「共感」を得るコンテンツマーケティング。ソートリーダーシップの「実験場」とは? ~noteプロデューサー、徳力基彦氏に聞く~
革新的な考えを世の中に提示し、共感によりステークホルダーを共創へ誘引することで、新しい顧客や市場を創造するマーケティング手法の1つ「ソートリーダーシップ(Thought Leadership)」。その重要性を多角的に考察するために、各専門家にインタビューする企画の第二弾は、日本におけるコンテンツマーケティング分野の第一人者、noteプロデューサーの徳力基彦氏です。「今の時代は、中心に『人』がいる」、「教科書的なコンテンツでは、『共感』は得られない」など、現在を捉えたコンテンツマーケティングの要点を伺いました。
ソートリーダーシップを支えるコンテンツマーケティングの中心は「人」
――マーケティング手法の1つとしての「ソートリーダーシップ」を、徳力さんはどのように考えますか。
徳力 ソートリーダーシップとは、業界をリードするような考えを持つ人や企業が、新たな概念で業界の常識を変えたり、市場を創出していく活動だと認識しています。「ソートリーダー」という単語は海外では20年ほど前から注目されているようですね。
ソートリーダーとは本来、「自分で宣言してなるもの」というよりは「気付いたら他人から認められているもの」だと思います。しかし、企業がそれをマーケティング手法の1つとして取り組むことについては、面白いと感じています。コンテンツマーケティングのコアにあるものがソートリーダーシップだと捉えているからです。コンテンツマーケティングの上位に位置づけられる概念と考えても良いかもしれません。
――ご自身の経験からも、そうお感じになることはありますか。
徳力 あります。約20年前、私はあるソフトウェア会社でマーケティングを担当していました。そこで、会社やサービスの認知を広げるためにブログを始めたのです。
世の中にあるWebサービスのレビュー記事を、たくさん書きました。最初は全く無名でしたが、丹念に続けていると、ブログを訪れる人が増えていきました。やがて、書いた記事が検索で上位になる機会も出てきました。
私は次第に「Webサービスに詳しい人」と認識され、メディアの取材も受けるようになり、多くの人が話を聞いてくれるようになりました。ソートリーダーシップを意識していたわけではありませんが、いま思えば1つのソートリーダーシップ活動だったと思います。
――デジタルを活用した今日のコンテンツマーケティングにおいて、コンテンツに求められていることは何でしょうか。
徳力 新聞や雑誌、テレビを主体とするマスマーケティング時代の「コンテンツ」と、インターネットとSNSが普及した今日の「コンテンツ」では、その位置付けがかなり変わっています。
マスマーケティング時代のコンテンツの焦点は内容のみで、それを発信した人や企業への関心は希薄でした。その代表例が、プレスリリースのようなコンテンツです。内容は事実とデータの紹介だけで、誰が書いても同じようになります。
SNS時代のコンテンツがそれと大きく違うのは、中心に「人」がある、ということです。やはり、人は人の話を聞きたいのです。SNSを通じて情報を発信する場合は、その主体が誰なのか、「人」の要素を重視しなければなりません。
しかし、企業のSNSを見ていて感じるのは、「大企業ほど人の要素を消したがる」ということです。企業名は出しつつ、誰が言っているのかわからない形で発信してしまうわけです。それでは公式サイトやプレスリリースと同じであり、世の中の関心は集まりにくい。
SNSで読者が集まらず、悩む企業は多くの場合、SNS上でプレスリリースのような文章を掲載しています。しかし、たくさん読まれ、SNSでシェアされ、大きな反響を得られるのは、プレスリリースでは「属人的」なため「ノイズ」として削られてしまうような、書いた人の熱量や思いが込もった文章なのです。
――noteで情報発信したい企業には、どのようなアドバイスをされていますか。
徳力 企業の場合、初めから個人を前面に出すことに抵抗もあるでしょう。そこで、まずはnoteをコミュニケーションツールとして活用することをお勧めしています。端的に言えば、読者との「おしゃべり」です。
例えば、「この製品はこういう思いで開発しました」とか「こういう苦労がありました」など、社員の思いや感想が含まれるコンテンツは、読者の興味を引きます。それを、まずは友人に気軽にチャットやメールを送るような感覚で発信することをお勧めしています。
社長が「創業時の思い」について、自ら記事を書いてみることも有効です。どのような思いでこの会社を立ち上げ、どのような苦労があったのか。本人が語ることで熱量が高まり、共感を得やすいコンテンツになります。
いきなり大きなメディアを作ろうとすると肩に力が入り、硬い文章になります。最初からホームランを狙うと、空振りして心が折れ、続かなくなることがあります。まずは「おしゃべり」のコミュニケーションから始め、読者との関係性を作ることをお勧めしています。最終的に読者の数が増えていけば、自然にメディアへと成長していきます。
教科書的なコンテンツでは、共感は得られない
――コンテンツマーケティングを活用したソートリーダーシップで、気を付けるべきことは何でしょうか。
徳力 ソートリーダーシップを実践しようとする企業が陥りがちなミスは、業界のリーダーになることを意識し過ぎて、教科書的なコンテンツばかりを並べてしまうことです。「間違った情報を発信しないように」とばかり考えていると、確実なことしか言えなくなり、結果として新規性のない平凡な内容になってしまいます。
ソートリーダーになるには、企業のキャラクターを前面に出し、注目を集めていく必要があるでしょう。それには一定のリスクが伴うため、従来の企業広報の観点から見ると抵抗があるかもしれません。しかし、あまり知られていない情報やユニークなアイデアを発信するからこそ、リーダーになれるわけです。そのためには「多少間違っても良いから、自分の考えを発信する」という心構えが必要です。
また、ソートリーダーになっていくためには、その分野の情報が自然に集まる仕組みを作る必要があります。そのためには、知らないことも含めて発信する必要が出てくるでしょう。足りない情報を発信すれば、誰かが追加の情報をもたらしてくれます。内容が間違っていれば、誰かが正してくれます。こうしたコミュニケーションを続けることで、自身の見識が高まり、情報が集まる仕組みができていきます。
足りない部分のフィードバックをもらうことで、ソートリーダーとしての成長が得られます。ネガティブな反響も来ますが、あえてコミュニケーションを起こすことにより、自分がレベルアップできる。この点が従来のマスコミュニケーションとの違いであり、ソートリーダーシップの真実ではないかと思います。
――コンテンツマーケティングの進化について、どう見ていますか。そこにソートリーダーシップを導入することの意味について教えてください。
徳力 コンテンツマーケティングの黎明期には誤解が多く、残念な流行もありました。内容の薄い記事を大量に作り、SEO(検索エンジン最適化)で検索の上位に食い込み、単純にトラフィックを稼ごうとする動きです。
そこにソートリーダーシップの考え方を導入することは重要です。本当に届けたいメッセージを届けたい対象に届けなければ、仮に大きなトラフィックを得たとしても何の意味もありません。
その中心にいるのは、やはり「人」でしょう。社長や事業部長、社員、チームかもしれません。発信者の顔が見えることは、SNSの世界では重要なポイントです。「誰が言っているのか」という部分が無いと、その企業と共創しようという流れにはなかなかなりません。特にこれからは、生成AIで文章がいくらでも書ける時代になります。余計に「誰が言っているのか」という文脈が重要になっていくと考えます。
「ストック」のコミュニケーションを重視せよ
――企業がソートリーダーになるためには、何が必要でしょうか。
徳力 企業がソートリーダーシップに取り組むために必要な条件は「社員を信じられるかどうか」だと思います。
発信内容を細かく管理するなど、社員による熱量の高い発信ができない環境であると、ソートリーダーシップを意識したコンテンツマーケティングは効力を発揮しづらいと思います。社員のモチベーションも下がってしまうでしょう。
社長やエバンジェリストなど、情報の発信者を決める方法も有効です。しかし、1人だけの活動では、ソートリーダーシップ活動はなかなか進みづらい。きっかけは社長やエバンジェリストだとしても、同じテーマについて様々な社員が語れる状況を作っていくとよいでしょう。
――ソートリーダーシップの成功事例はありますか。
徳力 少し古いですが、米HubSpot社の「インバウンドマーケティング」は好例だと思います。「HubSpot」というマーケティング自動化ツールを提供している米国企業が、日本でも高広伯彦氏がエバンジェリストとなり、インバウンドマーケティングという言葉を流行させさせた事例です。
従来のマーケティングは、広告や営業セールスなど、こちらから顧客に向かう「アウトバウンド」が常識でした。「プッシュ型」とも言います。しかし、企業が自身でメディアを作れる時代になり、顧客の意志でこちらへ来てもらおうと考えたのが「インバウンド」マーケティング、すなわち「プル型」のマーケティングです。オウンドメディアやブログで独自に情報を発信し、相手がそれを見つけて問い合わせてくる状況を作るわけです。これが、時代とともにコンテンツマーケティングという言葉になっていったと私は考えます。
HubSpotは、あやふやだった概念をインバウンドマーケティングという言葉で明確化し、その概念をソートリーダーとして世界に広げ、多くの企業の共感を得てビジネスを伸ばしました。結果として、コンテンツマーケティングという新しいジャンルが市民権を得ました。
国内の事例としては、ファンベースカンパニー会長の佐藤尚之氏や、コミュニティマーケティングの小島英揮氏が知られています。
佐藤氏は『ファンベース─支持され、愛され、長く売れ続けるために』という著書で、「インターネットではファンを一番に重視せよ」というSNS時代の広告コンセプトを世に出しました。ファンを大切にすることで、ファンがファンを連れてくるという概念です。
小島氏はAWS(Amazon Web Service)のマーケティング本部長として日本最大規模のクラウドコミュニティ「JAWS-UG」を運営し、サービスの利用率を大きく向上させました。その後もコミュニティマーケティングを啓発し続け、コミュニティマーケティング推進協会という一般社団法人まで作っています。
――ソートリーダーシップを軸としたコンテンツマーケティングを進める場合、どのような管理指標が考えられますか。
徳力 コンテンツマーケティングは、表面的な数字だけを追いかけても成功できません。特に活動当初は、相手の心が動くかどうかを重視する必要があります。
SNSで情報発信を始めても、最初のうちは気づく人も少なく、反響は薄いでしょう。数字を追いかけるより、例えば商談した相手に記事の感想を尋ねるようなリサーチが有効だと思います。「役立った」とか「感銘した」といった感想が聞ければ成功だし、「普通のことですね」と言われたら、何かが足りないと分かります。
陥りがちな罠は、デジタル広告の一般的なマーケティング指標で評価してしまうことです。オンライン広告はインプレッションをお金で買うのですから、インプレッションが出て当然です。しかし、それは「フロー」のコミュニケーションです。多くの人の目には留まり、短期間で何らかの数字は出ますが、広告を止めた瞬間に効果は消えます。
コンテンツマーケティングで重要なのは「ストック」のコミュニケーションです。時間はかかりますが、記事が蓄積されていくにつれて、検索で見つけてくれる視聴者が増えていきます。この「ストック」という考え方は、ソートリーダーシップのコンテンツマーケティングでは極めて重要な概念になります。プル型のコミュニケーションの源泉となるコンテンツを、いかに蓄積できるかが勝負です。ソートリーダーシップを本気で推進しようと考えるならマンパワーの一部を「ストック」に振り向けることが重要です。
――ソートリーダーシップを進めるうえで、noteはどのように活用できますか。
徳力 noteは誰でも手軽に始められるのが最大のメリットになると思います。サーバーを立ててサイトを構築する場合に必要な専門知識や製作会社にかかるコストが必要ありません。また、通常のブログサービスに比べるとバナー広告が出ないという大きな特徴があり、企業での使用に向いています。まずは「メモ書き」くらいの気持ちで、カジュアルに始めてみましょう。反応を見ながら小さなPDCAを回していく先に、ソートリーダーシップが生まれます。noteはその実験場として最適だと考えます。
キリンさんやカルビーさんなどは、「フロー」のコミュニケーションはX(旧Twitter)、「ストック」のコミュニケーションはnoteという具合に、うまく使い分けていますので、参考にしていただくと良いと思います。
――コンテンツマーケティングの今後について、考えをお聞かせください。
徳力 今後のコンテンツマーケティングを考えるうえで、ソートリーダーシップという概念は重要になると思います。コンテンツマーケティングを広告の代替物と捉える考え方は、本質ではありません。目指したい世界観を多くの人に知ってもらい、共感してもらうための情報発信手段と捉えるべきです。
まずは、ソートリーダーシップ的思考で自分たちの軸を考え、そこを起点にコンテンツマーケティングを考えていく。そうすれば、成功も見えてくると思います。
<取材を終えて>
人は人の話を聞きたい。企業におけるコンテンツマーケティングを考えるときについ見落としがちな視点です。ソートリーダーシップでは、「誰が言っているのか」が重要になり、共通する考えや学ぶべき点が多くありました。プレスリリースのような文章をプレスリリース以外のコンテンツで企業が発信しがちなことも改めての気づきです。そこに共感は生まれるのか。また、フローではなくストックの考え方、効果測定の見方など参考になる示唆は多かったと思います。コンテンツマーケティングの上位にソートリーダーシップのコンテンツはあるのではないかという投げかけは私たちにとっては肝に銘じる言葉です。
企画・制作・編集:IISEソートリーダーシップHub(藤沢久美、鈴木章太郎、塩谷公規、石垣亜純)