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コモンズとしての宇宙ステーション
はじめに
前号(リンク参照)では、宇宙デブリの課題などを通じて、コモンズ(共有財)利用の成功原則と宇宙利用の現状との比較や、宇宙コモンズのマッピングを行いました。今回は、人間が滞在する宇宙ステーションのコモンズについて、国際宇宙ステーションを参考にしながら、今後の民間宇宙ステーションの可能性や地上生活とのつながりを探っていきます。
2021年は宇宙旅行者の数(29人)が初めて、宇宙飛行士として宇宙に行った人の数(19人)を超えて、宇宙旅行元年とも呼ばれています。これまで宇宙コモンズというと、宇宙空間の占有の在り方や月面資源などが議論されてきましたが、コモンズとしての国際宇宙ステーションは議論されることがありませんでした。しかし、人類の活動領域が宇宙へ拡大し、宇宙旅行の頻度も上がってきた今、有人宇宙活動も含めた宇宙コモンズ、それが地上の私たちの生活に与える影響などについて考えるときがきました。
国際宇宙ステーション
1988年にアメリカ、カナダ、日本、欧州で、「フリーダム」という宇宙ステーションを建設予定でしたが、1991年のソビエト崩壊後、ソビエトからの宇宙技術者の懸念国への拡散防止などの観点から、1993年にロシアが計画に加わり、15か国による国際宇宙ステーション(ISS※)計画が始まりました。サッカーフィールドくらいの大きさであるISSは1998年に建設がスタートし、40回以上に分けてパーツが打ち上げられ、宇宙空間で組み立てられ、13年の年月をかけて2011年に完成しました。
※International Space Station
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10年以上の国際協力により完成したISSプログラムは平和の象徴とされ、アル・ゴア元米国副大統領がノーベル平和賞に推薦し、ロシア宇宙庁もそれを支持したほどです[1]。平和、生命、地球の大切さという観点では、宇宙から地球を見ることで「国境や民族を超えた地球人としての価値観と文化が確実に育まれてくる(若田光一飛行士)」「命の大切さなどを理屈抜きで体感した(山崎直子飛行士)[2]など、宇宙に行ったことで感じる新たな価値観も発信されてきました。
コモンズとしての国際宇宙ステーション
米露を含む国際プロジェクトが平和に長年運用できているポイントを振り替えると、コモンズ成功の原則(リンク参照)に合致した運用が見て取れます。
コモンズ論でノーベル経済学賞を受賞したオストロムは、世界中のコモンズ事例と理論的研究からコモンズ成功の原則を提示しました(表1)[3]。ISSプログラムはこの原則に非常に合致しています。まずISSプログラムは、15か国間で締結する協定(IGA)[4]と二者間で締結する覚書(MOU)[5]により、その範囲やメンバー、利用ルールなどが明確に定められ守られてきています。
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オストロムのコモンズ成功の原則②便益・負担という点では、MOU(第2条2項)で、日本の負担はISS「きぼう」日本実験棟の開発・運用およびISSへの物資輸送サービスの提供と規定され、便益として電力やクルーリソース(NASAを含む宇宙飛行士の作業時間)の12.8%を使えることと、ISSへ搭乗できる宇宙飛行士も全体の12.8%を日本に割り当てできることが規定されています。NASAの宇宙飛行士の作業時間の12.8%を日本の宇宙実験に割り当てることができることは、宇宙飛行士自体も多国間のコモンズとして活躍していると言えます。
成功原則③意思決定の明確化という点では、IGA第7条でコンセンサス方式での意思決定が明記されています。また、成功原則⑥紛争解決方法についても、第16条で相互に損賠責任を事前放棄すること(Cross Waiver)が掲げられるなど、しっかり言及されています。⑦利用者による自治という点は、国際会議(MCB※)およびその傘下の会合が定期的に開催され、ISSの運用に関する課題やルール変更について、米露を含む多国間で協議されています。このようにISS計画のガバナンスはコモンズの成功原則によく合致しており、今後の国際協力プログラムを成功させる模範になるでしょう。
※Multilateral Coordination Board
ウェルビーイングでサステナブルな宇宙ステーション
これまでは屈強な宇宙飛行士のみが宇宙へ行っていましたが、宇宙旅行が増える今、快適な宇宙での暮らしも大切です。宇宙で暮らすにも「食」なしでは生きていけません。宇宙食はNASAとロシアが開発し輸送することが規定されていますが、各国の宇宙飛行士はボーナス食といって、自国の食品(日本食など)を持参することができます。各国の宇宙食を交換しながらの談話の時間は、極限環境でのストレスの軽減、パフォーマンスの向上にもつながり、ウェルビーイングな宇宙食コモンズと言えます。
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また、何もない宇宙空間において、ISS内における水は非常に貴重で、利用は最小限に限られ、再利用も必要です。例えば、ISSにお風呂やシャワーはありませんし、歯磨きやトイレも水を使いません。宇宙飛行士の尿は水再生システムによって飲料水に生まれ変わることから、宇宙飛行士は「今日の尿は明日のコーヒー」と言います[6]。サステナブルでウェルビーイングな宇宙での水コモンズの利用と言えるでしょう。
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みんなの国際宇宙ステーション
国際宇宙ステーションは、宇宙機関や宇宙飛行士、宇宙旅行者だけに利用されるものではなく、大学や企業にも開かれた共用施設です。ISSを利用した研究成果は、地上の創薬や健康管理につながったり、ISS向けに開発した浄水技術はイラクやメキシコ、マレーシア、ドミニカ、パキスタンの浄水処理施設で使われるなど、地上のウェルビーイングやサステブルな生活にも繋がっています[7]。
また、宇宙は、大人だけでなく子供たちにも開かれたコモンズであり、ISS軌道上の宇宙飛行士と子供たちの交信や、子供自身のアイデアが宇宙で実験されるなど、子供たちの夢と興味を駆り立てています。さらにISSは参加15か国だけのコモンズだけでなく、例えば、日本はアジア諸国と連携して、タイやフィリピン、シンガポール、バングラデシュなど様々な国の宇宙実験を実施したり、国連と協力しアフリカなど様々な国の小型衛星(数100機)がISSから宇宙空間へ放出されるなど、世界各国のコモンズにもなっています。
このように、コモンズとしてのISSが参加国だけでなく、国際的にうまく運用できているのは、オストロムの成功原則⑧入れ子構造が成り立っており、IGAやMOUの国際協定の原則が各国の運用方針に反映され、その中で、地域や時勢にあった柔軟な運用方法で、大学や企業、子供、世界中の人が使えるようなコモンズ利用のルールを定めているからにほかなりません。
コモンズの成功原則に合致した運用により、ISSは長らく平和にサステナブルに利用されています。極限環境である宇宙でのコモンズを考えることは、宇宙だけでなく、地上での国際協力、厳しい地球環境でのウェルビーイングやサステナブルな生活を考えることにも繋がります。
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新しい民間宇宙ステーション
国際宇宙ステーションの運用は2030年に終了予定で、それ以降に向けて民間宇宙ステーションの開発が始まっています。そこでは、宇宙旅行や宇宙工場などISSの成果を活用した様々なビジネスが計画されています。国際宇宙ステーションは、コモンズ成功の原則に合致し、ノーベル平和賞の候補に挙がるほど長らく平和に運用されてきました。新しい民間宇宙ステーションがサステナブルなコモンズとして長く利用されるには、同じように多様なステークホルダーによる幅広く深い議論、利用ルールの明確化やそれを守ることが大切となってきます。日本も2030年以降は独自の有人宇宙ステーションの建設も含めて、地球低軌道施設利用の検討を進めています[8]。
日本国内では、2024年のパリオリンピックでルールの改正や執行への不満の声も聞こえてきました。オリンピックだけでなく、国際的なビジネス、さらには宇宙利用においても、ルールを「守る」ことだけでなく、ルールを「変える」、「作る」ことに、日本が積極的に関与していくときが来ました。主体的にルール形成に関わることは、主体的に宇宙を利用することにつながります。その観点から次回以降も様々な宇宙コモンズを探索していきます。宇宙コモンズのルネッサンスを目指して。
文:IISEソートリーダーシップ推進部 佐野 智
佐野 智
JAXAに長年勤務し社会課題解決に向けた新規宇宙事業創出に尽力。内閣府(衛星を利用した社会実装プログラムを推進)を経て現職。博士(理学)。
参考文献
[1] SPUTNIC International, 2014/1/21, “Space Station Creators Get Support for Nobel Nomination” (Access on 2024/8/6)
[2] 和歌山大学宇宙教育研究所紀要,2012,宇宙飛行士へのインタビューをもとにした「宇宙船からの絶景」の選定,野曽原ら
[3] Elinor Ostrom, 1990, “Governing the Commons: The Evolution of Institutions for Collective Action, Cambridge University Press”
[4] IGA (Intergovernmental Agreement):Agreement Among the Government of Canada, Governments of Member States of the European Space Agency, the Government of Japan, the Government of the Russian Federation, and the Government of the United States of America Concerning Cooperation on the Civil International Space Station
[5] MOU (Memorandum of Understanding) :Memorandum of Understanding Between the National Aeronautics and Space Administration of the United States of America and the Government of Japan Concerning Cooperation on the Civil International Space Station
[6] Click Orlando.com, Space news, 2024 June 23th, Astronaut Q&A: ‘Today’s urine becomes tomorrow’s coffee.’
[7] International Space Station Benefits for Humanity 3rd edition, ISS Program science forum (NASA, JAXA, CSA, ESA, ROSCOSMOS, ASI)
[8] 令和4年11月18日宇宙政策委員会(第100回)資料、国際宇宙ステーション(ISS)運用期間延長への日本の参加に関する意義と留意点