坊主、風邪、鈍痛、2022年

2022年に突入してすぐに、珍しく風邪を引いた。

その日東京は大雪に見舞われ、ぼくの住む木造のワンルームはあわや吐息も凍りつくかのような冷え込みで、健康であることを唯一の取り柄に生きてきたおのれの小さな自負を、朝方37度の微熱が見事に打ち砕いた。
それぐらい、久しぶりの風邪だった。

二、三日安静に過ごした結果熱はすぐに下がり、外を出歩けるようになる頃には雪もほとんど目立たなくなっていた。路傍に並んだ小さな雪だるまたちの白い体は排気ガスでくすみ、道行く人はちらと一瞥するだけで、もうなんの興味も示さない。

風邪が落ち着いてまもなく、強烈に寝違えて首周辺を痛めるという悲劇に見舞われる。
これがなかなか厄介で、座ったり少し体勢を変えるたびに首・肩周辺に電流のような痛みが走るので、次第に体を動かすことが億劫になり、ぼくは新年早々心も体もひどく疲弊してしまった。

普段なら心を多少病んだとしても「まぁ、それを糧にいい音楽を作ろう」とすぐに立ち直れるのだが、今年に入ってからどうもそのバイアスがうまく作用せず、なんだか気持ちが塞がっていく一方なのである。

決して音楽がつまらなくなったというわけではなく、むしろ新しい表現への情熱は日々募るばかりだが、どうもその情熱の受け皿の方になにかしらの変容が起き始めているように思われる。

思い当たる節はある。
たぶん昨年末、ぼくの価値観を丸ごと変えたある出来事が原因だ。

ーーー

2021年、暮れ。

その日ぼくは、おのれを取り巻くすべての物事に猛烈に腹が立っていた。
中途半端なキャリア、進まない楽曲制作、ままならないプロモーション、孤独な音楽活動、そして貧乏。
ありとあらゆる現実に嫌気が差していた。

思わず後頭部をガシガシと掻き毟ると、これから徐々に伸ばしていこうと考えていた、中途半端な長さの髪に触れる。
どこにもいけない、何者にもなれていない自分の姿が醜く反映されているような気がして、それがまたぼくをひどく苛立たせた。

そして一時間後、ぼくの頭にはバリカンがあてがわれ、ついでに長年連れ添った口元と顎の髭も全て剃り落とされ、十数年かけて更新してきたDinoJr.としてのイメージはその日を境に完全に過去となった。

こうして晴れて1mm坊主頭となったわけだが、髪を剃り落としてからぼくの価値観にあるひとつの明確な変化が訪れた。

この時期、ぼくは狂ったように新曲を書き、驚異的な集中力で毎日朝から晩までアレンジに向き合い続けるという日常を過ごしていた。
コロナ禍に入ってからの活動の遅れを取り戻したい一心で、本当に必死にもがいていた。

ところが坊主頭になってから、これまで作ってきた新曲が全く体に入ってこなくなってしまった。自分の新しい弾としてひたすら心血を注いで準備してきたと言うのに、聴けば聴くほど他人事のように響くのだ。
これはどういうことなんだと自分でも不思議に思い、少し考えた結果、シンプルな事実に辿り着いた。

「坊主頭の男に歌わせる予定ではなかった」のだ。

曲を作る人なら誰しも、その曲がどういった場面・状況で人に聴かれているのかを多少なりとも想像することがあると思う。
ぼくも例に漏れず、メロディを考えるのと同時にどんな衣装で、どんなステージ装飾で、どんな照明で、どんな演出で、とビジュアル面での妄想を膨らませながら進めていくことが多い。そのほうがワクワクして楽しめる。

今回もやはり新しいキラキラとしたDinoJr.像が自分の中にあったのだと思う。これから始まる2022年に向けて、コロナがにわかに収束の兆しを見せ、加速し始めた音楽業界に向けて、新しいイメージでもって帆を張り突き進む準備ができていた。

はずだったのに、出航間近で今までのDinoJr.像は幻となり、もじもじする坊主頭の男だけが残った。



もじもじする坊主頭の男は、Funkしてはいけない。

これは法律でもしっかりと定められている。



自分で選択したとは言え、ぼくはこれまでに積み上げたDinoJr.としてのブランディングを(まぁ元々あってないようなものだったが)白紙に戻さざるを得なかった。

それからというもの、準備中の新曲を聴いてももはや過去のものとしか思えなくなってしまい、逆に一新されたDinoJr.像に関して、どのようにブランド展開していけばよいのか、なにもわからなくなってしまったのだ。


ーーー


冒頭の心身の不調の話に戻る。

ぼくのこれまでの健康への根拠なき自信は、ひとえに十数年アーティスト活動を続けてきた自負にあったのではないか、と今となっては思う。
飽き性で何事も長く続かない自分が、曲がりなりにも人生を賭けて続けてきた稼業だ。誇りもあればプライドもある。
それは恐らく無自覚のうちに精神的な地盤としてぼくの心身を強くし、人間としての生命力をもたらしてくれていたのかもしれない。

そして今見た目が変わり、音楽の聞こえ方が変わり、アーティストとしての精神的な地盤が大きく揺らいでいるのだとすれば、現在のこの心身の不調にも説明がつくような気がする。

今後は見た目や職業というバイアスにとらわれることなく(自分にも、他人に対しても)、どう一人の裸の人間としてアイデンティティを保ち生きていくのか、そういった根本的な人生観を洗い直す局面に差し掛かっているのかもしれない。

ーーー


これを書いている今も、首が少し痛む。
鋭い痛みが走るので寝返りも打てない夜が続き、ぬるい疲れが溜まっている感じがする。

坊主頭は少しずつ伸び始めており、頼りなくふわふわと繁っている。そろそろまたバリカンを当てないといけない。
坊主頭には生活の乱れがすぐに顕れる。

午前10時41分、ちょうど部屋に射してきた日の光が眩しい。
幸い、2022年はまだ始まったばかりである。


今年も何卒よろしくお願いいたします。


DinoJr.

※もじもじする坊主頭の男でも、Funkして大丈夫です。


■ ライブ告知 ■

「Dig Urban Oddities vol.4」※振替公演
日程:2022/01/25(火)
会場:渋谷 duo MUSIC EXCHANGE http://www.duomusicexchange.com/access/index.html
OPEN / START:18:30 / 19:00
※ 開場・開演時間は変更になる場合がございます。

出演:DinoJr. / sooogood! / and more

来場チケット販売URL:https://eplus.jp/sf/detail/3511960001-P0030001
配信チケット販売URL:https://eplus.jp/sf/detail/3511990001-P0030001

▼振替公演にご来場の方▼
お持ちのチケットで振替公演にご入場いただけます。整理番号もそのまま有効となりますので、
チケットは振替公演当日まで大切に保管くださいますようお願い致します。

▼払い戻しご希望の方▼
振替公演にご来場いただけない方には払い戻しをさせていただきますので、
下記をご確認ください。

【チケットの払い戻しについて】
払い戻し期間:2021年10/17(日)10:00〜2022年01/07(金)23:59
※期間を過ぎると払い戻しができませんのでご注意ください。
※払い戻しの際は該当公演のチケットが必要となります。
お申込みのチケット受取方法・代金支払方法によりご返金方法が異なりますので、
詳細は下記URLよりご確認ください。

■公演の中止/変更/延期
https://eplus.jp/sf/updated_events
お問合せ:duo MUSIC EXCHANGE 03-5459-8716
http://www.duomusicexchange.com/

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?