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北海道大学でJリーグシーズン移行のシンポジウムを聞いてきた

1.北大でサッカーの話が聞けるらしい

 2023年12月14日、北海道大学(以下北大)でちょっと変わったシンポジウムが開かれた。

 題して「『冬』に立ち向かうロシアと北海道サッカー」。主催は一見サッカーに縁もゆかりもなさそうな北大スラブ・ユーラシア研究センターだ。

 Jリーグのシーズン移行に揺れる今の日本サッカーと、日本より以前にシーズン移行をしたロシアサッカーの事情をそれぞれ異なる専門分野を持つ3人に講演してもらうイベントである。

 12月19日、Jリーグは2026-27シーズンからのシーズン移行の実施を決定した。2026-27シーズンは、2026年8月1週ごろに開幕、12月2週ごろ後から2027年2月3週ごろまでをウインターブレーク期間とし、2027年5月最終週ごろに閉幕となる。

 この記事はシンポジウムの詳細なレポートではない。講演者の細かい言葉までメモしているわけではないので、彼らの発言内容を伝える形ではそごが出る恐れがあるからだ。よってシンポジウムの内容をもとに、19日の移行決定をふまえて僕が考えたことを中心に書いていく。

 シンポジウムは2つのブロックに分かれていた。まずは3人それぞれによる講演だ。彼らのプロフィールと講演テーマは以下である。

・服部倫卓さん(北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授)
『ロシア・サッカーの蹉跌ー秋春制失敗とその他の苦悶」』
・宇都宮徹壱さん(写真家・ノンフィクションライター)
『なぜ今、Jリーグ秋春制が議論されているのか?一歴史的な視点とグローバルな観点から考察する日本サッカーのシーズン移行』
・矢野哲也さん(BTOP北海道代表取締役社長)
『北海道サッカークラブの挑戦一秋春制とその他の課題』

 その後は講演者3人と、2人のコメンテーターを交えたディスカッションと出席者からの質疑応答が行われた。コメンテーターのプロフィールは以下である。

・大平陽一さん(天理大学国際学部教授)
旧ソ連時代からロシアサッカーに精通したロシア文化の研究者
・新井洋史さん(新潟県立大学北東アジア研究所教授)
アルビレックス新潟を応援しているロシア経済の研究者

2.シーズン移行は「魔法の杖」ではない

 ロシアは、2011-12シーズンよりプレミア(1部)、2部、3部を同時に春秋制から秋春制に移行した。イングランドやイタリアなど主要リーグが集まる西ヨーロッパに合わせる形だ。

 服部さんの解説によると、ロシアが移行に踏み切った理由は「競技力向上」である。具体的にいえば「ヨーロッパのカップ戦(CLやEL)でのさらなる好成績」だった。

 CSKAモスクワといった出場常連クラブが積極的に働きかけていたとされている。移行前の2010シーズン、CSKAは本田圭佑らの活躍でロシア史上初のCLベスト8進出を果たした。この上昇気流を乗って西ヨーロッパにスケジュール合わせることで、ロシアのクラブがベスト4、優勝を狙っていこうという機運が高まったのかもしれない。

 これは今年の日本サッカーにも似たようなことが言える。宇都宮さんは浦和レッズのACL優勝や、ヴァンフォーレ甲府のACLグループリーグ突破がシーズン移行議論にポジティブな要素をもたらした可能性を指摘している。

 今回のシーズン移行は、ACLが秋春制のような形で開催されるようになったことが議論の大きな引き金だった。強豪クラブの浦和はACL優勝し、CWCでマンチェスター・シティと渡り合った。地方クラブの甲府はアジアの舞台で結果を残した。各クラブが規模に関係なくACLを自分事に感じやすくなり、より身近な夢や目標になるきっかけになったかもしれない。

 シーズン移行した後のロシアサッカーはどうなったか。ヨーロッパのカップ戦の最高成績はELのベスト8である。移行前のCSKAが成し遂げたCLベスト8には到底及ばない。

 深刻だったのは地方のサッカーの荒廃である。ロシアのサッカークラブは、クラブ数も本拠地とする都市数も減少した。インフラが完備された大都市クラブばかりが生き残る世界に突入している。ロシアのサッカー関係者は次のような衝撃的な言葉を残した。

「セカンドリーグ(3部)は死につつある」

 ウクライナとの戦争もありロシアサッカーはUEFAから締めだされている。ヨーロッパのカップ戦で結果を出すためにシーズン移行したのにカップ戦に出場できないのだ。これもあってか春秋制に戻すことも含むスケジュールの見直し論は、ロシアサッカー関係者からたびたび提言されている。

 2023-24シーズンからは、ついに3部をAディビジョン、Bディビジョンの2つに分割してBを春秋制で地域ごとのリーグにした。ひとまずの手当てで根本が腐るのを阻止しようというのだ。

「ロシアサッカーが強くなるために西ヨーロッパに合わせることは十分条件でもないし、必要条件ですらなかったかもしれない」

 このように話を締めた服部さんの言葉は重い。

 ただし、服部さんが強調していたのは「秋春制に変えたことがロシアサッカー低迷の原因では決してない」ということだ。サッカーの進歩や社会情勢など様々な要素が絡まりあった結果が現在のロシアサッカーである。短絡的な発想で結び付けてはいけない。

 一方で服部さんが意識して話されていると僕が感じたのは、「ロシアは『競技成績を上げるために』秋春制に移行しようとした」という点だ。つまり「秋春制にすればロシアサッカーが強くなる」という論理で移行が推進された。

 このお題目と実際の因果関係の違いというのは、移行した後にJリーグがたどった顛末によってシーズン移行をどう評価するかで重要な点になると僕は思う。

 仮にシーズン移行後、Jクラブが軒並みACLで好成績を残し競技レベルが上がった、あるいは移行前よりも成績がふるわなかったとしよう。

 どちらの場合でも原因をすぐシーズン移行に求めては適切な評価軸でサポーターがJリーグを観察することは難しい。いったい何が本当にJリーグや自分たちのクラブに変化をおよぼしたのかしっかり見る必要がある。その様々な要因をたどっていった先にシーズン移行があれば、そこで改めて移行の決断は評価されることになるだろう。

 かといって「『競技レベルの向上』を掲げてシーズン移行の旗振りをした」のも事実である。仮に実際に因果関係が薄くとも、そう言って推進した以上、成果が伴わない場合は何らかの形で各所から追及されることは避けられないだろう。

3.降雪地域が抱えるアンビバレンスな感情

 Jリーグのシーズン移行は19日に理事会で決定された。その結論は14日の実行委員会でJリーグ60クラブの賛否投票と回答をふまえて議論されたものだ。

 この投票の結果は公表されている。ざっくりいうと「移行実施を決定(移行賛成)」が52クラブ、「今は決定せず数か月間継続検討する(継続検討)」が7クラブ、「移行はしない(移行反対)」が1クラブである。

 自分たちがどれに票を投じたか公表しているクラブもいる。それらの情報を考えると、一般に降雪地域といわれるクラブの多くは継続検討と移行反対に投じているようだ。

 ここで疑問に思った人も少なくないかもしれない。なぜ降雪地域クラブでも票が割れるのだろうか?もし早急な実施決定に反対なら一枚岩になって抵抗することはできないのだろうか?もちろん各クラブ固有の事情や信念などがあるので、そう簡単にまとまるわけではないが。

 あるいは積極的な賛成派からはこんな声も出てくるかもしれない。賛成はしなくても継続検討のクラブは理解があって進歩的で、何が何でも反対するクラブは頭が堅くて保守的だ。同じ降雪地域クラブでもマインドが違う。

 なぜ降雪地域クラブは完全にまとまらないのか。そして意見が違うなら、根っこのマインドも本当に違うのだろうか。

 矢野さんは、北海道リーグのBTOP北海道の社長の立場からアマチュアカテゴリが仮にシーズン移行した際の北海道サッカー界が直面する問題やチャンスを語っていた。彼は最後にこのように講演を締めた。

「雪国でもできると証明したい」

 この矢野さんの言葉に、降雪地域の人間があらゆる分野で抱える感情を知るヒントがある。

 降雪地域の人たちは「できない」と「やってやる」の間を揺れ動きながら物事に取り組んでいるのではないだろうか。

 「できない」というのは、降雪による困難さを象徴する言葉だ。産業でもスポーツでも何であれ、中央(一般に東京)が作ったルールで戦うことへの苦悶がそこにはある。「雪がこんなに降る地域じゃなければ……」という思いもあり、降雪地域がマイノリティであることで中央から軽んじられているという感覚もある。

 「やってやる」というのは、中央が作ったルールで戦って勝てることを見せつけてやるという気概である。「雪国でもできると証明したい」という言葉はまさに「やってやる」の象徴である。例えば僕の住む北海道では、野球の駒大苫小牧や農業の稲作ブランドは「雪国でも強い・美味いを証明する」というマインドが生んだ結果である。

 降雪地域クラブの人間は、賛成だろうが継続検討だろうが反対だろうが「できない」と「やってやる」の思いを両方持ち、その間を苦悶しながら揺れたことに変わりないと僕は思っている。その内在論理を分からない一部の人々が考えるような賢いも愚かもそこにはない。雪国の人間ならば結論は違ってもどちらの感情も理解はできるはずだ。

4.おもしろすぎるロシアサッカーこぼれ話

 しかし、シンポジウムにおける僕の関心はシーズン移行にはなかった。それ以上に興味深い話があったからだ。それがシンポジウムの端々で服部さん、大平さん、新井さんから繰り出される「ロシアサッカーこぼれ話」である。

 服部さんが講演の冒頭で「最近ショックだった話」として取り上げたのが、2002年日韓W杯でロシア代表の右SBだったソロマチンの現在だ。もちろん日本代表がW杯初勝利を挙げたロシア戦にも出場している。

 現役を引退した今の彼は「志願兵」となった。ロシアのビッグクラブのフーリガン有志で構成されたエスパニョーラ大隊に志願入隊し、ウクライナのマリウポリ包囲戦に参戦している。サッカーと社会は地続きとはいうが、W杯に出場した元選手がフーリガンと手を携えて侵攻に参戦するという事実は衝撃である。

 また2007~2011年頃にはロシアにはウクライナとの統一サッカーリーグ構想があったなんて今を生きる僕らには想像もつかない話だ。

 ウクライナは元々ソ連時代からサッカーのおいて強者の地域だった。そしてサッカーリーグは1992-93シーズンからずっと西ヨーロッパに合わせた秋春制である。ロシアがシーズン移行を意識した要素にはウクライナサッカーの存在があった。統一リーグ構想も彼らを意識した結果の発想である。

 大平さんによれば、ソ連時代の全国リーグは4月開幕11月閉幕の春秋制だった。現在のロシアのクラブがリーグに常時参戦していたのは6クラブ程度あり、最も北にあるのがロシアのクラブである。そのため雪があり寒い春先と晩秋は南で集中して試合することになっていた。ロシアのクラブはある1か月ずっとアウェイのシーズンもあったそうだ。

 僕がすごく好きなのは、新井さんが1993年にウラジオストクに留学したときのエピソードである。

 このシーズン、ウラジオストクとナホトカ(ウラジオストクの近隣にある)のクラブがトップリーグに参加していた。おかげで新井さんはロシアのトップリーグをはじめて観戦し、応援する機会に恵まれたのだ。

 ところがウラジオストクもナホトカも成績は振るわないままシーズンを終えた。アウェイでまったく勝てないのだ。その代わりほぼすべての勝利をホームで荒稼ぎした。究極の内弁慶である。

 この内弁慶っぷりには理由があった。トップリーグに所属しているクラブはモスクワを本拠としている。モスクワからウラジオストクやナホトカに移動するは飛行機で8時間程度かかるのだ。長時間のフライトと時差ぼけのような状態で挑むアウェイ戦。そりゃいつも通りのプレーなんかできるはずもない。

 「知らなかった」とおどろき、「おもしろい」と心が動き、「知る喜び」をかみしめる。ロシアサッカーは僕にとって未知の世界である。その世界の扉をやさしく、おもしろく開いてくれる方々の話を聞けたことが僕にとって一番の収穫だった。

 ちなみに大平さんは『ロシア・サッカー物語』という本を書かれている。絶版であり札幌の図書館にはなく、その辺の古本屋でも買えるものではない。機会をみつけてどこかで読んでみたいものだ。

5.サッカーが大学の学問へ「越境」する試み

 今回のシンポジウムは、北大スラブ・ユーラシアセンターが取り組んでいる「生存戦略研究」プロジェクトの一環として開かれた。

 「生存戦略研究」とは次のようなことらしい。

日本で唯一、ロシアとその周辺というユーラシア大陸の広域秩序の変動を追跡してきた立場から、この空間の多様な人間集団の経験と教訓を参照軸としながら、現代世界の変動を観測し、情報発信していきたいと考えています。

https://src-h.slav.hokudai.ac.jp/srcw/ より

 この研究のテーマの一つとして「社会のウェルビーイング」がある。Well(よい)とBeing(状態)が組み合わさった言葉で、心身ともに満たされた状態を表す。

 スポーツに関わること(プレーする・観戦するなど)は心身を満たす大きな手段のひとつである。そのため「冬のサッカー」を取り上げた今回のシンポジウムが行われた。

 冒頭でモデレーターの田畑伸一郎さん(北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授)から説明があったとき、「こういうやり方でサッカーを大学の学問につなげられるのか!!!」と心の中で興奮してしまった。

 今年から僕がひっそりと頭の中にちらついていたキーワードが「越境」だ。自分の興味あるジャンル(特にサッカー)がそのジャンルの枠を飛び越える、好きなジャンルが他のジャンルとつながる。そういう思考を自分の頭でやりつつ、アウトプットできたらいいなぐらいに思っていた。なぜならサッカーがその枠を飛び越えて色んなものとつながって考えられたり、新たな知識を手に入れることこそ、サッカーが僕に与える大きな喜びだからだ。

 同じくシンポジウムを聞きに来ていた知人と帰り道にこんな話になった。

「北大の研究室で先生たちがただただサッカーの話だけしてるって絵がもうおもしろすぎるよな」

 確かに奇妙な絵である。同じ研究者でもまず専攻がまったく違うし、サッカー関係者でも書き手とクラブ経営者で違う。そんな人たちが一堂に会してひさすらサッカーの話を3時間近くして解散する。これが北大のシンポジウムなのかと目を疑うくらいだ。

 でもこれこそおもしろいし、僕が期待していたものだ。サッカーと関係あるフィールドでサッカーの話をするのはみんなできる。なぜならそれはサッカーの枠組み内だからだ。でもこのシンポジウムは「サッカー関係なさそうなフィールドで真面目にサッカーの話をする」からおもしろい。それこそサッカーの枠組みを飛び越えてサッカーと他ジャンルが接続することに他ならないからだ。

 今回は、服部さんが宇都宮さんから受けたインタビューの話をもっと膨らまして語りたいという気持ちで実現したそうだ。今後も引き続きスラブ・ユーラシア研究センターがサッカーを取り上げてもらえるかは分からない。しかし、可能であればサッカーをテーマにしたこのような試みを来年以降も北大で実施されることを希望する。そして全国の大学でもこのような「サッカーの越境」が行われてほしい。

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