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「推し」はいかにして生まれたか? “内から外へ”と行動変容した歴史とファンマーケティングの関係 〜エンタメ社会学者、中山淳雄氏に聞く〜

個人のデータを個人がコントロールする非中央集権型のweb3。本連載ではweb3がもたらす新たな可能性について、専門家の視点から考察していきます。第三弾はエンタメ社会学者の中山淳雄氏が登場。推しが誕生した背景、消費活動における女性のパワー、Z世代のコンテンツ受容行動など、エンタメにおけるファンマーケティングの変遷を鋭い洞察力で分析していただきました。


自分たちでカルチャーを作り上げる風潮が推しの勃興につながった


――まずは日本の「ファンマーケティング」における変遷について教えていただけますか。

中山 ファンの存在は昔から知られてきました。海外ではシャーロックホームズの熱狂的ファンであるシャーロキアンがいましたし、日本でも江戸時代から歌舞伎の追っかけが存在していました。それこそ200年前からいたので目新しいものではありません。

ただし、1920年からの100年間はディストリビューション優位の時代で、全国にいるファンに情報を届けることが目的でした。本、新聞、ラジオ、テレビとメディアが発展してきましたが、2000年代に入っても基本はプッシュして届けることが重視されていました。そのため、ファンと双方向につながることは脇に置かれていたように思います。関与しない限りはそもそも情報が出てこなかった時代が長く続いたのです。

一方で、徐々に「熱を込めないと伝わらない」と考える気運が高まってきたように感じています。テレビのニュースにしても熱を込めずにフラットに報道していましたが、今ではキャスターが意見を表明するのが当たり前になりました。

いずれにせよ、ファンマーケティングに関して言えばファンと双方向につながることは脇に置かれていたと思います。ここで言う双方向とは単なるコミュニケーション手段ではなく、ファンからの意見を参考にし、ファンに期待しながら有機的につながるという意味です。もちろん、宝塚や旧ジャニーズのようにファンを大事にする団体は古くからありました。とはいえファンクラブを組織化してもコンテンツに反映したわけではありません。

Re entertainment 代表取締役社長/エンタメ社会学者 中山 淳雄 氏

風向きが変わってきたのはAKB48が有名になった2010年代前半です。ファンが投票券を求めてCDを爆買いし、自分の力で自分の推しがトップを取ることが大きな達成感になりました。それが推しの文化へとつながり、2017年、2018年あたりに明確にフィーチャーされるようになったのです。

――以前からアイドル文化が根づいていたことも大きいのでしょうか。

中山 そうですね。日本は村社会のため同質性が高くピアプレッシャー(同調圧力)が強いカルチャーです。日々のストレスにさらされているだけに、“ハレとケ”のように弾けるエネルギーが強い。だからこそハレで一旦忘れようとする気持ちがあるのかもしれません。

でも今では韓国のほうが勢いがありますよね。双方向のファンマーケティングを極端に推し進めたのがK-POP。BTSのARMY(BTSのファン)が2010年代後半にクローズアップされたことが象徴的です。“BTSはファンとともにある”姿勢を打ち出し、積極的にファンの意見を採り入れています。

さらにSNSによってファンの数が可視化された成果も大きい。数百万人のフォロワーがいることで、日本でも移籍や独立が活性化してきました。以前であれば移籍は一種の賭けでしたが、今ではすべてがスコアリングされています。そうした背景を鑑みると、ファンマーケティングが明らかに進化したのはここ数年だと感じています。

――ここまで推しが勃興したのはなぜでしょう。

中山 テレビやCD、雑誌など、いわゆるマスメディアに対する諦めや絶望感があったことが一因です。2000年代から2010年代前半にかけては視聴率重視、編集ファーストの時代でした。音楽レーベルもエンタメの再現性にこだわりすぎて、とにかくあちらからプッシュし続けていました。

しかし2010年代前半から、出来合いのアイドルを一方的に推されても逆にファンが引いてしまうようになってきました。大人の事情に対して嫌悪感を抱くようになってきたわけです。100年かけて築き上げてきたディストリビューションチャネルの劣化が激しくなり、自分たち自身で築き上げるマイナーメディアがちょうど入れ替わった頃です。

マイナーメディアの中心を成したのがSNSでした。私は2010年代前半にメディアミックスを手がけていましたが、企業のマーケティングプロセスを理解したファンがSNSでマウントを取るようになり、いわゆる玄人っぽいファンが増えた感覚があります。「こっちは裏側を知っているんだぞ」みたいな。それで余計にマスメディアの思惑を突き崩す流れが加速したと思います。

要するにユーザーのリテラシーが急激に高まったということです。SNSの隆盛によって自分たちが信頼している世界からカルチャーを作り上げることが一般化し、皆で推し合うことが一気に表面化しました。これらは共有や情報発信が活発になったweb2.0でようやく実現できた成果です。

女性のパワーが価値観を変えるきっかけに


―― 一昔前、「オタク」や「萌え」は内的なものと見られていました。ところが現在の「推し」による消費活動は経済活性化に結びつくほど外的な行動として捉えられています。価値観のターニングポイントはあったのでしょうか。

中山 確かに「オタク」や「萌え」は日陰の存在でした。歴史を振り返ると、オタクは1983年の雑誌エッセイが起源とされる言葉で、1980年代後半にかけて非常に盛り上がりました。私はたくさんのオタクの人たちにインタビューしてきましたが、80年代後半まではリア充で自信満々の人が多い印象があります。

しかし1980年代の社会を揺るがした事件によって蔑みの対象になってしまった。ここには、供給されるソフトとの関係性もありました。ビデオの普及によってマス向けではないニッチな領域の作品、中でもきわどいアニメが流通するようになってきたからです。

それが90年代に入ってさらに先鋭化し、余計に社会との関わりが少ない人たちによる内向きの文化が形成されていたように思います。1995年から2005年まで、具体的には「電車男」が浮上するまではアングラなままのオタクの時代だったと捉えています。

続く2000年代後半には女性オタクが認知され始め、内にこもらずにペンライトを持ってライブで盛り上がる外向きの文化が徐々に形成されてきました。社交的なグループが生まれて治安も改善し、オタクそのものが浄化されたのが2000年代後半から2010年代前半ぐらいのことです。

――女性オタクのパワーが1つの転機になったのですね。

中山 はい。この頃から女性の社交性とチーム力によって、オタクの内的な萌えが外的な「推し」に転化しました。それ以前は好きなアイドルや二次元キャラクターがいても消費行動には直結しなかった男性主導のオタク文化が、女性比率が上がったことで新たな消費活動として注目を浴びるようになりました。

例えば2016年頃には『名探偵コナン』のキャラクターである「安室透」推し現象が生まれ、“安室透を100億円の男にしたい”といった動きがSNSを中心に盛んになりました。その結果、2017年頃から急増した女性ファンが映画館に詰めかけ、2010年代前半には30億円台だった興行収入が、2023年には100億円を突破した事例があります。今ではリアルなアイドルよりも二次元キャラクターの推しが多いほどです。キャラクターのアクリルスタンドを一緒に持ちながら、漫画やアニメの聖地を巡礼するファンもたくさんいます。

Z世代のコンテンツ受容行動は“アップロード”にある


――ファンが「ファン」で居続ける心地よい関係を維持するため、広告・データ活用の重要性についてお話しください。

中山 逆にマーケティングデータをあえて見ないということが必要だと思います。ファンの購買意欲だけに頼ってしまうと、総スカンを食らうこともありますから。例えばFacebookは、履歴や検索結果に基づいて自分が求めているコンテンツが最も忠実に表示されるSNSです。しかし変な記事や広告が表示されることも多いため、ユーザーには評判が良くありません。データに基づいて「あなたが本当に求めているのはこのコンテンツです」と提示されたとしても、ユーザーに正論だけを見せ続けるのはあまり得策とは言えないでしょう。

――近著の『クリエイターワンダーランド 不思議の国のエンタメ革命とZ世代のダイナミックアイデンティティ』ではZ世代にフォーカスしました。Z世代が牽引するコンテンツ受容行動の変化について教えていただけますか。

中山 1つ前のミレニアル世代までは、探りながらネットに入ってきました。まだまだ信用できないサイトも多く、クレジットカードを登録するなどもってのほか。つまりネットにある程度の怖さを感じていたと言えます。

でもZ世代では安心してネットを享受できる環境が整いました。1995年以降に生まれた人たちだとすると、10歳の頃にちょうどPCからネットにアップロードすることが可能になり、スマホが普及したのが10代後半。しかも自分をさらすことに抵抗感が薄れてきたため、SNSに投稿したり、動画をアップしたりなど、ネットに対して受動的ではなく、能動的に向き合うようになった。ですから、Z世代のコンテンツ受容行動はアップロードにあると考えています。

web3は発展段階、今後は「体験の進化」の積み重なりが必要


――今後はweb3の時代に突入します。エンタメやファンマーケティングはどのように変化していくと考えていますか。

中山 コロプラ子会社のブロックチェーンゲーム『Brilliantcrypto(ブリリアンクリプト)』が多額の資金を集めるなど、エンタメ業界で見るとブロックチェーンゲームに勢いがあります。それからIP(知的財産)とweb3を組み合わせてファンコミュニティを醸成する動きも活発になると予想しています。

ただし、技術は素晴らしいものの、まだweb3というプラットフォームの基礎が完成していない印象を受けます。web1.0からweb2.0への変化のように、「体験の進化」の積み重なりが必要です。

ユーザーはグーグルで検索の便利さを知り、アマゾンでネットショッピングの楽しさを知り、SNSで交流することの楽しさを知って新しいネット体験に馴染んできました。今はまだweb2.1ぐらいの状態。極端な話、1995年の段階でソーシャルゲームが流行ると言っているようなものです。

一方、日本のポジティブな点はトヨタ自動車のようにweb3に取り組む企業が市場から離れていないことです。大企業はここから5年、10年かかってもユーザーとの紐づけを行なうためにweb3の活用を念頭に置いていますから、少しずつ発展していくと考えています。だからこそ、web3のファンマーケティングへの活用にも期待したいですね。

<取材を終えて>


「推し」の構造と心理を知ることはビジネスの現在地を知ることに近づく。オタクから萌えを経て「推し」につながる社会文化とテクノロジーの変容、内向きから外向きへの移り変わり、そのつながりは切っても切り離せないことがわかります。またそこには日本固有の価値観も絡んできて、興味深い視点にあふれた中山氏の話でした。web3によってこれからの未来がどのようになっていくのか、技術の進歩だけではなく、推し活する側の心理とその裏側を理解し、より満たされる社会や文化を生み出していく。私たちが意識しなくてはいけない視点を見つけることができたインタビューとなりました。

インタビュイー:Re entertainment 代表取締役社長/エンタメ社会学者 中山 淳雄 氏
1980年栃木県生まれ。東京大学大学院修了(社会学専攻)。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイト トーマツ コンサルティングを経て、バンダイナムコスタジオでカナダ、マレーシアにてゲーム開発会社・アート会社を新規設立。2016年からブシロードインターナショナル社長としてシンガポールに駐在し、日本コンテンツ(カードゲーム、アニメ、ゲーム、プロレス、音楽、イベント)の海外展開を担当する。現在はエンタメ企業のIP開発・海外化に向けたコンサルティングを行なうと同時に、ベンチャー企業の社外取締役、大学での研究・教育、行政アドバイザリー・委員活動などを行なっている。
 
著書に『推しエコノミー』『オタク経済圏創世記』『エンタの巨匠』『エンタメビジネス全史』『クリエイターワンダーランド』(以上、日経BP)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHPビジネス新書)、『ボランティア社会の誕生』(三重大学出版会、日本修士論文賞受賞作)などがある。

企画・制作・編集:IISEソートリーダシップweb3チーム(塚原督、鈴木章太郎、石垣亜純、名和達彦)