濁っても青
不揃いな指先でもう使えない学生証の写真をなぞる
曖昧な助言をくれるえらい人、気休めくらい優しく言って
まひるまの月になりたい日々だった気づかなければ傷つかないし
完璧な逃げ場所なんてないことを分かっているから地下鉄に乗る
貸し切りの車両で泣いたことがある 滑舌のいい君のさよなら
駅前のドーナツ屋さんがなくなっていつもの猫がちょっぴり痩せた
通勤の電車がドラマの舞台でも主役はきっとわたしではない
まわらないメリーゴーランド あきらめた夢は何色だったんだっけ
熱量が同じ速度で飛んできて愛はときどき暴力である
丁度よく傷ついていた心臓に柔く響いたふみきりの音
白線をたどって帰る 街灯が影をのばしてふいにさみしい
暗い暗い夜の話はもうしないひかりはひとりを生き抜いた星
靴擦れのように軋んだ感情で上手に歩けないまま走る
絶望に色をあげようキャラメルはぬるい夜中に食べるのがいい
熱湯が腕にかかって星型のやけどができてちょっと笑った
なつかしい痛みを思いだすたびにチッコペトリロみたいな不安
忘却は武器だと言った人が今わたしの言葉をくりかえしてる
人間は呆れるほどに単純できちんと奇跡をつくって歌う
ばらばらの笑い声、ちぎられた耳、平気な顔が得意でごめん
マリンバの音がやさしさだってこと知らないままで過ぎた青春
右足の小指の爪を丁寧に剥がすシャワーはあした浴びます
すかすかの炭酸水を飲み干して知らない人の近況を聞く
花束をほどいてほしい 原色の季節をそのままくり抜いちゃだめ
さらば春、15年目の花びらを見つめたあとで犬は死んだよ
唐突におしまいは来る ぽつぽつと話す自分の声がうるさい
まばたきのつもりで閉じた瞼から零れたこれはただの水です
どうってことない過去になるその日まで安易な嘘に救われてやる
時計だけ進んでしまったような朝うんざりするほど生きていく朝
青空が好きじゃないってつぶやいた君の写真は逆光のまま
濁ってもきれいな色を覚えてる 忘れたことを忘れたあとも
2017/5 短歌研究新人賞応募作
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