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デジタルウォレットに関する普及促進活動(上):普及促進活動の概要

デジタルウォレットは、ユーザ個人のデジタルIDや暗号資産を管理するためのアプリケーションで、国や地域を超えて様々な場所・人・用途に利用されることが期待されます。その時に重要になってくるのは相互運用性です。例えば、相互運用性がなければ、せっかく発行されたデジタルIDを有効活用できない状況になり得ます。そこで、デジタルウォレットの相互運用性の実現に向けて、様々な団体や組織で標準化や普及促進活動が行われています。
今回は、NECグローバルイノベーションビジネスユニット セキュアシステムプラットフォーム研究所の一色寿幸さん、田宮寛人さん、大槻 紗季さんに、「上」と「下」の二回に分けてデジタルウォレットの標準化や普及促進活動について寄稿いただきました。「上」ではデジタルウォレットの標準化や普及促進活動を広く紹介していただきます。

図 1 デジタルウォレット

1. デジタルウォレットの標準化や普及促進活動

デジタルウォレットおよびその周辺システムは発展途上であり、今もなお様々な団体や組織で仕様提案がなされています。

以下では、デジタルウォレットの標準化や普及促進活動を紹介します。ただし、別の記事で紹介済みのEDIW()やW3Cに関しては本記事では割愛します。

Open Wallet Foundation (OWF)

Linux Foundationによって2022年に設立された、多様なデジタルウォレットの相互運用性を支えるオープンソースプロジェクトです。規格の策定などは行わず、デジタルウォレットの機能、デバイス、国にまたがる相互運用性をサポートするオープンソースソフトウェアスタックの開発をします。

OpenID Foundation

2007年に設立された、デジタルIDとユーザ認証に関する標準化団体です。
OpenID Connectなどの管理主体の異なるシステムやアプリケーション間でユーザのデジタルIDを安全に共有するID連携方式や仕様の開発を行っています。また、OpenID Connectなどを利用して、デジタルウォレットを用いたID連携のための仕様(OpenID4VCIOpenID4VP)も開発しています。

Bitcoin Improvement Proposals (BIPs)

ビットコインのプロトコルの改善提案をまとめたフォーマットです。2011年に最初のBIPが提案されました。BIPはインターネットのプロトコルの改善案であるRFCと同様のものです。例えば、BIP32は、一つのシードからウォレットで利用する複数の鍵ペアを作成する階層的決定性ウォレットが規定されています(これはしばしばウォレットのバックアップなどに用いられます)。ビットコイン以外のブロックチェーンでも同様のプロジェクトが存在します。代表的なものでは、EthreumのEIPsやZcash のZIPs が挙げられます。

Enterprise Ethereum Alliance (EEA)

2017年に設立された、イーサリアムの企業利用を促進する標準化団体です。ビジネスアプリケーションに焦点を当て、相互運用性とプライバシー保護の高い標準を提供します。

図 2 各団体の関係図

2. BGINとその活動

本章では、NECも参加しているブロックチェーン関連の技術やガバナンスを議論する組織であるBlockchain Governance Initiative Network (BGIN)について紹介します。2.1節では、BGINという団体の概要を紹介し、その活動目標から他の標準化団体との違いをみていきます。2.2節では、BGINの具体的な活動について紹介します。

2.1 BGINとは

BGINは、2020年4月に設立されたブロックチェーン技術のガバナンスとその応用についての協働と議論を促進するために設立された国際的なネットワークです。2019年6月に行われたG20にて、分散型金融システムに関して規制当局や技術者を含む幅広いステークホルダーとの対話を強化することの重要性について国際的に合意が得られたことを受け設立されました。

設立時のプレスリリース にて、BGINの目的と活動目標について以下のように記されています。

ブロックチェーンコミュニティの持続的な発展のため、すべてのステークホルダーの共通理解の醸成や直面する課題解決に向けた協力を行うためのオープンかつ中立的な場を提供することを目的とし、当面の活動目標として、以下の三点を掲げています。

●オープンかつグローバルで中立的なマルチステークホルダー間の対話形成
●各ステークホルダーの多様な視点を踏まえた共通な言語と理解の醸成
●オープンソース型のアプローチに基づいた信頼できる文書とコードの不断の策定を通じた学術的基盤の構築

活動目標の一点目と二点目にある通り、BGINコミュニティは、規制当局、中央銀行、開発者、研究者、経済界、消費者にわたります。そして、総会や定例会には誰でも参加でき、議事録や作成中の文書についてもホームページから誰でもアクセスすることができます。また、BGINの総会は、議論を主導する人が割り当てられるものの、参加者は誰でも議論に参加できる形式をとっています。

三点目にある通り、総会の議論内容はミーティングノートとして公開され、総会後も定例会での議論を通して改善していき、今後参照されていくような文書をアウトプットすることに主眼が置かれています。

2.2 BGINの活動内容

BGINではテーマごとにワーキンググループが発足され、各ワーキンググループは隔週でZoom会議を行っています。それに加え年に2-3回の総会や小規模会合を開催しています。これらの活動を通して課題に関する議論と文書化を行っています。
これまでに公開された文書の一例を以下に記載します。

●検証可能なクレデンシャル(VC)の情報の選択的開示に関する調査報告書
●DeFiにおける透明性と規制に関する提案文書
●ソウルバウンドトークンに関する調査報告書
●NFTとそのユースケースに関する調査報告書
●カストディでセキュリティインシデントが発生した時の対応に関するケーススタディ
他にも現時点で4つの文書が公開されています。

ワーキンググループ
現在活動中のワーキンググループは二つあり、2.2.1-2.2.2節で紹介します。
過去に活動していたワーキンググループが二つあり、2.2.3-2.2.4節で紹介します。

2.2.1   IAM、 Key management and Privacy Working Group (IKP)
暗号通貨取引所へのアクセスのためのアイデンティティ(鍵を含む)とアクセス管理に関する、指針とベストプラクティス文書を提供することを目的としています。また、オンラインリソースへのアクセスのためのブロックチェーン/DLTを使用したアイデンティティとアクセス管理、および上記に関連するプライバシー考慮事項について検討します。

2.2.2   Financial Applications & Social Economics Working Group (FASE)ブロックチェーン技術および暗号通貨全般が、新しい金融アプリケーションと社会的経済的成長をどのように可能にするかを広範囲にわたって取り上げています。

2.2.3   Internal Governance Working Group (IG)
BGIN自体のガバナンス機構を発展させることを目的としています。組織構造、知的財産権ポリシー、資金調達ポリシーなど様々なトピックについて議論しています。

2.2.4   Kintsugi Study Group
Initial Coin Offering (ICO)を代替または補完する資金調達のベストプラクティスを探求することを目指しています。また、事業運営や戦略的イニシアチブのための資金調達や財務管理を継続的に行います。

総会
直近では、Japan Fintech Week 2024 の会期中の2024/03/03-06に10回目の総会Block10が日本で開催されました。また、DC Fintech Weekの会期直前の2024/10/21-22に11回目の総会Block11がワシントンD.C.で開催予定です。このように、総会はブロックチェーンや金融関連のイベントに併催できる会期が選ばれます。これにより、総会を経るごとにより多くの関係者をBGINコミュニティに取り入れています。これまで開催された総会のレポートは、一部ミーティングノートとして公開されており、ホームページから閲覧できます。さらに、一部のセッションはYoutubeでも公開されています。
総会とは別に小規模の会合も不定期で開催されています。直近では、Bitcoin Tokyo の会期直前である2024/09/20に東京で併催されました。本会合では、Lightning Networkの共同開発者であるTadge Dryja氏も参加し、Lightning Networkを扱うウォレットに関する課題や不明確性に関して活発に議論されました。

NECはIKPワーキンググループの定例会に2023年度末から出席し、鍵管理に関するスタディレポートを共同執筆しています。次回はその詳細についてご紹介します。

参考文献
Mai Santamaria and Shin’ichiro Matsuo、 “Announcement: A New Beginning... Establishment of a global network for blockchain stakeholders Blockchain Governance Initiative Network (BGIN)”、 2020. 20200310_press_release_bgin.pdf (fsa.go.jp)

著者
一色 寿幸(いっしき としゆき)、田宮 寛人(たみや ひろと)、大槻 紗季(おおつき さき)
(所属)NEC グローバルイノベーションビジネスユニット セキュアシステムプラットフォーム研究所