「思想(ソート)」は、行動から生まれる。「腹落ち」する未来を描けるか ~希代の経営学者、入山章栄氏に聞く~
革新的な考えを世の中に提示し、「共感」によりステークホルダーを共創へ誘引することで、新しい顧客や市場を創造するマーケティング手法「ソートリーダーシップ(Thought Leadership)」。その重要性を多角的に考察するために、各専門家にインタビューする第四弾。お相手は、大学教授や複数企業の社外取締役など多彩な顏を持つ気鋭の経営学者、入山章栄氏。優れた経営者は「思想」(TL Hubの言葉に置き換えれば「ソート」)を語ることができると入山氏は言います。様々な観点からソートリーダーシップの意義を紐解いてもらいました。
「思想(ソート)」は、作ろうと思って作るものではない
――経営学の観点から、ソートリーダーシップをどう捉えていますか。
入山 私は今、社外取締役として経営に関わることが仕事の半分を占めています。ビジネスの最前線に立つトップとの対話も積極的に重ねてきました。優れた経営者は、全員がソートリーダーだと思っています。
優れた経営者とは、自ら「思想」を語ることができる人です。社会変革の起こりは、思想から入っていくもの。「思想」は実証的にあるものというより、「あるべき」ものです。イギリスの哲学者ジョン・ロックが初めに「思想」をうたったから、現代は民主主義、資本主義の時代になっているわけです。
日本の明治維新も、吉田松陰の「思想」に共鳴した志士たちによって成し遂げられました。優れた経営者は「思想」を語ることの重要性を、感覚的にわかっているのだと思います。
経営者が語る「思想」とは、「世の中をこうしたい」ということです。
無印良品などを展開する良品計画の金井政明会長は「このまま、ものを消費し続ける世の中でいいのですか」と警鐘を鳴らし、過剰な包装やデザインを排した「ちょうどいいもの」による「感じ良い暮らしと社会」を提唱しています。
ロート製薬の山田邦雄会長は「薬に頼らない製薬会社」を目指すというビジョンを示しました。ソニーグループの平井一夫前社長は、「ソニーとは『感動会社』だ」という「思想」を生み出し、「感動」を源にステークホルダーを巻き込み、ソニーの再生を果たしました。アップル創業者のスティーブ・ジョブズ、マイクロソフトのサティア・ナデラも思想家と言えます。
代表的な経営者が語るそうした「思想」は、「ソート(考え)」と言い換えることができると思います。
――経営者は、どうすればそうした「思想」を作ることができるのでしょうか。
入山 「思想」は、作ろうと思って作るものではないと思います。大事なのは「行動」することです。会議室の中だけで議論して生まれるものではありません。
私の周りの優秀な経営者は、とにかくたくさん行動してチャレンジして、失敗しながらも動き続ける中で、自らの「思想」を言語化しています。
スティーブ・ジョブズも、2005年の米国スタンフォード大学卒業式の祝賀式で行ったスピーチで同様の発言をしています。過去の経験を後から繋ぎ合わせることで、気づきが得られるという「Connecting the dots(点と点を繋ぐ)」というメッセージは、示唆に富むものでした。
――言語化は、「思想」が生まれる際のキーワードとなりますか。
入山 人間には、豊かな「暗黙知」があります。この暗黙知をいかに形式知化するか。これからは、野中郁次郎教授(一橋大学名誉教授)が提唱する「知識創造理論の時代」だという話を、いろいろな場所で話しています。組織における知の創造メカニズムに関するこの理論では、「共感」により個人の暗黙知から集合知への転換が起こると指摘しています。
「Connecting the dots」によって「思想」を生み出すためには、暗黙知の言語化が重要です。大事なのは、豊かな暗黙知から多くの「共感」を呼ぶ「思想」が生まれるということ。経営者自身の経験が、「思想」を形成する上では重要なポイントとなります。
吉田松陰もそうですよね。欧米列国に対抗できる日本をつくるために、黒船からの密航を敢行しようとしました。密航は失敗に終わりましたが、座学だけではない「行動の人」であったからこそ、その「思想」が多くの人々の心を動かしたのだと思います。大事なのは、吉田松陰からはじまって松下村塾の弟子たちがソートリーダーとなっていき、やがて薩長土肥による明治維新後の世界になっていくという構造です。
ソートリーダーシップの根幹となる「思想」は、受け継がれるべきものだと思います。私が経営に関わっている会社では、4代目の会長に創業時の経緯や思いを社内で語ってもらいました。6代目の今の社長は、自身の「思想」を言語化するヒントを掴むことができました。
「思想」を語り、未来に「腹落ち」する
――「思想」が「共感」を生むためには、何が必要でしょうか。
入山 ミシガン大学の組織心理学者カール・ワイクの「センスメイキング理論」は、まさに「共感」を生むための方法論です。私はセンスメイキングを、「納得(腹落ち)」と和訳しました。
センスメイキング理論のプロセスは、環境を感知し、多様な解釈の中から選別し、それに意味づけを行い、センスメイキング(納得、腹落ち)を促して、組織全体で解釈の方向性をそろえていく、というものです。
センスメイキングのために、経営者は「思想」を語ることを求められます。これまでにない革新的な「思想」は、定性的な裏付けが不可能だからです。説得性のある言葉(思想の言語化)で周囲に語りかけ、納得してもらわなければなりません。大事なのは、「こういう未来がつくりたい」ということ。ビジョンと「思想」は重なる部分も多く、経営者が普段から語るべきことだと思います。日常的に経営者が語りかけることが大切です。
事業が多角化し「うちは何の会社なのか」という「解釈」が曖昧になる中、ソニーグループの平井前社長が「ソニーとは『感動会社』だ」と繰り返し語りかけたケースは、センスメイキングの好例といえます。
組織全体で環境に対する解釈の方向性がそろったら、次は行動です。環境に働きかけることで、環境の認識を変えることができます。このサイクルをまわすことにより、ステークホルダーのセンスメイキングに至るわけです。同理論では、行動を循環プロセスの出発点と捉えています。多義的な世界では、まず行動し、環境に働きかけ、新しい情報を感知する必要があるからです。
明治維新のプロセスもセンスメイキング理論と一致していますね。先が読めない「VUCA」時代では、センスメイキングを理解し、経営者が「思想」を語るソートリーダーシップの重要性が高まります。
――入山先生が広めたことで今もなお注目を集める「両利きの経営」における、「思想(ソート)」の位置づけをお聞かせください。
入山 「両利きの経営」は、企業がイノベーションを起こす上で重要となる、「知の深化」と「知の探索」を両立する経営の実践です。「知の深化」は、利益を生む既存の知を深掘りすること。「知の探索」は、イノベーション創出のためにいろいろなものを幅広く見ること。しかし、その両立は難しい。成果が見えない「知の探索」を続けるのは大変です。既存事業に継続的に投資を行う一方で、新規事業の予算縮小を短期的に繰り返す企業も多く見受けられます。
それでも「知の探索」を続けていくためには、ステークホルダーに対して「腹落ちする未来」が必要です。ソートリーダーシップにより「こういう未来をつくりたい」といった思想、哲学を語ることが、「両利きの経営」の実践でも求められます。
先が読めない時代ではソートリーダーシップの重要性が高まる
――ソートリーダーシップは、優れた「思想」があるだけでは上手くいきません。成功するための全体像をどう描くべきでしょうか。
入山 ヒントの1つは、宗教にあると思います。私とジャーナリストの池上彰氏との対談をもとにした共著『宗教を学べば経営がわかる』では、企業の宗教化をテーマにしました。
宗教の特徴は、創始者が「教え」を語り、それに「腹落ち」した弟子たちが布教活動を行うという点です。キリストが亡くなった後に、ペテロやパウロといった使徒たちが布教活動を行い、全世界にキリスト教を広めました。ストーリー性のある聖書、宗教画など、人々の心を捉えるコミュニケーションやメディア戦略にも長けています。外部から見ると無駄に思えるミサや礼拝などの儀式も、宗教を世の中にインストールしていく上で重要な役割を果たしています。現代の日本において“推し活”は宗教活動に似ているといえるでしょう。
経営者やソートリーダーだけが「思想」を語り続けても、その普及力には限界があります。役員や部長などが「思想」を広める活動を行うことも必要です。今はSNS時代ですから、経営者が「思想」を語る動画を作って効率的かつ効果的にメッセージの浸透を図るなど、様々なメディアの活用もポイントとなります。
――変化の時代を勝ち抜くために、経営にソートリーダーシップをどのように位置付けるべきでしょうか。
入山 センスメイキングは、危機的状況、自社のアイデンティティが揺らいでいる時、新事業創造やイノベーション創出など、見通しの難しい変化の激しい環境下(VUCA)において、持続的成長を実現する上で重要です。日本企業を取り巻く環境の変化は激しさを増しています。まさに、センスメイキングが必要な時代です。
経営者や各分野のソートリーダーが「思想」を語り、ステークホルダーが「共感」して未来に「腹落ち」する。ソートリーダーシップのアプローチにより、「知の探索」が立ち止まることなく継続し、イノベーションの創出につながります。
ソートリーダーシップを、社会へいかに定着させるか。まず自分自身が考えていることを語る、言語化する文化の醸成がベースになると思います。ポイントは、多様性と人材流動化です。同じ考えに固執していては、思想は生まれてきません。いろんな人がいろんなところに自然と動いていけるような、異なる世界を見ることができるような社会に、システムを変えていくことも必要でしょう。
<取材を終えて>
ソートリーダーシップにおいて、自社のソートをどう確立するかは、大きな関門であり成否を左右する根幹となるテーマです。「思想は作ろうと思って作るものではない」という指摘は、新たな気づきとなりました。経営者やソートリーダーとなりうる一人ひとりが行動を重ねチャレンジしていく中で、暗黙知が言語化されていき「思想」が生まれる。このプロセスは、お聞きしていてまさに「腹落ち」しました。
優れた経営者はソートリーダーであるというお話では、具体例を紹介いただき、イメージを掴むことができました。センスメイキング理論、「両利きの経営(知の深化・知の探索)」から吉田松陰、果ては宗教まで。多角的な視点から、経営者が「思想」を語る意義を考察いただき、入山教授のお話から様々なヒントを得ることができました。そして、ソートリーダーシップにおいても行動することの重要性を再認識しました。
入山教授とIISEの藤沢理事長は、お互いに情報交換するなど日頃から親交があります。和やかな雰囲気のもと、経営理論の観点からソートリーダーシップをともに考えていくことができました。
企画・制作・編集:IISEソートリーダーシップHub(藤沢久美、鈴木章太郎、塩谷公規、石垣亜純)