
真夜中のミルクティー
眠れない。
横になると深い咳が出て眠れない。
きちんと身体には眠気が襲ってくるから、仕方なく座って目を瞑っていたけれど、次第に身体は横へと横へと倒れてしまうので、その内また咳き込んで起きる。
もう一度座り直したが暫し目を閉じて、諦めて炬燵に入る。
モゾモゾと身体を炬燵布団に埋めるようにして入り、カチリとボタンをスライドさせ、赤い入の文字が見える様に電源を付ける。
寒い。
そうだ。
この間炬燵が壊れたのだった。
なんて事だ!
この冬はこれを頼りにしていたのに!
壊れた瞬間、悲しさでいっぱいになったのを思い出した。
休養期間に入り、ありがたい事に傷病手当をいただける事になり(おそらく)、収入は減ったものの、なんとか生きていける見込みがついた。
でもその手当が今も入ってこない。
傷病手当は休養に入ってから1ヶ月経った後に申請し、そこから2週間〜1ヶ月はかかるとは聞いていたが、1ヶ月を経過しても通知のハガキが届かないので、毎日ポストを覗き、いつしか大体の郵便が届く時間まで覚えて、カタンと音がなる度にスクッと立ち上がり確認する、パブロフの犬の様な事をしても、全く通知が来ない訳なので、いよいよ不安になり会社に問い合わせてみた所、コロナにより申請者が多く、その他の事情も関係して、年内の入金が難しいとの返事であった。
つまり3ヶ月収入がないのだ。
お金は使わないのに、きっちり税金を納めなければならず、その額は去年の収入で来るもんだから、たはは…っと乾いた笑いが出る。
その折の事だった。
カチリ。何度『入』にしても電源は全く付かない。
ジッと見つめてよく考えれば、この炬燵は私の中学生時代から使い続けている年季の入った物だった。
うん。
昨日までは温かい暖をくれていた炬燵を見つめ、
何故今なのか…とは思ったが諦めた。
よく頑張ってくれたよ。本当。
当たり前の事が、今まであった物が、急に終わりを迎えて、うんともすんともいかない事ってあるもんな。
そうだ。そう思っていたのに、こんな夜中に予想してた温かさを得る事が出来ず、またガックリしてしまう。
少し足をさすり、モゾモゾして(アカン!)と、立ち上がり、隣の部屋から毛布を引っ張ってきて、少し迷って暖房を付ける。
じゃりン子チエのおバア曰く
『人間に一番悪い事は腹がへるゆうことと寒いゆうことですわ』との事だ。
私は急いで、銀色のミルクパンでお湯を沸かす。
お湯を沸かしてる間、今度は両津勘吉が
『悩んだらまず生きるモードに切り替えてからスタートだ!それからどう生きるかを探せばいい!』と大きな声で言う。
台所の食器棚から友達にもらった(友達という言葉は心を温める)オレンジのお花模様がついたマグカップで粉末のロイヤルミルクティを入れる。
お湯が沸いたら、思っているより少し少なめにお湯は注ぐ、欲張って入れすぎると薄い味で侘しい気持ちになるからだ。
ほんわか白い湯気と共に、優しい香りが広がってくる。
甘い甘いロイヤルミルクティーの完成。
毛布に包まり、ふわっと甘い温かさをゆっくり身体に納めると、身体も心も少し緩む。
大丈夫。大丈夫。
ガスOK、水OK、電気OK、寝る所食べる所お家OK、ネットOK、携帯OK、毛布布団OK、オールOKだ。
Raft(海をいかだで生き残るゲーム)の世界で言えば、めちゃくちゃ恵まれてる。
前と同じ様には動けないかもしれないけど、手は動く、足も動く、とにかく身体は動く。
今はここから生きるモードで省エネモードに。
携帯を手に取り、妹が送ってくれた福福しい可愛い姪っ子の写真を眺めた。
大丈夫。温かさもある。
だから、
雨に震えながら、下手くそな歌を口ずさみ、必死に波に飲まれないようにイカダにしがみつく。
雨の中。歌の端っこに、言葉の隅っこに、見つけ出した温かさを原動力に。
いつしか雨は止み身体が震えて、星を見る。
暖めるために火をつける。
その手はきっと震えてる。
火がつかず、寒くて悲しくて気を失ってしまう。
波の音が何度もゆらして目を開けると、火は焚かれ、毛布がかけられ、近くのマグカップには温かい飲み物が用意されてる。
手をさすり、足を温める。
そこには誰もいない。
誰かが差し出してくれたミルクティーを飲みつつ、私は夜の波間をぷかぷか浮いている。
甘い柔らかい湯気を指に巻き付けながら、その温かさを差し出してくれた誰かに思いを寄せつつ夜空を眺める。
一息ついたら、波の様子を見ながら、長い長い時間の海をつぎはぎだらけの帆を張り、おんぼろオールでゆっくり漕ぎだしていく。
そして、もし、出会えたら。
こんな海で出会えたら。
今度は、私があなたに、毛布と温かいミルクティー(あるいはコーヒーでもいい)を差し出したい。
そして、ゆっくりと火を眺めながらあなたの旅の話を聞きたい。
持ち寄った話は互いのランプの火を強く強く燃やし光になるはずだから。
人生を渡る強さになるはずだから。