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交渉術 第33話

第33話:異なる交渉スタイル

前岡工業の会議室では、オランダの企業 ビーヘル (Biegel) 社のプレゼンテーションが行われることになっていた。ビーヘルは、主に電動アクチュエーターの開発と製造を行う企業であり、欧州の自動車メーカーにも広く採用されている。今回、日本市場への本格参入を目指し、前岡工業との協業を模索しているという。

武井はこの対応を任されていたが、相手が外国企業であるため、英語の得意な斉藤を同席させることにした。武井自身も英語はある程度話せるが、スムーズなやり取りを進めるためには、より流暢に対応できる人間が必要だった。


ビーヘルのプレゼンテーション

午前10時、前岡工業の会議室に、ビーヘルの日本支店マネージャー 百田 (ももた) と、本社から来た技術マネージャー エリック・ファン・デル・フェン (Erik van der Ven) が姿を見せた。

百田「はじめまして、百田です。今日はよろしくお願いします。」
Erik van der Ven「ワタシハ、エリック・ファン・デル・フェン、ヨロシクオネガイシマス。Good to meet you all. We’re excited to introduce our technology today.」

エリックの発音は聞き取りやすく、また、プレゼンテーション慣れしているように見えた。

会議室には、武井と斉藤に加えて、実験部の数名が参加していた。

「それでは早速ですが、プレゼンを始めさせていただきます。」
百田が手元のリモコンを操作すると、スクリーンにBiegelのロゴとともに、会社の概要、電動アクチュエーターのラインナップを紹介するスライドが映し出された。

エリックが話し始める。
「Our electric actuators outperform traditional hydraulic and pneumatic actuators in both efficiency and control. They offer more than a 30% improvement in energy efficiency and provide significantly better precision in operation.」

斉藤はメモを取りながら、頭の中で整理する。
(従来の油圧・空圧式よりも30%以上エネルギー効率が良く、制御精度も向上している、と。)

エリックはさらに続けた。
「These actuators have already been implemented in mass production by major European manufacturers. Our clients include Strauss Motors in Germany and Lever Automotive in France. Over 100,000 units have been installed in real-world applications. This is not just a prototype; it’s a proven product in the market.」

(なるほど、シュトラウス・モーターズやルヴェール・オートモーティブがすでに採用していて、実績が10万台以上ある、と強調してるな。要するに、”これはすでに市場で証明された製品だ”って言いたいわけか。)


技術的な議論と交渉スタイルの違い

プレゼンが終わると、いよいよ技術的な議論が始まった。

武井が口を開く。
「This actuator, if it's supposed to be used in the engine room, needs to withstand high temperatures, is that correct? Up to what temperature can it handle?
(このアクチュエーターですが、エンジンルーム内での使用を想定している場合、高温環境に耐えられる必要がありますね。最大何度まで対応可能でしょうか?)」

エリックはすぐに答えた。
「Yes, that's correct. Our actuators can withstand temperatures up to 120°C. They are designed for extreme environments, including turbocharged engine compartments. We also employ advanced heat shielding to ensure long-term durability.」

(120℃まで対応可能で、ターボ付近の環境も考慮済み… しかもヒートシールド技術を採用してるってことか。)

斉藤が続けて質問した。
「How about vibration resistance? If it needs to handle extreme conditions, it’s going to be under quite a lot of stress, right?(耐振動性についてはどうでしょう? あらゆる過酷な条件に対応する場合、相当な負荷がかかると思いますが)」

エリックはタブレットを取り出しながら答えた。
「Our actuators have undergone extensive vibration testing based on industry standards. We ensure that they meet the durability requirements of high-performance vehicles. Here, let me show you the test results.」

(耐振動試験は業界基準に従っていて、高性能車両の要求にも対応済み… 具体的な試験データもすぐ出してくるな。)

斉藤は少し驚いた。オランダ人の交渉スタイルは、非常にストレートで、実績とデータを前面に出すアプローチだった。
日本企業の商談では、相手の意図を探りながら慎重に情報を開示していくのが一般的だ。しかし、エリックは「質問があればすぐ答える」というスタイルで、隠すことなく詳細を開示していた。

一方で、エリックは武井の反応を見ながら、時折こう付け加えた。
「However, these results are based on our internal tests. I believe it’s important to compare them with your evaluation criteria to ensure compatibility.」

(”この結果は社内試験に基づくものだから、貴社の評価基準と照らし合わせることが重要だ”って言ってるな。つまり、こっちの評価基準を引き出したいわけか…)

武井は、エリックの発言の意図を理解しながらも、慎重に答えた。

「I see. We need to compare it with our evaluation criteria. First, I think we will need to go over the details of the specifications while considering the possibility of a real machine test.(そうですね。弊社の評価基準と照らし合わせる必要がありますね。まずは、実機テストの可能性を検討しながら、仕様を詳細に詰めていく形になるかと思います。)」

するとエリックは少し首を傾げた。
「By 'considering,' how long do you estimate the decision process will take?」

(おっと、”検討する”って言っただけで、いつ決めるのか聞いてきたぞ… 欧州の商談では、”いつ結論を出すのか”が重要ってことか。)

武井は一拍置き、慎重に答える。
「Since we also need to coordinate with our development schedule, we will first make internal adjustments.(開発スケジュールとの兼ね合いもありますので、まずは社内で調整させていただきます。)」

するとエリックは「なるほど」と頷きながら、「Then, let’s schedule a follow-up meeting to discuss the next steps.」と話を締めくくった。


次回に向けて

会議は無事に終わり、ビーヘル側は前岡工業の評価を待つ形になった。
日本支店の百田とは、引き続き連絡を取りながら調整を進めていくことになった。

斉藤は会議が終わった後、武井に話しかけた。
「オランダの人って、ストレートですね。『検討する』って言っただけで、いつ結果が出るのか聞かれましたよ。

武井は苦笑しながら頷いた。
「そうだな。今後のやり取りの中で、うまく対応していこう。」

ビーヘルとの交渉はまだ始まったばかり。
次回の打ち合わせに向けて、前岡工業としてどのような結論を出すか、武井たちは社内で整理を進めていくことになった。




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