リゾート地で寝込んでいた話(後編)【無職放浪記・トルコ編(17)】
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翌朝。
前日の就寝時間が早かったためか、午前6時に目を覚ました。
起きたら嘘のように体が軽くなっていた……なんてことがあったらいいなと期待していたのだが、しっかりと熱っぽさと倦怠感は残っている。
——今日が勝負の日だな。
体調を崩した状態が長引くのかどうか、この日にどれだけ回復ができるかにかかっていると私は直感した。リゾート地にいるのに部屋に引きこもるのはもったいないという思いはあったが、これから先の旅のことを考えるとここでしっかり治すべきだ。
二度寝をして、午前8時に再び目を覚ます。ベッドからのそのそと這い出すと、朝食を食べるために階段を降りて1階へ向かった。
朝食はトルコの他のホテルと同じようにビッフェ形式だったのだが、多様な種類のフルーツが用意されているのがありがたかった。リンゴにオレンジに、スイカにプラム……私は皿いっぱいにフルーツを盛った。
食欲はなかったのだが、フルーツはすんなりと食べることができた。前日の夜にほとんど何も口にしていなかったためか、体にビタミンが染み込んでいくかのようだ。
食後のチャイを飲むと、昼食用にリンゴを2つ失敬して部屋に戻っていった。あとはただ、ベッドで横になり回復を待つだけである。
チャイとは、トルコの紅茶のことだ。体調を崩した時はコーヒーよりも紅茶がいい。紅茶は体を温めてくれる。
宿の部屋は木造のロッジのような雰囲気だった。これがビジネスホテルの無機質な部屋だったなら、気が滅入っていたことだろう。宿で飼われている鳥たちの声が外から聞こえてくるのも、いい気晴らしになった。
私は眠って目を覚ましてを繰り返し、時々起きては本を読んだりリンゴを食べたりして過ごした。
何もしていないように見えるが、こうしている間にも体の中では壊れた箇所の修復が行われている。とにかく大切なのは、自分が必ず回復するという思い込みである。私は朝に食べたフルーツのビタミンが体を活性化させていく、というイメージを繰り返し想像した。
その甲斐あってか、夕方には大分体調が戻ってきた。思い切って外出してみると、体はふわふわと浮遊しているような感覚があったが、歩いてもすぐ疲れるということはなくなっていた。
海沿いや公園を歩き、少しだけアンタルヤを観光する。リゾート地らしく景観はしっかり整備されているのだが、心に湧き上がってくるものがない。単純にまだ体が疲弊していて、感動するだけの余裕がないということなのだろうけれど。
思っていたより体が回復していたので、外で夕食を食べることにした。私は定食屋のような店に入ると、ケバブ・ライスを注文する。ケバブ・ライスとはケバブの肉がライスの上に乗って出てくる、日本の牛丼のような料理だ。
空腹を感じていたので調子に乗って大盛りを頼んでしまったが、完食することはできなかった。いや、本気を出せば食べきることはできたのだが、体調を鑑みて「腹八分」にとどめたと言った方が正しい。戦略的撤退である。
ならば最初から並盛りを頼んでおけという話ではあるのだが。
宿の部屋に戻ると、すぐにベッドの上に寝っ転がった。歩いている時は感じていなかったのだが、どっと疲れが出てきたのだ。
——この散歩とケバブ・ライスが吉と出るか凶と出るか。
いい気分転換にはなったし、しっかり食べることもできた。しかし、そのせいで回復していた体調がまた悪化することも考えられる。
私は祈るような思いで目を閉じた。
明日には体が元気になっていますように、と。
* * *
翌朝。
目を覚ますと体が嘘のように軽くなっていた。
本当に“嘘のように”回復していたのだ。
部屋の中を歩き回っても疲れない。なんなら今すぐ外へ出て海に飛び込みたい気分だ。
——もしかして昨日のケバブ・ライスが効いたのか?
現地の病気は現地の薬で治すように、現地の疲れは現地の食事で治すのがいいのかもしれない。もちろん、それは思い込みの要素がほとんどなので参考にはならないのだが。
体調不良が続くようなら今の宿を延泊しようと考えていたが、元気になったのでこの日で切り上げることにした。ゆっくり過ごしてもよかったのだが、ハイシーズンで部屋代が高騰しているので、懐具合を考えると長居はできなかったのだ。
朝食に山盛りのフルーツを食べると、部屋を引き上げアンタルヤの街を歩き出す。
私がこのリゾート地に来たのは、ギョレメで同室になったフランス人に「素晴らしい場所」だと聞いていたからだった。ほとんど部屋で寝込んでいたために、リゾートらしいことは何一つできず、残念ながら「素晴らしい場所」と感じることはなかったが、悪い印象は抱いていない。
むしろ、また訪れてみたいなと思える魅力のある街だった。
旅で訪れた場所は、ひどい目に遭おうが期待ハズレであろうが最終的にはどの場所も「来てよかった」と思う。その気楽さも、ある意味では回復力に並ぶ私の数少ない強みなのかもしれない。