる必要があることを示しています。海外との交渉や異文化間の対話においては、相手の期待に応えるための準備と柔軟な対応が重要な成功要因となるでしょう。



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