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マイナンバーカードの本人確認が不正転売防止に寄与、デジタル技術が“健全な場”を提供する 〜デジタル庁 国民向けサービスグループ、鳥山高典氏に聞く〜

個人のデータを個人がコントロールする非中央集権型のweb3。ソートリーダーシップ(Thought Leadership)活動を推進するIISEでは、web3がもたらす新たな可能性について、各専門家へのインタビューを通じて多角的に考察しています。第4弾はデジタル庁 国民向けサービスグループで参事官補佐を務める鳥山高典氏が登場。鳥山氏はマイナンバーカードの利活用を推進する立場で、2024年春には東京ガールズコレクションにおけるチケット不正転売の実証実験にも携わったキーパーソンです。強力な真正性を担保するマイナンバーカードの本人確認が国民生活をどのように変えていくのか。不正転売対策との関わりやweb3の可能性などについて話を伺いました。

デジタル基盤が整備され、「その人が本当にその人である」ことの正確な確認が可能に

――鳥山さんはどのようなキャリアを歩んできたのですか。

鳥山 2023年3月、総合商社からデジタル庁に出向してきました。商社では情報産業の領域を中心に事業開発と事業投資に携わってきました。インターネットサービス会社でのメディアやコミュニティ運営、ファンサービスの提供を担当。エンターテイメント領域もそこで経験しました。それから大手コンビニのデジタル化、無人店舗などの事業開発。あとは大型M&Aやベンチャー投資などをこれまで手がけてきました。

デジタル庁には1,100名強の人材がいますが、私は民間出身です。職員のバックグラウンドやスキルは多岐にわたります。ITの専門家をはじめ、各省庁や自治体から来ている行政人材も多い。民間企業を退職して入庁してきた人材もいます。年齢も男女比も経験も含め、ダイバーシティを体現している組織です。

庁内のムードもかなりフラットかつオープン。セキュリティやデジタルIDなどの専門人材が多数所属しているので、SlackやTeams、メール、それからタレントマネジメントシステムを駆使して、困りごとや疑問点を相談できます。私自身、入庁して1カ月ほどで庁内の200人ぐらいと会話をしました。本当に各業界のスーパーマンがたくさんいる感じで、何をやるにも困りません。枠を超えて意欲的に取り組める環境が整っています。

デジタル庁 国民向けサービスグループ 参事官補佐 鳥山 高典 氏

――現在の職掌について教えてください。

鳥山 主な担務はマイナンバーカードの利活用促進です。マイナンバーカードは現時点で国民の9,300万人が保有。交付枚数は1億枚を超えました。非対面の本人確認が行えるインフラがようやく整ってきました。

ここから先の世界では新しい非対面の体験が加速します。ネットの向こう側にいる人を認証する重要性は今後さらに増していきます。インフラの仕組みが整ってくるのと並行して、省庁や事業者、各種協会が協力しながら未来を切り開いていくことに我々も大きな期待を寄せてワクワクしています。

――今回は「不正転売問題」をテーマにお話を伺います。昨今のエンターテインメント業界に蔓延る不正転売問題の現状についてどのように捉えていらっしゃいますか。

鳥山 これまで「その人が本物である」ことの認証は曖昧な部分が多いものでした。ですから「チケットを持っているのはAさんだから、そのチケットを買ったのもAさんである」ことの証明は、割と疑わしい中でやり取りをしていた。例えば双子の1人が「私が買いました」と申告したら、「恐らくそうだろう」と認める判断をしていたと思います。

しかしデジタル基盤が整ってきたおかげで「その人が本当にその人である」ことがより正確に確認できるようになってきました。それゆえ、チケットを購入した本人との紐付けが担保され、容易に転売することが難しくなってきています。

ただ、それでも曖昧な要素は残ってしまい、不正転売はなくなりません。東京ガールズコレクション(TGC)を主催するW TOKYOの池田(友紀子)さんからもその悩みは聞きました。TGCはイベント時間が長いので、電子チケットを買った本人が会場内でSNSのやり取りをして、推しが登場する時間だけスマホごと交換するやり方で、転売が行われています。

より厳しくチェックするのであれば、席を外して戻ってきたときに本人確認を行う方法を採用すれば防げるので技術的には難しくありませんが、コストや人員的にはまだ現実的ではないようです。

――不正転売問題において民間企業が直面する課題にはどのようなものが挙げられるでしょうか。

鳥山 不正転売をする人が3人いたとしたら、正規で購入してどうしても行きたかった人が3人行けなかったことになります。当たり前ですが、興行主やアーティストは本当に見に来てほしい人に向けてチケットを販売しているわけで、不正転売が早くなくなってほしいと強く願っています。ただ、先ほど話したように、現在はより正確に確認できる手段が整ってきましたから、やがては健全な場の提供が実現できるはずです。

行政機関の立場から言えば、2019年に文化庁によって「チケット不正転売禁止法」(「特定興行入場券の不正転売の禁止等による興行入場券の適正な流通の確保に関する法律」)が施行され、不正転売に関する罰則を強化しています。

マイナンバーカードの本人確認をトラストアンカーにすればアーティストとの関係がより強固になる

――2024年3月2日に開催された「第38回 マイナビ 東京ガールズコレクション 2024 SPRING/SUMMER」では、チケット不正転売防止に向けたマイナンバーカード活⽤の実証実験を実施しました。そもそものきっかけは。

鳥山 マイナンバーカードがこれだけ普及したことで、自治体や行政におけるDX利用は進んできました。一方、生活に馴染みのある民間の利用シーンでマイナンバーカードの活用事例が少なかったこともあり、音楽イベントやスポーツイベントで何らかの実証実験を行いたいと考えたのが発端です。

エンターテイメント業界の事業者と話をしていると、業界全体で不正転売に関する課題意識がとても強いと感じました。そこで不正転売の実証実験を公募し、エンターテイメント領域に知見とネットワークを有している株式会社ドリームインキュベータが受託事業者となり、最終的にTGCで実証を行いました。

――具体的な実証内容はどのようなものだったのでしょうか。

鳥山 マイナンバーカードで本人確認を承諾してくれた人を対象に先行チケットを販売。購入者は特設レーンを設けて入場するようにしました。結果的にチケットの不正転売はなかったので、マイナンバーカードの本人確認が不正転売防止に寄与したことを実感しています。

本人確認の方法も多様性があり、マイナンバーカードの保有者がかなり増えたこともあって、財布に入れている人も非常に多い。また、運転免許証を持っていない人が身分証代わりに携帯するパターンも増えてきました。TGCは小学生が親御さんと一緒に来ることも多いので、年齢制限のないマイナンバーカードはその点でもメリットがあります。

マイナンバーカードで本人確認をした入場者からは「全く問題がなかった」「こういう取り組みを進めることで、健全な場が提供されることを期待している」といったコメントが数多く寄せられました。

実証実験では、公式2次流通サイトの購入時にもマイナンバーカードの本人確認を活用しました。W TOKYOでは、入場時あるいは会場内での席の転売対策に向けて本人確認の実装方法についても検討しています。それらがセットになれば、ほぼ不正転売ができない環境が完成すると思います。

――ほかの事業者で何らかの実証実験をする予定はありますか。

鳥山 できれば今年度中には取り組みたいです。ただし、不正転売そのものというよりも、エンターテインメント業界でさらなるマイナンバーカード活用の深化を打ち出せるような実証実験をしたいと考えています。

個人的に考えているのはメンバーシップの強化。例えばCRM(会員管理システム)との連携などです。マーケティングファネル(顧客が商品やサービスを購入するまでの行動を段階的に分類し、図式化したフレームワーク)につながる話ですが、アーティストにとって最も大事にしたいファンは、長年ファンクラブに入っている人たち。もちろん、最近ファンになった人、友だちに誘われて何となくライブに来た人などさまざまいますが、アーティストにしてみれば、顧客接点を通じて「より深く」好きになってもらうための活動をしたいと思うはずです。

5,000人のファンが詰めかけた中で200人の熱心なファンには特別なサービスをしたい。そう思ったときにマイナンバーカードの本人確認をトラストアンカーにすれば、ファンとアーティストの結びつきはより盤石なものになるはずです。ワンツーワンとまで言ったら大げさですが、透明性を持って個人との関係性を構築できるのがデジタル社会のメリット。そこまでつながる活用事例を掘り起こしていきたいですね。

生体認証技術と融合する可能性も

――不正転売における生体認証技術との融合可能性について意見をお聞かせください。

鳥山 マイナンバーカードの利活用でわかったのは、生活実態に合った“馴染みのある方法”で本人確認ができることが「なめらかな社会」だと考えています。技術だけが進歩しても、使える人が少ない状態では普及は難しい。そのバランスを取りながら、社会全体が健全な方向に進むことが重要です。
マイナンバーカードのチップの有効性確認を伴う本人確認やスマホ搭載されたマイナンバーカードの普及、利用が進むことで、エンターテイメント分野ではチケット情報と顔などの生体認証の融合による本人確認手法が一般化し、なりすまし防止や不正転売などの犯罪対策が社会実装されていくと考えています。

スマートフォンが登場したときも当初は利用に躊躇し、馴染みのあるガラケー(フィーチャーフォン)で十分と考える人が多かったです。一定数を超えるまでには時間を要すると思いますが、利用者数がキャズムを超え、社会実装されていくことを意図して、マイナンバーカードの利用促進を進めて行きたいと考えます。

――確かに、ユーザー体験の利便性向上は不可欠になってきます。テクノロジーやツールは本人確認をどのように後押しするでしょうか。

鳥山 2025年の春からマイナンバーカードの機能がiPhoneにも搭載される予定です。すでにAndroidには一部搭載済みですが、今後はスマートフォンを通じて簡単かつわかりやすい方法で本人確認が可能になると予想しています。

本人かどうかを確認する方法としては、大きく所持認証、知識認証、生体認証の3つがあります。マイナンバーカードの中には秘密鍵が入っていますから、これを所持していることは本人である可能性が極めて高いことになる。さらには、知識認証としてパスワードを覚えていれば、本人だという確率が高まります。そこに生体認証を組み合わせれば、本人であることの証明は技術的にはどんどん高まっていくと思っています。

――今年から来年にかけ、マイナンバーカードも保険証や免許証との一体化、iPhoneへの搭載とさまざまな施策が進みます。あとどれぐらいすればドラスティックに変わりそうでしょうか。

鳥山 人口減少は待ったなしで、民間企業も行政も対応するスタッフの数が減ってきています。対面窓口での業務が制約される中で、既存の方法だけに頼っていてはどうしても限界が出てくる。それらの社会課題を、技術や仕組みの進化によってカバーしていくことが真の意味でのデジタル社会につながっていくと考えています。

デジタル庁はさまざまな技術事例を追いかけており、幸いなことにたくさんの情報が集まってきます。そうした接点をもとに、省庁間や民間企業と連携しながら進めていくことが肝要です。これまでのやり方に固執していてはギャップを超えることはできません。新たなやり方を生み出すときにこそイノベーションは起きるものです。我々も常に社会の流れや技術の進化をキャッチアップしていきたいと思います。

<取材を終えて>

銀行口座の開設やコンビニのセルフレジでの本人確認、年齢確認など、マイナンバーカードによる本人確認はすでに生活の中に溶け込みつつあります。デジタル庁の最前線で携わる鳥山氏の言葉からは、「曖昧な要素をなくし、常に本人であることを担保したい」との熱意が伝わってきました。最後に言及されたように、web3との融合によって非対面の本人確認はよりテッパンになると予想されます。デジタル社会における“健全な場”の確立に向け、省庁や民間企業のハブとなるデジタル庁の活躍に今後も期待したいところです。

インタビュイー:デジタル庁 国民向けサービスグループ 参事官補佐 鳥山 高典 氏

大学の理工学部を卒業後、総合商社に入社。システムエンジニアリング部署、UK(ロンドン)、中国などの駐在、インターネットサービス、コンビニエンスストアへの出向、本社の投資開発戦略組織などを経て、2023年3月にデジタル庁に入庁。現在はマイナンバーカードの利活用に関するプロジェクトに従事している。

企画・制作・編集:IISEソートリーダシップweb3チーム(塚原督、鈴木章太郎、石垣亜純、名和達彦)

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