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ジョン・ダワー著『容赦なき戦争』

2024年度演習テキスト。
副題が「太平洋戦争における人種差別」で、日本と米国がそれぞれ敵をどういう風にイメージしており、人種差別的な見方を偲びこませていたか、各種のメディアを駆使して描き出そうとした作品。

今読み直すと色々な論点があり、メディア史の観点からはさらに探求できるポイントもあるなと思いながら読んでいた。

学生には、戦争論ということでも読んで欲しかったのだが、課題図書に指定した理由はもうちょっと別にあって、それは戦時下における「学知」の動員と、とくに人文系の学者が集中した「国民性」研究の(政治的)利用についての認識を深めたいと考えたことによる。

例えば6章冒頭にこうある

第二次世界大戦において連合国および枢軸国の両陣営は、諸資源の動員を史上空前の規模で行なった。恐るべき戦争機構をつくり上げ稼働させるため、政府、産業界、科学的、知的コミュニティが、いたるところで集まった。われわれは明白な理由から、これを主として動員可能な人員やテクノロジーと考えがちであるが、アイディアも動員されたのである。一般向きの本や大衆雑誌、大学や専門誌、軍の諜報部門、アメリカ戦時情報局やイギリス情報省といった政府機関において、多種多様な専門家が他にいくつも関心事がありながら、周到な軍事計画の立案および終戦後の長期政策づくりに役立つような方法で、敵の行動の分析にあたった。

ジョン・ダワー著、猿谷要監修、齋藤元一訳『容赦なき戦争』(平凡社ライブラリー)222頁

それで出てくるのが文化とパーソナリティ研究で、人類学とか心理学とか精神医学を拠り所とした語彙をもって展開された。その一番有名なのが『菊と刀』ということになる。

とはいえ、1941年から45年の間に米国で描かれた日本人に関する調査報告に関しては、案外知るところが少ない。ダワーが引用している文献をもって、「こんなのがあるのか」と色々と逆に知るところもあったし、発表で調べてもらった結果、新しく幾つかの翻訳が出ていることも知った。戦時期の日本研究や日本人論に関する資料は、『武士道』とか『茶の本』のような定番本の解説が繰り返し生み出される一方で、少しずつ蓄積が進んでいるのであった。

たとえば232頁以下で出てくるジェフリー・ゴーラーの本とか

知らなかったけど『須恵村』も(なんと農文協から!)新訳が出ていたのだった。

資料としては最初の方に出てくるリンドバーグの日記なんかも入れていいだろう。

邦訳、索引がある一方、原著にあった文献のリストがごっそりないという点が非常に演習のテキストとして使うには困りもしたのだが、担当学生には原著を回覧し、適宜の該当部分を参照してもらうなどした。

『国体の本義』を「国民性」のパートに注目して読もうという試み(375頁以下)も、あるいはこの本から得られる着想としてもよいのかもしれない。

日本人論は、普通に考えれば日本人の自己認識の在り方なのだが、それが、外からの目線に晒されるときに利用もされるということを、一方で押さえておく必要があるのだろうと思う。

あと、きちんと原典を確認しなければならないのだが、「カナダの日本研究家E・H・ノーマンが戦時中に記したように、禅は殺人を容易にした」(203頁)とかいう記述がいきなり出てくて面食らったのであるが、禅と戦争の関係については、ブライアン・ヴィクトリアの『禅と戦争』なども読みながらさらに捉えていく必要があろう。これは次に読むべきもののメモとして。


演習の過去の実践例

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