ソートリーダーシップには「オーセンティシティ」が必要。人の「認識」をいかに変えるか?~PRストラデジスト、本田哲也氏に聞く~
革新的な考えを世の中に提示し、「共感」によりステークホルダーを共創へ誘引することで、新しい顧客や市場を創造するマーケティング手法の1つである「ソートリーダーシップ(Thought Leadership)」。その重要性を多角的に考察するために、各専門家にインタビューする第三弾は、日本におけるPR分野の第一人者、本田事務所 代表取締役/PRストラテジストの本田哲也氏です。
認識を変える手段となるのが「ソート」
――PRの観点から、ソートリーダーシップをどう捉えていますか。
本田 PRを中心とした企業コミュニケーションやマーケティングといった領域で、ソートリーダーシップは重要なキーワードです。理由は2つあります。
1つ目が、企業ブランドや商品・サービスのコモディティ化です。認知度はあっても、事業が停滞している、モノが売れない。コモディティ化が進むと、物性や価格によるメリットを付加しても、それだけで好転するきっかけとはなりません。企業や商品ブランドの考え方で消費者を惹きつけるソートリーダーシップによって、差異化が生まれてきます。
2つ目が、企業の人格化です。経営トップが消費者に語りかけることがますます重要となっています。企業の顔が見えるソートリーダーシップにより、消費者の心の壁が低くなり、コミュニケーションがしやすくなります。
――ソートリーダーシップによって、どのように差異化は生まれるのでしょうか。
ポイントとなるのが、パーセプション(認識)です。ソートリーダーシップにより認識を変えることで、新しい顧客層や市場の獲得につなげることができます。
パーセプションチェンジ(認識変容)に成功した事例を紹介しましょう。森永製菓のロングセラー菓子「森永ラムネ」は、「森永ラムネは二日酔いに効く」というSNSの口コミをきっかけに、大人の顧客層を開拓できました。「ラムネ=子供のお菓子」から「お酒を飲む大人の悩みを解決するお菓子」といった新しい認識を広めることで、モノが売れた好例ですね。
もう1つのポイントは、ビヘイビアチェンジ(行動変容)につなげるという点です。お酒を飲み過ぎた時に「ラムネを食べる」ことを習慣化できれば、新しい市場を形成できます。
新しい考え方「ソート」で「共感」を生み出し、ソートリーダーシップによってステークホルダーを巻き込み、行動変容につなげていく。PRもソートリーダーシップも、お客様や取引先の行動を変えたいという目的においては同じになるわけです。
――認知、認識、行動変容はどのような関係にあるのでしょうか。
本田 グローバルのPR業界を中心に提唱されたプラットフォームとして「PRのピラミッド」があります。
「PRのピラミッド」は、下段がパブリシティー(認知)、中段がパーセプションチェンジ(認識変容)、上段がビヘイビアチェンジ(行動変容)で構成されています。PRは、情報発信活動がすべてと思っている人も多いのではないでしょうか。情報発信で認知度を上げることは、PR活動のベースとなります。人に知ってもらわないと何も始まらない。これは事実です。しかし、認知だけでは購入に結びつきません。知ることは、購入の直接的な動機とならないからです。自分にとって価値あるものだから手に入れたいという思いが購買意欲に繋がります。
気持ちやライフスタイルの変化といった、行動変容をいかに起こすか。認知と行動の間をつなぐのが、認識です。情報やコンテンツを発信しても、行動変容が起きない場合、認識が課題となっているケースが多くあります。行動変容を起こすためには、認識を変えることが必要です。
「PRのピラミッド」を下(認知)から上(行動変容)へ見ていくだけではなく、上から下へと逆算して見ていくと、中央の認識変容の重要性に気づくでしょう。
認識変容を起こしうるソートの発想を生み出し、それを情報発信することで、認知を広げていく。これまでの考え方を転換することも大切です。
PRやソートリーダーシップは手段に過ぎません。経営戦略や事業立案の段階から、PRやソートリーダーシップの視点が入ることで、ステークホルダーの理解が得やすくなると思います。
ソートリーダーシップではオーセンティシティが大切
――認識変容を起こすソートを生み出すためにはどうすべきですか。
本田 ソートリーダーシップにおけるソートは、PR戦略の立案における「関心テーマ」に当たると言えます。どんな切り口で何を発信するべきかを決めるということです。ポイントは新規性です。先に誰かがどこかでメッセージを出しているような「既視感」のないものが必要です。ただし、先を行き過ぎてもいけない。世の中に何となく顕在化しつつある考えを言語化し、時代の一回り先を見据えてメッセージを出すことが大切ですね。
また、認識を変えるためには、企業視点ではなく、社会や消費者の立場で関心テーマ(ソート)を考えて言語化・可視化することが求められます。ソートは企業の考え方を押し付けるものではありません。一方通行ではなく、社会やステークホルダーから見たときに、そのソートがどう思われるか。「共感」を生むことが重要だと思います。
――ソートが「共感」を得るためには、何が必要なのでしょうか。
本田 PRでは、「オーセンティシティ(authenticity)」という重要なキーワードがあります。直訳すると、「確実性」「真実性」「信頼がおけること」などの意味です。形容詞では「オーセンティック(authentic)」となります。
私はオーセンティシティを「身の丈に合った、その企業らしいこと」と意訳して捉えています。これはソートリーダーシップにおいても、相手にメッセージを伝えるという観点でとても重要です。どんなに素晴らしいソートでも、その企業が言う必要があるのか、他の会社が伝えるべきメッセージではないのかと、ステークホルダーから思われないことが大切です。疑問が生じた瞬間に、興味や関心を削がれてしまいます。
ソートを考える上で、企業文化や歴史、事業領域などは無視できない要素だと思います。「こういう企業文化だから、このソートが出てきたのか」という納得感は「共感」を生みやすくします。
――オーセンティックなソートリーダーシップのケーススタディはありますか。
本田 当社は、2020年より味の素冷凍食品の広報領域をコンサルティングしています。最初に大きな話題になったのは、「手間抜き論争」のPRです。味の素冷凍食品のX(旧Twitter)公式アカウントを通じて、従業員が「冷凍餃子を使うことは、手抜きではなく、手“間”抜きです」と投稿したんです。
このメッセージは社内では当たり前の考え方、暗黙知だったわけですね。「手間抜き」への「共感」が高まった結果、冷凍餃子に対する認識が好転しました。「手間抜き」は、味の素冷凍食品だから、伝えることのできるオーセンティックなソートといえるでしょう。
――「手間抜き」というソートは、冷凍餃子のパーセプションを変えたということですね。
本田 冷凍食品は各社、それぞれに質が高くなっている。コモディティ化が進んでいるといえます。その中で「指名買い」されるために、認識が重要になってきます。もう一つ、味の素冷凍食品に対する認識変容を目指したPR戦略が「冷凍餃子フライパンチャレンジ」です。
▼ぜひリンク先に飛んで、つくり込まれたサイトをご覧ください
▼「冷凍餃子フライパンチャレンジ」プロジェクトの経緯をまとめた公式noteはこちら
ここにもソートリーダーシップの要素はあるといえるでしょう。発端は、「味の素の冷凍餃子がフライパンに貼りついた」という1件の投稿でした。それに対し、味の素冷凍食品は「研究・検証したいので、フライパンを送ってほしい」と、投稿主にお願いしました。
さらには、同様の現象が起きてしまったフライパンの公募を実施するキャンペーンを展開。お客様から届いた3500個を超えるフライパンを検証し、その結果を3Dスキャンした画像を掲載した新聞広告も発表しました。
▼YouTubeなども活用し多角的に取り組みを発信
「冷凍餃子フライパンチャレンジ」のPRテーマにあるのは、味の素冷凍食品の社内の合言葉として根付いている「永久改良」という考え方です。50年前から、冷凍餃子の改良に日々取り組んでおり、これからも続きます。
その愚直さは、今では新しいといえるかもしれません。しかし「永久改良」というメッセージをそのまま打ち出しても、ただそれだけでは消費者を惹きつけるのは難しい。「冷凍餃子フライパンチャレンジ」により、消費者を巻き込み、味の素の冷凍餃子という商品ブランドや、味の素冷凍食品の企業ブランドに対し、他の冷凍餃子とは異なるパーセプションを形成できました。
▼本田氏が代表を務める本田事務所では「冷凍餃子フライパンチャレンジ」プロジェクトにおいて、コミュニケーション戦略の設計から実行のディレクションに至るまでの支援を行いました
フライパンという消費者の身近な道具に焦点を当てたことも、消費者を巻き込む戦略としては重要だったと思います。しかし本質的に伝わったのは、冷凍餃子を徹底追求する「開発者魂」ですね。味の素冷凍食品だからこそできる、オーセンティックなソートリーダーシップです。
――意識的かそうでないかに関わらず、ソートリーダーシップを実践していると思われる事例は他にもありますか。
本田 あくまで私見ですが、いくつかあります。産直お取り寄せ通販の食べチョクは、SDGsに貢献する生産者の支援や、食べることが生産者の応援につながるという新しい考え方(ソート)を提示、パーセプションチェンジを起こしました。社内の「ありがとう」を可視化するUnipos、リスキリング領域を牽引するパーソルも、人的資本分野におけるソートリーダーシップを実践していると思います。
ここで学びとなるのは、フードロスや人材不足といった社会課題をテーマとして扱いながら、ソートのポイントを絞っていることです。例えば、食べチョクでは「生産者応援」という切り口でソートリーダーシップを実践しています。「フードロス」はとても大事なテーマですが、範囲が広すぎる。フードロスの中でも何に着目するか、食べチョクでは「生産者応援」に絞ったということだと思います。
打ち出すメッセージをどこまで広げるか、または広げないか。PRの仕事をする際にはテーマの範囲設定と呼んでいます。自社のオーセンティシティに沿ったソートを立案する上で、重要なポイントとなります。
ソートリーダーシップはBtoBtoCで捉える
――BtoCとBtoBでソートリーダーシップはどのように変わるとお考えですか。
本田 基本的な考え方は同じだと思います。違いは、BtoBの場合、ソートを発信する対象が個人ではなく、企業やサプライチェーンなどステークホルダーであるという点です。しかしソートリーダーシップやPRにおいて、BtoBとBtoCの違いを以前ほど考えなくても良くなってきていると感じています。
最近強調しているのは「BtoBもBtoCもBtoBtoCと捉えよ」ということです。冷凍餃子を購入するのは消費者ですが、消費者が製品を手にするまでには流通、物流などBtoBが関わってきます。BtoCのソートリーダーシップはBtoBを、またBtoBの場合はその先の消費者を意識することで「巻き込む力」が大きくなります。
――ソートリーダーシップにおいてKPI(重要業績指標)はどう考えるべきでしょうか。
本田 企業が取り組む以上、ソートリーダーシップにも成果が求められます。大事なのは、企業ブランドイメージ向上、新市場開拓、新規顧客層開拓など、目的を明確にすることです。
例えば、企業ブランドイメージ向上の場合、定期的に企業イメージ調査を実施し、ポイントアップを狙う目標数値をKPIに設定する。売上は様々な要素で構成されるため、ソートリーダーシップのKPIには適しません。目的から適切な指標を設定することが大切です。
――グローバルではPRの観点においてソートリーダーシップをどのように位置付けていますか。
本田 米国におけるソートリーダーシップの代表例は選挙にみられます。「私の考えに『共感』してください」と訴えて、有権者を動かしていく。政治家をサポートする米国のPR会社は、そのノウハウを、経営層のメッセージ発信にもシフトしてきました。米国では、広報領域でもソートリーダーシップ的な提案が積極的に行われている状況です。CEO(最高経営責任者)など経営層が全面に立ち、社会やステークホルダーに自分たちの考えを発信することも珍しくありません。米国では、企業の人格化が進んでいると言えます。
日本には、「顏」が見えない企業がまだ多いのではないでしょうか。PRもソートリーダーシップも、社長や事業責任者などのリーダーが先頭に立って、自ら考え方を、文字だけではなく、人が情熱を持って伝えることで「共感」が生まれます。様々な社会課題に直面する中、人々は企業が何を考え、どのように課題解決やイノベーションの創出に取り組んでいくか、注視しています。
社会や消費者を、いかに企業のファンにしていくか。企業価値向上につながるオーセンティックなソートリーダーシップは、今後ますます重要性が高まっていくと思います。
<取材を終えて>
オーセンティシティ。この考え方は、ソートを生み出し、発信し、仲間を募っていくうえで欠かせない最も大切な要素の一つだと再確認しました。なぜ、私たちはこのソートを打ち出すのか。そこへの説得力がなく、自社の考えをただ押し付けるようなものになってしまっては、「共感」は生まれません。具体的な事例を紹介いただきながら、広報・PRの世界でもソートリーダーシップの考え方が大きく取り入れられていることを本田さんのお話から見て取れました。「BtoBもBtoCもBtoBtoCとして捉える」の指摘は、多くのBtoB企業が悩んでいるポイントでもあります。そして、人が情熱を持って伝えることの大事さを、本田さんも強調されていたことが深く印象に残りました。
企画・制作・編集:IISEソートリーダーシップHub(藤沢久美、鈴木章太郎、塩谷公規、石垣亜純)