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【ウェビナー開催レポート】バリューチェーンを通じた自然資本に関わるリスクと機会を捉えるには-実践から見えた課題と期待-

 国際社会経済研究所(IISE)では、様々なセクターの皆様と共に知見を共有し、未来の共創に向けたつながりを創出する場として「IISE Webinar(ウェビナー)」を開始しました。
このほど、ネイチャーポジティブ経済に向けたICTの可能性について探索するウェビナーシリーズの第1回目として、「バリューチェーンを通じた自然資本に関わるリスクと機会を捉えるには -実践から見えた課題と期待-」を実施しましたので、その概要をお届けします。


1.「自然資本に注目が集まる背景と動向」について

まず、IISEの篠崎裕介より「自然資本に注目が集まる背景と動向」について解説がありました。

世界中で自然の恵みが劣化している

 生物多様性を含む自然資本は、多様な生態系サービス(自然の恵み)で社会・経済を支えているが、その生物多様性と生態系サービスは世界中で加速度的に劣化しており、このままでは私たちの暮らしは持続し得ず、経済、社会、技術といったすべての分野に渡るトランスフォーマティブ・チェンジ(社会変革)が必要。

経済リスクとしても認識、2030年世界目標が採択

 世界の経営層が認識しているトップリスクの一つとして、生物多様性減少と生態系崩壊があげられている。世界のGDPの半分以上(44兆米ドル)が自然資本に依存しており、手を打たなければ2030年には2.7兆米ドルの損失との試算もある。このため、2022年12月、生物多様性COP15において「昆明モントリオール生物多様性枠組」が採択され、陸・海の30%保全、化学肥料半減の他、企業情報開示要請も組み込まれた。

TNFDや情報開示にかかる指標や目標設定の課題

 TNFDは、自然資本に関わるリスクと機会を開示するフレームワーク。気候変動の開示フレームワークであるTCFDの11項目に加えて、エンゲージメント、優先地域、バリューチェーン3項目が追加されている。しかし、こうした項目における情報開示に関して、多くの企業では指標や目標設定等に関する課題を認識している。
 TNFDでは、組織内で評価するための評価指標と組織外に開示する開示指標について、各々の企業セクター別にセクターガイダンスを発行しており、各企業の皆さまが属するセクターに関して参照できる形になっている。
 ネイチャーポジティブへ向けたトレンドは企業にとってリスクであるとともに、市場機会でもある。その規模は、世界経済フォーラムの試算によれば、2030年に10.1兆ドルとされている。

2.「NECのTNFDレポート」について

次に、NECの岡野豊氏よりNECのTNFDレポートに関する解説がありました。

国内IT企業初のTNFDレポートを発行

 NECは2023年7月に国内IT企業初のTNFDレポートを発行したのに続き、2024年6月に第2版を発行。初版の際は通信機器製造業としての分析のみだったが、第2版の際にはNECグループの150種類にも上る事業活動を洗い出し、国連が出しているツール(ENCORE)なども使い、また現地への視察等も行いながら、どのように生態系サービスへ依存しているか、影響を与えているかを調査した。

サプライチェーンリスク評価の困難さ

 自社の直接操業における評価は比較的容易だったが、他方でサプライチェーンのそれは非常に困難だった。NECでは、調達金額×国際産業連関表によるスクリーニングを九州大学発のスタートアップ・aiESG(アイエスジー)社のビッグデータ解析技術を活用して行った。しかし、提供した調達データの粒度の課題もあり、サプライチェーンのどの部品が大事で、どの国で、どの環境影響が大事なのかということについては完全には遡れなかった。
 他方で、水の使用量は文献から値を推計するほか、世界各地に有している調達取引先のリスクをWRI Aqueductというツールを活用し、また、ヒアリングをしながらより詳細な深堀評価ができるように調査・評価を行った。引き続き、水のみならず鉱物資源への影響や生物多様性への影響について、より深堀して調査・評価ができるようにしていきたい。

デジタル技術の活用可能性

 サプライチェーンの環境情報が取得できたら、設計や調達、製造部門にそれらの情報を織り込んでいく必要があり、そこにITが活用できる。例えば、アパレルや食品産業などはサプライチェーン上流の見える化が必要であり、流通ではトレーサビリティ管理をトラスト技術で解決したり、販売では「環境に配慮しているのに売れない」という課題をデータサイエンスで解決したりすること。
 また、こうしたことを実現するにもサプライチェーンの情報が必要であり、今回、登壇頂いている西博士がおられる産業技術総合研究所のIDEAのデータベースが非常に役立つと考えている。

3.「インベントリデータベースAIST-IDEA の活用」について

 次いで、株式会社AIST Solutionsの西哲生氏より「インベントリデータベースAIST-IDEA の活用」についての解説がありました。

インベントリデータベースAIST-IDEAとは

 AIST-IDEAとは、環境影響の見える化手法であるLCAやサプライチェーン排出量の算定を行う際に必要となる排出原単位を提供するデータベースであり、毎年データを更新しつつ、現在では5,250あまりのデータセットを有しており、世界でも有数のデータベース。Excelで提供しており、例えば玄米を1㎏生産するのに、どのくらいのCO2が発生するのかということがわかる。

AIST-IDEA開発の指針は透明性、網羅性、完全性、代表性

 AIST-IDEAの開発にあたっては、透明性、網羅性、完全性、代表性の4つを基本としている。透明性に関しては、例えば、玄米の場合、農薬や肥料の使用、収穫時にかかるエネルギー、製品を卸売市場まで運ぶ輸送時のデータを取っているといったプロセスを明らかにしている。また、網羅性については、日本標準産業分類から階層構造的にすべての製品が当てはまるようなデータベースにすることですべてを網羅している。例えば、食品の下に乳製品、その下にバターやチーズがあるといった階層構造になっている。完全性については、気候変動を含めた18領域の環境影響に関してすべて評価するようにしている。代表性としては日本の主要な統計を使用し、日本全国の平均値を提供できるようにしている。

地球温暖化以外のライフサイクルアセスメントでも活用可能

 AIST-IDEAは現在約700社の方々に活用いただいている。現在は温暖化の指標としての活用が主流であるが、これ以外にも環境や生態系に影響を与える化学物質があり、こうしたデータも取れるようになっていることから、企業の方々には、ぜひ地球温暖化以外の分野でも活用していただきたいと考えている。
 環境容量(プラネタリー・バウンダリー)はすでに限界を超えている。この現状に対応するためにTCFD、TNFD、そしてSBTN(科学的エビデンスに基づく目標設定フレームワーク)の重要性が増しており、AIST-IDEAを活用してこうした分野に幅広く貢献していきたいと考えている。

4.パネルディスカッション

 登壇者からのプレゼンテーションの後、IISE篠崎のモデレートによってディスカッション・質疑応答が行われました(以下、敬称略)。

IISE_篠崎)
 AIST-IDEAについて、直近では特にどのような利用者のニーズがありますか。

AIST_西)
 欧州の環境規制で企業に対する情報開示義務が求められるようになってきています。また、国内でも金融庁が主導するSSBJ(サステナビリティ基準委員会)のScope3(サプライチェーン情報)の開示に関する取組もあり、AIST-IDEAのニーズは高まってきています。

NEC_岡野)
 NECでも、サプライチェーンが長く、サプライヤー企業の数も多い中で、サプライチェーンのCO2の算出や分析に非常に役に立っています。

IISE_篠崎)
 本日の西さんの解説の中で、温室効果ガスに関連するデータ以外にもネイチャーポジティブ、自然関連の情報開示についても、AIST-IDEAのデータベースの活用の余地が多くあるとのお話でした。

AIST_西)
 もともと18の領域は設定されていましたが、近年は単に地球温暖化の問題のみならず、自然資本、ひいては食糧問題も重視しなければならない状況になってきています。これらの問題に対応するために、森林、水、海洋も含む生態系等々のデータの活用が求められてきていると考えています。

IISE_篠崎)
 TNFDのグローバル中核指標でも、それら海・土地・水利用の変化情報というのも入っていますね。各企業の方々におかれては、例えばサプライチェーンの最上位のところでどういう土地がどれだけ使われているのか、変化しているのかが中々わからない部分も多いと思いますので、AIST-IDEAの原単位のようなデータを使い、推定をして、その中からリスクが高いようなものというのを特定するというのは有効かと感じました。TNFDもだんだんとそういったデータの精度を高めていきましょう、としていますので、その端緒になりますね。

NEC_岡野)
 プレゼンでも言及した通り、自社操業はわかっても、サプライチェーンは非常に難しいです。その際、AIST-IDEAのデータベースは非常に役立ちます。動植物生態系の影響、水への影響、廃棄物資源への影響など、気候変動以外の全ての環境影響も開示が求められている中で、AIST-IDEAのデータベース18種類の環境影響が原単位でデータ取得できるのは非常に強力だと思います。

AIST_西)
 IDEAは二次データであり、一次データと比較したうえで、どこに自社の強みがあるのか、またはどこが弱いのかといったことを把握することにも活用できると思います。

IISE_篠崎)
 網羅的にデータを管理しようとするとコストが気になるといった質問が参加者の方からありました。近年、例えば食品メーカーの土地利用についても、農園に関する情報開示などが世界的企業で進んできています。他方ですべての企業がしっかりとコストをかけつつ開示できるかというと難しさもありますが、その点についてもデジタル技術を活用しながら徐々に進んできているのではないかと考えます。

AIST_西)
 AIST-IDEAは食品メーカーにもしっかりと使って頂けるようなデータベースです。中小企業向けのディスカウント制度などもあり、コストを抑えて導入頂けるかと思います。

NEC_岡野)
 食品関係、農地関係のデータに関しては、産業平均の原単位を使ったAIST-IDEAでのスクリーニングが有効かと思います。どの品目における水使用量が多いとか、窒素影響がどのくらいとか、産業の平均との比較でどのくらいの大きさ、影響かという形です。特に食品関係だと、サプライチェーン上流には多くの関係者がおられると思いますので。

IISE_篠崎)
 AIST-IDEAのデータの有効性はわかったが、リアルな現地の情報を得るという点にも課題があるのでは。という質問も頂いています。いかがでしょうか。

NEC_岡野)
 どの企業も苦労されているものの、徐々に開始されています。農林・食品等の企業では、センシングに関して認証製品の使用、人工衛星によるモニタリング等で進んでいます。鉱業(工業)はサプライチェーンが長いこともあり大変かと思いますが、最近はマイニング企業もTNFDレポートを発行しているなど、サプライチェーンの上流の方まで情報が取れるようになっているのではないかと感じます。

AIST_西)
 一次データを捉えるためには、機器をそろえたり、測定をしたりする必要もあり、投資や体制の整備など大変だと思います。ただ、最近は、自社の技術が他社より優れていることを証明するために、一次データの取得に積極的な企業も増えてきていると聞くので、こうした企業には是非データの作成に頑張っていただきたいと考えます。

IISE_篠崎)
 AIST-IDEAは定量的なデータに基づいて設計されていると思いますが、TNFDのツール、例えばENCOREというツールがブラックボックス的に感じられる、妥当性に疑義がある、といった質問も頂いています。

NEC_岡野)
 ご指摘のとおりで文献へのリンクがないなど、ブラックボックス的と感じられる部分があります。使い方としては、こういうリスクもあるのかという気づきをもらうぐらいで活用するのが良く、他は文献や他社の情報などを加味しながらデータ取得や分析を行う必要があると考えます。

IISE_篠崎)
 一つのツールに頼るわけではなくて、補助的なものとして捉えながら多面的に見ていくということが重要ですね。最後に本ウェビナーの視聴者にメッセージをお願いします。

NEC_岡野)
 サプライチェーンは多くの会社が一緒になってやるもの。いろいろな企業が様々な情報を出し合って、持続可能な経済と社会を作っていきたいと思います。

AIST_西)
 現在は、温暖化、気候変動だけでなく、生物多様性、ネイチャーポジティブにも注目が高まってきており、これからもどんどん高まっていくと考えています。そういう流れの中で、本日、このウェビナーを視聴された企業の方々には、是非、生物多様性やネイチャーポジティブに取り組むことによって、地球環境をサステナブルにするだけでなく、自社自身もサステナブルな企業になっていくという意識が高まり、そのためにAIST-IDEAを活用して頂けるとありがたいと思っています。

5.最後に

 自然資本に関わるリスクと機会は、企業にとって無視できないものになっています。一方で、GHG 排出量という単一の指標があるカーボンニュートラルと比べて、自然資本においては、その土地ごとの水、大気、動植物など多様な情報を把握し、評価する必要があります。その複雑さと向き合いながら、企業の現場では試行錯誤が続けられています。今回ご紹介頂いたAIST-IDEAのようなデータベース等も活用し、ステークホルダーが協力してより良い情報開示や環境への取り組みを目指していくことが重要だと、今回のウェビナーを通じて改めて感じました。IISEとしてもICTが貢献できることを引き続き模索していきます。