きみは左で
酢醤油が絶妙だった それだけでたぶん理由はじゅうぶんだった
コンビニがひかって見える時間帯魔法にかかったふりするごっこ
コーヒーの温度は82℃がいい舌が痺れる感覚が好き
オンビキを伸ばし棒ってきみは言う いや、ちがうな、「のばしぼー」だな
潜水が上手な子どもだったこと海を見るたび思い出す ほら
これ以上奪われないですむように笑えるくらい深い深爪
窓のない部屋のまんなか ばかでかいベッドだろうと端っこで寝る
まだ夢の続きみたいでこわくなる 喉がふるえて、生きてるんだね
小雨ってどこまでの雨? くだんないことをし終えて無敵なふたり
右足のかかとばかりがすり減ってぺたんこ靴がぺたんこになる
間に合わないことがわかって手のひらの液晶画面を見つめる じっと
ひらがなでビジネスメールを打つ後輩、たぶん明日も休む後輩
肩書きがだんだん増えて大人にも慣れてふつうに「弊社」とか言う
乗り換えがうまくならない東京でわたしは夢を叶えたらしい
やさしいと言われ慣れてる人だろう 等間隔に刻む相槌
そういえば最後のキスはいつだっけ祈りのようにワセリンを塗る
もう顔も覚えていない人たちのわたしを見下ろす角度の笑顔
覚悟くらいあるよ自分に透明な値札を付けたときからちゃんと
墓場まで持っていくから辛かったことは何とか尋ねないでね
「漸く」を「しばらく」と読む母はまだわたしのことをちゃん付けで呼ぶ
突然の絶望 空は澄んでいて口笛みたいな遠い耳鳴り
初めての彼氏の訃報を元カレの結婚パーティー会場で聞く
ごめんって歪む口元 大丈夫、みんないつかは(みんないつかは)
淡々とすべては刹那 順調に滅んでゆける自信もなくて
朝焼けは今日も見えないこれからも誰も知らないきみを知らない
心電図もちかえらせてこの先も大丈夫って証拠のために
あの子ならきっと綺麗に泣く話 不幸自慢はかってにどうぞ
湯舟から波があふれる 体積をもとめる数式忘れちゃったな
戻りたいわけじゃないけどたまにふと懐かしくなるうるさい寝息
死ぬときは一緒に涅槃スタイルでこと切れようよ わたしは右ね
2022/5 短歌研究新人賞応募作
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