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流されてイズミルへ【無職放浪記・トルコ編(21)】

 旅の計画が狂いに狂っている。

 当初はトルコのリゾート地マルマリスからギリシャのロドス島に入る予定だったが、ハイシーズンや週末などの悪条件が重なって予約が取れず、結局フェリーに乗ることを断念せざるをえなかった。

 私が次に向かうことにしたのは、トルコ第三の都市イズミルだ。ここからフェリーで一気にアテネまで行ってしまうというのが代替案だった。

 本来の計画ならばアンタルヤからマルマリスに直行し、スマートにロドス島まで移動しているはずだった。しかし予期せぬ出来事が重なりに重なり、アンタルヤ→カシュ→フェティエ→マルマリス→イズミルと、潮に流されるように地中海沿いの街を5都市も巡ることになる。

 今回はそのイズミルからすらも出国できなかった話をしようと思う。

      *  *  *

 マルマリスを午前10時に出発したバスは、午後2時半ごろにイズミルのバスターミナルに到着した。
 トルコ第三の都市のバスターミナルなだけあって広くて建物も豪華なのだが、電気代節約で照明が消されているためか、内部は殺風景な印象を受ける。

イズミルのバスターミナル

 朝食を食べずにここまで来たのでひどい空きっ腹だ。街中に入ってレストランを探してもよかったのだが、バスターミナルで見つけたケバブ屋で簡単な昼食を済ませることにした。トルコでの旅が終わりに近づいているということもあり、「これが最後のケバブになるかもしれない」と思いながらよく味わって食べた。

 いつもならここから安宿があるような中心街を目指すのだが、この時は違った。私が目指すのはフェリーポートだ。アテネ行きの便があるとしたら、それは夜行フェリーだろう。もしそれに乗ることができるなら、イズミルには泊まらずに出国するつもりだった。

 市内行きのバスに乗ると、ひとまず海沿いまで出る。海に来たら、あとは港っぽい場所を目指して歩いていくだけである。我ながら無計画の極みだなと思いながら、ひたすら海沿いの道で歩を進めていった。

ひたすら海沿いの道を歩いていく

 1時間ほど歩いて、フェリーが出入りしている建物を見つけた。職員らしき男性をつかまえると、「アテネに行きたいのですが船はありませんか?」と尋ねてみる。

 男性は英語は堪能ではなかったのだが、一生懸命伝えようとしてくれるのが嬉しかった。改めて、トルコは旅人に優しい国だと感じる。

 男性の話をまとめると、以下のようなことがわかった。

 まず、イズミルからアテネに行く直行便はないということ。その代わり、近くの船着場から出ているフェリーに乗って隣のレスボス島に行けば、そこからアテネへの便があるという。

 レスボス島行きの船着場への行き方を聞くと、男性は建物を出て左手側を指差し「テルミニ、テルミニ」と繰り返した。
 テルミニとはなんだろう。まさかイタリアのテルミニ駅というわけではあるまい。

「テルミニ……テンミニ……テンミニッツ! 10分か」

 どうやら男性はこの道を10分ほど歩けば着くということを伝えたかったようだ。私は何度も感謝を述べて、教えられた方へ歩いていった。

 船着場には10分とかからず到着した。しかし、立派な建物の中はガランとしていて人気がない。しばらくうろうろしていると、警備員らしき男性に呼び止められた。

 レスボス島に行こうとしている旨を伝えると、「今日はもう便がないから明日の朝にもう一回来てくれ」と返された。この日中のトルコ脱出は叶わなかったが、ようやくギリシャに行く道筋を立てることができてホッと安心する。

レスボス島行きのフェリーが発着しているポート

 幸いにも、港の近くは宿や飲食店が集まる賑やかな地区だった。少し歩くと、一泊250リラ(約2000円)のドミトリーの宿を見つけることができた。宿は古い建物だが、なかなか味のある内装だった。

イズミルで宿泊したドミトリー

 ほぼ毎日酒は飲んでいるのだが、この日は特別飲んでトルコの最後の夜を祝いたい気分だった。イズミルの街に繰り出すと、目についたパブらしき店に入ってビールを注文する。

 テラス席で飲んでいると、イスタンブール新市街のパブで久々に生ビールを飲んで感動を味わった時のことを思い出した。その時と同じようにフライドポテトや揚げウインナーが入ったミックスフライを注文する。

テラス席でミックスフライをつまみにビールを飲む

 2杯目のビールを飲みながら、私はトルコでの出来事を回想した。
 1ヶ月近く過ごしただけあって、ずいぶんと色々な場所を回ったと思う。

 イスタンブールを思い出すと、スルタン・アフメト地区やガラタ橋の賑わいが恋しくなる。博物館からモスクとなったアヤソフィアは無料で入れることもあって、長い時間を過ごした。

 首都アンカラは宿が安く、人が少なく、景色がよく、飯がうまいという理想的な都市だった。

 カッパドキアの拠点の街ギョレメは、宿探しが恐ろしいほど難航したが最終的に格安のゲストハウスを見つけられたことは自分の“嗅覚”への自信に繋がった。高台から見たカッパドキアの夜景はずっと目の裏に焼き付いている。

 エイルディルではただのんびりと過ごした。湖と古城と素敵なカフェがある静かで素朴な街だった。ザリガニ料理はもうしばらく遠慮したいが。

 アンタルヤは体調を崩して寝込んでしまっていたので、残念ながらあまりいい印象はない。しかし、いつかまた訪れたいと思える魅力のある街だった。

 カシュはこじんまりとしてながら活気のある港町だった。ドミトリーで同室となった韓国人のジュン君と仲良くなった。

 フェティエでは生まれて初めてパラグライディングを体験した。生身で空に放り出された瞬間の解放感は他では味わえない感覚だった。

 マルマリスは寂れた印象を受ける街だったが、あの弾けるような力強い夕焼けの光は目に焼き付いている。

 そしてイズミルまで来て、ようやくギリシャへ向かう算段がついた。ここに来るまでアクシデントが重なってあちこち寄り道をすることになったが、今となってはその寄り道も良い記憶に昇華されているように感じる。

 ビール2杯とミックスフライで合わせて100リラ(約800円)を支払うと、私は店を出て海沿いの道を歩き始めた。一帯は公園になっていて、観光客や住民が芝生の上にくつろいでいる。私も腰を下ろして、しばし時を過ごした。

 前日はトルコを出ることに不安と焦りのようなものを感じていたのに、いざ出国を前にすると次の国へ行くワクワク感が芽生えてくる。我ながら調子のいいものだなと思いながら、最後の夜を過ごした。

公園の芝生で過ごす人々


 翌日。

 私は宿に荷物を置いたまま朝の散歩に出た。観光客の姿はなく、釣り人やランニングをしている人とすれ違う。どこかで朝食を取るつもりだったが、先にフェリーポートへ向かう。先にレスボス島行きのチケットを購入し、フェリーの時間までゆっくり過ごそうと思っていた。

 ところが、である。

「レスボス島行きの船なら、たった今出航してしまったよ」

 フェリーポートの前にあるプレハブ小屋のようなチケット売り場で、受付の男性は首をすくめて言った。

プレハブ小屋のようなチケット売り場

 私は不意を突かれたようだった。今は午前8時15分。早朝とは言えないまでも、十分に早い時間帯のはずだった。

「次の便はいつですか?」

「ない。レスボス島行きのフェリーは午前8時の便だけだ」

 どうやらこの港からは1日に1便しか船が出ていないようだった。

「では、明日の便は予約できますか?」

 私は落胆しながらそう尋ねた。イズミルにもう1泊することになるが仕方ない。幸い、安宿は見つかっているので金銭的な問題はない。
 しかし、男性は困ったような表情を浮かべた。

「残念ながら明日の便、というのはないんだ。レスボス島行きの船が出ているのは月曜、水曜、金曜だけだ。今日は金曜日だから、次のフェリーは月曜日になるまで出ない」

 男性の言葉で、私は急に意識が遠のいたかのように感じた。

 いやいや。

 いやいやいやいや。

 そんなことってあるのか?

 アンタルヤで20分の差で直行バスを乗り逃し、寄り道をしていたらマルマリスでロドス島行きフェリーの予約が取れなくなり、イズミルでようやくギリシャに渡ることができると思ったら、15分差でフェリーが行ってしまって次は3日後だって?

 おれは旅の神様に呪われているのか?
 それとも何か悪いことをしてしまってそのバチが当たったのか?

 いやいや違う。違うのだ。身動きが取りづらいハイシーズンにろくに情報も集めずに行き当たりばったりに行動すれば、こうなることは当然の帰結なのだ。

 自分の怠慢が招いた結果。身から出た錆。

 それだけである。

 ただそれだけである。

 それだけであるはずなのだが、どうしても何か運命的な力が自分をトルコに留めようとしているとしか思えない。

 ——はぁあああああああああ……

 膝から崩れ落ちそうになるのをなんとか耐えながら、私は力なく宿に戻っていくのだった。

朝の散歩は徒労に終わってしまった

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