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「光通信は、実装のフェーズに入ってきた」ワープスペースが構想する、通信衛星とそのマーケット
「宇宙の通信をよりシームレスに」という目標を掲げ、地球と宇宙を結ぶ光通信ネットワークの実現を目指す宇宙スタートアップ企業、株式会社ワープスペース。
同社が構想する「WarpHub InterSat(ワープハブ・インターサット)」は、中軌道上の人工衛星3基による衛星コンステレーションです。3基の衛星の役割は、地上局と人工衛星との間で行われる通信を中継すること。光通信を利用して、従来よりも大容量かつ高速に、人工衛星が取得したデータを地上へと伝送するのがサービスの目的です。
ワープスペースが取り組む「光通信」、その強みや特徴は。そして、「中軌道上の中継衛星」という衛星コンステレーションのコンセプトは、いかにして生まれたのでしょうか。ワープスペース 代表取締役CEOの東宏充さんに、プロジェクトの現在地、今後の展望についてお話を伺いました。
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東 宏充(あずま・ひろみつ)
株式会社ワープスペース 代表取締役CEO
2019年8月ワープスペース入社、同月よりGeneral Manager。2022年3月31日より、COO兼General Manager。2023年3月15日より現職。 前職のディープテック領域におけるサイバーセキュリティ技術開発、および事業開発の経験から、ワープスペースでは通信インフラシステムとなるWarpHub InterSatに関する全般のマネジメントを担当。ワープスペース入社前は、組込制御および通信・各種ソフトウェアエンジニアや、IT系事業のビジネス開発に関するキャリアを持つ。
中軌道上の中継衛星で、低軌道衛星の「非効率」を解消できる
――改めて、ワープスペースが目指すネットワークシステム「WarpHub InterSat(ワープハブ・インターサット)」について、教えてください。
「WarpHub InterSat」は、地上約2,000kmの中軌道に配備した人工衛星3基によって構成される、通信用途の衛星コンステレーションです。
3基の衛星は、他社による人工衛星が地上局と通信を行うにあたって、その間を取り持つ中継衛星です。
低軌道上を周回する人工衛星よりも、広範囲かつ長時間、地上と通信可能な中軌道上の人工衛星を介することで、人工衛星が地上と大容量のデータを長時間にわたって通信できようになる、というのがWarpHub InterSatの構想です。
――通信を行うにあたり、「地上と直接」ではなく「中軌道の人工衛星を介する」ことにはどういったメリットがあるのでしょうか?
低軌道衛星は、地表に近い軌道を秒速8kmというとてつもないスピードで飛んでいます。
そのため、地上局と直接通信することができる時間は平均して90分のうち10分程度。大量のデータがあってもその時間内でやりくりする必要があり、とても非効率です。
一方の中軌道衛星は、地球から離れているぶん1基あたりのカバー範囲が広く、地上との通信時間も長く取ることができます。低軌道上の人工衛星は、中継衛星を介することで従来よりも長い時間、地上と通信ができるようになります。
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――データをあえて迂回させることで、より長時間の通信ができるようになるんですね。
そしてWarpHub InterSatのもうひとつの特徴が、衛星間の通信を「光通信」を用いて行うことです。
これまでの人工衛星は、地上との間を電波を用いて通信していました。しかし、電波通信は免許制です。混信や妨害を防ぐため周波数の調整が必要で、衛星一基あたりのライセンス取得に2年かかってしまう場合も少なくありません。これによる機会損失も無視できない状況になっています。
しかし光通信は、周波数帯の調整、申請などの制約がなく、広い帯域を使用できます。
そして、電波よりも時間あたりの通信可能な情報量も多く、秘匿性も高い。電波通信の課題を解消できる通信方式として、今後は人工衛星も光通信に置き換わっていくとされています。
――WarpHub InterSatが実現すると、私たちの生活にどのような影響があるのでしょう。
特に重要度の高いものだと、災害対策でしょうか。
大規模な山火事や洪水、地震といった大規模災害が発生した際、まずやるべきことは「被害状況の把握」です。被害の状況やその変化を広範囲にわたってモニタリングすることが必要ですが、これをドローンだけで行うのは現実的ではないでしょう。
そこで利用されるのが、観測衛星による衛星画像を用いたモニタリングです。
現在は観測衛星が地球と通信できる時間が限られているため、時間分解能の細かい観測は現実的ではありません。しかしWarpHub InterSatのネットワークを利用することで、観測衛星からより高頻度に衛星画像を伝送できるようになります。
リアルタイムに近い頻度で観測したデータを地表まで届けることができるようになれば、災害時の状況把握や被害対策が取りやすくなり、有事の際の衛星画像活用がより意味のあるものになるはずです。
衛星のコンセプトは、マーケットニーズを考慮して定めた
――近年の企業による取り組みでは、低軌道上の人工衛星を用いたコンステレーションが一般的になっています。そういったなかで、「中軌道上の中継衛星」というWarpHub InterSatのコンセプトは、いかにして立ち上がったのでしょうか。
そのコンセプトは、大きく3つの要因から生まれたものです。まずは、「マーケット」。
サービスとしてのWarpHub InterSatは、自ら観測衛星を運用する衛星ビジネス事業社をターゲットユーザーとして想定しています。
今後、アルテミス計画に代表されるような宇宙探査事業や、地上と宇宙とをつなぐ次世代の通信ネットワークが構築されるなかで、人工衛星を利用した事業の立ち上げを検討する企業も増えてくるでしょう。しかし、そう思ってもゼロから宇宙空間に通信システムを作るのはとてもハードルが高いですよね。
そこで、人工衛星と地上とで行う通信の一部を肩代わりして、高速かつ長時間通信できるネットワークを提供するのが、我々がやろうとしているサービスです。こういった「ユーザーの事業推進をサポートするサービス」は、成長するマーケットの初期フェーズではとても効果的です。
加えて、現時点で量産されているモデルの光通信端末では、長距離通信をすることができません。
現在の民間企業による衛星コンステレーションのほとんどが低軌道上で運用されていることを考えると、長距離通信にあたらない距離感で通信可能な「中軌道上の中継衛星」にニーズがある、と考えました。
――マーケットで求められるサービスを考慮した結果、コンセプトが生まれた、と。
もうひとつの要因になったのが、「光通信端末」です。
ワープスペースでは、光通信端末を自社で開発せず、他社から調達した機器を使用していますが、実は、当初は光通信端末も自社で独自開発をする予定でした。
しかし、想定している距離で光通信を行うためには端末もそれ相応の出力が必要になります。同時に排熱や電源の確保といった問題もあり、それらをすべて解決する光通信端末を自社で手掛けるためには、尋常ではないコストがかかります。
開発コストがかかるということは、将来的にWarpHub InterSatをサービスとして提供する際の価格も高くなる、ということです。その結果、端末まで自社で手掛けたのでは、ビジネスとして成立しない、と判断しました。
これは、2020年にアメリカで光通信端末の大量生産が始まり、安定した機能のものを落ち着いた価格で入手できるようになったことも大きな判断材料となりました。
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――最後の、3つ目の要因について教えてください。
最後の要因は、「ロケット」です。
現在、人工衛星を打ち上げる方法は大きく分けて3つあります。
まずは、「ロケット1機を自社で購入してしまう」方法。次に「ピギーバック」と呼ばれる、他社が打ち上げる大型ロケットに乗せてもらう方法。そして、複数の人工衛星をまとめて打ち上げる際にそのうちの1機としてロケットに乗る「ライドシェア」です。
しかし、中軌道に人工衛星を打ち上げることを考えると、ピギーバックとライドシェアは選択肢として現実的ではありません。
両者は、コストは下げられるものの、打ち上げのスケジュールを自分たちで決めることができません。かつ、ロケットに合わせて人工衛星の設計をその都度変えなければいけないため、結果としてコストがかかります。
一方で、「ロケットを1機買う」のも現状ではまだまだコストがかかります。しかし、今後は衛星ビジネス市場の成熟にともなってロケット打ち上げのニーズが高まっていくでしょう。そうなれば、打ち上げられるロケットの数が増え、中軌道上であってもコストを抑えて衛星を打ち上げることができるようになる、と考えました。
――なるほど。「中軌道の中継衛星」というコンセプトは、「ニーズとコスト」の両面から検討を重ねた結果だったのですね。
そうですね。サービスを提供するためには、「使う人は、このサービスにどれだけお金を払うのか?」というマーケットニーズに必ず応えなくてはいけません。
お客さんの比較対象になるであろう「電波による通信サービス」の売値から逸脱せずにサービスを提供する方法を考え、「中軌道の中継衛星で勝負すべき」という判断がなされました。
ハードからソフトへ、アジャイル型で人工衛星を開発する
――WarpHub InterSatの実現に向けて、現在ワープスペースで特に注力していることを教えてください。
ワープスペースが特に力を入れているのが、人工衛星やネットワークを管理するシステム開発です。WarpHub InterSatを実現させるためには、端末や人工衛星といったハードウエア以上に、ソフトウエアの存在が重要なんですよ。
光は電波と違って拡散しません。ですので、光通信をする際は、送信側・受信側双方の人工衛星が、通信対象をピンポイントで捕捉することが求められます。そして、実際にサービスを提供する段階になると、通信対象となる人工衛星の数も膨大になるでしょう。
膨大な数の衛星がものすごい速さで相対的に動いていて、通信が1秒でもずれると、相手の衛星が想定している場所からいなくなってしまう。そんな状況下で衛星の位置を把握して、正確にレーザー光を受発信するために必要なのが、人工衛星を管理・制御する「システム」です。
また、ワープスペースの中継衛星は、ゆくゆくは1G〜数十Gbpsの通信速度でデータの伝送を行うことを想定しています。高いサイバーセキュリティレベルを担保した上で、高速化した通信をいかに制御し切るか。そのためにも、衛星を制御するソフトウエアが果たす役割はとても大きいんです。
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――宇宙産業は機械工学のイメージが強いですが、ソフトウエアも重要だとは。
もちろんハードウエアも重要です。ある時点でプロダクトの設計を固めても、翌年に他社から新しい製品が発表されて、せっかく定めた方針の見直しが必要になる……といったケースも少なくないですから。
当然ですが、技術発展や市場の変化は避けられません。
それに抗うのではなく、プロジェクトを進めながら、そういった「変化」をいかに自らのプラットフォームに取り込むか。大きな目標を立ててプロダクトの開発を進めながら、その時々の変化を受けてプランを再構築していくことは常に意識しています。
これは、システム開発でいうところの「アジャイル」に近い考え方なのかもしれません。ウォーターフォール型で開発を進めてしまうと、技術や開発環境の変化に対応できなくなってしまいます。
――アジャイル型で人工衛星を設計するためには、どのようなことが必要になるのでしょう。
大事なことは、大きく2つあると思います。まずは、プロダクトのリードタイムを短くすること。プロダクトサイクルを短く回すことができれば、結果として開発コストも下げられますから。
もうひとつ、ハードウエアの機能をソフトウエアへとコンバート(置き換え)していくこと。これまでハードウエアに依存していた機能を、いかにソフトウエアでコントロールするか、を工夫しなければいけません。
しかしながら、光通信端末など、我々のプロジェクトでは「ハードウエア依存」を脱却できない部分は少なくないのも事実です。
しかし、これまでハードウエアの機能によって実現していたことをソフトウエアでも同じことができるようになれば、機器側の性能に関わらず、コストを下げても一定の水準で機能を提供できます。
実際に海外では、「Software Defined Satellite(ソフトウエアによる人工衛星)」と銘打って、ハードウエアに依存しない人工衛星開発を行う企業も出てきています。
今後の人工衛星開発では、「8:2」で、ハードウエアよりソフトウエアが重要になるでしょう。そのため、人工衛星を手掛ける企業においてもITエンジニアの需要が高まってくるかもしれません。
衛星通信は本格的に電波から光へ、新しいマーケットになりつつある
――ワープスペースでは、noteやSNSなどで、積極的に情報発信をしている印象があります。これは、どういった理由からでしょうか。
情報発信に力を入れるのは、私たちの取り組みに対してより多くの人を巻き込んで、光通信に関わる新しいコミュニティを作っていくためです。
WarpHub InterSatは、衛星ビジネスやデータサービスの事業社さん、衛星データを使用する方など、多くの人が関わって初めてビジネスとして成り立つものです。つまり、我々だけでは新しいマーケットを作り上げることはできません。
まずは、光通信を起点として多くの人とのつながりを作ること。そしてゆくゆくは、生まれたマーケットをリードしていく役割を担えればと思っています。
加えて光衛星通信は、ようやくトレンドになりつつあるものの、宇宙産業のなかでは決してメジャーな分野とはいえません。
そこで光通信について知ってもらうだけでなく、光通信から生まれるマーケットを想像してもらうためには、「光通信とはこういうもので、私たちの世界をこう変えてくれるもの」ということを、発信し続ける必要があります。
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同作の登場人物がワープスペースの“CDO(Chief Dream Officer)”に就任、様々な業界の
第一人者と「宇宙」をテーマに対談するシリーズ企画 も
またこうした情報発信は、お客さんだけでなく、我々に投資をしてくださる方を意識して行っているものでもあります。
スタートアップである以上、サービスを動かすためには資金を集めないといけません。「ワープスペースの存在を知ってもらう」ことも、大きな目的のひとつですね。
――ここ数年で「宇宙ビジネス」への注目度が高まっている印象ですが、体感としてはいかがですか。
「光通信」というキーワードは、ここ数年でさらにフォーカスされるようになった印象があります。
2019年頃は、展示会で我々のブースに来た方に「光通信をやっている」と伝えると、「ふーん」と、あまり興味を持たれないことばかりでした。当時の光通信は「産業として形になるのはまだ先」と認知されていたのだと思います。
しかし、マイナーな技術であったはずの光通信が、機器の量産化をきっかけに実装フェーズに入ってきた。
現実的なプラットフォームだと認知されるようになったのか、ワープスペースへ、海外からイベント登壇のオーダーも増えました。開催地はアメリカからインドまで様々で、イベントにアメリカ政府の方がオーディエンスとしていらっしゃることもあります。日本やヨーロッパが先駆けとなって研究していた光通信に対して、世界中のマーケットからの期待度が集まっているのを感じています。
今後は電波から光へと、人工衛星の通信方式が本格的に置き換えられていくでしょう。
人工衛星同士の光通信が十分な成熟度・完成度まで到達したら、これまで電波を用いて行ってきた通信を光通信に置き換え、(電波を用いる)無線通信機器を最初から搭載しない人工衛星というのも、現実的になるはずです。
――そうなると、「光通信を用いた衛星ネットワーク」という意味でワープスペースの競合企業が現れるかもしれません。
そうですね。そうなったら、カバー範囲や通信可能時間、そして「低軌道衛星から距離が離れていない」といった、「中軌道上」というインターフェースの違いによる強みが差別化のポイントになるのかな、と思っています。
その次は「サービス価格」や「通信の安定性」といった、具体的なサービスの質で競うことになるでしょう。
例えば光通信を開始する際、「衛星同士が接続可能になる瞬間」から「お客さんが通信を使えるようになるまで」に数十秒のリードタイムがあります。
衛星がお互いを捕捉するための時間なのですが、この時間が短くなれば、お客さんが通信可能な時間がその分だけ長くなりますよね。そういった通信サービスとしての使い勝手の向上を目指していかなければいけません。
――やはり、最終的には「通信サービスとしての質」がポイントになるんですね。
衛星ビジネスがマーケットとして拡大するためには、「競合企業が現れること」はとても大切なことだと思っています。
地上のネットワークが多数の事業者で構成され抗堪性事業者で構成され抗堪性(こうたんせい、外部からの攻撃を受けて施設の一部が損なわれても機能を維持する力のこと)が保たれているのと同じように、光衛星通信もさまざまな事業者さんに加わっていただき、ともに拡大していきたいですね。
――最後に、プロジェクトの今後について教えてください。
WarpHub InterSatは、衛星3基が一体となり構成されるネットワークです。3基すべての打ち上げが終わるのは2027年の予定で、本当の意味で「ビジネス」がスタートするのはそこからです。
2025年には、1基目の衛星「LEIHO」の打ち上げが予定されていますので、まずはそこに注力します。並行して、お客さんとなる地球観測衛星の事業社さんとつながりながら、パートナーシップを構築していくことも欠かせません。
当面は地球観測衛星の支援が中心ですが、将来的には「Beyond 5G」や宇宙インターネットといった次世代の通信網に向けて。さらにその先には深宇宙探査が進む時代が訪れるはずですから、そこで求められる超長距離通信の分野で貢献していきたいですね。
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企画・制作:IISEソートリーダシップ「宇宙」担当チーム
文:水口幹之 写真:品田裕美 取材:伊藤 駿 編集:ノオト