捨吉の秋4
「そう言われれば女の子と遊んだような気もするな。よく覚えてないけど」
捨吉の子供の頃の思い出は曖昧だった。
無理もない。あれから20年以上経っているのだ。
「清瀬はおめぇと似たような歳だで。30歳になるかならないかだ。」
山姥が大根をサイコロのように切りながら言った。
「その娘はどうしてるんだ?一緒に暮らしてないの?お父さんは?」
捨吉は山姥の他にこの家に人の気配が感じられないので山姥に訊いた。
「ふたりはシャバにおりたさ。やっぱり山は人間の暮らすとこじゃねぇもん。」
山姥はさびしそうに言った。
その様子があまりにしょんぼりしているので捨吉は悪い事きいちゃったなと思った。
「おばあん、なんか手伝おうか」
捨吉は立ち上がって山姥に言った。
「おお、そうだな。じゃ米砥いでくれ。水がな、ここにゃ水道がねぇで裏の沢で砥いでこい。ついでに水もくんできてくれい」
外はすでに真っ暗である。
捨吉が躊躇していると山姥が土間の隅から懐中電灯をだしてきてあたりを照らした。
「なんだ、文明の利器があるじゃねぇか」
「そりゃ、たまには娘が遊びにくるだで、人間の道具なん色んなもんがある。足元照らして行ってこい。沢は水の音がするだですぐわかる」
山姥がざるに入れた米と空の2リットルペットボトルを3つビニール袋に入れて捨吉に持たせた。
捨吉は恐る恐る暗闇の足元を懐中電灯で照らしながら沢を目指した。
「水音がするですぐわかる…って全然わかんねぇな。風の音ならわかるが」
捨吉は暗闇が怖いのでひとり言をボツボツ呟きながら歩いた。
足元には枯れ葉が敷きつめられカサカサ音がした。
滑って転ばないように気をくばりながらしばらく行くとチョロチョロ水の流れる音が聞こえたので沢だとわかった。
捨吉は沢のそばの岩に懐中電灯を置いて手元を照らしながら沢の水で米をといだ。
「水が冷てぇな…。いいのかな。沢の中で米なんか洗っちゃって…水質汚染…」
捨吉はひとりでぶつぶつ言いながら米をといだ。黙っていると後ろの暗がりから何かが飛びかかってきそうだった。
捨吉はペットボトルに水を満たすとキャップを締めてビニール袋に入れた。
さっさと戻ろう。こわいから。
早く山姥の顔が見たかった。こんな山の中では人恋しくてたまらなくなる。
ガサガサ落ち葉を踏みながら山姥の家の横までくると、キーという声がした。
捨吉はぎくっとし、立ち止まった。
キーキー。キキキキ。
やっぱり何かが鳴いている。
捨吉は懐中電灯で藪を照らした。