再現性のあるソートリーダーシップは可能か? 「異能」の掛け合わせがイントレプレナーを成功に導く ~新規事業開発に携わり約20年、Sun Asterisk井上一鷹氏に聞く~
革新的な考えを世の中に提示し、「共感」によりステークホルダーを共創へ誘引することで、新しい顧客や市場を創造するマーケティング手法「ソートリーダーシップ(Thought Leadership)」。その重要性を多角的に考察するために、各専門家にインタビューする第九弾。今回のお相手は、『異能の掛け算 新規事業のサイエンス』の著者であり、Sun Asteriskで多くの企業の新規事業開発支援を手掛ける井上一鷹氏。新規事業は「天才の所業」ではなく、異能の掛け合わせによってその再現性が生まれると井上氏は話します。ソートリーダーシップを「普通のサラリーマン」が実現していくうえで、たくさんのヒントがありました。
異能の人材がチームを組み、1人の天才のように動く
――井上さんが長年関わっている新規事業開発の観点から、ソートリーダーシップをどのように捉えていますか。
井上 社会に出てから十数年間、イントレプレナー(社内起業家)の支援、もしくは自分で新規事業を作ることをテーマとして取り組んできました。大学卒業後、MOT(技術経営)に強い戦略的コンサルティングファームで戦略を描いていたのですが、自分で実行したいという思いが強くなりました。それでメガネ・アイウエアブランドを展開するJINSに入社し、最初にメガネ型ウエアラブルデバイス「JINS MEME」、次に会員制ワークスペースサービス「Think Lab」という2つの新規事業の立ち上げに関わりました。
10年前、「JINS MEME」の発表会を開催しましたが、それは実際に発売開始される1年半前のことでした。振り返るとソートリーダーシップに通じる、取り組みの一つだったように思います。
そこで紹介したのは新製品(モノ)自体ではなく、「自分を見るアイウエア」というメガネの新しい「コンセプト」でした。発表会に集まったメディアに対し、「メガネは、パンツの次に身につけている時間が長い。外を見るだけでなく、自分の内側を見ることに使ってみよう。『目は口ほどにものを言う』など、目に関する格言も多い。メガネは脳に近い場所にあるから、心理状態や生理現象など自分のことを深く知ろうと思った時に、最適なデバイスになるのではないか」と、メッセージを伝えたんです。
「JINS MEME」がどのようなアプリケーションにつながるか。居眠り運転防止、集中度測定など、いくつかだけ提示しました。発表会の後、コラボレーションの問い合わせが200件ほど来ました。自分たちだけでは、コンセプトをすべて実現するのは難しい。「JINS MEME」の世界観を先に示して「この指とまれ」とやった、JINSの田中仁社長(当時)はソートリーダーによくみられる動き方をしていると思います。
――会員制ワークスペースサービス「Think Lab」も、これまでにないコンセプト(ソート)を発信していました。
井上 プロジェクト開始当時はまだ、リモートワークが普及していませんでした。出社から退社まで多くの時間をオフィスで過ごす状態では、誰かに話しかけられたり、電話がかかってきたりします。集中できないことに不安やストレスを感じている人は多いのではないかと思いました。僕自身もそうだったからです。
「JINS MEME」で測定したデータを活用し、「世界で一番集中できる空間をつくろう」というコンセプトを作り「Think Lab」事業を起案しました。このコンセプトのもとに、椅子、音、香り、空間に自然の要素を取り入れるバイオフィリックデザインなど、専門領域を持った仲間が集まってきました。
世の中に受け入れられる素地が元々見えていたわけではありません。事業面ではなく、個人としてコンセプトに「共感」し、つくってみたいという思いが、モチベーションになっていたのだと思います。
――井上さんが、その後JINSを出られて、現在のSun Asteriskで多くの新規事業支援に携わるようになったきっかけは何ですか。
井上 「JINS MEME」と「Think Lab」の二つは、全く違う事業だったにも関わらず、後者の事業を進めていた時は、自分の中で「このあたりのリスクは先に潰しておかないといけない」という肌感覚が生まれていました。明らかに非連続的に成長していたわけです。
一般的に新規事業の立ち上げは、人生で何度も経験できることではありません。そのために再現性があることに気づかないのです。成否を分ける要因は何か。実践を通じて研究してみたいと思い、デジタル・クリエイティブスタジオSun Asteriskに入社しました。
Sun Asteriskのビジョンは、「誰もが価値創造に夢中になれる世界」です。具体的には新規事業、デジタルトランスフォーメーション(DX)、プロダクト開発を成功に導くために、「クリエイティブ&エンジニアリング」と「タレントプラットフォーム」の2つのサービスラインを提供しています。Sun Asteriskが携わる新規事業はデジタルプロダクトが多く、設立から10年で850件以上を手掛けていました。
これまでにない魅力的なコンセプトに仲間が集まる
――実践と研究を経て、新規事業の再現性を確認できましたか。
井上 新規事業の創造は「天才の所業」で、すごい人しかできないという風潮があると思います。研究してきて分かったことは、新規事業は、再現性の7割が研究をもとに改善しやすい領域ということです。現代は生成AIなどの技術革新、消費者嗜好の多様化など、変化のスピードが激しく、1人の人間でカバーできる領域は限られます。
1人の天才の再現性は、天才その人自身でしか成し得ません。しかし、複数の専門家がチームを組み、「1人の天才であるかのように動く」ことができれば、再現性を高められます。
チームは、Biz人材(事業起点で、価値を最大化する仕組みをつくる能力者)、Tech人材(技術起点で、理想的な価値へのアイデアを実現する能力者)、Creative人材(顧客起点で、理想的な体験価値を見出す能力者)という3つの「異能」、BTC人材によって構成されます。
大企業でもスタートアップでも、新規事業開発においてBTCの人材は欠かせません。大事なのは、これら異能を掛け合わせ、チームの能力を最大化することです。
――ソートリーダーシップも仲間づくりが重要なポイントとなります。異能を掛け合わせる時に、何が大切ですか。
井上 新規事業の立ち上げでよくある間違いは、Biz人材が発注者の立場で物事を進めていくケースです。誰かが偉いのではなく、各自が自分の領域に責任を持ちながら、状況に応じてBTCの誰もが意思決定できるフラットな組織体制であるという点が重要です。
また、BTCの間には共通言語も必要です。BTCそれぞれの専門用語に関して、チームでプロジェクトを進めるために、互いに理解しておかなければいけないレベルを決めておく。事業、顧客、技術と、異なる主語を持つBTCが共通言語をもとに語り合うことに意義があります。
例えば、事業や技術の視点を一回忘れて、顧客にとって最高に価値あるものは何かを突き詰めてみんなで考える。そこで得た気づきをもとに、それぞれの主語で深めていく。BTCで引っ張りあって面を広げることで、新規事業の成功確率は上がっていきます。
「JINS MEME」の開発では、脳神経外科の先生と一緒に仕事をしました。その時、先生から「人間の脳は、シングルタスクでしか深く考えられない」という話を聞きました。1人の人間では、事業、顧客、技術の3つの視点のバランスを同時にとることは限りなく不可能に近い。BTCという異なる3つの脳を掛け合わせることで、不可能が可能に変わります。
――BTCで構成されるチームをまとめるのに何が必要ですか。
井上 BTCが同じ方向を向いていないと、チームは崩壊します。そもそも新規事業をやりたいと思っていない人がチームにいるとプロジェクトの動きは減速します。また、BTC人材それぞれの間で、相互にリスペクトしあうことが大切です。自分と違う考え方や視点で意見を述べてくれるから、これまで見えなかったものが見えてくるという理解を持つことです。
「Think Lab」のコンセプトは「世界で一番集中できる空間」です。それを自分以上に熱く語れる人しか、チームメンバーには入れないというルールを、自分の中で決めました。異能の人材を集める場合は「やるべき」ではなく、「やりたい」という、その人自身のWill(意思)が必要条件となります。
新規事業開発は、ピボット(方向転換)の繰り返しです。求心力のある「軸」をチームの中に持っていないと、当初のコンセプトからぶれていってしまう。既存事業との違いはそこです。既存事業は基本的に「枠」が決まっている。KPIの設定を明確にでき、誰に何の役割を任せるかという分担がやりやすい。新規事業はそうした「枠」がないから、ピボットを繰り返しながらもこれだけは変えてはいけない、という「軸」に立ち返ることが必要です。
――その「軸」をチームに提示できる人がソートリーダーと考えるとき、ソートリーダーには何が必要と思われますか。
井上 予防医学研究者の石川善樹さんが、大切にしたいことの一つに「勝手な責任感」と、人から信頼されるために必要なことの一つに「可愛げ」と、それぞれキーワードを上げていました。僕はこれだと思います。
新しいコンセプトを世の中に提示する人は、「私はこの世界をこういうふうに変えないと世界が良くならない」と、誰からも頼まれていないのに勝手に言い出している。「勝手な責任感」があるといえますが、それだけで人を引っ張っていくのは難しい。「こいつがダメになったら何とかしてあげよう」と人から思われるような「可愛げ」も、必要な気がしています。石川善樹さん自身もソートリーダーですよね。
――カリスマ的なすごい指導者とは異なる、現代的なリーダーシップのあり方といえますね。
井上 成功するための「枠」が決まっている既存事業だったら、すごく能力があってしかも威厳のあるリーダーというような、トップダウン型で強制力を組織に発揮できる人が引っ張れると思います。でも、新規事業では失敗が当たり前だから「間違ってました」と認められて、周囲もそれを笑って許せるようなタイプの人の方がうまくいくんです。
――ソートリーダー候補生とも言える、イントレプレナーの可能性についてお聞かせください。
井上 サラリーマンだからこそ、イノベーションを起こせると考えています。アントレプレナーが悩むのは資金繰りです。その点、イントレプレナーは会社のアセットを使って新規事業をつくることができる。魅力的なコンセプトを提示することで、予算を獲得し仲間をつくり事業化するという道筋ができます。
最近、個人的に興味があって、ONE JAPANという大企業の若手・中堅社員を中心に、約50の企業内有志団体が集う実践コミュニティに顔を出しています。そこに一人とても印象的な人がいて。ずっとZoom越しなのに、すごく前のめりな感じなのが分かるんです。こちらから目を離さない。首の角度も、こちら側に向かって急角度で来る。リアルの場でなくても、熱量がZoomの画面を飛び越えてまで伝わってくるんです。別に仕事としてでなくとも、この人のためだったら事業の関係領域に詳しい知人を紹介したいと思ってしまう。大企業にもそういう人がいます。目と首の角度が印象的な人。
コンセプト(ソート)を発信するだけでは古い。プロトタイプでカタチにして見せる
――新規事業開発は、今後どのように変化していきますか。
井上 コンセプトを発信するだけではもう古いと感じています。議論の中で、「こういうことをやりたい」となった時に、「一回作ってみましょう」とエンジニアが言うと、30分後にはプロトタイプができあがって「これなら欲しいよね」という話をしています。そのエンジニアが開発したプロトタイプ作成ツールは、ITスキルに関わらずみんなで利用できる。新規事業開発におけるPDCAのサイクルも高速で回すことができる時代です。
そして今後はAI技術などの発展に伴い、この回転数がさらに上がっていきます。誰がやっても平等に検証のプロセスが異常に速くなる。すると最後に人に残るのは、やはり「軸」をどれくらい面白いものとして提示するか。その役割だけはクリアに求められるような気がします。
「SDGs」という言葉が出て以来、課題解決をすごく真面目にとらえて、社会課題をどう解決するかというテーマが強くなった。これ自体は本当に大事ですし、続けて取り組まないといけないことですが、そちら側に社会が10年ぐらい振り切っている状況も一方ではあります。
世の中を良くするという考え方「だけ」で物事を考えていると、出てこない発想もある。僕自身いろんな業界の企業の方と話していますが、エンタメ系の企業ってそもそも課題解決型で発想しないんですよ。例えばゲーム開発に携わってきた人たちが新規事業側に染み出てくると、割と面白い「軸」が出てくるんじゃないかと。そういうところに新しい可能性もあるのかなと思います。
<取材を終えて>
「新規事業開発は、天才のみが成し得ることではない」。BTCという3つの「異能」人材が、あたかも「一人の天才」のようにふるまうことで新規事業が生まれるという指摘は、ソートリーダーシップの活動を推進するチーム体制にも通じるものです。天才の発想は、天才自身にしかできません。しかし、異能の掛け合わせが成功の再現性を高めるのであれば、数多の「天才」なきの企業でも、ソートリーダーシップを実現に導くこともできるはずです。
また、発売1年半前に「JINS MEME」の発表会を開催し、「この指とまれ」で仲間を集めたお話は、ソートリーダーシップの事例でもあります。「Think Lab」も世界観の提示が最初にあって、それに「共感」した人々を巻き込んでいく。「JINS MEME」、「Think Lab」は、ソートリーダーの動き方として学ぶところがたくさんあります。外に発信する「ソート」が「コンセプト」、チームの中にあって異能人材をまとめる「ソート」が「軸」と、井上氏の言葉は置き換えられるのではないでしょうか。
仲間づくりでは、自分以上に熱く語れる人しか、チームメンバーに入れない。「やるべき」ではなく、「やりたい」という、その人自身のWill(意思)を持つ人を必要条件としたという話は慧眼です。チームの「軸」と、異能人材のWillが結びつくことで、巻き込む力が強くなります。そしてコンセプトや軸をただ言うだけではなく、プロトタイプを作って内外に見せることが大事との指摘は、変化のスピードが加速度的に上がっている現代においては、忘れてはならない視点です。
企画・制作・編集:IISEソートリーダーシップHub(藤沢久美、鈴木章太郎、榛葉幸哉、石垣亜純)