【ウェビナー開催レポート】生物多様性COP16 -ネイチャーポジティブとビジネスの未来-
国際社会経済研究所(IISE)では、環境ソートリーダーシップ活動の一環として、様々なセクターの皆様と共に知見を共有し、未来の共創に向けたつながりを創出する場として「IISE Webinar(ウェビナー)」を実施しています。
今回、ネイチャーポジティブ経済に向けたICTの可能性について探索するウェビナーシリーズの第3回目として、「生物多様性COP16 -ネイチャーポジティブとビジネスの未来-」を実施しました。
なお、登壇者のNEC岡野氏、IISE篠崎は、経団連自然保護協議会のミッション団の一員としてCOP16に参加しました。事務局の皆様にこの場を借りて、御礼申し上げます。
【篠崎】
今回の生物多様性条約第 16 回締約国会議(COP16)は、参加者は過去最大規模、特にビジネスセクターは参加者が3倍と、多くの注目が集まったCOPとなりました。
国際交渉では、先住民地域共同体、電子化された遺伝子塩基配列情報 (DSI)に関して歴史的な進展の一方で、生物多様性枠組(GBF:Global Biodiversity Framework):進捗モニタリングの枠組み、資金動員など未完の議題が残った結果となりました。
【岡野】
環境省も今回の結果について詳しいレポートを出しているので参照ください。
https://www.env.go.jp/press/press_03913.html
【篠崎】
本日のウェビナーでは国際交渉と並行して、期間中に開催されたビジネス系のイベントで見聞きしたことからの学びを共有します。
気候変動では、温室効果ガスという世界中で大気を通じてつながった1つの指標を対象とするのに対し、自然資本は、生物だけでなく、淡水、海水、土地、大気という場所ごとにことなる生態系を対象としていることが大きな違いです。COP16の学びも、この「場所」がキーワードとなりました。
1.Specific Location Data
【篠崎】
事業と自然環境と接点のある場所のデータを取得し、自然環境と事業との関係を深堀する取り組みが多くみられました。例えば、王子ホールディングスによる、様々なモニタリング技術を統合した自然資本の価値の定量評価手法の確立を目指した取組み、鉱山会社Angro Americanによる、すべてのサプライチェーンでの自然環境影響を評価・管理するために、環境DNAを用いたモニタリングによって場所での変化を見ていくという取組みが非常に印象に残りました。
【岡野】
鉱業製品を利用しているNECはTier1サプライヤーから上流は遡りにくい、他方で鉱山会社からすると下流が見えにくい。お互いの努力が繋がってくるだろうことを感じました。
2.自然との関係の把握
【篠崎】
自然との関係の把握では、場所のデータを取得し、その点のデータを面のデータとして捉えていくということが非常に重要で、現地でも、土地利用と自然環境の管理を統合的・全体的に行うランドスケープ・アプローチ(海であればシースケープ・アプローチ)の推奨が多く聞かれました。
Nutrien(カナダ)は、自社の販売する肥料のサプライチェーン下流での影響評価を流域単位で捉えようとする取組みを紹介していたほか、半導体関連投資が増加している熊本県での地下水保全に向けての自然を生かしたランドスケープ・アプローチの取組みは、COP16のセミナーの中でも先進的な取り組みとして言及されていました。
https://www.midori-lab.pu-kumamoto.ac.jp/archive
【岡野】
ランドスケープ・アプローチは、自社の敷地外の関係者とも協議しながら、一緒にその地域の自然を管理しようというもので、熊本では企業が農家さんと協力しながら地域全体で地下水を保全しようという活動を行っており、こうした活動は新しいガイダンスにも含まれています。NECもデータセンター立地地域では行政や地域の方々と協力していますが、今後もこうした形での活動が大切になってくると思います。
【篠崎】
自然の状態を測る指標、State of Nature Metricsの案がNature Positive Initiativeにより提示されていますが、自然の状態に関してはGHGプロトコルのような合意されたものがありません。今回、その案が出されたということは非常に大きな進展であったと考えています。
また、600以上もある自然関連の指標から、知見や合意形成が不足している、人間活動と生物の関係の状態に焦点を当てた指標案が今回提示されました。
https://www.naturepositive.org/metrics/
【岡野】
生物多様性はどんどん棄損されている中、自然の状態を測る指標が必要だという認識のもとに、今回このような指標が作成されたということです。
【篠崎】
提案された内容は、生態系の範囲や生態系の状態など自然の状態を見るときに共通して必要な4つの指標と、個々のケースに応じた5つの指標、合計9つの指標からなりますが、これらは組織の習熟度に合わせて準備していこうという形になっており、例えば地理空間の解像度でいけば、30mメッシュ、10mメッシュ、そしてさらにレベル(習熟)が上がれば、その場所の地上のデータをしっかり取得し把握していこうというものです。
【岡野】
案自体はまだ一般的なものであり、例えば生態系を広さと質で測りましょうというものです。詳細は今後決まっていくものですが、企業、国、地方自治体などが議論し活用することで初めて進むものだという意見が現地ではたくさん出ていました。
3.変革の加速
【篠崎】
ビジネスの変革を後押しする支援ツールなども多く発表されました。まず、WBCSD’s Nature Metrics Portalです。自然との接点が大きい12セクターに対し提言してきた優先すべきアクションを促進するために適切なデータを収集するフィルター機能などを提供するポータルです。農業・エネルギー・林業・建設の4セクターに対してエクセルベースのパイロットツールの提供とテストが開始されており、来年の気候変動のCOP30にこの初期版が発表される予定です。
https://www.wbcsd.org/resources/harmonizing-the-use-of-nature-metrics-by-corporations/
次にTNFDのGlobal Nature Public Data Facilitiesです。TNFDの開示対応には様々なツールがありますが、意思決定に有用なツールを一元的に提供できるプラットフォームを開発することで、あらゆる組織の自然のデータへのアクセス性を向上することを目指すものです。環境省も50万ドル相当の支援をするということで、ネイチャーポジティブに向けてインフラを整えようとしている動きが出てきています。
https://tnfd.global/publication/a-roadmap-for-upgrading-market-access-to-decision-useful-nature-related-data/
3つ目のNature Transition Plans(自然移行計画)案は、企業や金融機関が自然関連の依存、影響、リスク、機会を評価し、それらに対応する計画作成のための枠組です。気候変動の移行計画と同様にアンビション・アクション・アカウンタビリティという構成ですが、そこに「枠組みと範囲」、「計画の優先度」、「ランドスケープ、流域、海域とのエンゲージメント」、「依存と影響の指標と目標」の4つの項目が追加されています。
https://tnfd.global/publication/discussion-paper-on-nature-transition-plans/
【岡野】
Nature Transition Plansに、追加されているPlan priorities(計画の優先事項)は、すぐ取り組むべきことを実行しながら、他にも将来的には実施していく事項の計画を示してくださいというものです。また、ランドスケープでのエンゲージメント戦略を示す際、地域のエンゲージメントが求められる中、本社のみならず、工場拠点などが立地する地域の人たちと話をしていくことが必要になってくるのだろうと思います。
4.地球との共生に向けたICTの貢献
【篠崎】
我々の社会・経済では、自然との接点であるバリューチェーンを通じて、自然との依存・影響の関係を最適化していくことが求められます。このとき、企業や地域との連携が必要です。ICTはマルチステークホルダー同士で、データを見せる化、つながる化、価値化していくことで環境と経済の好循環がまわる社会づくりに貢献できると考えています。
【岡野】
企業活動が自然と共生するためには、サステナビリティや環境対応の部署だけではなく、設計部署、調達部署など関係部署様々な判断をする中で、環境の要素が取り入れられていくことにより初めて変革が生まれます。NECとしても環境情報の見える化を通じて変革をお手伝いしたいと思います。
参考:NEC TNFDレポート第2版
https://jpn.nec.com/press/202406/20240624_01.html
5.質問と回答
-質問-
ネイチャーポジティブでは、どのような状態が高く評価されるのか。
ネイチャーポジティブの定義が曖昧ですが、今回のCOP16で具体的な計測手法など固まったのか。
【篠崎】
自然の状態の指標の案が提示されたが、何がネイチャーポジティブなのか、についてはスコープ外となっています。まず枠組みを決め、データを蓄積し、変化を見ながらステークホルダーと情報共有しながら、どういう状態がその地域などにとって良い状態なのか、そのインテリジェンスを社会がこれからつくっていく段階なんだと思っています。
【岡野】
締約国会議の正式文書の中ではネイチャーポジティブという表現は使われていないそうです。各団体がいろいろな定義を出していますが、世の中的には定まっていません。種の絶滅や大きな自然破壊などがある一方で自然の保全・回復に関しては何があるべき状態なのか、正解は一つではありません。ただ、定義が決まっていなくても、会議などに出ていて思うのは、それでも皆、いい方向に動き出そうとしていますので、こうした流れをしっかりと作っていくのが大切です。
-質問-
ネイチャーの変化は数年~数十年かかるが経年での評価も考慮されているのか。
【篠崎】
State of Nature Metricsでは、前年比との変化を見ていくように設計されています。自然の状態指標の枠組みで示されたレベル分けでも、例えばレベルを上げる際には1.5年以内、1年以内、半年以内のデータで変化を見ていきましょうなどとなっています。
【岡野】
TNFDなどは企業の年次報告書等で毎年の報告が求められていますが、生物の変化は数年単位なものも多いです。ただ、ビジネスとの関係では毎年にしましょうということですね。
-質問-
COPでは欧州企業の取組の発表が多かったのか。
【篠崎】
欧州企業も多かったですが、米国企業も多く、また開催地から南米企業も多く見られました。また、日本企業も積極的に発信されていました。
-質問-
(国際機関や団体等から指標を測るなどの)ツールがいろいろ出てくるが、スタートアップのツールは不要になってしまうか。
【篠崎】
必ずしもそうはなりません。例えば、TNFDの発表した、Global Nature Data Public Facilities(NDPF)では、データプロバイダーとデータユーザーをつなぐところにNDPFが位置づけられています。データユーザーには、製品・サービス・プロバイダーも位置づけられ、企業など各種のデータを使いたいエンド・ユーザーの目的に合わせて整理したりガイドしたりする製品・サービスのニーズは今後さらに増えていくと考えられます。
-質問-
クレジットの議論は行われたか。
【篠崎】
多くの議論がなされていました。The International Advisory Panel on Biodiversity Credits (IAPB)が、高い信頼性を持つクレジット市場を目指した指針を出し、カーボンクレジットのオフセットの教訓を生かしたような市場は作り得るということを発表していました。着実にこの分野でも議論が進んでいると感じる一方で、課題もまだまだあるのだなと感じました。
-質問-
消費者の理解が高まっていかないと変化は起こらないのではないか。
【篠崎】
COP16の環境省ブースでは、いであ株式会社にNECのソリューションを活用いただいた事例を展示いただきました。購買行動の際、持続可能な養殖の認証を取得した牡蠣を選んでもらうには、どのような要素が影響するのか、NECの因果分析AIで分析した調査事例です。自然豊かな地域で生産されているということが、購買意欲を高めることが示唆されました。他方で認証ラベルと購買意欲との関係が小さいということもわかりました。情報を如何に伝えると自然との関係を消費者に認知していただけるのか、などデータを使いながら改善し、消費者行動をネイチャーポジティブにしていくことを加速できるのではないかと考えています。
https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/j-gbf/committee/bcwg_006/
6.最後に(Editor’s Opinion)
今回の生物多様性COPでは非常に様々なことが話し合われ、特に具体として自然の状態を測る指標について進捗があったと感じられました。激変する国際政治経済の中でネイチャーポジティブへの取組は今後も様々な影響があるとは思います。そんな中、締約国会議では合意事項が限られていましたが、ビジネスの世界では仕組みづくりが着々と進んでいる事が印象的でした。(IISE畔見昌幸)