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ソートリーダーシップの実践事例【Vol.5】 TUGBOAT
ビジネスの世界では古今東西、様々な創造的取り組みが為されてきました。後から振り返ると、「ソートリーダーシップ(Thought Leadership)」の教科書的な事例、ケーススタディといえるものも少なくありません。様々な事例をビジネスの潮流や市場の拡大などの実績から俯瞰的に見つめなおし、学ぶべきところを見つけ出していきます。
TUGBOAT
第五回は、1999年に電通から独立し、日本で初めてのクリエイティブエージェンシーを提唱したTUGBOAT代表の岡康道氏です。BtoB(toC)のソートリーダーシップの事例として考えてみます。
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筆者がソートリーダーシップのケーススタディを紹介する本企画を考えたとき、まっさきに思い浮かべた二人の人物がいます。一人は「落語とは人間の業の肯定である」と言い放ち古典落語を蘇らせた立川談志師匠。そしてもう一人は、今回紹介するTUGBOAT代表の岡康道氏です。
岡康道氏は日本の広告業界のソートリーダーだと筆者は考えています。少なくも90年代から2000年代の広告・マーケティング・ブランド界隈では特に。
一方で岡康道氏は、業界以外の世間一般的にはあまり知られていないかもしれません。広告を作るクリエイティブディレクターという、裏方の存在だからでしょうか。2002年に大ヒットしたフジテレビのドラマ「恋ノチカラ」(堤真一、深津絵里主演)のモデルといえばわかる方もいるかもしれません。それでもマーケティング、広告業界内では知らない人はいない、泣く子も黙る存在の岡康道氏とTUGBOATを、ソートリーダーシップ(詳しくはこちら)の視点から紐解いていきましょう。
今回は筆者の独断で、次にあげる3つの視点で見てみます。
1.業界に一石を投じる新しいビジネスのあり方を示す先駆者「ファーストペンギン」
2.志、ブランディング、長期的な取り組みの大切さ
3.憧れるかっこよさ
1.先駆者「ファーストペンギン」
ソートリーダーシップとしての「新しい考え(ソート)」を提示し、業界に一石を投じる動きです。
岡康道氏は1999年、日本初のクリエイティブエージェンシーであるTUGBOATを電通からアートディレクター川口清勝氏、CMプランナー多田琢氏と麻生哲郎氏を引き連れて4人で独立、設立します。売れっ子クリエイティブチームが丸々独立すること自体に業界はまず一度驚き、クリエイティブや表現の力を真ん中に広告、マーケティングを考えることを提唱したことで業界は二度驚きます。
TUGBOATの社名の由来は大型船を引っ張って進む小さな曳船。巨大な広告業界を、4人で引っ張っていくという心意気が込められています。
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安全に離着岸できるようにサポートする
さて、その驚きを理解するために少しだけ背景を説明する必要があると思います。
日本における広告業界は長らくテレビを中心とした媒体コミッション(メディアバイイングという、媒体買い付けの取り扱い手数料)で成立しており、それが不文律の如く存在していました。展開するメディアの広告出稿量が多ければ多いほど広告会社のビジネスとしては儲かるというわけです。
質より量がものをいう世界。筆者もその頃は企業の宣伝部門にいて、広告投下量、出稿量が常に会議の中心でした。
欧米はいち早くメディアバイイング(媒体を買い付ける機能)とクリエイティブ(企画・制作)を分業制にしており、その結果として一業種一社の広告ビジネスとなっていきます。
一方、日本では大手広告会社が媒体を買い付けます。特にテレビ広告枠の買い付けでは独占的な優位性を持っており、そのコミッション(買い付け手数料)が収益の柱となっていました。クリエイティブはそのコミッションの中で広告主に提供される付加価値的な位置付けとなる場合も多かったわけです。
そんななか、広告のクリエイティブ、表現、企画を直接クライアントに提案し、広告のクオリティーをビジネスの根幹にするという「量より質」を訴え、業界に風穴を開けたのがTUGBOATであり、その代表である岡康道氏です。
広告業界における外部環境の変化も見逃せません。
TUGBOATが独立した1999年からの媒体別広告費の推移において、特筆すべきターニングポイントはインターネット広告費が2009年頃に新聞広告費を、2019年頃にはテレビ広告費を逆転したことといえます。
2024年現在のようなデジタルマーケティング全盛の時代になれば、クリエイティブビジネスのあり方も変わる。媒体は変われど表現は変わらないとTUGBOATが示した、クリエイティブが真ん中にあるとするそのビジネスには、蓋然性と先見性があったといえる。TUGBOATに「共感」して数多くのクリエイティブ、表現、企画を追求するクリエイティブエージェンシーがその後追随していったのは、その表れです。
こうした事象はソートリーダーに求められる条件として定義した「課題を見つける力」に該当するものです。
なお、今までは広告業界に集まっていた優秀なクリエイターは今までの枠組だけではなく、ソーシャルデザイン、デジタルストラテジープランナー、ブランドコンサルタント、UI/UXデザイナー、ビジネスプランナー、プロダクトデザイン、データサイエンティストなどに分散しています。ソートリーダーシップの分野にもそのような人材が集まってくるとよいと願っています。
2.志、ブランディング、長期的な取り組みの大切さ
ソートとしてのクリエイティブの大切さは、岡康道氏から学ぶところがたくさんあります。
氏が繰り返しいう「普通人の感覚を大切に忘れられない広告を」という視点は、NECおよびIISEがソートリーダーシップで大切にしている「生活者の目線」と極めて類似しています。
自身の著書やインタビューの中で、「言葉は正しいかどうかではない。説得力を持つか否かなのだ。」と話し、「ブランドや企業に志があるかないか、それが大切」と説く。「今はあまりにもマーケティングありきで、左脳的に考えた「表現」になるから説得力に欠けてしまう。僕は、マーケターと組む時は、先に調査結果や仮説ありきではなく、クリエーティブアイデアを提示し、マーケティングチームと話し合いながら戦略立案を練ります。」と続きます。
岡康道氏の指摘は、AIやデータにあふれた今だからこそ、より示唆に富む内容です。
加えてZ世代を中心とした若年層は、テレビを見なくなったと言われて久しくなりました。Z世代はSNSを小さいころから使いこなし、デジタル上の広告もうまく避ける術に長けている。企業のきれいごとの嘘はすぐに見抜かれる。
伝えたいクリエイティブはカタチを変えながら、今まで以上に「言葉は正しいかどうかではない。説得力を持つか否かなのだ。」が求められる。
岡康道氏の真骨頂は、ブランドを長い期間をかけて作っていくプロセスに入っていくことです。時に抒情的に、時に華やかに、時に物語性をもって、その世界観を表現していく。それはクライアント(広告主)との共創の関係性がなければ成立しません。
Macintoshの「1984」スーパーボウル広告や1997年の「Think different」キャンペーンを手掛けたスティーブ・ジョブズとTBWA\CHIAT\DAY社(※「1984」時はCHIAT\DAY社)の関係、Nikeの「JUST DO IT.」を生み出したナイキ創業者のフィル・ナイトとWIEDEN+KENNEDY社の関係のように、長期間の共創パートナーシップでブランドを構築していく。もはやこの関係はブランドを一緒に作っていく仲間です。
こうした事象はソートリーダーの条件として定義した「哲学・思想」に該当するものです。
サントリー『南アルプスの天然水』、ペプシ『桃太郎』、大塚製薬『カロリーメイト がんばれワカゾー』、東日本旅客鉄道『TRAiNG』『大人の休日俱楽部』、サッポロビール『黒ラベル 大人エレベーター』、『J-PHONE』、日本自動車振興会(KEIRIN)「勝利とは何だ」、セガ『湯川専務』、富士ゼロックス『企業広告』などあげだしたら枚挙にいとまがない。どれも「表現として感情が付加価値された」世界観が展開されていきます。
みなさんもぜひ、検索などで岡康道氏とTUGBOATが手掛けたクリエイティブ作品を探して確認してみてください。あれも知ってる、これも好きだった、というものに数多く出会えるはずです。
▼岡康道氏の逝去後、2022年にTUGBOATの麻生哲朗氏が手掛けたマクドナルドのCM作品
3.憧れるかっこよさ
岡康道氏の、ソートリーダーとしての立ち振る舞い。
TCC(東京コピーライターズクラブ)賞、ADC(東京アートディレクターズクラブ)賞、JAAA(日本広告業協会)クリエイター・オブ・ザ・イヤー含め国内外の考えられるクリエイターの賞を総なめにする稀代の広告業界のスーパースターであり、圧倒的なオーラ。
シンプルにカッコいい。
これらの事象は言うまでもなく、ソートリーダーの条件として定義した「専門性」に該当するものです。
憧れる存在。
常に人前では背広を着こなす風貌もさることながら、男の人がなぜか好きな体育会系の男社会の匂い、そんなこんなも含めた存在そのものがカッコいい、それってシンプルにすごいと思いませんか。
「指名買い」を超えた、憧れに近い「思い」を持たせるクリエイターは、岡康道氏の後にも先にもあまり存在しないと思います。
ソートリーダーシップには「共感」とその後の共創につながる「仲間づくり」が意識される。
共感も仲間づくりも結局は人と人の関係ですので、かっこよさも大事だよな、と筆者は強く思っています。みなさんはどう思いますか?
五木寛之氏の「雨の日には車をみがいて」、そこに通じる野暮の対極であるかっこよさ。
今回はここまで。
また次回。
文:IISEソートリーダーシップHub 鈴木 章太郎
鈴木 章太郎
アスキー、ソフトバンクなど複数の企業にてマーケティング、ブランド戦略、新規事業開発、ソートリーダーシップ戦略の企画責任者を経て現職。
企画・制作・編集:IISEソートリーダーシップHub(藤沢久美、鈴木章太郎、塩谷公規、石垣亜純)
引用・参考文献
『ブランド』(宣伝会議)岡 康道(著),吉田 望(著)
『ブランドII』(宣伝会議)岡 康道(著), 吉田 望(著)
『夏の果て』(小学館文庫)岡 康道(著)
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