山仕事のための読書ノート⑤       風と土のフォレスター               「キッズフォレスター構想」覚え書き


 20年後、総務省の推計によると、根羽村の人口はこのままの状態で推移すれば400人を割っていると予測されている。そのとき、いま根羽村にいる子供たちはみんな大人になっているはずだ。彼らはそのとき、どこで何をしているのだろうか。

 少し前から、根羽村独自の森林管理者制度のようなものを作りたいというアイデアを持つようになった。
 
 根羽村に来る前の半年間、東京で林業ベンチャー企業の勉強会や森林総研が主催する講演、自伐型林業の研修に参加するなどして、林業のことをその課題を中心に大雑把ではあるが頭に入れていた。また根羽村に来て森林組合に勤めるようになってからは長野県林業総合センターで2年間の講習を受け長野県林業士の資格を取得させていただいたが、その中では地域(根羽村)の課題についてよく考える機会を与えられた。もちろんその間は現場での伐採・搬出・植林作業に従事し、まだまだ未熟であるが林業の現場感覚もあるていど肌で理解できるようになってきたところだ。林業と地域を俯瞰した目線で考えることと現場の感覚を肌で理解すること。この2つを最初の段階で同時に経験できたのはラッキーだったと思うが、もともと僕は物事を全体的に捉えたいという気質を持っていることと、ある程度の自営業経験を持っているということもあっての必然とも思う。また、業界にとっても地域にとっても「新規参入者」であるということが、素直に現状を見れる大きな要因でもあるだろう。若くはないが、いわゆるよそ者でありバカ者(残念ながらホントに…)であることのメリットは確かにある。初心者の目には、物事は素直に映りやすい。

 というわけで、素直に現状を見て考えた素直な意見を素直に簡潔に表現すると

「林業はむずかしい」

となる。身も蓋もない感じですが(笑)

 
 
 農林漁業といった一次産業は基本的に補助金がなければ成り立たないのだが、林業は特に補助率が高い。つまり、産業として成り立たせるのが日本では非常に難しいということなのだ。ちなみに危険度の高い作業のため保険の掛け率も高い。僕は2年程度の現場経験しかないが、研修などで他の地域の林業従事者の話を聞いたりすると、急傾斜地が多く地形も複雑な根羽村は伐採搬出にコストがかかり、作業道づくりの困難さも含め施業の能率面でもハンデがあると感じることが多かった。また根羽村森林組合は製材所も持っているが、巨大化と機械化による生産性向上の趨勢の中で、一般的に小さな製材所はスモールメリットを十分に活かした独自かつ合理的な経営をしなければ成り立たないという高いハードルがある。世界的な視野に日本の林業を置いてみても、ほぼ相似系になっていると言える。地形と気候条件による不利、インフラ及び産業構造の未整備による高コスト体質で他の林業国に大きく遅れをとっているのが現状と言えるだろう。課題の詳細な論点は様々な研究と提言が書籍や論文で発表されていてここでこれ以上書き出す必要はないと思うし、当然の前提知識として認識している方も根羽村には多くいらっしゃるだろう。

 しかし、根羽村には「林業立村」を掲げて長い間取り組んできた歴史がある。境界の明確化は完了し、所有者の森林経営に関する意向調査も進んでいて集約化した計画的な施業をしやすい条件が整いつつあると聞いている。製材所を維持し認証を得てブランド化6次産業化を図り、木育事業といったサービス及びPR事業も展開している。村民、行政も一体となったトータル林業だ。チラ見しただけで音を上げてしまいそうな状況の中で「ネバーギブアップ」を宣言し「とにかくあきらめない」と決めたのだ。

 そう言った背景を踏まえてこれから必要なのは、それらの複雑な要素を全面的に理解しマネージメントできる人材だ。日本の林業はひと山越えればやり方が違うと言われている。環境条件(樹種、日本の山間部の複雑な地形と繊細な土質、過去の森林利用の影響など)と流通拠点や消費地に対する立地条件などが変わってくるためだ。また地域の歴史的文化的背景やそこからくる住民意識の違いもあるだろう。林業は地域の条件に大きく影響を受ける。したがってその人材は、地域の特性を十分に理解しかつ林業のみならず木材産業及び森林サービス産業全般に対して高度な知識を持つ専門家でなければいけない。根羽村においてはとくに「トータル林業」に対する深い理解が必要となる。

 では、そのような人材は具体的にどのような要件を満たす必要があるのだろうか。それを明確にすることから始めないといけない。

求める人材を具体的に明確化することは、そのまま求める未来を創造することに直結する。

 僕にはまだそれを考える知識も経験も不足しているが、ひとつだけいま直感的に言えるとすれば、その役割はたぶん1人だけでは担えないということ。それは地元民と移住者がタッグを組んで、あるいはチームを組んで初めて機能することになるだろうということだ。「風土は風の人と土の人で作る」というとても含蓄のある好きな言葉がある。風の人はよそ者・移住者、土の人は土着の人・地元民を表す。どちらか片方だけでは不十分なのだ。このことは誰しも実感として理解できるのではないだろうか。土着の縄文人と渡来した弥生人との邂逅が現在に続く独特な日本文化のベースを作ったように、これは自然で普遍的なことなのだ。
 またモデルとなる人材イメージとしては、ドイツの森林官(フォレスター)がひとまず思い浮かぶ(ドイツの林業及び森林官がどのようなものかについてはまたいずれ紹介したい)。もちろんドイツと日本では自然条件が違うし、またそもそもの自然観も違う。ドイツのものをそのまま流用することはできないだろう。ただ、日本人はオリジナルを創造するのは苦手だが、キャッチアップは得意だ。しかもキャッチアップしたものをさらに日本的に作り替え、独特なねじれの位置にまで持っていってしまうと、最近読み直した安宅和人氏の著作に書かれていたが(「シン・ニホン AI×データ時代における日本の再生と人材育成」)、確かにそんな気がするし、日本の林業そのものがそうなっていったらそれは面白い未来だ。

 さて、もう一つ僕の好きな言葉をつなげてみる。
「鍛冶仕事をしながら、鍛冶屋になる。」(Fabricando fit faber ラテン語のことわざ)
考えているだけではしょうがない、実践しながら作っていくしかないのだろう。

 6月に安城市で木工ワークショップのイベントをやった。事前にパンフレット作成のためにデザイナーさんとの打ち合わせがあったのだが、そこでワークショップのテーマである「森の実験室」に沿って、レポート形式のパンフレットにするのはどうかと言う提案をいただいた。それを聞いて僕は「キッズフォレスター」というのを思いついた。
子供たちに森林官になってもらうのだ。

 と言うわけで、まず安城市の子供たちを実験台にして(失礼!)「根羽村森林官」制度づくりのこどもバージョンをスタートさせてみた。先ほどの風土のはなしに絡めるなら、彼らはさしずめ「風のキッズフォレスター」とでも言えようか。

 その時考えた概要は以下の通り

<ワークショップのコンセプトと本質的な目的>
 都市化・情報化する社会の中で人はますます「ロジカルな最適解」を導き出すことに専念する ようになりますが、それとは別の多元的で複雑な「オーガニックな最適解」として例えば「森」 のような自然が存在します。両者をバランスよく共存させるセンスがこれからの社会を作ってい く人たちに求められる能力であると私たちは考えます。「森」は、中心となる存在を持たず、そこ に存在するあらゆるものが関係しあって変化しながらも絶妙なバランスを維持している、自然の 象徴です。そしてワークショップを通して参加者の皆さん(子どもも大人も)にそのような「森の 感覚」を体感し気づきを得ていただき、より良い未来を創造することのできる人になることを希望し、また私たち自身の学びを深めていく機会にもさせていただきたいと思っています。 
<ワークショップのストーリー>
参加する子どもたちには木工体験と共にレポートの作成を行ってもらい、そのレポートを今回 新たに設立した「根羽村森林研究所(仮)」宛に郵送していただくと、こちらから返事の手紙と 景品(ネバーランドのアイスクリーム券など)と共にメンバーズカードのような証明書を発行し キッズフォレスター(こども森林研究員)として登録させてもらいます。キッズフォレスターは根羽村での現地ワークショップに参加することができるようになり、それらのワークの課題をクリ アしていき「森の感覚」を身につけ順次ステップアップしていきます。目指すは(ちょっと大袈裟ですが)生態学・樹木学・森林施業技術・木材産業・地域社会などの知識を総動員して森林の包括的管理を行う本物の「フォレスター(森林官)」。つまりこの木工ワークショップは、その 「本物のフォレスター」育成のための最初の小さな一歩になります。

 この「キッズフォレスター構想」を進めていくうえで、現段階でいくつか重要だと考えていることを挙げてみる。
・これまで根羽村森林組合で取り組んできた木育活動としての木工体験や林業体験などの体験メニューに、「人材育成・後継者育成」と言う明確な目的を導入すること。(求める人材は求める未来!)
・体験にメンバーシップ制を導入し、メンバーとの継続的な関係を作っていくこと(関心と目的を共有するコミュニティーづくり)。
・矢作川流域圏を基本的な展開エリアとすること。(自然なつながりとしての流域思考の強化、下流域都市部との関係強化)
・他の木育活動や自然体験活動をおこなっている団体と連携できる仕組みを作っていくこと(インターコミュニティーシステム)。例えば、ブロックチェーン技術を使った「オープンバッジ」というシステムを使って、体験履歴や経験値をデジタルで各個人に付与・視覚化し、他の団体と共有するなど。
・何よりも、私たち自身の学びと成長の場として捉えること(こどもたちに教えながら、こどもたちから教わる)。

 とはいえ、現状はまだほぼノープランの見切り発車もいいとこで、さてどうなることやらわからないが、気負わず気長に取り組んでいきたいと思っている。興味がある方はぜひジョインしていただきたい。 ちなみに、解剖学者の養老孟司氏が言うには、日本人の根本的な自然観は「なるようになる」ということである。

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