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「ざらついた言葉」がソートになる? 経営者は、言葉を使うのが仕事。ミッション・バリューを伝え、共感する人との組織づくりを ~対談・メルカリ小泉会長×IISE 藤沢理事長
自社の考え(ソート)を社会に広く発信し、共感する仲間を集めて実現を目指す「ソートリーダーシップ(Thought Leadership)活動」。これを体現している企業の経営層やキーパーソンの方々との対談を通じて、「ソートリーダーシップ活動」のヒントを探っています。
第9回のお相手は、メルカリ取締役President(会長)で鹿島アントラーズ・エフ・シー代表取締役社長の小泉文明氏。ミッションやバリューの重要性を体験的に理解し、経営者自らの言葉で、組織と社会への浸透を図っています。オウンドメディアの先駆的事例も創出。現在に至るまで積極的に社員を表に出し、会社や事業のことを自らの言葉で語ってもらう。ソートリーダーシップを推進するための組織づくり、そのヒントをたくさん受け取りました。
自社の利益やメリットを超え、社会課題として捉える
藤沢 創業時のメルカリでは、どんなことをされたのですか。
小泉 当時のメルカリには、エンジニアやデザイナー、プロデューサーなど、ものづくりに関わる人が多くを占めていました。そこへ私が入り、それ以外の業務の全般を担当しました。組織づくりやファイナンス、マーケティング、カスタマーサポートなどです。
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小泉 文明 氏
藤沢 そこで小泉さんは、ソートリーダーシップにつながる活動を進めていくことになるわけですね。ソートのコアになる技術とプロダクトがあって、そのソートを社会に発信し、新たな市場を形成していく。そのプロセスを、小泉さんが担ったわけですね。今のメルカリのイメージは、当時からすでにあったのですか。
小泉 入社してすぐ、経営陣4人でホテルの一室を借りて合宿し、ミッションを作りました。窓からきれいな夜景を見て、「ここから見える人が全員使えるくらいの大きなサービスを作ろう」と言ったんです。そのためのミッションとバリューは何か、議論しました。
藤沢 当時の情景が浮かんできそうです。そのような圧倒的な市場を取るためには、何が必要なのでしょうか。
小泉 ベンチャー企業の経営は、自動車の運転に似ています。左の車輪がプロダクトで、すべての起点です。右の車輪は、マーケティングやPRです。良いプロダクトがあっても、人に知ってもらわなければ意味がありません。この両輪は、どちらが欠けても失敗します。
ファイナンスは燃料です。人材(HR)がハンドル。ゴールへ向かう地図が、ミッション。私はこれらのバランスをどう取るべきか、いつも考えています。目指すものから逆算して作っていくイメージですね。
プロダクトで重要になるのは、ユーザーの体験価値です。アプリを使って売買してもらうわけですが、そこには梱包や配送など、手間のかかるリアルな工程が必ず入ってきます。配送会社へ行って交渉したり、クレジット会社や電子マネーの会社へ行って決済手段を増やすなど、ユーザーの不自由をいかに減らすかが課題になります。
メルカリはインターネット上のサービスですが、顧客体験はリアルを含めた一気通貫で考えないといけないと、最初から思っていました。ユーザー数が少ない頃から大手の配送会社輸に行き、匿名配送や全国一律の定額配送、定価より安い価格設定などについて話し合いました。最初はなかなか理解してもらえませんでしたが、顧客数が増えていけばお互いのメリットになると話し、議論を進めていきました。
藤沢 メルカリも最初からパーフェクトではなく、できるところからアジャイルに広げていったのですね。マーケティングの面では、何をされましたか。
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小泉 マーケティングで意識していたのは、自社の利益やメリットではなく、社会課題として捉えることです。例えば、品物の売買に関しても、その楽しさを訴えるだけでなく、サステナビリティを含む社会課題の解決に向けた存在価値があるという具合に、大きく捉えます。なるべく目標の抽象度を上げて、社会の中にメルカリの応援団を増やしていくことを意識しました。
自分たちの都合ばかり訴えていると、利己的で偉そうに見えてしまいます。自分たちが社会にどう受け入れられているか、自分たちは社会にどう貢献したいのか。社会性を常に意識しました。マーケティングでは「私たちは社会にこういう変化をもたらします」という発信が必要です。これを自分たちのソートとして、広告だけでなくあらゆるメディアを通して社会に広く訴えていきます。
例えば、今の若い世代の消費行動を見れば、「捨てる」という行為はなるべくしたくないというマインドがあります。そうした社会の動きとメルカリのサービスをセットで考え、空気を変えていくことが重要です。それをやらないと、メルカリは一過性のブームで終わってしまいます。
藤沢 それをするには、社会動向をよくリサーチする必要がありますね。
小泉 その通りです。大学との共同研究を進め、多くの調査レポートを出しました。
藤沢 応援団、あるいはファンが増えていけば、彼らはいずれユーザーになるという目論見もありますね。「モノを捨てるなんて、格好悪いよね」といった空気が醸成されていくと、その先に「あ、メルカリがあった」という形で、サービスに行き着くわけですね。
インターネットの真の力は「個人がエンパワーされること」
藤沢 大和証券からキャリアをスタートされました。最初は金融の世界を目指そうとされていたのでしょうか。
小泉 全く思っていませんでした。学生時代からインターネットでファッション関連の商品を売買し、そこそこ稼いでいましたね。就職活動の時期になり、いったんどこかへ就職しようと考え、証券会社に入りました。いつかIPOをする会社を作りたいと考えていたので、それを勉強できる場所を選んだのです。
入社後もIPOの仕事ができる部署を希望し、運よく採用されました。そこでディー・エヌ・エーのようなコンテンツプロバイダーをいくつか担当し、入社2年目でミクシィと出会いました。まだ会員数10万人の時代です。上場の主幹事会社をさせてほしいと希望しました。ベンチャー企業の場合、上場に向けてやるべきことがたくさんあります。私はミクシィに入り込み、IPOの資金調達のアドバイスに加え組織の課題解決や会社や事業が拡大する上での様々な課題についてアドバイザーとして手伝いました。
ミクシィは華々しく成長し、社会現象とまで言われました。IPOを成功させた後、証券会社の社員である自分は担当を離れます。しかし、まだまだ成長の可能性があると考え、2006年末にミクシィへ転職しました。
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藤沢 ミクシィで本格的にインターネットビジネスを経験されたわけですね。
小泉 ミクシィで働きながら、プラットフォーム型のビジネスには社会を変えたり、ライフスタイルを変えたりする力があることを体験的に学びました。そして、インターネットの真の力は「個人がエンパワーされること」にあると認識しました。SNSがあれば個人でも大きな発信力を持てますし、ネットオークションがあれば個人が企業と同じように商取引できるようになります。それがインターネットの力なのだと理解しました。
2011年にミクシィを退職し、ラクスルやアカツキなどのベンチャー企業をサポートしました。自分が関わった企業は9社ありますが、そのうちの8社が上場しています。そんな中で、メルカリの創業に携わることになりました。
ミッション・バリューを浸透させないと、組織は崩壊する
小泉 メルカリは、ミッションドリブンな会社でありたいと考えています。優秀な社員をパートナーとして抱え、一緒に時間を使っていく。どの企業でも働けるのに、なぜメルカリで働くのか。その根拠となるものは、ミッションへの共感しかありません。
ミッションは、非常に重要です。そこがズレてしまうと、社員はなぜこの会社で働くのか分からなくなってしまうからです。メルカリは、社会をどう変えたいのか。その理想が、全社員の求心力になります。
藤沢 最近、ミッションドリブンな人が増えていると感じます。メルカリのミッションやバリューに共感して入社を考える人も以前より多いのではないかと思いますが、その中で採用基準はどのように設けていますか。
小泉 もちろん、ミッションドリブンであることは、必要十分条件の片方を満たすだけだと思います。当社は、人材にスキルや専門性をすごく求めます。困難と挑戦には、知識とスキルが欠かせません。
また、その人自身が当社のバリューに共感しているかについては、かなり見ています。共感がない限り、一緒に働いてもお互いに違和感が生じるからです。当社では、「あなたは何を創造したいのか」「どういうゴールに挑戦するのか」ということが、常に求められます。バリューへの共感度は、採用時でも入社後の評価でも、かなり重視しています。
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藤沢 創業当初に経営幹部4人で合宿して作られたミッションやバリューは作るだけでなく組織への浸透が、より重要だと思います。どのように進められたのでしょうか。
小泉 組織への浸透には、かなりの労力と時間を使いました。背景には、私の失敗体験があります。
ミクシィでもミッションとバリューを作りましたが、浸透させる努力は今振り返れば、十分ではありませんでした。ミクシィはプロダクトの力がとても強く、ミッションとバリューがなくても組織の求心力を維持できました。ただ、そのプロダクトの強さに対する甘えがあったのかもしれません。
私がミクシィを辞めた後、様々な問題が発生し、業績がダウンしていきました。プロダクトが徐々に使われなくなるにつれ、組織の求心力も徐々に落ちていったのです。そうなると、ミッションやバリューを共有していない組織は、もろくなってしまいます。ミクシィのかつての同僚や部下から「助けてほしい」と何度も言われましたが、私はもう経営陣ではありません。とても辛い思いをしました。
ミッションとバリューをしっかりと組織に浸透させないと、また同じことが起きると思いました。それだけは見たくないと、常に考えてきました。この会社はそもそも何者で、何を目指す集団なのか。プロダクトに依存しない形でしっかりと定義しておかないと、組織は容易に崩壊します。
ミッションとビジョンを両方作ると浸透に手間取るので、ミッションだけにしました。バリューもたくさんあると覚えられないから、3つだけ。要素を最小限に絞り、浸透の方に力を入れてきました。
▼参考:メルカリのミッションとバリュー
社員を表に出して、会社や事業のことを自分の言葉で語ってもらう
藤沢 具体的には、どのように浸透させたのですか。
小泉 社員に対して、毎月のように機会を作って丁寧に説明しました。採用時にも、必ず伝えます。「インターネットの業界人なら、メルカリの社員でなくてもメルカリのバリューは知っています」と言われるくらいまで、徹底的にやりました。「メルカリはミッションとバリューの会社だ」という評判は、良いブランディングにもなります。
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ブランディングによって何がしたいかと言うと、共感した人だけに来て欲しいのです。「人材が10人必要な場合は、本気の10人だけが応募してくるようにするのが理想。11人以上の面接は、人事担当者の時間を無駄にするから」とよく言っています。もちろん、なかなかそううまくはいきませんが(笑)。
メルカリは何を大切にし、どういう人に来てほしいのか。これをしっかりと労働市場に伝えます。ジョブディスクリプションも明確に書き、「こういう人がほしい」と明確に伝えます。そうしたことをしっかりとブランディングしていけば、次第にそれに共感する人だけが応募してくるようになるでしょう。
そのスタンスで「mercan(メルカン)」というオウンドメディアを運営しています。情報をしっかりと発信して、共感する人たちだけが集まってくれるような仕組みを作るためです。人手不足の時代、求職者に迎合するような企業もたまに目にしますが、その必要は全くないと思います。私たちの組織の考え方は、社員が下、マネージャーが上ではありません。横。パートナーです。社員は人生の一部を会社に提供してもらうパートナーなのです。彼らの人生をかけたミッションと、会社のミッションが合ってないと、このパートナーシップは崩れます。こういう社会になって欲しいとか、こういうことに関わる仕事をしたいという価値観を持っている人が、私たちのミッションに共感して来てほしいのです。
藤沢 mercanでは、「人が立つ」という点を意識されていますね。会社や事業のことを、社員が自分の言葉で発信しています。ソートリーダー的な活動を広げています。
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小泉 経営陣しか表に出ないのは、良くないと思います。mercanでは社員をどんどん表に出して、会社や事業のことを自分の言葉で語ってもらっています。
3者連携で、循環型社会を目指す。鍵は「ざらついた言葉」?
藤沢 メルカリは2019年に鹿島アントラーズ・エフ・シーの筆頭株主になりました。これには何か狙いがありますか。
小泉 メルカリは「循環型社会」や「プラネット・ポジティブ」を理想としています。しかし、それを実現する方法は、必ずしもインターネットやアプリに限りません。リアルの世界での社会実装も含めて考えています。鹿嶋市とメルカリと鹿島アントラーズの3者は効果的に連携し、サーキュラーエコノミーや循環型社会の実現に向けた、様々な実証実験を重ねていこうとしています。
こうした取り組みを進めるには、住民のみなさんから理解を得るのが重要です。その点で、地元に愛されるサッカーチームには大きな社会性を備えています。メルカリのようなネット企業が進めるより、はるかに応援団が多くなるわけです。
鹿島アントラーズがあらゆるステークホルダーの中心に立ち、「社会をこう変えていったら、みなさんの生活が良くなります」とか「地方に最先端のテクノロジーを入れて、もっと暮らしやすくしましょう」といったコミュニケーションのハブになれたなら、大きなうねりを起こせると思います。
藤沢 発信されていくソートは、メルカリも鹿島も同じですか。
小泉 同じです。鹿島港は2050年にカーボンニュートラルになるという「鹿島港港湾脱炭素化推進計画」や、鹿島港外港地区を核とした洋上風力産業の拠点形成を目指す「鹿嶋市洋上風力発電事業推進ビジョン」などを掲げています。鹿島アントラーズに関連する施設でも、カーボンニュートラル化を進めています。
私たちは、30年後の話をしています。行政は、どこかに前例がないとなかなか動きませんから、鹿嶋市が一大実験場としてその先頭を走り、脱炭素社会の実現に大きく貢献しようとしています。街としてのサイズ感も良く、鹿島アントラーズという求心力もあります。みんなで力を合わせれば、本当の意味で日本の未来に貢献できると思っています。
藤沢 大変魅力的なビジョンであり、ソートの実践だなと思います。今後の小泉さんが進めるソートリーダーシップに、さらなる期待が持てますね。
小泉 そのためには、やはり「言語化」が大事です。きれいな言葉ではなく、ちょっとざらついた言葉、少し癖のあるような言葉を意識して選んでいます。共通認識を優先すると、角が取れたような、あたりさわりのない言葉になります。それでは誰も引っかかりません。言葉に引っかかりを持たせたいですね。そこに経営者のソートが表現されるからです。
バリューの一つに「Go Bold」(大胆にやろう)という言葉を掲げています。ネイティブの文法としては「Be Bold」の方が正しいかもしれないですが、より前に進めてほしいと思い「Go」にしています。そこから価値が生まれるはずだからです。経営者は言葉を使うのが仕事だと思っています。
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聞き手:IISE 理事長 藤沢 久美
<対談を終えて>
社員と会社のミッションが合っていないと、両者のパートナーシップが崩れると小泉さんは語ります。ミッションに「共感」した人にだけに来てほしい。だからこそ、自分たちの理想となるソートを組織の内外にしっかりと打ち出す。きれいな言葉ではなく、ちょっとざらついた言葉。少し癖のある、聞いた人がちょっとそこで立ち止まるような引っ掛かりのある言葉を使い、行動変容を促しています。それが経営者の仕事だとはっきり述べる小泉さんの姿はとても印象的でした。
鹿嶋市との取り組みでも、生活者にソートを発信するために地元の「人気者」である鹿島アントラーズの求心力を活用しています。ソートを発信するとき、こちらの思いを一方的に伝えるのではなく、どうしたら人々の関心を集め、行動を促せるのか。そのためには、どんなメッセージングや道具立てが必要か。そこをよくよく考えて進める必要があることを、小泉さんのお話から学ぶことができました。
藤沢 久美
大学卒業後、国内外の投資運用会社勤務を経て1995年、日本初の投資信託評価会社を起業。1999年、同社を世界的格付け会社スタンダード&プアーズに売却。2000年、シンクタンク・ソフィアバンクの設立に参画。2013年~2022年3月まで同代表。2022年4月より現職。
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