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データで進化する農業へのアプローチ 〜ネイチャーポジティブに向けたICTの可能性〜

 IISEでは環境ソートリーダーシップ活動の一環として、ネイチャーポジティブに向けたICTの可能性を本シリーズで考えていきます。

 スマート農業を推進する動きは、国内でも進められています。2024年10月には、「スマート農業技術活用促進法」の運用が開始されました。今回は、自然環境と農業との関わりを踏まえ、スマート農業を推進する仕組みについて概観します。


自然環境と農業との関わり

 農業は、人々の生活を支えている文明の基盤である一方で、歴史的に生物多様性の70%の喪失の原因となってきたとされます。同時に、あらゆる業種の中で、自然環境に最も依存している産業でもあります。
 農業は、農作物を扱う産業のサプライチェーンの最上流に位置づけられます。TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)では、食品・  農業のバリューチェーンを下図のように整理しています。バリューチェーンのすべての当事者は、川上の農業セクター(農家)につながっています。このため、農業セクターでの環境負荷を低減することが重要になります。

 図 食品・農業セクターのバリューチェーン (出典:TNFD「Additional sector guidance, Food and agriculture」(2024年)を参考に作成)

 農業による自然環境への影響度が大きいものには、陸上生態系、内水面生態系、水利用、土壌汚染、水質汚染、大気汚染、GHG排出、侵略的外来種、などが挙げられます。農業では、これらへの影響を抑えることが求められます。農業は、特に水資源への依存度が多い産業であり、人間の淡水消費量のうち約70%を占めています。日本は食品輸入国であり、バーチャルウォーターという形で、世界の水資源に影響を与えています。気候変動の影響で世界の水供給が不安定になると想定されており、水資源問題は今後の最重要な環境課題となることが想定されます。グローバルの視点では、水資源を効率的に使うことがこれまで以上に農業に求められるようになります。

デジタルデータが支えるスマート農業

 スマート農業は、最新のデジタル技術やIoT、AI、ロボティクスなどを活用して農業生産を効率化・最適化する手法です。例えば、気象データ、土壌の状態、作物の生育状況をリアルタイムで把握することで、適切なタイミングでの灌漑や施肥が可能になります。また、ドローンや自動運転トラクタなどを用いることで、省力化と効率化につながります。これらの技術は、収量増加や品質向上に加え、資源投入量の削減などで自然環境への負荷軽減につながります。
 スマート農業にはさまざまな技術がありますが、デジタルデータを活用した技術の例には以下のようなものがあります。これまで農業従事者の減少などを背景として農業の生産性向上を目的に進められてきたスマート農業が、環境負荷軽減への貢献の役割を持つことが期待されています。

表 デジタルデータを活用した技術の例(出典:各種資料より筆者作成)

政策でスマート農業を推進

 日本では政策面からも、スマート農業の促進が目指されています。2024年10月に「スマート農業技術活用促進法」(農業の生産性の向上のためのスマート農業技術の活用の促進に関する法律)が施行されました。この法律は、①スマート農業技術の導入と、②スマート農業技術の開発・供給、に対して金融や税制などでインセンティブを与えるものです。
 「みどりの食料システム戦略」(2021年)は、持続可能な食料システム構築を目指すものです。2050年までに農林水産業のCO2ゼロエミッション化、化学農薬50%低減、化学肥料30%低減、有機農業の取組面積の割合を25%に拡大することなどが目指されています。この中でも、スマート農業やデータ・AIの活用が想定されています。
 日本のスマート農業技術は海外で活用することも目指されています。「日ASEANみどり協力プラン」(2023年)では、ASEAN諸国の農業の生産性と持続可能性の向上に向けて、日本がスマート農業技術などのイノベーションで貢献することが目指されています。
 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)が事業実施主体となっている「スマート農業実証プロジェクト」では、全国217地区(2019年度~2023年度時点)で実証が行われてきました。各地において、農協、研究機関、自治体、農業法人などが技術の実証をおこなっています。可変施肥システム、ドローン(センシング、農薬・肥料散布)、自動運転トラクタ、環境制御・予測、栽培管理システムなどの要素技術が実証研究されています。

データ活用に向けた取組

 データを活用したスマート農業のイメージは下図のようなものです。農業に関わるデータには、例えば、過去の収量データ、市況データ、土壌データ、農地データ、気象データ、生育予想システムなどがあります。これらのデータは、集約・統合されて、まず作業計画の策定に活用されます。農家はデータを用いて、営農形態に応じた最適な作業計画を立て、作業効率や収益の向上につなげます。耕起・播種・移植のプロセスでは、農作業を自動化し、作業効率を向上できます。生育管理のプロセスでは、スマートフォンでの生育状況確認や、ピンポイント農薬散布、可変施肥などで、作業時間、労力、資材量とそれに伴うコストを削減できます。収穫のプロセスでは、適期収穫や、高品質な農産物の安定出荷で、農家の収益を安定させます。さらに、作業中に得たデータをデータベースにフィードバックすることで、作業効率のさらなる向上をおこなう、というサイクルにつながります。

図 データを活用したスマート農業のイメージ
(参考:農林水産省「農業データの利活用推進について」(2024年)を参考に作成)

 農業関連のデータに関しては、農研機構が運営事務局となり、「農業データ連携基盤(WAGRI)」というプラットフォームが運営されています。この仕組みでは、行政、農研機構、民間企業などが、気象、土地、地図情報などのデータ・システムについて、WAGRIを通じて外部に提供することが想定されています。農機メーカーやICTベンダーなどがデータ・システム利用者となって、新たな農業関連サービスが開発されています。

Editor’s Opinion

 農業は自然への依存や影響が大きな産業です。「みどりの食料システム戦略」で示されているような環境負荷削減の目標を達成するためには、従来の農業のあり方を発展させ、資源投入量あたりの生産性や効率を大きく高めていくことが重要になりそうです。スマート農業はその中心となるため、政策の後押しや仕組みづくりが今後も進んでいくことが期待されます。
(IISE藤平慶太)

 [1]バーチャルウォーター:食料を輸入した国が自分の国でその食料を生産した場合、どのくらいの水が必要かを推定する概念

<参考資料>
・Project Mizu、「Water-Agriculture Nexus: Forefront of Climate Adaptation, Playbook for Volatile Future」(2023)、https://docsend.com/view/t5nusawks332an38
・Taskforce on Nature-related Financial Disclosures、「Additional sector guidance , Food and agriculture」(2024)、https://tnfd.global/publication/additional-sector-guidance-food-and-agriculture/
・World Wide Fund for Nature、「Farming with biodiversity」(2021)、https://wwfint.awsassets.panda.org/downloads/farming_with_biodiversity_towards_nature_positive_production_at_scale.pdf
・農研機構、スマート農業実証プロジェクト、https://www.naro.go.jp/smart-nogyo/index.html
・農林水産省、「農業データ利用の利活用の推進について」(2024)、https://www.maff.go.jp/j/kanbo/smart/attach/pdf/index-215.pdf

<【シリーズ】ネイチャーポジティブに向けたICTの可能性 >
IISE『GX VISON』からみるネイチャーとICT
ポルトガル訪問レポート 前編「ICTで変わる農業の現場」
ポルトガル訪問レポート 後編「誰もがサステナブルな農業ができる世界を目指して」
「スマート農業による効率化で、自然への負荷低減」千葉大学 中野明正教授インタビュー